「透くんっ!!」
もう、声を抑えるとか、そういう余裕はなかった。
一年間、ずっとずっと会いたかった人が、目の前にいる。
嬉しさが爆発して、気づいたらハイテンションで話しかけていた。
「会いたかった! ほんっとに会いたかった! やっぱり来られたんだね、わたし! ねえ透くん、約束覚えてる? 一緒にかき氷食べようって——」

[挿絵A:透に話しかける凜花]
でも——返ってきたのは、想像とはまるでちがう反応だった。
「……初対面だと思うけど、どこかで会ったことあったっけ?」
え?
最初は、冗談だと思った。透くんらしい、ちょっといじわるな感じの。
でも——透くんの顔は真剣だった。
むしろ、少し迷惑そうですらあった。知らない女の子にいきなり抱きつかれそうな勢いで来られたら、そりゃそうだ。
「え、えっ……? 冗談、だよね……? わたしだよ、凛花——白川 凛花! 去年の夏、一緒に——」
「悪いけど、心当たりがない」
その声に、冷たさはなかった。
ただ事実を述べているだけの、静かな声。
足元が、崩れていくような感覚がした。
◆
慌てふためくわたしを見て、透くんは——いや、目の前のこの人は、少し考え込んでから、落ち着いた声で言った。
「嘘や冗談を言ってるようには見えない。……事情を、話してくれないか」
困惑しながらも、わたしは去年の夏のことを話した。
日向夏シロップのかき氷を食べてタイムリープしたこと。1995年の夏で透くんと出会ったこと。一緒にいろんな場所に行ったこと。
そして最後に——透くんの存在ごと、消えてしまったこと。
話し終えたあと、透くんは腕を組んで少し考え込んでから、ひとつの仮説を口にした。
「パラレルワールド。——君が去年出会った透は、目の前にいる俺じゃない。俺は去年の夏、君に会っていない」
「……どういう、こと……?」
「君が去年行ったのは1995年の夏だろ。今ここは1996年の夏だ。……でも、この96年は、君の言う95年の【続き】じゃない。別の世界線の、別の夏なんだよ」
頭が追いつかない。でも、透くんのまっすぐな目を見ていたら、嘘じゃないってことだけはわかった。
「俺も前に一度だけ、タイムリープしたことがある。でも、それっきりだ。——だから、君の話は信じる」
少しだけ、声が優しくなった。
「でも——俺は、君の知ってる透じゃない」
その言葉が、胸に深く刺さった。
わたしが一年間ずっと会いたかった透くんは、ここにはいない。
目の前にいるのは、同じ顔で、同じ声で、同じ名前の——でも、わたしのことを知らない、べつの透くん。
じわっと、視界が滲みそうになる。
風鈴の音が、遠くでカラン、と鳴った。
◆
少しして——わたしは、諦めるしかないんだって悟った。
だって、どうしようもないから。わたしの知ってる透くんは、べつの世界にいる。
この透くんに、去年の思い出を押しつけるのは、ちがう。
「……ごめんね、変なこと言って。わたし、帰るね」
もう一杯、日向夏シロップのかき氷を食べて、2026年に戻ろう。
そう思って立ち上がりかけたとき——透くんが、ぽつりと言った。
「もしかして、俺もそれを食べれば——30年先の未来へ行けるのか?」
え、と振り返ると、その目が好奇心で光っていた。
「え……? で、でも、タイムリープって危険が——去年の透くんも、そう言ってて……」
言いかけて、気づく。【去年の透くん】がそう言っていたのは、この透くんには関係のない話だ。
でも透くんは、あっさりと笑った。
「どうせ、君が帰るには一度はタイムリープしなきゃならないんだろ? だったら、俺も一緒に試してみるよ」
「えっ、いいの……?」
「30年先の未来なんて、気にならないわけがないだろ」
そう言って、メニューを手に取る横顔。
——去年の透くんと、同じだった。
同じなのに、ちがう人。
ちがう人なのに——やっぱり、どきっとしてしまう自分がいる。
ふたり並んで、日向夏シロップのかき氷を食べた。
甘酸っぱくて、爽やかで、去年と同じ夏の味。
でも――かき氷を一緒に食べるって約束は、叶ったって言えるのかな。
◆
気がつくと——2026年の夏だった。
夏井商店の中庭。見慣れたベンチに座ったまま、隣を見る。
透くんが、そこにいた。
消えてない。ちゃんと、いる。
「……ここが、30年後か」
透くんが、まず空を見上げた。それからゆっくりと立ち上がって、お店の外に出る。
その瞬間——
「……っ、なんだこの暑さ……!」
纏わりつくような熱気に、透くんが思わずたじろいだ。

[挿絵B:暑さに驚く透]
「地球温暖化って……本当だったんだな。いや、ここまでとは思わなかった……」
真剣な顔で空を見上げて、感心しているのか、危機感を覚えているのか、ちょっと判断がつかない表情。
「……ふふっ」
なんだかおかしくて、わたしは小さく笑ってしまった。
だって透くん、未来に来て最初の感想が【地球温暖化の実感】って。
「なにがおかしいんだ」
「なんでもない。……ようこそ、2026年へ」
わたしがそう言うと、透くんは不思議そうにこちらを見てから、ふっと口元をゆるめた。
「折角来たんだ。——街を、案内してくれないか?」
その言葉に、胸がきゅっとなった。
この透くんは、わたしの知ってる透くんじゃない。
去年の夏の思い出も、約束も、共有していない。
でも——夏休みに、透くんとふたりきりの時間が、また戻ってきた。
去年と同じ、かき氷の味と、少しだけちがう、夏の風。
「……うんっ! まかせて!」
焦りも、戸惑いも、さみしさも、ぜんぶ抱えたまま。
それでもわたしは、この夏に飛び込むことにした。
だって——透くんの隣は、やっぱりわたしの特等席だから。

