夏の空は、どこまでも高かった。
朝から照りつける太陽が、グラウンドの土を白く光らせている。乾いた土の匂いに、蝉の声が重なる。スタンドから聞こえる応援や、他の競技の歓声も、いつもより近く感じた。
中学最後の大会。
私は高跳びの競技エリアに立っていた。
この場所に立つのも、今日が最後になる。
そう思うと、胸の奥が少しだけざわついた。
でも、今はまだ考えない。
目の前のバーだけを見る。
この三年間、何度ここから走り出しただろう。
助走の歩数を数えて。
踏み切る位置を何度も調整して。
バーを落としては、悔しくて。
それでも、また並べ直して。
もう一度、走った。
その繰り返しだった。
今日も、いつもと同じように始まる。
最初の高さ。
助走。
踏み切り。
身体を反らせる。
バーの上を越えて――着地。
成功。
小さく息を吐いた。
次の高さ。
また成功。
そのたびに、胸の奥が少しずつ熱くなる。
最後の大会だからこそ、一本一本を大切にしたかった。
私は高跳びが好きだった。
跳ぶ瞬間の、ほんの一瞬だけ身体が宙に浮く感覚。
バーを越えたときの、何とも言えない嬉しさ。
そして――。
少し離れたところにいる翔を見る。
目が合った。
翔が小さく頷く。
私も頷いた。
それだけで、背中を押してもらえた気がした。
次の高さ。
私は助走位置に立った。
息を吸う。
走る。
一歩。
二歩。
三歩。
踏み切る。
身体が浮いた。
視界の端にバーが見える。
身体を反らせる。
――越えた。
マットに落ちる。
振り返る。
バーは、落ちていない。
成功。
思わず笑った。
翔を見る。
翔も笑っていた。
私は胸に拳を当てる。
トントン。
そして、
グッ。
翔も同じように返してくれた。
その瞬間だけ、周りの音が遠くなった気がした。
二人だけに分かる、小さなサイン。
言葉にしなくても、ちゃんと伝わる。
それが嬉しかった。
次の高さへ進む。
バーが少しずつ高くなっていく。
私は何度も深呼吸をした。
そして、最後の高さ。
助走位置に立った。
もう一度、息を吸う。
走る。
踏み切る。
身体を浮かせる。
けれど――。
足がバーに触れた。
カンッ。
バーが落ちる。
一回目。
私は小さく息を吐いた。
まだ大丈夫。
二回目。
同じ高さへ向かう。
走る。
踏み切る。
身体を浮かせる。
今度こそ――。
けれど、ほんの少しだけ身体が足りなかった。
カンッ。
またバーが落ちた。
二回目。
残りは、あと一本。
私は一度、目を閉じた。
深く息を吸う。
最後の一回。
これが、中学最後の一本になる。
助走位置へ戻る。
これまでの三年間が、頭の中を駆け抜けた。
初めてバーを越えた日。
失敗して泣きそうになった日。
何度やっても跳べなくて、悔しくて。
それでも、次の日にはまたグラウンドに立った。
翔と一緒に練習した日。
跳べたとき、二人で交わしたサイン。
全部。
全部、この一本に詰まっているような気がした。
私は顔を上げた。
走る。
踏み切る。
身体が浮いた。
バーが視界に入る。
あと少し。
そう思った瞬間――。
肩がバーに触れた。
カンッ。
乾いた音が、真夏の空気に響いた。
バーが落ちる。
そして、私の身体もマットへ落ちた。
――そのまま、起き上がれなかった。
背中を柔らかなマットに預けて、身体の力を抜く。
熱い。
頬も、首も、汗でびっしょりだった。
胸が大きく上下している。
目を閉じる。
ほんの少しだけ、涙が滲んだ。
悔しい。
でも、それだけじゃない。
ゆっくり目を開ける。
視界いっぱいに、青。
雲ひとつない、夏の空。
眩しくて、目を細める。
こんなに青かったんだ。
ずっと走っていたから。
ずっと下を向いていたから。
こんなふうに空を見上げたのは、いつ以来だろう。
私は、ぼんやりと思った。
――終わったな。
中学三年間の高跳びが。
終わっちゃった。
そう思ったら、また少しだけ目が熱くなった。
でも、不思議と悲しいだけじゃなかった。
何度も失敗した。
何度も悔しくなった。
それでも、三年間、私は跳び続けた。
今日だって、最後まで逃げなかった。
だから。
私は心の中で、自分に言った。
――よく頑張ったね。
本当に。
三年間、よく頑張った。
私はゆっくり身体を起こした。
そして、少し離れたところにいる翔を見た。
目が合う。
私は、笑った。
涙が少し残っているのに。
ちゃんと、笑えた。
翔にも、笑っていてほしかったから。
翔が、ほんの少しだけ目を細める。
私は胸に拳を当てた。
トントン。
そして、
グッ。
最後のサイン。
翔も、同じように返してくれた。
それを見たら、胸の奥がまた熱くなった。
これで終わり。
でも。
この三年間は、終わらない。
私の中に、ずっと残る。
そう思いながら、私はマットから降りた。
*
大会が終わると、私たち中学三年生は陸上部を引退した。
次の日から、グラウンドに立つことはなくなった。
朝練もない。
放課後、部室へ向かうこともない。
あんなに毎日当たり前だった時間が、急になくなった。
それでも私は、まだ思っていた。
高校に行ったら、また高跳びをやろう。
翔も続けるだろうし。
また同じグラウンドに立てるかもしれない。
そう思っていた。
だから、このときの私はまだ知らなかった。
自分が、この先、高跳びから離れることになるなんて。
*
秋が深まるにつれて、校庭の木々が少しずつ色づいていった。
窓を開けると、冷たい風が教室に入り込んでくる。
そんな季節になっても、あの噂は消えなかった。
「ねえ、やっぱり彩花と翔って付き合ってるよね?」
「絶対そうだと思う」
「だって、よく一緒にいるじゃん」
「翔も嫌そうじゃないし」
そんな声を、何度も耳にした。
本当のことは、私には分からない。
彩花が告白したことは知っている。
でも、翔がどう答えたのかは知らない。
二人が付き合っているというのも、ただの噂。
それなのに。
何度も聞いているうちに、その噂が少しずつ私の中に入り込んできた。
ある日の放課後。
昇降口へ向かっていた私は、校舎裏の木々の向こうに翔と彩花の姿を見つけた。
二人で向かい合って話している。
何を話しているのかまでは聞こえない。
彩花が笑った。
翔も笑った。
それだけだった。
でも。
彩花の髪が風に揺れた。
一枚の枯葉が、髪に引っかかっている。
彩花は気づいていない。
翔が、それに気づいた。
「彩花、頭」
翔が手を伸ばした。
髪に乗っていた枯葉を、指先でそっと取る。
「……え?」
彩花が驚いたように顔を上げた。
翔は取った枯葉を見せる。
「これ」
「あ……ありがとう」
「うん」
ただ、それだけ。
本当に、それだけだった。
なのに。
私には、それが決定的なものに見えた。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
――やっぱり。
二人は付き合ってるんだ。
本当は違うかもしれない。
翔はただ、彩花の髪に枯葉が乗っていたから取っただけ。
そんなことは分かっている。
でも。
今まで聞いてきた噂。
彩花の告白。
二人が一緒にいるところ。
そして、今の光景。
全部が、私の中で勝手につながった。
私は静かにその場を離れた。
胸の奥が痛かった。
涙は出なかった。
ただ、もういいと思った。
好きでいることに、少し疲れた。
翔が悪いわけじゃない。
彩花が悪いわけでもない。
誰も悪くない。
ただ、私が勝手に苦しくなっているだけ。
だったら。
自分から離れればいい。
高跳びを続けていたら、きっと翔を見続ける。
跳ぶ姿を見るたびに嬉しくなって。
笑っているのを見るだけで胸が高鳴って。
そして、彩花と一緒にいるところを見れば、また苦しくなる。
だから――。
高校では、高跳びをやらない。
そう決めた。
高跳びを辞めたら、翔を好きな気持ちも、いつか消えてくれるかもしれない。
そんなふうに思った。
*
それから卒業までの日々は、あっという間に過ぎていった。
冬の朝は寒く、吐く息が白くなる。
教室の窓から見える木々は、すっかり葉を落としていた。
卒業が近づく。
友達と過ごす時間も、少しずつ残り少なくなっていく。
私は、翔に何も言わなかった。
高校では高跳びをやらないことも。
その理由も。
もちろん、翔を好きだったことも。
言えなかった。
そして、卒業式の日。
体育館には、冷たい空気が残っていた。
壇上には花が飾られ、窓から差し込む光が床に細長く伸びている。
名前を呼ばれる。
返事をする。
卒業証書を受け取る。
ひとつひとつの動作が、いつもよりゆっくりに感じられた。
式が終わる。
教室へ戻る。
黒板には、先生が書いた「卒業おめでとう」の文字。
机もロッカーも、今日で最後。
最後のホームルームが終わる。
みんなが泣いたり笑ったりしながら教室を出ていく。
私も鞄を持った。
廊下に出る。
「瑠夏」
振り返る。
翔がいた。
「帰る?」
「うん」
「一緒に帰ろう」
「……うん」
二人で校門を出た。
春を待つ木々の枝が、まだ蕾の固い桜を揺らしていた。
「高校、同じだな」
「うん」
「また会えるじゃん」
「……そうだね」
私は笑った。
胸の奥が少しだけ痛む。
高校に行けば、また翔に会う。
それでも。
高跳びをやらなければ、少しはこの気持ちから離れられる。
そう思っていた。
翔が私を見る。
「じゃあ、またな」
「うん」
私は笑った。
「またね、翔くん」
翔は何も言わなかった。
私はそのまま歩き出す。
振り返らない。
振り返ったら、きっとまた好きになる。
……ううん。
もう、とっくに好きなのに。
それでも私は、その気持ちを胸の奥へしまった。
中学三年間の高跳びは、終わった。
そして私の初恋も。
これで終わりにするつもりだった。
朝から照りつける太陽が、グラウンドの土を白く光らせている。乾いた土の匂いに、蝉の声が重なる。スタンドから聞こえる応援や、他の競技の歓声も、いつもより近く感じた。
中学最後の大会。
私は高跳びの競技エリアに立っていた。
この場所に立つのも、今日が最後になる。
そう思うと、胸の奥が少しだけざわついた。
でも、今はまだ考えない。
目の前のバーだけを見る。
この三年間、何度ここから走り出しただろう。
助走の歩数を数えて。
踏み切る位置を何度も調整して。
バーを落としては、悔しくて。
それでも、また並べ直して。
もう一度、走った。
その繰り返しだった。
今日も、いつもと同じように始まる。
最初の高さ。
助走。
踏み切り。
身体を反らせる。
バーの上を越えて――着地。
成功。
小さく息を吐いた。
次の高さ。
また成功。
そのたびに、胸の奥が少しずつ熱くなる。
最後の大会だからこそ、一本一本を大切にしたかった。
私は高跳びが好きだった。
跳ぶ瞬間の、ほんの一瞬だけ身体が宙に浮く感覚。
バーを越えたときの、何とも言えない嬉しさ。
そして――。
少し離れたところにいる翔を見る。
目が合った。
翔が小さく頷く。
私も頷いた。
それだけで、背中を押してもらえた気がした。
次の高さ。
私は助走位置に立った。
息を吸う。
走る。
一歩。
二歩。
三歩。
踏み切る。
身体が浮いた。
視界の端にバーが見える。
身体を反らせる。
――越えた。
マットに落ちる。
振り返る。
バーは、落ちていない。
成功。
思わず笑った。
翔を見る。
翔も笑っていた。
私は胸に拳を当てる。
トントン。
そして、
グッ。
翔も同じように返してくれた。
その瞬間だけ、周りの音が遠くなった気がした。
二人だけに分かる、小さなサイン。
言葉にしなくても、ちゃんと伝わる。
それが嬉しかった。
次の高さへ進む。
バーが少しずつ高くなっていく。
私は何度も深呼吸をした。
そして、最後の高さ。
助走位置に立った。
もう一度、息を吸う。
走る。
踏み切る。
身体を浮かせる。
けれど――。
足がバーに触れた。
カンッ。
バーが落ちる。
一回目。
私は小さく息を吐いた。
まだ大丈夫。
二回目。
同じ高さへ向かう。
走る。
踏み切る。
身体を浮かせる。
今度こそ――。
けれど、ほんの少しだけ身体が足りなかった。
カンッ。
またバーが落ちた。
二回目。
残りは、あと一本。
私は一度、目を閉じた。
深く息を吸う。
最後の一回。
これが、中学最後の一本になる。
助走位置へ戻る。
これまでの三年間が、頭の中を駆け抜けた。
初めてバーを越えた日。
失敗して泣きそうになった日。
何度やっても跳べなくて、悔しくて。
それでも、次の日にはまたグラウンドに立った。
翔と一緒に練習した日。
跳べたとき、二人で交わしたサイン。
全部。
全部、この一本に詰まっているような気がした。
私は顔を上げた。
走る。
踏み切る。
身体が浮いた。
バーが視界に入る。
あと少し。
そう思った瞬間――。
肩がバーに触れた。
カンッ。
乾いた音が、真夏の空気に響いた。
バーが落ちる。
そして、私の身体もマットへ落ちた。
――そのまま、起き上がれなかった。
背中を柔らかなマットに預けて、身体の力を抜く。
熱い。
頬も、首も、汗でびっしょりだった。
胸が大きく上下している。
目を閉じる。
ほんの少しだけ、涙が滲んだ。
悔しい。
でも、それだけじゃない。
ゆっくり目を開ける。
視界いっぱいに、青。
雲ひとつない、夏の空。
眩しくて、目を細める。
こんなに青かったんだ。
ずっと走っていたから。
ずっと下を向いていたから。
こんなふうに空を見上げたのは、いつ以来だろう。
私は、ぼんやりと思った。
――終わったな。
中学三年間の高跳びが。
終わっちゃった。
そう思ったら、また少しだけ目が熱くなった。
でも、不思議と悲しいだけじゃなかった。
何度も失敗した。
何度も悔しくなった。
それでも、三年間、私は跳び続けた。
今日だって、最後まで逃げなかった。
だから。
私は心の中で、自分に言った。
――よく頑張ったね。
本当に。
三年間、よく頑張った。
私はゆっくり身体を起こした。
そして、少し離れたところにいる翔を見た。
目が合う。
私は、笑った。
涙が少し残っているのに。
ちゃんと、笑えた。
翔にも、笑っていてほしかったから。
翔が、ほんの少しだけ目を細める。
私は胸に拳を当てた。
トントン。
そして、
グッ。
最後のサイン。
翔も、同じように返してくれた。
それを見たら、胸の奥がまた熱くなった。
これで終わり。
でも。
この三年間は、終わらない。
私の中に、ずっと残る。
そう思いながら、私はマットから降りた。
*
大会が終わると、私たち中学三年生は陸上部を引退した。
次の日から、グラウンドに立つことはなくなった。
朝練もない。
放課後、部室へ向かうこともない。
あんなに毎日当たり前だった時間が、急になくなった。
それでも私は、まだ思っていた。
高校に行ったら、また高跳びをやろう。
翔も続けるだろうし。
また同じグラウンドに立てるかもしれない。
そう思っていた。
だから、このときの私はまだ知らなかった。
自分が、この先、高跳びから離れることになるなんて。
*
秋が深まるにつれて、校庭の木々が少しずつ色づいていった。
窓を開けると、冷たい風が教室に入り込んでくる。
そんな季節になっても、あの噂は消えなかった。
「ねえ、やっぱり彩花と翔って付き合ってるよね?」
「絶対そうだと思う」
「だって、よく一緒にいるじゃん」
「翔も嫌そうじゃないし」
そんな声を、何度も耳にした。
本当のことは、私には分からない。
彩花が告白したことは知っている。
でも、翔がどう答えたのかは知らない。
二人が付き合っているというのも、ただの噂。
それなのに。
何度も聞いているうちに、その噂が少しずつ私の中に入り込んできた。
ある日の放課後。
昇降口へ向かっていた私は、校舎裏の木々の向こうに翔と彩花の姿を見つけた。
二人で向かい合って話している。
何を話しているのかまでは聞こえない。
彩花が笑った。
翔も笑った。
それだけだった。
でも。
彩花の髪が風に揺れた。
一枚の枯葉が、髪に引っかかっている。
彩花は気づいていない。
翔が、それに気づいた。
「彩花、頭」
翔が手を伸ばした。
髪に乗っていた枯葉を、指先でそっと取る。
「……え?」
彩花が驚いたように顔を上げた。
翔は取った枯葉を見せる。
「これ」
「あ……ありがとう」
「うん」
ただ、それだけ。
本当に、それだけだった。
なのに。
私には、それが決定的なものに見えた。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
――やっぱり。
二人は付き合ってるんだ。
本当は違うかもしれない。
翔はただ、彩花の髪に枯葉が乗っていたから取っただけ。
そんなことは分かっている。
でも。
今まで聞いてきた噂。
彩花の告白。
二人が一緒にいるところ。
そして、今の光景。
全部が、私の中で勝手につながった。
私は静かにその場を離れた。
胸の奥が痛かった。
涙は出なかった。
ただ、もういいと思った。
好きでいることに、少し疲れた。
翔が悪いわけじゃない。
彩花が悪いわけでもない。
誰も悪くない。
ただ、私が勝手に苦しくなっているだけ。
だったら。
自分から離れればいい。
高跳びを続けていたら、きっと翔を見続ける。
跳ぶ姿を見るたびに嬉しくなって。
笑っているのを見るだけで胸が高鳴って。
そして、彩花と一緒にいるところを見れば、また苦しくなる。
だから――。
高校では、高跳びをやらない。
そう決めた。
高跳びを辞めたら、翔を好きな気持ちも、いつか消えてくれるかもしれない。
そんなふうに思った。
*
それから卒業までの日々は、あっという間に過ぎていった。
冬の朝は寒く、吐く息が白くなる。
教室の窓から見える木々は、すっかり葉を落としていた。
卒業が近づく。
友達と過ごす時間も、少しずつ残り少なくなっていく。
私は、翔に何も言わなかった。
高校では高跳びをやらないことも。
その理由も。
もちろん、翔を好きだったことも。
言えなかった。
そして、卒業式の日。
体育館には、冷たい空気が残っていた。
壇上には花が飾られ、窓から差し込む光が床に細長く伸びている。
名前を呼ばれる。
返事をする。
卒業証書を受け取る。
ひとつひとつの動作が、いつもよりゆっくりに感じられた。
式が終わる。
教室へ戻る。
黒板には、先生が書いた「卒業おめでとう」の文字。
机もロッカーも、今日で最後。
最後のホームルームが終わる。
みんなが泣いたり笑ったりしながら教室を出ていく。
私も鞄を持った。
廊下に出る。
「瑠夏」
振り返る。
翔がいた。
「帰る?」
「うん」
「一緒に帰ろう」
「……うん」
二人で校門を出た。
春を待つ木々の枝が、まだ蕾の固い桜を揺らしていた。
「高校、同じだな」
「うん」
「また会えるじゃん」
「……そうだね」
私は笑った。
胸の奥が少しだけ痛む。
高校に行けば、また翔に会う。
それでも。
高跳びをやらなければ、少しはこの気持ちから離れられる。
そう思っていた。
翔が私を見る。
「じゃあ、またな」
「うん」
私は笑った。
「またね、翔くん」
翔は何も言わなかった。
私はそのまま歩き出す。
振り返らない。
振り返ったら、きっとまた好きになる。
……ううん。
もう、とっくに好きなのに。
それでも私は、その気持ちを胸の奥へしまった。
中学三年間の高跳びは、終わった。
そして私の初恋も。
これで終わりにするつもりだった。



