桜が咲いたら、必ず君に会いにいく

 ハルに水着を拒否されてから約24時間後。
 オレはアクセル全開で、校内を迷走していた。

「どこだ!? 紗雪先輩、どこにいるんですかぁぁぁぁ!?」

 放課後は、オレの愛車——ただのママチャリである——で、紗雪先輩をお迎えに上がるはずが……。

 どうやら、オレが思う以上に生徒会長の仕事は忙しいらしい。

 二年生の教室に向かえば、

「紗雪ちゃんなら、先生に呼ばれて」

 職員室に駆けこめば、

「美澄なら、生徒会室に」

 生徒会室に飛びこめば、

「図書室に行ったよ」

 鼻息も荒く、司書の先生に押しかければ、

「さっき帰ったよ」

 なんて移動の多い人なんだ!

 もしや、それが美しさの秘訣なのか!?

「あっ、いたぁ!!」

 東奔西走、七転び八起き。

 散々、走り回り、オレの肺が、あと少しでガス欠を起こそうというところで、校舎から出て行く紗雪先輩の後ろ姿を見つけた。


「紗雪先輩っーーーー!!」


 最後の力を振り絞り、フルスロットルで、紗雪先輩の進行方向にスライディングする。


「お、桜雅くん……?」
「はぁ、はぁ……!」
「だ、大丈夫!? 目が白目になってるよ!?」

 心配そうに眉根を寄せて、紗雪先輩はオレの顔を覗きこんだ。

 その手がオレの頬に触れようとして——

 ハッとしたように、伸ばした手を下ろした。

 胸元で握りしめた指先が、かすかに震えている。

 ハルには普通に触れてたのに……。

 歯がゆさをこらえ、オレは言った。

「紗雪先輩! 次のデート、オレと海に行きませんか!?」
「海……?」
「はい! 良い場所があるんですよ!」

 ドキドキして返事を待った。
 
 紗雪先輩なら、きっとOKしてくれる。そう期待していた。

「——ごめんなさい」
「……え?」
「海には……行けない」
 
 冷たい声だった。

 さっきまで熱を帯びていた胸の中心が、波紋を広げるように冷めていく。

 スクールバックの紐を固く握り、紗雪先輩はうつむいた。

 ひょっとして先輩も海が嫌いなのか……?

「い、いいんですよ!」

 慌てて、代案を捻り出す。

「海がダメなら、山とか、星とか、映画とか……他にも色々ありますから! 紗雪先輩の都合も聞かずに、勝手に決めたオレが悪いです!」
「そうじゃないのっ……」

 息を震わせながら、紗雪先輩は両手で顔を覆った。

「私ね……やっぱり、桜雅くんとは付き合えない」

 ——え?

 一瞬、思考が止まった。
 
「あの日、気付いちゃったの。私は君のとなりにいるべきじゃない……。私がいたら、きっと君を不幸にする……」
「そんなことっ……! 全部、紗雪先輩の思いこみですよ!!」

 しかし、オレの声は(くう)を切るばかりで……紗雪先輩の胸には響かなかった。

「もう、苦しいのっ‥‥! 好きだって言ってくれる人がいるのに、いつも私だけ何も返せない……。君を傷付けてしまうのが怖いのっ……!」

 痛切な叫びが、耳朶(じだ)を打つ。

 儚く光ったオリーブの瞳が、皮肉にも美しかった。
 
「遊園地、楽しかったよ……。素敵な思い出をありがとう……。私を好きになってくれてありがとう……。君の気持ちを裏切ってしまって、ごめんなさい……」
「待ってくださいっ!!」

 去っていく背中を追いかける。

 けれど、伸ばした手は紗雪先輩に触れることなく——

 掴んだのは、空気の塊だった。

「黒崎っ!! ここにいたか! 放課後は残って補習だと言っただろう!?」

 背後から襟首を掴まれる。

「離してくれ!! 今はそれどころじゃないんだ!」
「こら、逃げるんじゃない!」

 オレは必死にもがくが、我が校の大男(ビッグフット)である先生は、びくともしない。
 
 数学教師なのに、なんて怪力だ! 因数分解に筋肉は必要ないだろ!?

「明日、絶対、受けますから! どうか、今日だけは見逃してください!!」
「ダメだ! そう言って、またすっぽかすつもりだろう。さっさと教室に戻るぞ! 課題が終わるまでは、一歩も教室の外に出させんからな!」
「そ、そんな……!」
 
 抵抗虚しく、校舎に連行される。

 校門に目を向けると、紗雪先輩の姿はもうなかった。