桜が咲いたら、必ず君に会いにいく

「黒崎くん」
「美澄先輩!」 

 ロング丈の白いワンピースが、ふわりとはためく。
 七分袖のレースに透ける肌色が、オレの理性を吹き飛ばした。

 ああ、神様、仏様、ここは天国ですか。

「ごめんね、待たせちゃったかな?」
「いえいえ! オレも今、来たところっすから! 一秒だって待ってませんよ!」
「そう? なら、よかった」

 美澄先輩が、しとやかに微笑む。
 つばの広い帽子——キャペリンハットというらしい——が、とてもお似合いだった。

「じゃあ、行こっか」
「はい!」

 オレは先輩のとなりに体をスライディングさせ、車道側の道を歩く。
こういうさりげない気遣いが大事なのだ。

 ちらりと後ろを振り返る。

 背中は託したぞ、ハル!

「あの、美澄先輩!」
「ん? どうしたの、黒崎くん」
「その……桜雅って、呼んでくれませんか? 黒崎より文字数も少ないですし!」

 なんて言ったのは建前だ。

 本当はただ、オレがそう呼んでほしい。

 だって、せっかくのデートだし……。

「桜雅くん」
「っ……!?」

 あかん——尊すぎて、聴力が壊れる。

「私も紗雪でいいよ」

 待ってましたーー!!

「わかりました!」

 紗雪先輩とお呼びできるなんて。
 こんな幸せ、あっていいのだろうか。

 ああ、神様、恋の女神様。
 素敵な贈り物を授けてくれて、ありがとうございます。
 オレは今日から立派な紳士になります。

「紗雪先輩は、何に乗りたいですか?」
「うーん、そうだなぁ」
「ダンジョンとかもあるらしいっすよ!」
「よく知ってるねぇ。調べてくれたの?」
「そりゃもちろん、彼氏の務めですから! 割と抜かりないタイプなんすよ、オレ」
「そうなんだ。じゃあ、今日は桜雅くんにお任せしちゃおうかな」
「喜んでお任せされます!」

 よし、いいぞ、いいぞ。
 こうやって、少しずつ先輩の心を掴んでいく。
 我ながら完璧なプランだ。

「見えましたよ、紗雪先輩! あれじゃないっすか!?」

 駅から歩くこと十五分。
 観覧車のカラフルなゴンドラと、遊園地の入り口が見えてきた。

「看板が変わってる。リニューアルしたのね」
「紗雪先輩……もしかして、来たことあるんですか?」
「昔にちょっとだけね」
「そ、そうだったんですか!?」」

 ——しまった。

 遊園地を提案したのはオレ。
 まさか、出だしからつまずくなんて!

「す、すみません! 確認不足で……」
「ううん、気を遣ってくれて、ありがとう。でも、私、楽しみだよ。新しいアトラクションとか増えてるみたいだし、前に来た時のことは、あんまり覚えてないから」

 なんて広い心をお持ちなんだ!
 
 体の芯から活力がみなぎってくる。やる気と元気だけは百人前だ。

「全アトラクション制覇しましょう!」
「き、気合いがすごいね。桜雅くんについていけるなぁ、私」
「も、もちろん、休憩は大事です! 疲れたら、遠慮なく言ってくださいね!?」
「ありがとう。それなら、お姉さん安心かも」

 しめた。
 この流れで、紗雪先輩の手を取り、オレが誘導する。

 だから、手を……手をっ!

 なぜ、動かない!?
 まさか、ビビっているのか、オレ!

「桜雅くん?」
「さ、紗雪先輩……! 一体、どちらへ!?」

 数メートル先に視線を移すと、紗雪先輩は既に入り口の受付にいた。

 たった数秒前まで、となりにいたのに!

 さては転移魔法の使い手なのか!?

 さすが紗雪先輩! スピードレベルが桁違いだ。

「今行きます!」

 オレは小走りで、紗雪先輩のところへすっ飛んで行った。

 ここでさりげなくかつスマートに、二人分の支払いを済ませて!

 ——と思っていたのだが。

 あれ……財布、どこしまったっけ?

「桜雅くん、見つかった?」
「もう少々お待ちを!」

 だらだらと冷や汗にまみれ、リュックの中を引っ掻き回す。

 この感触……捕まえた!

 しかし、イヤホンやら充電器のコードに引っかかって、これがなかなか取り出せない。

 ああ、もうじれったい! 紗雪先輩が、帰ってしまうではないか!

「あの」 
 
 見ていた紗雪先輩が、係員に話しかける。
 
 まずい! これで、「やっぱり、やめます」なんて言われたら……。

 オレのハネムーンが、遥か遠い来世までお預けになってしまうかもしれん!

 それだけは死んでも阻止せねば!

 しかし、焦れば、焦るほど、財布はリュックの奥へ潜りこんでいく。

 頼むから、大人しくオレに捕まってくれ!

「電子マネーって、使えますか?」
「はい、ご利用できますよ」

 ピッ。

 先輩のスマホがバイブし、音が鳴る。

 ワンタッチとか……そんなのありかよ!?

「いってらっしゃいませ〜」
「待ってる人いるし、とりあえず、入ろっか」
「でも、オレ、まだ……」
「一緒に払っておいたよ」
「な、な、な、な、なんとーーーーー!」

 何食わぬ顔で、紗雪先輩は言ってのける。
 
 ワンタッチだけでなく、オレの分まで払うとか……。

 スマートすぎるだろ! ……スマートフォンだけに。

「財布、ありましたぁ! いくらでしたっけ……?」
「いいよ、いいよ。ここで現金出すのも手間だし。後でリンク教えるから、そっちに送金しておいてくれる?」
「そ、そんな秘策があるなんて……! 紗雪先輩、もしや、あなたは二十二世紀からいらしたタイムガールですか!?」
「わ、私は二十一世紀生まれだよ。ただ……いちいち現金出すのって面倒なのよねぇ」

 ガビーン!

 つまり、オレは俗に言う『現金な奴』なのか……。

 うぅ……。

 こうなったら、今すぐ財布の中身をすべて電子マネーに換金して、オレも令和時代の先駆者(パイオニア)になるしかない!

「まぁ、でも、現金しか使えないお店もあるかもしれないし」
「で、ですよねぇ〜」

 あれ、オレ、今、もしかして、先輩にフォローされた? 

「紗雪先輩、今ならジェットコースターが空いてますよ! 一緒に行きましょう!」
「最初に乗って大丈夫?」
「余裕ですよ!」
 
 アトラクションで挽回しないと、もう後がない。

「オレが付いてますから、紗雪先輩は大船に乗ったつもりでいてください!」
「私達、ジェットコースターに乗るのよね……?」

 三十分後。

「グェェェ……! 気持ち悪い……」
「だ、大丈夫!?」
「な、なんのこれしき……」

 あれは魔界の乗り物だ。胃袋がよじれたぞ。

「あ、足元がふらふらしてるよ、桜雅くん!」

 目の前が、コーヒーカップのようにグルグルと回転する。

 世界の形が歪んでも、紗雪先輩のお顔だけは変わらず美しかった。

「向こうのベンチで、少し休もう」
「め、面目ありません……」

 紗雪先輩に促され、ベンチに腰掛ける。

 まったく、酷い目にあった。
 オレの脳みそをトロトロのスライムにする気か!

「お水買ってくるね」
「あっ、お構いなくっ……」

 紗雪先輩は席を立つと、オレを残して売店の中へ入っていく。

 今のままでは紳士のかけらも、へったくれもない。

 これ以上、紗雪先輩に失態を晒せば、一発アウトの即ゲームオーバーだ!

「——おうくん。おうくん!」 
 
 不意に、ちょんちょんとTシャツの袖を引っ張られる。
 
「なんだ、ハルか」

 オレの青ざめた顔を見たとたん、ハルはぎょっとして、後ろにのけぞった。

 それから売店の方をちょくちょく気にかけながら、正面でかがんだ。

「おうくんさ、無理してない?」
「してない、の反対……」

 強がる気力も意地も残っていなかった。
 
「オレ、めっちゃダサくね……?」

 紗雪先輩をエスコートする計画のはずが、オレがエスコートされてしまっている。

 こんなトンチキっぷりで、好きになってもらえるんだろうか。

「別にいいじゃん……ダサくたって」
「なんだって……?」

 ハルは、ちょっと照れくさそうにうつむいた。

「おうくんは……おうくんのままが一番かっこいいんだよ」

 人差し指の先で、ポリポリと頬をかく。

 胸の中の霧が、スゥーッと晴れていった。

「ふっ。よくわかってるじゃないか。さすが、オレの見こんだ弟子だ」

 ハルの手をぐいっと引っ張り、となりのスペースに座らせる。

 あいかわらず、小学生みたいに軽い体だ。

「ちょっと!? 雑に扱わないでよ!」
「ハハハハ! これはあれだ。オレからお前への愛の挑戦状というやつさ。ライオンの親は我が子を崖に突き落とすと、よく言うだろう」
「僕、いつからおうくんの子になったの!? ていうか、愛の挑戦状って、一体、なんなのさ!?」
「ガォー!」
「た、食べないでぇ!」

 丸めた両手の爪と、オレのチャームポイントである八重歯を立て、ハルに襲いかかる。

「っ……!」

 こやつ、意外とすばしっこいなぁ!

 くすぐり攻撃をしかけてやろうと思ったのに、ことごとく手を交わされた。

「や、やめてよぉ〜」 
 
 なんて口では言いつつ、ハルも笑っているように見えたのは、オレの気のせいだろうか。

 やれやれ。つくづく世話の焼ける子ライオンだ。

「先輩、帰ってこないね」

 園内にある時計塔を見て、ハルがつぶやいた。

「もう十五分も経ってるぞ!」
「な、何かあったのかな?」
「ハル、お前はもっと危機感を持て。カップ麺、五個分だぞ!」
「う、うん……麺が伸びて、大盛りサイズになっちゃうねぇ」
「……」
「えっ、何で黙ってるの!? 僕が滑ったみたいな空気になってるじゃん!」
「ハル、今はそういう冗談いいから」
「おうくんが言ったんだよ!?」

 ハルはおでこをおさえ、よろよろとベンチの背もたれによりかかった。

「いくらなんでも長すぎる! これはきっと事件だ!」
「そ、そんな大げさな」
「バカ野郎! 何かあってからじゃ遅いんだぞ」

 もしや、柄の悪い男に絡まれて……。

 だとしたら、一大事だ! オレが今すぐ駆けつけないと!

「オレ、ちょっと探してくる!」
「ぼ、僕はどうしたら……?」
「お前は、ここで一旦、待機! もし何か異常があったら、すぐにオレに連絡すること! いいな!?」
「わ、わかったって」

 ガタッと立ち上がった衝撃で、ベンチが揺れる。

 その時だった。

「フッフッフッ」

 不気味な笑い声が響く。

「だ、誰だ!?」
「私はゲームマスター、人呼んで——から紅の魔導師(ウィザード)
「全身黒ずくめなのにぃ?」
「それはですねぇ……」
「キャストさんを困らせるのは……さすがにレッドカードじゃないかなぁ、おうくん」

 ハルがとなりで、そっと耳打ちする。

 シルクハットを目深に被った怪しげな男は、思い付いたように、ぽんと両手を鳴らした。

「ああ、そうです! 実は今朝、カラスのイタズラで、衣装を破かれてしまいまして……」
「う、上手い……」

 持っている銀の杖で地面を叩き、シルクハットの男が、「こほん!」と一回、ぎょうぎょうしく咳払いをする。

「えぇ……ただ今より、誠に勝手ながら、この遊園地を封鎖させていただきました。もし人質を解放して欲しければ、私のゲームを攻略してみせなさい」
「ひ、人質だと!? まさか、紗雪先輩も!」
「いや、おうくん! これ絶対、アトラクションのギミックだから! 騙されてるよ!?」
「紗雪先輩をどこにやった!? 白状しろ!」

 食ってかかるオレに、シルクハットの男はほくそ笑む。

「はて。そんな人もいたかな? あいにく人質の名前なんて、いちいち覚えていないものでねぇ」
「そこは覚えておけよ! 重要だぞ!」
「む、無駄だよ、おうくん」
「おやおや、そちらはお友達ですかな」

 値踏みをするように、シルクハットの男は、ハルに視線を向ける。

「よろしい。二人まとめて、私のダンジョンに招待して進ぜましょう」
「えっ、僕も!?」
「受けて立つ! 秒でクリアしてやるよ!」
「フフフ、いい心構えです」
「僕に拒否権はなしですか!?」
「ではこちらへ。私が入り口まで案内して差し上げましょう」

 シルクハットの男が、杖の先でダンジョンらしき建物を指し示す。

こうして今、オレ達の手に汗握る、命をかけたダンジョン攻略が始まった。

 待っててくださいね、紗雪先輩! オレが必ず助け出します!

『第1の扉 暗黒ピエロの夜狂会(パーティー)
「うぉぉぉぉーっ! なんだ、あのバカデカい玉は!?」
「早く逃げないと、ぺったんこにされちゃうよ、おうくん!」


『第2の扉 螺旋回廊《らせんかいろう》の幻覚(イリュージョン)
「どこにあるんだよ、扉は!? さっきから同じところばっかりぐるぐる回ってて、ちっとも先に進まん! さては敵の罠か!?」
「んー、他に道はなかったと思うけど……。あっ、見てよ、おうくん! 壁に矢印が映ってる!」

『終焉の扉 生きるか死ぬかの銃激戦《サドンデス》』
「ここを越えれば、紗雪先輩に会える! 派手に暴れてやろうぜ、相棒!」
「ちょっ……! 僕にレーザー当てないでよ!? 敵はあっちなんだからさぁ!」

 面倒な謎解きと背中をハルに預け、オレは襲い来るモンスター達を次々に光線銃で撃破していった。

 そして――