屋上のドアが、キィィィっと開く。
風は暖かいのに、肌に触れる空気が少しだけヒリついていた。
「美澄先輩! 来てくれたんですね!」
柵の近くに立っていた先輩が振り返る。
ちょうど背中側に光が当たって、彼女の髪を美しくカラーリングした。
——まるで、本物の天使と見間違えそうになる。
「えぇっと。黒崎くん、だったよね。入学式の時の」
「覚えていてくれたんですか!?」
「うん、覚えてるよ。先生以外の人から放送で呼び出されたのなんて初めて。びっくりしちゃった」
美澄先輩は上品に微笑む。
ほんのわずかな表情の変化まで計算されたように美しく、目が離せなかった。
「オレ、ずっと美澄先輩に会いたかったんです!」
「私も会えて嬉しいよ。黒崎くんの話は、その——2、3年生の間でも有名だから」
よしよし、反応は悪くない。
風はオレに吹いている!
このまま波に乗っていけ!
「あの、美澄先輩!」
一ミクロンたりとも迷いはない。
青空の下、オレは愛を叫んだ。
「ひとめ見た時から好きでした! 顔がめちゃくちゃタイプです!」
「顔って、素直に言っちゃうのねぇ……」
「も、もちろん、顔だけじゃないっすよ!」
しまった!
口元がぶるって、セリフを間違えた!
これではオレが、まるで下心丸出しの品がない男みたいではないかぁ!?
早急に体勢を立て直さねば!
「あの日、美澄先輩は、見ず知らずのオレに声をかけてくれました」
「それは……君が困ってるように見えたから」
「そ、そうじゃないんです! オレの言いたいことは」
美澄先輩にとっては、取るに足らない日常の一コマの中で起きた出来事だったかもしれない。
けれど、オレはあの日、駅にいた誰もがみんな同じ行動をしたとは思えないのだ。
逆を言えば、美澄先輩だけが、ただ一人、オレの存在に気付いてくれた。
「定期券を見つけたのがオレだったら、きっと拾わずに素通りしてしまっていた。そもそも朝のバカ忙しい時間に、そんなの気にしてる余裕なんてないですよ。でも、美澄先輩は違った。それだけじゃない。あなたは勇気を出して、オレに話しかけてくれたんです!」
誰にでもできることじゃない。
自分の足元に何があるかなんて、みんな考えずに生きている。
悲しいが、それが現実だ。
「正直に言います。美澄先輩、あなたは美しい! 駅で初めて会った時、オレのハートは、コンマ一秒で撃ち落とされました。だけど、オレが惚れたあなたは、心だって美しかったんです!」
決まった。
文句なし、言い訳なし。
百点満点の告白だったはずだ。
「ありがとう。私のこと、よく見てくれてるんだね」
ふっと目を細めて、美澄先輩は笑った。
入学式の日、壇上で魅せていた綺麗な笑顔ではない。
いや、もちろん、綺麗は綺麗なのだが……。
なんというか、面相が柔らかいというか、もっとこうナチュラルな笑顔だった。
これは、もしや……成功なのではないか!?
「でも……ごめんなさい。私、黒崎くんとは付き合えないわ」
「へっ?」
つ、付き合えない、だと……?
「なぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」
青い絶叫が、空に吸い込まれていく。
終わったぁ、オレの青春……。
がくんと、膝小僧の骨が折れて、オレは地面にノックアウトした。
「く、黒崎くん!?」
美澄先輩はびっくりして、後ろにのけぞる
悲鳴までお美しいなんて……。
やはり、高貴な花は咲いている場所が違う。
オレのようなすっぽんふぜいには、遠く及ばない存在だったのだ。
「でも、君の言葉は、すごく嬉しかったよ」
トントンと、優しく肩を叩かれる。
顔を上げると、美澄先輩はしゃがんで、オレと目線を合わせてくれていた。
「美澄先輩、婚約者がいるんですか……?」
「こ、婚約者って。まだ高校生だよ、私」
「じゃあ、既に意中の男が!?」
「いないいない」
ひらひらと顔の前で手を振って、先輩は涼しげに笑う。嘘をついているようにも見えなかった。
「実は私ね、男の人を好きになったことがないの。人生で一回も。そもそも恋愛ってなんなのか、よくわからなくて……」
一瞬、弱々しげに光ったオリーブの瞳。
色艶が乗ったまつ毛には、儚さと美しさが混在していた。
「仮に今ここで、黒崎くんと付き合ったとして……私はきっと君を心から愛せない。君を好きになれる保証もできない……。それじゃ黒崎くんに失礼だよ」
美澄先輩の手が、なでるように触れて、オレのシャツの襟についたホコリを、そっと払ってくれた。
「ごめんね……」
完璧超人の笑顔が、脆く崩れた。
「それでも……オレは美澄先輩が好きです! 美澄先輩がわからないって言うなら、オレが美澄先輩の分まで好きって言います! 好きですっ。好きです、美澄先輩!」
押してダメなら、最後まで押し通すまでだ! オレは絶対、諦めんぞ!
「わ、わかったわ、黒崎くん。君には降参よ」
先輩はうろたえながら、両手を上げた。
「今度の日曜日、空いてる?」
「はい! 二十四時間、いつでもばっちりです!」
「なら、私とデートしてみる?」
キタァァァァァー!
オレはその場で、ガッツポーズを決めた。
でも、どうして急に……?
「君は私にまっすぐな思いをぶつけてきてくれた。だから、私も黒崎くんの気持ちに応えたくなったの」
なんというありがたきお言葉!
「よろしくお願いします、美澄先輩!」
腰が折れるほど深く頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくね、黒崎くん。私、君のことが好きになれるように頑張ってみるよ」
気を張っていない素の笑顔だった。
ツーアウト満塁からの、サヨナラ逆転ホームラン。
今日のMVPは、このオレだぁぁぁぁぁ!!
風は暖かいのに、肌に触れる空気が少しだけヒリついていた。
「美澄先輩! 来てくれたんですね!」
柵の近くに立っていた先輩が振り返る。
ちょうど背中側に光が当たって、彼女の髪を美しくカラーリングした。
——まるで、本物の天使と見間違えそうになる。
「えぇっと。黒崎くん、だったよね。入学式の時の」
「覚えていてくれたんですか!?」
「うん、覚えてるよ。先生以外の人から放送で呼び出されたのなんて初めて。びっくりしちゃった」
美澄先輩は上品に微笑む。
ほんのわずかな表情の変化まで計算されたように美しく、目が離せなかった。
「オレ、ずっと美澄先輩に会いたかったんです!」
「私も会えて嬉しいよ。黒崎くんの話は、その——2、3年生の間でも有名だから」
よしよし、反応は悪くない。
風はオレに吹いている!
このまま波に乗っていけ!
「あの、美澄先輩!」
一ミクロンたりとも迷いはない。
青空の下、オレは愛を叫んだ。
「ひとめ見た時から好きでした! 顔がめちゃくちゃタイプです!」
「顔って、素直に言っちゃうのねぇ……」
「も、もちろん、顔だけじゃないっすよ!」
しまった!
口元がぶるって、セリフを間違えた!
これではオレが、まるで下心丸出しの品がない男みたいではないかぁ!?
早急に体勢を立て直さねば!
「あの日、美澄先輩は、見ず知らずのオレに声をかけてくれました」
「それは……君が困ってるように見えたから」
「そ、そうじゃないんです! オレの言いたいことは」
美澄先輩にとっては、取るに足らない日常の一コマの中で起きた出来事だったかもしれない。
けれど、オレはあの日、駅にいた誰もがみんな同じ行動をしたとは思えないのだ。
逆を言えば、美澄先輩だけが、ただ一人、オレの存在に気付いてくれた。
「定期券を見つけたのがオレだったら、きっと拾わずに素通りしてしまっていた。そもそも朝のバカ忙しい時間に、そんなの気にしてる余裕なんてないですよ。でも、美澄先輩は違った。それだけじゃない。あなたは勇気を出して、オレに話しかけてくれたんです!」
誰にでもできることじゃない。
自分の足元に何があるかなんて、みんな考えずに生きている。
悲しいが、それが現実だ。
「正直に言います。美澄先輩、あなたは美しい! 駅で初めて会った時、オレのハートは、コンマ一秒で撃ち落とされました。だけど、オレが惚れたあなたは、心だって美しかったんです!」
決まった。
文句なし、言い訳なし。
百点満点の告白だったはずだ。
「ありがとう。私のこと、よく見てくれてるんだね」
ふっと目を細めて、美澄先輩は笑った。
入学式の日、壇上で魅せていた綺麗な笑顔ではない。
いや、もちろん、綺麗は綺麗なのだが……。
なんというか、面相が柔らかいというか、もっとこうナチュラルな笑顔だった。
これは、もしや……成功なのではないか!?
「でも……ごめんなさい。私、黒崎くんとは付き合えないわ」
「へっ?」
つ、付き合えない、だと……?
「なぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」
青い絶叫が、空に吸い込まれていく。
終わったぁ、オレの青春……。
がくんと、膝小僧の骨が折れて、オレは地面にノックアウトした。
「く、黒崎くん!?」
美澄先輩はびっくりして、後ろにのけぞる
悲鳴までお美しいなんて……。
やはり、高貴な花は咲いている場所が違う。
オレのようなすっぽんふぜいには、遠く及ばない存在だったのだ。
「でも、君の言葉は、すごく嬉しかったよ」
トントンと、優しく肩を叩かれる。
顔を上げると、美澄先輩はしゃがんで、オレと目線を合わせてくれていた。
「美澄先輩、婚約者がいるんですか……?」
「こ、婚約者って。まだ高校生だよ、私」
「じゃあ、既に意中の男が!?」
「いないいない」
ひらひらと顔の前で手を振って、先輩は涼しげに笑う。嘘をついているようにも見えなかった。
「実は私ね、男の人を好きになったことがないの。人生で一回も。そもそも恋愛ってなんなのか、よくわからなくて……」
一瞬、弱々しげに光ったオリーブの瞳。
色艶が乗ったまつ毛には、儚さと美しさが混在していた。
「仮に今ここで、黒崎くんと付き合ったとして……私はきっと君を心から愛せない。君を好きになれる保証もできない……。それじゃ黒崎くんに失礼だよ」
美澄先輩の手が、なでるように触れて、オレのシャツの襟についたホコリを、そっと払ってくれた。
「ごめんね……」
完璧超人の笑顔が、脆く崩れた。
「それでも……オレは美澄先輩が好きです! 美澄先輩がわからないって言うなら、オレが美澄先輩の分まで好きって言います! 好きですっ。好きです、美澄先輩!」
押してダメなら、最後まで押し通すまでだ! オレは絶対、諦めんぞ!
「わ、わかったわ、黒崎くん。君には降参よ」
先輩はうろたえながら、両手を上げた。
「今度の日曜日、空いてる?」
「はい! 二十四時間、いつでもばっちりです!」
「なら、私とデートしてみる?」
キタァァァァァー!
オレはその場で、ガッツポーズを決めた。
でも、どうして急に……?
「君は私にまっすぐな思いをぶつけてきてくれた。だから、私も黒崎くんの気持ちに応えたくなったの」
なんというありがたきお言葉!
「よろしくお願いします、美澄先輩!」
腰が折れるほど深く頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくね、黒崎くん。私、君のことが好きになれるように頑張ってみるよ」
気を張っていない素の笑顔だった。
ツーアウト満塁からの、サヨナラ逆転ホームラン。
今日のMVPは、このオレだぁぁぁぁぁ!!


