月影に咲く、一輪の華

紅蓮「今日はもう帰っていい」

星羅「……ほんと?」

紅蓮「ああ」

星羅「ありがとう」

ほっとしたように笑って、星羅は月影のもとへ歩き出す。

星夜「姉ちゃん!」

星羅「星夜!」

駆け寄ってくる星夜に笑いかける。

そして、手を伸ばそうとしたところで――。

星羅「……あ」

ぴたりと足を止めた。

星夜「……?」

星羅「ちょっと待ってて」

星夜「は?」

星羅「すぐ戻る!」

星夜「姉ちゃん!?」

星羅はくるりと踵を返す。

そのまま朱雀の拠点の奥へ走っていった。

黒羽「……何してんだ、あいつ」

來夢「さあ……」

豹牙「まさか、まだ何かあるのか?」

夜凪「…………」

しばらくすると――。

星羅「お待たせ!」

戻ってきた星羅の手には、小さな皿。

その上には、さっき朧が作ってくれたパンケーキが残っていた。

星夜「…………」

月影「…………」

星羅「これ、まだ食べきってなかったの!」

豹牙「…………お前」

來夢「この状況で、それ持って帰るの?」

星羅「だって美味しかったんだもん」

何の迷いもなく答える。

星夜「…………」

呆れたように星羅を見る。

星夜「姉ちゃん……」

星羅「ん?」

星夜「……ほんと、姉ちゃんだな」

星羅「どういう意味?」

星夜「何でもねぇ」

そう言いながらも、星夜の口元には小さな笑みが浮かんでいた。

その光景を見ていた瑛翔が吹き出す。

瑛翔「ははっ! マジで面白すぎるだろ、星羅ちゃん!」

紅蓮「敵の拠点からパンケーキ持って帰る奴、初めて見たわ」

星羅「だって朧が作ってくれたんだよ?」

その一言に――。

朧「…………」

名前を呼ばれた朧が、少しだけ顔を上げる。

星羅「美味しかったから、残すのもったいなくて」

朧「……そうか」

星羅「うん。ありがとう」

朧「…………ああ」

たったそれだけ。

なのに、朧の胸の奥には妙な温かさが残った。

自分が作ったものを、大切そうに持って帰ろうとしてくれる。

それが、なぜか嬉しかった。

瑛翔「……朧、顔ちょっと柔らかくなってない?」

朧「気のせいだ」

紅蓮「ははっ」

星羅「じゃあね、みんな!」

紅蓮「ああ」

瑛翔「また来いよ、星羅ちゃん!」

刹那「……気をつけて帰れ」

朧「…………」

星羅「うん!」

星羅は笑って、月影のもとへ戻っていく。

星夜「……帰るぞ」

星羅「うん!」

二人が並んで歩き出す。

その背中を見ながら、紅蓮は笑った。

紅蓮「……ほんと、飽きねぇ女だな」

そして朧は――。

空になった皿を見つめながら、静かに思った。

また、作ってやってもいい。

そんな小さな気持ちが、胸の奥に残っていた。