桜が咲いたら、必ず君に会いにいく

「ふぅ、なんとか間に合ったな」

 時刻表前の柱に、ぐたっともたれかかる。

 駅構内の時計を見れば、電車が到着する十分前だった。

「ハッハッハ! 残念だったな、おふくろ。この勝負、オレの勝ちだ」

 息子の脚力を舐めるでない。

 なにせオレは中学の三年間、サッカー部で、ひたすらボールを追いかけてきた。

 まぁ、ポジションは、謎にゴールキーパーばかりやらされていたが……そこらの凡人と一緒にしてもらっては困る。

 とにかく、オレは最強!

 運の強さと、Bボタンの連打の早さだけは誰にも負けん!

 今日から始まる高校生活も、きっとバラ色であること間違いなしだ。

 そして、今、オレは改札口という、人生の新たな門を開こうとした――まではよかった。

「ない……ないっ! 定期券が、ないだとおおおおおお!?」

 慌てて、リュックの中身をひっくり返す。
 
 少年ジャンプに、愛用のワイヤレスイヤホン、それと2日前に買ったコンビ二のおにぎりが、ぺしゃんこになって出てきた。だが、肝心な定期券だけが見つからない。
 
  鍵がなきゃ、門は開かんだろ!?

 小学生の時、ゲームのやりすぎて、おふくろに怒られたことがある。

 注意してもオレがやめないから、コンセントを引っこ抜かれて、データが全部、パーになった。

 なんて無慈悲な母親なのだと、幼いオレは絶望した。しかし、たった今、あの日の絶望が更新されようとしている!

「ねぇ、君。もしかして、新入生の子?」

 なんだなんだ、この忙しい時に。
 オレは暇じゃないんだ、見てわからんのか。

リュックのファスナーを雑に閉める。

モデルのスカウトなら歓迎するが期待は薄い。

どうせ、物好きの気まぐれか、野郎の冷やかしか……。

「天使様だ……」
「えっ?」

 ——瞬間、鼻息が止まる。

 危うく窒息死しそうになって、毛穴から息を吸いこんだ。

「い、いえ……なんでもありません。ただのひとりごとです!」

 曲がっていた背筋を、しゃきんと伸ばす。

「ふふっ」

 すると、天空(ヘヴン)より舞い降りた天使様は、口元を隠して小さく笑った。

 さらさらの黒髪が、ブレザーの襟をかすめる。甘美な香りが、鼻をくすぐった。

「あ、あの! あなた様のお名前は……」
「名乗るほどの者じゃないよ。でも、そうだなぁ。通りすがりの女子高生A、なんてどう?」

 緑のクールビューティーな瞳が、しなやかな曲線を描く。

 こ、神々しすぎる!

 こんな超絶美人が、この世に存在したのか。
 とてもじゃないが、オレと同じ霊長類だとは思えん!
 
「ところで、君、さっき定期券落とさなかった?」
「ああっ!」

 渡されたのは、見覚えのある黒のパスケース。
 手に持った時のこのフィット感、色のくすみ具合、間違いない。

「そうです! オレのです!」
「よかった、持ち主が見つかって。次は落とさないように気をつけてね」
「は、はい! しかと心に刻んでおきます!」

 まるで平和のシンボルのような微笑みを浮かべ、天使様は手を振ってくれる。

「素敵な入学式を」

 この日の奇跡を、オレは金輪際、忘れないと誓った。