桜が咲いたら、必ず君に会いにいく

 メッセージを送ってから、ずいぶん時間が経った。

 あの約束を、ハルはまだ覚えていてくれているだろうか。

 思い返せば、オレはずっとハルに助けられてばかりだった。
 この数日間、あいつを失って、オレはやっと自分の気持ちに気付いたんだ。

 はらりと、桜の花びらが一枚、スマホの液晶画面に落ちてきて、オレは顔を上げる。

 春風に煽られて、紫のパーカーの裾がふわりとなびいた。

「よく、ここだってわかったな」
「うん……あの時、約束したからね」

 ひらひらと舞う桜吹雪の中に、あの頃と同じ柔らかい笑みが灯った。

「――春花(はるか)
「っ……!?」

 オレが口ずさんだ名前に、彼女は水色の瞳を大きく見開いた。

「おうくん……どうして……」
「おふくろに聞いたよ。お前の、本当の名前。今まで全然、気付かなかった。やっぱ、オレバカだなぁ」
「ごめん、おうくん……僕っ……!」

 ハル――春花は泣きそうな顔で、ぎゅっと胸元のパーカーを押さえた。

「気にしてねぇよ。それに……よく考えたら、お前は誰かを傷付けるようなこと言う奴じゃない。だから、謝るのはオレの方だ」
「でも……僕、ずっと嘘ついてた……。おうくんを騙してたんだよ……!?」
「騙されたなんて、これぽっちも思ってねぇ。オレが勝手に勘違いしてただけだ」

 すがるような上目遣いで、春花が見つめてくる。
 水色の瞳は、まだ不安げに揺れていた。

「じゃあ……僕が女の子だって知っても嫌いになったりしない……?」
「あったりめぇよ。オレをなんだと思ってる。王様だぞ? 王が自分から優秀な家来を手放したりするかよ」
 
 オレの言葉に春花は、ふっと緊張の糸が抜け、安心したように愛らしい表情を浮かべた。

「ねぇ、王様……僕のお願い、聞いてくれる?」
「おうよ! なんでもどんとこいやぁ!」

 ぐっと顔を近づけてきた春花に、オレは自分の胸をこぶしで叩いてみせる。

「おうくん……好きです。……あなたの春を、僕にください」

 温かい風が吹き抜け、春花の細い髪を柔らかく巻き上げる。
 
 ちらりと見えた耳たぶが、桜色に染まっていた。

「んなもん……いくらだってくれてやるわ!」

 かぁっと頬が熱くなって、顔が火傷しそうになる。

 一足も二足(ふたあし)も先に、夏がやってきたみたいだ。

「だがなぁ……オレは出し惜しみするのが嫌いだ。春だけなんてケチ臭い! 夏も秋も冬も全部――春花にやるよ。だからお前は……一生、オレと一緒にいろよな!」

 淡い木漏れ日が優しく降りそそぎ、春花の可愛らしい笑顔を明るく照らす。

「僕……死んでも、ずっとお供します!」

 あの日から十年。
 オレは、やっと約束を果たせた気がした。
  
「う……うわぁぁぁぁぁぁーん!」

 ――と、その時。

「うおっ!?」

 近くの植えこみから、青い革ジャンの男が、突然、飛び出してきた。
 ほどよく体も引き締まった、ロック風のイケメンだ。

「ふ、不審者か!?」
「お、お兄ちゃん……!?」
「えっ」

 春花が悲鳴を上げた。

 じゃあ、この人が……前に言ってた、ハートプリンの兄ちゃんなのか!?

 まぁ、確かに、どこか柔らかい顔立ちが春花と似ているような気もする。

「お、落ち着いてください、夏月さんっ!」
「って、紗雪先輩まで!?」

 すると今度は、植えこみの陰から紗雪先輩が姿を現した。

 めまぐるしい登場人物達の乱入に、オレの目はごま粒になる。

「あははは……見つかっちゃったかぁ」

 紗雪先輩は気まずそうに苦笑いしながら、となりで大号泣している春花の兄さんにハンカチを渡した。

 鼻水の出しすぎて、脱水症状になって倒れないか、ちょっと心配になるレベルだ。

「良いもの見せてもらったわ、桜雅くん! 今日からアナタは、ウチの義弟(おとうと)よぉ! ハルと一緒に、お兄ちゃんが余すところなく可愛がってあげるからねぇぇぇぇぇ!?」
「お兄ちゃん! 恥ずかしいから、本気でやめてっ!?」
「じゃあ、今晩は……ハンバーグカレー、にんじん抜きでお願いします」
「いや、おうくん!? そこ受け入れちゃ、ダメだよ!?」

  救いようがない量の涙を流す兄の姿に、春花は助けを求めるように紗雪先輩を見た。

「頑張ったね、ハルちゃん」
「先輩……」
「ふふふっ。二人の結婚式、私、今から楽しみにしてるね。式場はどこかなぁ」
「へっ!?」

 春花の肩に優しく手を添え、天使の笑みを浮かべた紗雪先輩は、トドメの一言を告げた。

「せ、先輩までっ……! 変なこと言わないでくださぁぁぁぁぁいっ!」

 春花の真っ赤な絶叫が、賑やかな春風に乗って、桜吹雪と共に空へ散っていった。