桜が咲いたら、必ず君に会いにいく

 ふと思い出すのは、五歳の頃の記憶。

「なんだよ、そのダッサイ服! ぶかぶかじゃん!」
「女のくせに変なの〜」
「や、やめてっ……!」
「こいつん家、父ちゃんいないんだってさぁ。だから、兄ちゃんの服しか着るもんないらしいぜ」

 母子家庭だった僕の家には、服にお金をかける余裕なんてなかった。

「こっち来んなよぉ! 貧乏が移るだろ!」
「い、痛いっ……!」
「おいおい、泣くなよぉ。貧乏人なら、これくらい我慢しろって」 

 砂利をかけられたり、ズボンの裾を引っ張られたり。
 ”異質な存在”だった僕は、近所の男の子達の格好の標的にされていた。

「うぅ……」

 かかとのすり減った大きな靴は、上手くバランスが取れなくて、何度も転びそうになる。

 ひとりぼっちの僕の世界は、いつも海の底の洞窟みたいに暗くて窮屈だった。

「バカだなぁ、お前ら。弱い者いじめなんて、ガキのやることだぞ」

 だけど、ある日。

 ひとりぼっちだった僕の世界を、君が壊してくれた。

「ああ? なんだよ、お前!」
「偉っそうにしやがって。何様のつもりだぁ?」
「王様だ! なぜなら、オレの名前にそう書いてある!」
「その字じゃねぇし……。バカはお前だろ」
「なんだと無礼者! 王に向かって生意気な!? オレにケンカ売ってんのか!?」

 おうくんは一人で、いじめっ子達に頭から突進していった。

「食らえ! オレの石頭(ロック・ハンマー)!」
「いってぇっ!」
「間抜け王のくせに、よくもやったなぁ!?」

 男の子達が寄ってたかって、おうくんに飛びかかる。

「卑怯だぞ、お前ら!? プロレスのルールは、1対1だろうがぁぁぁっ!」

 男の子達に押さえこまれながらも、必死に腕を振り回して暴れるおうくん。

「ギャハハハハッ!! や、やめろって……! おい、こら、聞いてんのかぁ!?」
「王もくすぐりには弱いのかよ。だっせぇー」
「デカいのは態度じゃねぇか。惨めな王様だなぁ」
 
 Tシャツをめくられ、見えたおうくんのぺったんこのお腹。

「お前ら、もっとやっちまえー!」
「く、くそぉ……。あとで覚えてやがれぇぇぇぇ……」

 僕は怖くて、手も足も動かなかった。
 それでいて、自分が同じ目に遭わなくて良かったなんて……少しだけ安心してしまった。

 男の子達がいなくなった後。
 おうくんは、ぜぇぜぇと息を荒くしながら地面に倒れていた。

「だ、大丈夫……?」
「ふん! これくらいなんともない!」

 明らかに強がりだった。

「その……ご、ごめんね……」
「謝るでない。オレは王だ」
「おう……じゃあ、おうくん?」
「そうだ! だから、ちゃんと敬えよ」
「えっと……」

 敬え、と言われても……。
 何をどうしたらいいのかわからなくて、僕はとりあえず、その場に小さくひざまずいた。
 
「よろしい!」
「わっ!」

 すると、おうくんは満足気にうなずいて、いきなり僕の頭をなでてきた。

「お前は、あのバカ達と違って賢い! オレの家来にしてやろう!」
「け、家来? って、何するの……?」
「んー……。まぁ、適当でいいよ。友達みたいなもんだし」
「え、えぇ……」

 おうくんの適当は気まぐれで、基準だってよくわからない。

 だけど……僕はあの時、胸が張り裂けちゃいそうなくらい嬉しかったんだ。

「んで、お前の名前は?」
「え、えっと……」

 口に出しかけた言葉を、寸前でとっさに打ち消した。

 ——女の子だって知られたら、またからかれるかもしれない。

 男の子達に、『変な服』、『貧乏人』と笑われてばかりの僕は、可愛いおもちゃの一つも持っていないから、女の子の輪にも入れてもらえなかった。

 だから、あの日の僕にとって、おうくんは……たった一人現れた(ヒーロー)だったんだ。

「は、ハル……! ……ぼ、僕の名前」

 ——嘘だ。

 僕の本当の名前は、ハルじゃない。

 だけど、またひとりぼっちになるのが怖くて。

 守ってくれた優しい光を繋ぎ止めていたくて。

 僕は自分の存在を嘘の(よろい)で固めた。

 * * *