桜が咲いたら、必ず君に会いにいく

 家に着いた頃には、雨は土砂降りになっていた。

「おかえり〜。ドーナツ、買えた〜? って……びしょ濡れじゃないの!」

 何も知らないお兄ちゃんがのんきにやって来て、僕を見た瞬間、顔を真っ青にした。
 
「何があったの!?」
「……」

 急いでタオルを持ってきたお兄ちゃんに、僕は何も答えなかった。

「教えて、ハル。妹に隠し事されたら、お兄ちゃん、泣いちゃうかも」

 頭に被せられたタオル越しに触れたお兄ちゃんの手を、僕は乱暴に振り払った。

「今さら……お兄ちゃんずらしないでよ」

 出てきた言葉は、トゲの塊だった。

「そう、よね……。ごめんね、ハル。いつまでも妹扱いされるのは、嫌だったわよね……」

 僕に振り払われた手をおろし、ダメージデニムの裾を掴むお兄ちゃん。

「そうじゃないんだよっ!」

 気付いたら、叫んでいた。

「お兄ちゃんは、何もわかってない! 僕の苦労なんて……これっぽっちも!」

 十年以上も、僕の中で渦を巻いていたドス黒い感情が、一気にあふれ出す。
 ずっと押さえこんでいた蓋は、いとも簡単に外れてしまった。

 お兄ちゃんに謝って欲しいわけじゃない。
 ただ僕は、あの時……お兄ちゃん達と一緒に桜の木に登りたかったんだ。

「お兄ちゃんね……。ハルには自由に生きてほしかったんだ……」
 
 お兄ちゃんの悲愴に歪んだ顔を見た時、激しい後悔の波が押し寄せた。

 たとえ、心で思っていても、言っていいことと言っちゃいけないことがある。

「可愛い物をたくさん作って、ハルにプレゼントしてあげたかった……。だから……高校を卒業したら、今のお店で働こうって決めて。ハルにもお母さんにも、迷惑かけないようにしたつもりだったんだけどなぁ……」

 普段の軽い口ぶりじゃない。

 僕は今、初めて目の当たりにした。
 この数年間の、お兄ちゃんの苦悩を。

「ごめん……ごめんなさい、お兄ちゃんっ!」

 たまらず、お兄ちゃんの胸に飛びこんだ。
 お兄ちゃんは驚いたように目を丸くしている。

 ——やっと気付いた。

 僕は、お兄ちゃんのことを誤解してたんだって。

「いいのよ、ハル」

 お兄ちゃんは乱れた僕の前髪を指ですくうと、まぶたの裏からこぼれ落ちた涙をそっと拭ってくれた。

「どんなに嫌われたって、お兄ちゃんはあなたの味方よ。可愛いハルのためなら、全世界を敵に回したって構わないんだから」
「うっ……わぁぁぁぁぁっ!」

 胸を締め付けていた鎖が切れて、僕はお兄ちゃんの腕の中で、声を上げて泣きじゃくった。

 その間もずっと、お兄ちゃんは僕の背中を優しくさすりながら、何も言わずに抱きしめてくれていた。