桜が咲いたら、必ず君に会いにいく

「ハル、一生の頼みがある」
「な、何……?」
「今だけ美澄先輩になってくれ!」
「う、うんんん!?」

 おでこと地面を、ぴったりくっつける。

 オレとて、人に頼み事をする基本のフォームくらいは心得ているつもりだ。

「オレ、美澄先輩が好きなんだよ!」
「あ、うん……それはさっき聞いた。美人だったもんね、あの先輩」
「絶対、告白を成功させたいんだ! だから、どうか、オレの愛の送球を受け止めてくれ!」
「愛の送球って……つまり、告白の練習相手になってくれってこと?」

 さすが、ハル。
 物分かりが早くて助かる。
 
「ぼ、僕なんかでいいの……?」
「もちろんだ。むしろ、お前以外に、キャッチャーの座は預けられん」

 品行方正、打つところ敵なしのオレだが、苦手分野はある。

「ほ、本当に僕でいいんだよね……?」

 不安そうな目をして、ハルは聞いてきた。
 
 まるで自分自身に許しを得るような、そんな言い方だ。

「手伝ってあげてもいいよ。おうくんのこと……僕も応援する」

 パーカーの下のシャツの裾をぎゅうっと握りこんで、ハルはつぶやいた。

「うっし! じゃあ、始めるぞ!」
「う、うん……」

 公園の真ん中を陣取り、オレ達は向かい合った。

 大きく吸いこんだ酸素が、肺いっぱいに満たされていく。

 ハルの顔に緊張が走った。

「好きです! 出会った時から、あなたのことが好きでした!」

 とたん、ハルの頬っぺたが、熟れたりんごのように赤く染まっていく。

「ぼ、僕も好きですっ!」

 ハルはうつむいて、きゅっと目をつむった。

 風に横髪がなぶられ、ピンクの耳が露わになる。
 
 固く握られたいたはずの細い指が、そわそわと落ち着きなく動いていた。

 うむ……どうやら、合格点はもらえるらしい。

 だが、舞い上がるのはまだ早いぞ、オレ。 

 ここからが告白の醍醐味というもの!

 オレはハルの背中に手を回し、体がくっつくギリギリのラインで止めた。

「えっ、ちょっと、おうくん!?」

 鼻先が、触れ合いそうになる。

 お互いの呼吸音、脈拍、まばたきの回数。

 そんなわずかな動きでさえ、相手に伝わってしまいそうで……。 

 じぃっと見つめたハルの瞳は潤み、焦点が合っていなかった。

 鼓動が早くなる。

 これはまさか……恋の禁断症状というやつ!?

 って、いかんいかん。
 危うく、オレの第六感が暴走するところだった。

 残すところは、ゴールテープをキルのみ。

 今は告白(練習)に集中!

 と、思っていたのだが……。

「ハル、お前……痩せすぎじゃね?」
「あぇ?」

 触れた瞬間、服の上からでもわかる鎖骨の形。ちょっと細すぎて、ぎょっとした。

 こいつ、ちゃんと飯食ってんのかな。

「ねぇ、おかあさん。おにいちゃんたち、なにしてるの?」

 その時だった。

 不思議そうな顔をした男の子が、オレ達を指差している。

 幼稚園の帰りだろうか。黄色のカラー帽子をかけていて、母親と手を繋いでいる。

「ああ、こらこら。邪魔しちゃだめよ、あっくん。おにいさん達は、ほら……今、一番いいところなんだから」
「でも、あのおにいちゃん、お顔が真っ赤だよ? ねぇ、なんで? なんで、あんなにくっついてるの? 仲良しだから?」

 興味津々な男の子に、母親の目が困ったように泳いだ。ほどなくして何か名案を思い付いたのか、ピンと人差し指を空に向ける。

「そうだ、あっくん! 今日のお夕飯は、あっくんの好きなハンバーグにしましょ」
「えっ、ほんと? やったぁ!」
「お買い物、一緒に手伝ってくれるかなぁ?」
「うん、ぼく、おてつだいする!」
「じゃあ、行きましょうか」

 すたすたと親子は去って行った。

 子どもというのは実に単純だ。
 だが、なんだ……。
 奥歯に引っ付いた海苔のような、このふやけた感情は。

「ねぇ、おうくん」
「なんだ、ハル」
「練習なんてしなくても、先輩はわかってくれるんじゃないかな? だって、おうくんは……」

 ハルは何かを言いかけて、きゅっと唇を噛んだ。

「考えるよりも、当たって砕けろってタイプでしょ?」

 水色の飴玉のような瞳が、弓なりにたわんで、愛くるしい笑みを作る。

 ——ドキッ。

 じぃんと胸の奥が甘くしびれる。
 まるで、心臓をショットガンで撃ち抜かれたような衝撃がした。

「お、おうくん……?」

 ハルはつま先立ちになって、オレの顔を覗きこむ。

 薄くて細い眉に、たんぽぽの綿のようなまつ毛と、白く透き通った滑らかな肌。 

 さては……美容意識高い系男子なのか、こいつ。
 
「えっ、なんで黙ってるの!? 僕、何か変なこと言った?」

 何も問題はない……はずだ。

 だが、体中を巡る血液は熱を持ち、皮膚の表面をじりじりと火照らせる。

 脈拍数が、分速1000回くらいに跳ね上がっていた。

「うむ……。確かに、お前の言う通りだったな」

 どうせ、急に暖かくなったせいだろう。

 今年の桜は遅咲きだったし、いわゆる学期始めの四月バテというやつ。

 梅雨が来て、涼しくなれば、何も気にならなくなる。