「おうくん――起きてよ、おうくん」
「ん……」
柔らかい手のひらに肩を揺すられ、うたた寝していたオレは、うすら目を開けた。
頭上に伸びる木の枝から漏れ出す日差しが、やけにまぶしい。
しかし、次の瞬間、目をパチパチさせていたオレは、思わず、ハッと息を止めた。
「春花……? ど、どうしたんだよ、その格好!?」
跳ね起きた拍子に、おでこに乗っていた桜の花びらが、ひらりと膝に落ちる。
「あー……。やっぱ、似合わない……?」
芝生の上に座っていた春花は、いつものオーバーサイズのTシャツに、ダボったいパーカー……ではなく、正真正銘、女子の制服を着ていた。
胸元の緑のリボンタイが風に揺れて、同色のチェックスカートの裾を照れくさそうに掴む。
普段の大きめな服とは違い、シンプルなデザインのブラウスは、彼女の華奢な骨格をくっきりと浮き彫りにしていた。
「めちゃくちゃ可愛い……」
「っ……!」
不可抗力でこぼれた感想に、春花はきゅっと膝を抱えて、うさぎみたいに丸くなった。
やべぇ……再現度が高すぎて、オレの魔眼が目覚めそうだ。
どうやら、春花は小動物に擬態するのが得意らしい。オレは彼女を完全に侮っていた。
「おだてても、何も出ないからっ!」
耳たぶまで赤くなった顔を膝の間に隠してしまう。
「じゃあ、手につけてるそれは?」
「ブレスレット……」
「また兄ちゃんにもらったのか?」
「ううん、違う……自分で作った」
「えっ、春花が!?」
「うん……ていうか、作らされた」
「すっげぇじゃん! 見して見して!」
覗きこんだ彼女の細い手首には、丁寧に編み込まれたブレスレットが巻かれていた。
小さなビーズが、木漏れ日を浴びて、キラキラと優しい桜色に光っている。
「綺麗だなぁ」
その輝きに見とれたオレは、ブレスレットに触れようとして、身を屈めた。
——と、その時
いきなり腕をぐっと引っ張られ、体が前のめりに傾く。
「うおっ!」
春花の可愛らしい顔が、目と鼻の先まで迫った――次の瞬間だった。
ちゅっ。
ふわりと桜の甘い香りが漂い、花びらよりも柔らかい感触が、そっと唇に落ちた。
「んっ……!?」
まばたきをする間すらなかった。
だけど、その一瞬で、オレの世界は鮮やかな桜色に染まった。
「……アイス屋さんの時の、お返し」
ゆっくりと離れていく春花の顔は、今まで見たどの瞬間よりも真っ赤に熟れていた。
「まだ怒ってたのかよ!?」
「だ、だって……僕のファーストだったんだもん!」
小さなこぶしで、ポコポコと肩を叩かれる。
痛くはないが、ずいぶんとご立腹の様子だ。
「悪かったって! あの時は、アイスの誘惑に勝てなかったんだ! 勘弁してくれ!」
「バカおうくん! 食いしん坊ゴリラ!」
食べ物の恨みは怖い……。
これにこりて、もう二度とつまみ食いはしないと、ドライアイスよりも固く心に誓った。
「でも……人生かけて責任取ってくれたら、許してあげないこともないよ?」
ポコポコ攻撃をやめて、春花が上目遣いで見上げてくる。
「アイスの代償、だいぶ重くないか!? お前、最近めちゃくちゃ言うようになったなぁ」
「もう前の僕とは違うんですー。おうくんが相手でも、手加減なんかしてあげないよ?」
「のぞむところだぁ!」
「わぁっ!? ちょっと、おうくん……!」
オレは春花の肩を引き寄せ、背中からすっぽりと全身を包みこむように抱きしめた。
繋いだ手と、手首のブレスレットがぶつかり合って、桜色のビーズがカチャリと小さく音を立てる。
「そ、そんなことしたら……僕、もう一生、離れてあげないから!」
「受けて立つ! 教科書が『石の上に三年』なら、オレ達は『桜の下に億年』だ! 覚悟しておけ!」
「ふふっ、いいよ。もし地球が滅んでも、僕がずっとおうくんのとなりにいてあげるから」
舞い散る桜吹雪の中で、幸せそうに笑う愛おしい人と、そっと身を寄せ合う。
嘘とすれ違いだらけの季節の中で、やっと出会えた春の花。
オレ達の新しい春は——まだ始まったばかりだった。
「ん……」
柔らかい手のひらに肩を揺すられ、うたた寝していたオレは、うすら目を開けた。
頭上に伸びる木の枝から漏れ出す日差しが、やけにまぶしい。
しかし、次の瞬間、目をパチパチさせていたオレは、思わず、ハッと息を止めた。
「春花……? ど、どうしたんだよ、その格好!?」
跳ね起きた拍子に、おでこに乗っていた桜の花びらが、ひらりと膝に落ちる。
「あー……。やっぱ、似合わない……?」
芝生の上に座っていた春花は、いつものオーバーサイズのTシャツに、ダボったいパーカー……ではなく、正真正銘、女子の制服を着ていた。
胸元の緑のリボンタイが風に揺れて、同色のチェックスカートの裾を照れくさそうに掴む。
普段の大きめな服とは違い、シンプルなデザインのブラウスは、彼女の華奢な骨格をくっきりと浮き彫りにしていた。
「めちゃくちゃ可愛い……」
「っ……!」
不可抗力でこぼれた感想に、春花はきゅっと膝を抱えて、うさぎみたいに丸くなった。
やべぇ……再現度が高すぎて、オレの魔眼が目覚めそうだ。
どうやら、春花は小動物に擬態するのが得意らしい。オレは彼女を完全に侮っていた。
「おだてても、何も出ないからっ!」
耳たぶまで赤くなった顔を膝の間に隠してしまう。
「じゃあ、手につけてるそれは?」
「ブレスレット……」
「また兄ちゃんにもらったのか?」
「ううん、違う……自分で作った」
「えっ、春花が!?」
「うん……ていうか、作らされた」
「すっげぇじゃん! 見して見して!」
覗きこんだ彼女の細い手首には、丁寧に編み込まれたブレスレットが巻かれていた。
小さなビーズが、木漏れ日を浴びて、キラキラと優しい桜色に光っている。
「綺麗だなぁ」
その輝きに見とれたオレは、ブレスレットに触れようとして、身を屈めた。
——と、その時
いきなり腕をぐっと引っ張られ、体が前のめりに傾く。
「うおっ!」
春花の可愛らしい顔が、目と鼻の先まで迫った――次の瞬間だった。
ちゅっ。
ふわりと桜の甘い香りが漂い、花びらよりも柔らかい感触が、そっと唇に落ちた。
「んっ……!?」
まばたきをする間すらなかった。
だけど、その一瞬で、オレの世界は鮮やかな桜色に染まった。
「……アイス屋さんの時の、お返し」
ゆっくりと離れていく春花の顔は、今まで見たどの瞬間よりも真っ赤に熟れていた。
「まだ怒ってたのかよ!?」
「だ、だって……僕のファーストだったんだもん!」
小さなこぶしで、ポコポコと肩を叩かれる。
痛くはないが、ずいぶんとご立腹の様子だ。
「悪かったって! あの時は、アイスの誘惑に勝てなかったんだ! 勘弁してくれ!」
「バカおうくん! 食いしん坊ゴリラ!」
食べ物の恨みは怖い……。
これにこりて、もう二度とつまみ食いはしないと、ドライアイスよりも固く心に誓った。
「でも……人生かけて責任取ってくれたら、許してあげないこともないよ?」
ポコポコ攻撃をやめて、春花が上目遣いで見上げてくる。
「アイスの代償、だいぶ重くないか!? お前、最近めちゃくちゃ言うようになったなぁ」
「もう前の僕とは違うんですー。おうくんが相手でも、手加減なんかしてあげないよ?」
「のぞむところだぁ!」
「わぁっ!? ちょっと、おうくん……!」
オレは春花の肩を引き寄せ、背中からすっぽりと全身を包みこむように抱きしめた。
繋いだ手と、手首のブレスレットがぶつかり合って、桜色のビーズがカチャリと小さく音を立てる。
「そ、そんなことしたら……僕、もう一生、離れてあげないから!」
「受けて立つ! 教科書が『石の上に三年』なら、オレ達は『桜の下に億年』だ! 覚悟しておけ!」
「ふふっ、いいよ。もし地球が滅んでも、僕がずっとおうくんのとなりにいてあげるから」
舞い散る桜吹雪の中で、幸せそうに笑う愛おしい人と、そっと身を寄せ合う。
嘘とすれ違いだらけの季節の中で、やっと出会えた春の花。
オレ達の新しい春は——まだ始まったばかりだった。


