桜が咲いたら、必ず君に会いにいく

「ハルは、好きな人いないのかよ」
「ゲホッ! ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、僕!?」

 ハルは飲んでいたいちごオレのパックを置き、激しくせきこんだ。

 動揺しすぎだろ……。
 
「お前なら、恋人の一人や二人、すぐにできそうじゃないか」
「ふ、二人はダメでしょ……。勝手に僕をチャラ男にしないで」
「でも、この前、話しかけられてたじゃん、年上のお姉さんに」
「あれは事故だよ……。ちっとも嬉しくなかったし」

 ハルの声は切実だった。決して、謙遜などではなく。

「恋愛しねぇの?」
「し、しない……。だって、怖いじゃんか」
「怖い?」

 小さくうなずく。 

「僕が好きでも、相手も同じだとは限らないでしょ」
「んなもん、聞いてみればいいじゃねぇか」
「か、簡単に言わないでよっ」

 膝の上で、ハルは両手をぎゅっと握りしめた。

「もし相手を困らせたら? 傷付けたら? 縁を切られて、今までの関係にさえ戻れなくなったら? そんなの、僕は耐えられないよ……」

 肩は震え、今にも泣きそうな声だった。

 ズボンの裾に爪が深く食いこむ。くしゃっと、しわが広がった。

「じゃあ、その時はオレが慰めてやるよ」

 ハルの頭を捕まえ、わしゃわしゃとなでまわす。

「わっ!」
 
 ギュッと、ハルが目をつむった。

「そもそもお前が振られるなんて、億に一つもない確率だろうがな」
「ど、どんな確率……?」
「だが、ところがどっこい恋は戦争だ。メンタルケアは任せろ。オレが美味いもん奢ってやるよ」
 
 サムズアップしてみせると、浮かない色をしていた瞳が、パッと明るい輝きを取り戻す。

「なら、アイス、食べたい」
「いいだろう! メガキングにしてやる」
「ふ、普通サイズでいいよ。お腹壊しちゃう」

 MPを回復すべく、オレ達はアイス屋に向かった。

 店内のイートインスペースに座り、アイスを待つ。
 
 最近、SNSでバズっている人気店だ。

 平日の夕方だというのに、席はほとんど埋まっている。
 
 なんとか端っこの方に空いているカウンター席を2つ見つけたが、背の低いハルには微妙に座高が高いらしく、座るのに少し足をバタつかせていた。

「今度の日曜、美澄先輩とデートすることになった」
「……場所は?」
「遊園地だ!」

 ハルが息を飲む。
 心なしか、いつもより表情が硬かった。

「ハル、オレは今からお前に重大な任務を与える」
「それって、僕にできることなの……?」
「ハルにしか頼めない」

 ごくりと、ハルの小さな喉が鳴る。

「今度のデート、こっそりついて来てくれないか?」

「えっ」と、ハルが目を丸くする。

 オレは事情を話して聞かせた。

「—–ということなんだ」
「人を好きになる気持ちが、先輩にはわからないってこと?」
「らしい」
「なんか、少女漫画みたい」
「ハル、お前、読んでるのか……?」
「あ、いや、違くてっ!」
 
 はっと、ハルの顔に焦りが浮かぶ。

 わかりやすい奴だなぁ。

「ありそうな設定だなーって……。べ、別に詳しいわけじゃないよ!?」
「フーン」
「ほ、ほんとにやましいことはないんだってっばぁ! 信じてよぉ!」

 そう必死になられると、ますます怪しく見える。

 だが、ハルよ、何も恥じることはない。
 
 たとえ、お前が少女漫画好きの、ちょっと痛いロマンチストだろうと、オレは決して、色メガネで見たりはしないと、この胸に誓って断言しよう。

「お待たせしました〜」

 アイスが運ばれてくると、ハルはほっと胸をなでおろした。

「オレは美澄先輩が好きだ」
「あ、うん……知ってる」
「美澄先輩にも、オレを好きになってもらいたい」

 誰のことも好きになれないなんて、そんな悲しいことはない。

 だから、オレが特大の愛を証明して、美澄先輩をときめかせてやるのだ!

 はい、これ決定事項!

「お前の協力が必要なんだ、ハル」
「う、うーん……」

 スプーンをいじりながら、ハルはうなる。

 だが、オレにだって譲れないものがあるのだ!

 やっとつかんだ美澄先輩とのデート。
 ここで恥をさらすわけにはいかん。

「もう……しょうがないなぁ」
「来てくれるのか!?」
「断ったところで、おうくん、諦め悪そうだし」
「ありがとう、ハル!」

 オレの胸は、かつてない感動に打ち震えていた。

「だから、いきなり抱きつこうとしないで!? アイス、崩れちゃうからぁ!」
「オレとアイス、お前はどっちが大事なんだ!?」
「こ、答えられません!」
「薄情者めぇ! こうしてやる!」

 パクッ。
 オレはハルのアイスのてっぺんにかじりついた。

「っ……! ちょっと、それ僕のぉ!?」
「冷たいこと言うなよ。オレ達の仲じゃないか」
「シャレ言って誤魔化さないでよ!? アイス(冷たい)とかけてるんだろうけど……」

 ハルは赤くなりながら、崩落したアイスとオレの顔を交互に見た。

 さすが、オレの見込んだ親友。ツッコミのキレが抜群だ。
 
「いいか、ハル。デカくなりたかったら、もっと心を広く深く持て。このオレのようにな」
「それ……しれっと僕をディスってるよね?」
「心の友をバカにするアホがいるか」
「もうめちゃくちゃだよ!?」

 ちょびっと味見してやったくらいで、子犬みたいにキャンキャン騒ぎよって。
 こいつもまだまだ子どもよのぉ。