桜が咲いたら、必ず君に会いにいく

 遊園地の帰り道。
 駅でハルと別れた後、オレは紗雪先輩と二人きりになった。

「……」
「……」

 のしかかるような沈黙の海が、オレと紗雪先輩の距離を広げる。
 
 沈む夕日の向こうで、カラスが鳴いていた。

 まずい……。
 ハルがいなくなったとたん、話題の手札が尽きたぞ!

「きょ、今日は楽しかったですね、紗雪先輩!」
「そうだね、桜雅くん」

 反応が薄い……。

 もしや紗雪先輩……本当は楽しくなかったのでは!?

 それとも、オレのトークがつまらないから呆れてる!?

 ハルがいた時は、あんなに話してくれたのに……。
 
 た、確かに、あいつが、いい奴なのは認める。

 ——だが、オレだって負けてられんのだ!

「桜雅くん? もしかして緊張してる? 歩き方が……お化け屋敷にいたゾンビみたいになってるよ?」
「さ、紗雪先輩の美人オーラが眩しすぎて……オレ、浄化されそうです」
「わ、私、そんなすごいオーラが出てるの!?」
 
 紗雪先輩が苦笑する。

 出すカードを間違えた。なんてこった!

 考えろ、考えるんだ、オレ。
 この危機的状況を打破するには……。
 
 ビリビリっと音がして、オレの思考を繋ぐ回線がショートした。
 
 ——ああ、わからん! 
ハルよ、助けてくれぇっ! 

「紗雪先輩!」
「な、なにかしら?」
「そのキーホルダー、めちゃくちゃ可愛いです!」

 とっさに目についたカバンを指差す。

 持ち手についたレジンのキーホルダーが、紗雪先輩の動きに合わせてキラッと光った。

「ああ、これね。実はさっき、ハルくんにもらったの」
「は、ハルが?」
「ハルくんのお兄さんが、アクセサリーショップで働いてるらしくて。プレゼントにもらったんだって。でも、ハルくん、『僕が持ってても、あんまり意味ないですから』って言って、私にくれたの」

 おのれ、ハルめ。
 オレのいないところで、ちゃっかり好感度稼ぎなんぞしよって!

「今、何か言った?」
「いえ……何でもありません。紗雪先輩に隠し事なんて言語両断ですよ!」
「それを言うなら、言語道断の間違いじゃないかなぁ?」
「そ、そうでしたね! ど忘れしてました……ハッ、ハハハハ」

 致命的なミスに、恥ずかしさで顔が破裂しそうになる。

 何やってんだよ、オレ……。

 もっと利口そうに振る舞えないのか!?

「紗雪?」

 その時、重低音の効いた、清涼感のある声が鼓膜に届いた。

 紗雪先輩がハッと足を止め、後ろを振り返る。

秋也(しゅうや)……?」

 ドキッと、心臓が大きく鳴った。

 171センチあるオレですら、見上げるほど高い身長。
 スッキリした目鼻立ちに、寸分のズレもない輪郭。
 履いている白のスラックスは、どこから見ても染みひとつなさそうだった。

 誰だ……まるで洗剤の宣伝に出ていそうな、この爽やかなイケメンは。

 しかも、いきなり紗雪先輩を呼び捨てするなんて、とんでもない非常識な奴。

 そう思っていたのだが……。

 いや、待てよ。

 こいつ、まさか、紗雪先輩を振った畜生(ちくしょう)じゃねぇか!?
  
「奇遇だね、紗雪」

 憎たらしいほどの笑顔で手を振りながら、そいつは近付いてくる。

「元気にしてた?」
「元気じゃなかったら、こんなおしゃれして外出なんてしていないでしょう」
「あははは。あいかわらず、真面目だなぁ、紗雪は」
「誰かさんが推薦したから、こっちは生徒会長の肩書きを背負わされてるのよ」

 すとんと肩を落とすと、紗雪先輩はカバンの紐を持ち直した。

 二人の会話から察するに、しゅう……なんとかが、紗雪先輩を生徒会長に推薦したってことか?

「そっちこそ、大学生活はいかがお過ごしで? どうせ、あなたのことだから授業についていけない、なんて心配はまずないんでしょうけど」
「そんなことないって。紗雪は俺を買い被りすぎだよ」

 気安く話しかけやがって……なんだなんだ、こいつ……! 

 まさか自分から振っておいて、紗雪先輩を狙ってるのか!?

「ところで、そっちの彼は?」
「1年生の桜雅くん。実は……」

 胸の中で、黒い炎(デス・ファイアー)が、メラメラと燃え上がる。

「紗雪先輩に何か用っすか? オレ達、今、デート中なんですけど」

 オレはたまらず、一歩前に出て、立ち塞がる巨人をにらみつけた。

 小指の先の1ミリでも、紗雪先輩に触れてみろ。

 オレがギタギタにしてやる!
 
「デート?」
「オレ、紗雪先輩の彼氏なんで」

 ——決まった。
 イケメン相手に、一矢報いたぜ!

「そっか。君が紗雪の新しい……」

 へっ! 今更、後悔しても遅い遅い。
 精々、紗雪先輩を振った過去の自分を恨みやがれ!

「よかったね、紗雪。大事にしてくれる人が見つかって」
「……え?」

 紗雪先輩は固まり、ぱちぱちと目をしばたたかせた。
 
 しゅ、祝福されるだと……?

「桜雅くんって言ったっけ? 邪魔して悪かったね」

 てっきり、紗雪先輩を奪い返しに来るものかと警戒していた。

 なんなら、一撃で仕留めてやるつもりだったのに。

 これじゃ、オレが噛ませ犬みたいだ……。

「じゃあ、また。二人とも幸せにね」

 ちらりと紗雪先輩に視線を向けた後、洗剤イケメンは爽やかに手を振った。
 
 そのまま帰るのかと思いきや、途中で立ち止まって、オレにだけ聞こえる声で耳打ちする。

「紗雪をよろしくね。……彼女の理解者に、俺はなってあげられなかったから」

 夕日の影に隠れた切れ長な瞳は、優しげなのに、少しだけ寂しそうに見えた。。

 そんな顔されたら……明日から洗剤が使えなくなるだろ。
 それとも、目に入れても痛くない洗剤を探せってかぁ!?

「ごめんね、桜雅くん。秋也は私の幼馴染で、うちの高校の元生徒会長だったの」
「へ、へぇー」

 必死で知らないふりをした。

「で、でもっ! あんな上っ面だけのヒョロ男より、オレの方が強いっすよ、紗雪先輩!」

 紗雪先輩の目の前で、ぐっと力こぶを作ってみせる。

「あはは、すごいねぇ。確かに秋也じゃ、ここまでのこぶはできないかも」

 紗雪先輩が笑ってくれている!

 秋也だか、シュウマイだか知らんが、この笑顔は死んでも渡さんぞ。

 オレは固く決心した。

 でも、紗雪先輩——

 本当のこと、どうして、オレには話してくれないんだろう。
 昼間、ハルには話していたはずなのに。

 まだ、信頼されてないのか……。

 夕日に包まれた街の中に消えていく、紗雪先輩の背中を見送る。
 
 小骨のように胸にまとわりつくトゲは、まだ刺さったままだった。