遡ること数日前。
「ただいまぁ」
リビングに行くと、お兄ちゃんがノートパソコンに向かって作業をしていた。
「あっ、ハル、おかえりなさ〜い」
「……プリン、買ってきたよ」
「ありがと〜! 愛してるわ、ハル♡」
「わっ! きゅ、急にくっつかないでよっ……」
「あら〜、ごめんなさぁい。でも、兄妹特約ってことで許してね♡」
ちっとも悪びれる様子もなく、お兄ちゃんは僕の手からプリンの袋を奪っていく。
お兄ちゃんは、昔から甘い物に目がない。
小さい頃、楽しみに取っておいた冷蔵庫の中のアイスが、いつの間にか消えていて、犯人がお兄ちゃんだった……なんてことがあったっけ。あの時は僕が泣いちゃって、お母さんが近くのコンビニまで買いに行ってくれたんだよね。
「ハルも一緒に食べましょ!」
「えっ、僕の分もあるの?」
「当たり前じゃない〜」
「全部一人で食べるんだと思ってた」
「ちょっとぉ! お兄ちゃんは、そんなに食い意地張ってないわよぉ〜」
気分も上々に、お兄ちゃんは、テーブルの上にスプーンを並べる。
僕より四歳年上のお兄ちゃん。
高校を卒業して以来、別居してたんだけど、「お店が改装中なの〜。しばらく泊めさせてね♡」と、一週間前、我が家に押しかけてきた。
お兄ちゃんは、おしゃれでセンスが良いし、顔もかなりのイケメンだと思う。
……ただし、口を開かなければ。
「ねぇ、ハル。この前あげたキーホルダー、気に入ってくれてるぅ?」
「あー……。実はそれ……知り合いの人にあげちゃったんだよね……」
「えっ」
「ご、ごめん。綺麗だねって言ってくれたから……」
お兄ちゃんは、体をくねくねさせて、大げさに悲しむ真似をした。
「酷いわぁ〜、ハル! せっかく、お兄ちゃんが愛情をこめて作ったのにぃ! それをよその子に上げちゃうなんてぇ。今すぐ住所を教えなさい! お兄ちゃんが取り返してくるわ!」
「絶対にやめて! 不審者だって思われる! それに僕、その人の家の場所知らないし……」
お兄ちゃんのしゃべり方が変わったのは、いつだっただろう。
僕が中学に上がった頃くらいからだった気がする。
それまで泥だらけになって友達と外を走り回っていたようなお兄ちゃんが、突然、アクセサリーやらコスメに夢中になり出したのは。
「そういえば、最近、桜雅くんとはどうなのよ? 少しは進展あったぁ?」
「ゲホッ……!?」
飲みこみかけていたプリンのかけらが、喉の奥の気管にめりこんだ。
「ちょっとぉ、大丈夫!? はい、お水!」
悲鳴を上げたお兄ちゃんから差し出されたコップをひったくり、一気に流しこむ。
おうくんのこと、お兄ちゃんにはそんなに話してないのに……。
「だって、あなた、今月に入ってから、ずっとそわそわしてて落ち着きなかったじゃない。朝は生クリームと牛乳間違えるし」
「うぐっ……」
全部、見られていたのか……。
「生クリームと牛乳はわからなくても、お兄ちゃんの目は誤魔化せないわよ。視力検査2.0なんだから」
「視力は関係ないでしょ……。あとそれ、お母さんのだから」
プリンを食べ終えて、二つ目に手を伸ばしかけていたお兄ちゃんの腕をピシッと叩き、箱を取り上げる。お兄ちゃんは、『テヘペロッ!』と、可愛げに舌を出した。
なんというか……。
僕は一体、どんな顔をして、この兄を見届けてあげたらいいんだろうか。
「でも、ずっと黙ってるわけにはいかないんでしょ」
「それは……そう、だけどさぁ」
咀嚼もそこそこに、プリンを飲みこむ。
カラメルソースの苦い味が口に広がった。
ずっと考えていた。
おうくんは僕を男の子だと思ってる。
今も昔も、ずっと。
でも、いつかは言わなきゃいけない日が来る。
今日だって、水着を買いに行くなんて言われた時は、ヒヤッとした。
何度も何度も……女の子だって、バレそうになった。
そのたび、思い知らされるんだ。
僕らは、もう子どもじゃないこと。
伸びた背丈の差も手の大きさも。
誤魔化し通すのには限界がある。
「それでも、僕は叶うなら、おうくんと友達でいたい」
「……そう」
お兄ちゃんは優しいまなざしを僕に向け、包みこむように言った。
「そこまで言うなら、お兄ちゃん、余計な口は出さないわ。でも、後悔だけはしないようにね」
「うん……大丈夫」
好きな人と一緒に、おうくんには幸せになってほしい。
それだけが僕の願いだった。
「ただいまぁ」
リビングに行くと、お兄ちゃんがノートパソコンに向かって作業をしていた。
「あっ、ハル、おかえりなさ〜い」
「……プリン、買ってきたよ」
「ありがと〜! 愛してるわ、ハル♡」
「わっ! きゅ、急にくっつかないでよっ……」
「あら〜、ごめんなさぁい。でも、兄妹特約ってことで許してね♡」
ちっとも悪びれる様子もなく、お兄ちゃんは僕の手からプリンの袋を奪っていく。
お兄ちゃんは、昔から甘い物に目がない。
小さい頃、楽しみに取っておいた冷蔵庫の中のアイスが、いつの間にか消えていて、犯人がお兄ちゃんだった……なんてことがあったっけ。あの時は僕が泣いちゃって、お母さんが近くのコンビニまで買いに行ってくれたんだよね。
「ハルも一緒に食べましょ!」
「えっ、僕の分もあるの?」
「当たり前じゃない〜」
「全部一人で食べるんだと思ってた」
「ちょっとぉ! お兄ちゃんは、そんなに食い意地張ってないわよぉ〜」
気分も上々に、お兄ちゃんは、テーブルの上にスプーンを並べる。
僕より四歳年上のお兄ちゃん。
高校を卒業して以来、別居してたんだけど、「お店が改装中なの〜。しばらく泊めさせてね♡」と、一週間前、我が家に押しかけてきた。
お兄ちゃんは、おしゃれでセンスが良いし、顔もかなりのイケメンだと思う。
……ただし、口を開かなければ。
「ねぇ、ハル。この前あげたキーホルダー、気に入ってくれてるぅ?」
「あー……。実はそれ……知り合いの人にあげちゃったんだよね……」
「えっ」
「ご、ごめん。綺麗だねって言ってくれたから……」
お兄ちゃんは、体をくねくねさせて、大げさに悲しむ真似をした。
「酷いわぁ〜、ハル! せっかく、お兄ちゃんが愛情をこめて作ったのにぃ! それをよその子に上げちゃうなんてぇ。今すぐ住所を教えなさい! お兄ちゃんが取り返してくるわ!」
「絶対にやめて! 不審者だって思われる! それに僕、その人の家の場所知らないし……」
お兄ちゃんのしゃべり方が変わったのは、いつだっただろう。
僕が中学に上がった頃くらいからだった気がする。
それまで泥だらけになって友達と外を走り回っていたようなお兄ちゃんが、突然、アクセサリーやらコスメに夢中になり出したのは。
「そういえば、最近、桜雅くんとはどうなのよ? 少しは進展あったぁ?」
「ゲホッ……!?」
飲みこみかけていたプリンのかけらが、喉の奥の気管にめりこんだ。
「ちょっとぉ、大丈夫!? はい、お水!」
悲鳴を上げたお兄ちゃんから差し出されたコップをひったくり、一気に流しこむ。
おうくんのこと、お兄ちゃんにはそんなに話してないのに……。
「だって、あなた、今月に入ってから、ずっとそわそわしてて落ち着きなかったじゃない。朝は生クリームと牛乳間違えるし」
「うぐっ……」
全部、見られていたのか……。
「生クリームと牛乳はわからなくても、お兄ちゃんの目は誤魔化せないわよ。視力検査2.0なんだから」
「視力は関係ないでしょ……。あとそれ、お母さんのだから」
プリンを食べ終えて、二つ目に手を伸ばしかけていたお兄ちゃんの腕をピシッと叩き、箱を取り上げる。お兄ちゃんは、『テヘペロッ!』と、可愛げに舌を出した。
なんというか……。
僕は一体、どんな顔をして、この兄を見届けてあげたらいいんだろうか。
「でも、ずっと黙ってるわけにはいかないんでしょ」
「それは……そう、だけどさぁ」
咀嚼もそこそこに、プリンを飲みこむ。
カラメルソースの苦い味が口に広がった。
ずっと考えていた。
おうくんは僕を男の子だと思ってる。
今も昔も、ずっと。
でも、いつかは言わなきゃいけない日が来る。
今日だって、水着を買いに行くなんて言われた時は、ヒヤッとした。
何度も何度も……女の子だって、バレそうになった。
そのたび、思い知らされるんだ。
僕らは、もう子どもじゃないこと。
伸びた背丈の差も手の大きさも。
誤魔化し通すのには限界がある。
「それでも、僕は叶うなら、おうくんと友達でいたい」
「……そう」
お兄ちゃんは優しいまなざしを僕に向け、包みこむように言った。
「そこまで言うなら、お兄ちゃん、余計な口は出さないわ。でも、後悔だけはしないようにね」
「うん……大丈夫」
好きな人と一緒に、おうくんには幸せになってほしい。
それだけが僕の願いだった。


