ハイカロリー ~優しいドラゴンと、ちょっとぽちゃっとした伝説~


 今日も僕は小豆の炊き上がりを見せてもらうことにした。

「いいカンジ 今日は大丈夫ですね。」

 タリカが自信をもって佐藤さんに話しかけていた。

「うーん、今日のは少し、火の通りがいまいちね。
 でも、味はいいわよ。」

「決められたとおりにやって、どうしてダメなの?」

 これには佐藤さんも答えられないでいた。

「でも、ここから5分、中火で煮ると、いい感じになるわよ。」

 タリカは少し不満そうだ。
 でも少しの手直しで合格することがわかって、ほっとしていた。

「ラニーニャが、またいたずらしたのね。」

「?」

 僕はタリカに聞いてみた。

「ラニーニャって?」

「ああ、『いたずらな女の子』ね。
 よくそう言うのよ。」

 タリカたちが、小豆炊きがうまくいかないときに外国人労働者の間で口にする言葉「ラニーニャ」。
 いたずらな女の子という意味だった。

「だから、かき混ぜるのを少し遅らせたり、火の調整をしたりするのよ。」
 今日は明け方寒かったからね。」

「これって、小豆の機嫌を取っているんだよね。」

「ああ、アズキアライね。
 私たちはラニーニャって言っているけど。」

「そうなんですね、ありがとうございました。」

 これは、小豆の機嫌を見るあかりさんや、藤島さんのご機嫌指数という考え方にも似たものだった。
 言葉は違っても、みんな同じ『気持ち』を見てるんだ。

 あかりさんはあずき洗いに話しかけていた。
 タリカは、ラニーニャの様子を見ていた。
 藤島さんは不快指数の双極を『ご機嫌指数』と言って、温度と湿度による変化を数値化しようとしていた。
 みんな職人さんの味覚に近づこうとしていたんだ。

「おう、菅谷どうだ? なにかつかんだか?」

「えっと、みんながそれぞれ小豆の機嫌をみているっす。
 けど、それぞれの立場なので、とらえ方がそれぞれなんですよ。
 みんながわかる、共通のなにかが必要ですね。」

「そうだな、いにしえのドラゴンについては、温度と圧力、砂糖の投入タイミングとか、そういう制御は前に作った。
 しかしなぁ、水の量と吸水時間。
 さらに塩加減なんてものは、職人の領域だったんだよ。」

「その鍵を握っているのが、佐藤さんの味覚なんですね。」

「ああ、そうだ。
 だから職人の技をつかむためには、佐藤さんの舌から逆算するしかない。」

 それ以降、僕は佐藤さんの話を聞いて、合格の条件を数値化することに挑んだ。
 もちろん、出来上がりまで工程で気になることなどを、あかりさんやタリカ、時々過去の制御を藤島さんから話を聞いた。


「ご機嫌メーターで追加水分量と吸水時間を定義して、追加水分量から、最後に加える塩分の中央値を推測する。」

 言うのは簡単だけど、これを新しいグラフにして、工程に反映させるのはなぁ。
 少しでもラニーニャに近づきたくて、鍋にセンサーやカメラを取り付けた。

「あかりさん、タリカ。
 今日はこのグラフでやってみてもらえませんか?」

 以前藤島さんが作った圧力鍋用のアルゴリズムを、僕が徹夜で鍋用に改良した。
 今日はあかりさんがタリカにつきっきりで本煮の工程に向かってくれた。

「うまくできているのかな?
 一応グラフ通りには操作したけど。」

 ふわっと香る湯気の甘さが心地良く鼻をくすぐった。

「ええ、温度も糖度、それから粘度も申し分ありません。」

「スガヤ、ソレ見ると鍋の様子がわかるのか?」

「ああ、そうだよ。」

「それを私たちにも見せてもらえるかしら。」

 あかりさんとタリカが、鍋に取り付けたカメラの画像やセンサーの数値を覗き込んだ。

「……さっぱりね。
 でも、鍋の様子がわかれば、ちゃんとできているかがわかるのに。
 今は出来上がって味見まで、ちゃんとできているかわからない。」

「そう、ラニーニャのキモチが知りたい。」

 これって、みんながわかるモニタリング。
 GUIで鍋のご機嫌がひと目で分かるようにすればいいんじゃないかな。

「私たちには難しい数字はわからないの。
 お鍋に顔があれば、わかるんだけどなぁ。」

「ソウソウ、ソレダヨ。
 ラニーニャのご機嫌がわかれば、うまくいくね。」

「そんなこと、出来たらいいわよね。」

 藤島さんがうなずきながら言った。

「計測値からうまくいっているかどうかをご機嫌で表示するのか。
 それならピクトグラムにして、顔でも書いてやればいいんじゃないのか?」

 あ、その手があったか。

「やってみるよ。」

「え? できるの?」

「うん、何とかやってみる。」

 そう言って僕は、画面上に(>_<)や(へ_へ)などの顔文字を表示させた。

「ほら、『いたずらな女の子』がここにいるよ。」

「やだぁ、面白いわね。」

「それから、佐藤課長に味見をお願いしてみてよ。
 今日は何とか再現できたと思うよ。」

 あかりさんとタリカは、意気揚々と佐藤課長を呼びに行った。
 
 佐藤課長も期待を込めて味を見た。
 みんなで緊張しながら課長の言葉を待った。
 
「今日のあんこの出来は、まあまあ良かったわ。
 うん……こんなに整って出てくるとは思わなかったわよ。」

 僕たちはたがいに目を見合わせて、ガッツポーズをした。
 これを、いつでも、何度でもできるように。
 もちろん、だれにでもできるように。

「いよいよドラゴンへの心臓移植だな。」

「はい、やりましょう。」

 いにしえのドラゴンは、部品交換も終わり、洗浄して組み立てを待つばかりだった。
 僕はその様子を、かたずを飲んで見守っていた。