ハイカロリー ~優しいドラゴンと、ちょっとぽちゃっとした伝説~


「こんにちは、菅谷さんですね。」

「ええ、あなたは?」

「佐藤あかりです。
 その……製造課長の佐藤の娘です。」

「ああ、佐藤さんの。」

「原料小豆の管理をしています。
 母から小豆の説明をするように言われましたので。」

「よろしくお願いします。」

「ブエノスディアス、カルロス。
 今日はここに、菅谷さんが見に来ます。
 あずきを機械に入れるところを見せてあげてください。」

「シー、セニョリータ。
 スガヤ、こっち来い。
 少しは役に立つところを見せるよ。」

 僕は原料の小豆を機械に投入するところから、順番に工程を追うことにした。
 
「袋から出して、ここに小豆を入れる。
 毎日20袋入れる。」

 カルロスが袋を開けると、ふわっと小豆の香りがした。
 ザザーッ。
 機械に投入された小豆たちが、カラカラと音を立てて踊りだした。

「今日はいつもより軽い音、ご機嫌だね。」

 カルロスが小豆を手に取って話していた。
 僕も手を差し出すと、カルロスが小豆を乗せてくれた。
 乾燥していて、小豆の表面が少し粉っぽい。

「そうね、カルロス。
 ここで選別された小豆を使ってあんこにします。
 大きいものと小さいものは、別のところに行って製品にします。
 甘納豆など、ほかのものになるんですよ。」

「粒ぞろいにもこだわりがあるんですね。」

「それが食感になりますので、粒ぞろいは重要ですよ。
 それじゃ、次に行きます。
 カルロス、アスタ・ルエゴ。」

 カルロスはあかりさんに手を振っていた。

「あかりさん、彼らと話ができるのですか?」

「ちょっとだけ、あいさつぐらいかな。
 ちゃんと話せれば、彼らにも仕事を任せられるのだけれどもね。
 言葉の壁って、難しいでしょう?」

「そうっすね。
 でも誰でもわかるようになれば、仕事が楽しくなりますよね。」

「ええ、この小豆の機嫌を取るってことを、うまく伝えられないかしら。」

 そう、まさに今日聞きたいのはそこだ。
 僕は思い切って聞いてみた。

「小豆の機嫌を取るって、どうやって教えてもらったんですか?」

「あ、その、おじいちゃんがここで職人をしていたから。」

「え? もしかして、野島さん?」

「はい、野島は母方の祖父です。」

「いや、まさか?
 伝説の野島さんがおじいさんだったんすね。」

 なんだろう、藤島さんと佐藤さん。
 そして僕とあかりさん。
 小豆に導かれし勇者?
 それならあかりさんはドラゴンを鎮める聖女か?

「ここで小豆を洗います。
 ほら、この音。
 妖怪『あずき洗い』がいるみたいでしょ?
 おじいちゃんがそう言っていたの。」

 小気味よい、波音のような音がした。
 それにしても妖怪って?

「そしてね、この妖怪さんの機嫌を取るのが水加減ね。
 今日は空気がカラカラに乾いていて、小豆がカサカサ音を立ててる。
 からっと晴れて気持ちいいね。」

 あかりさん『あずき洗い』に話しかけているよ……。

「いっぱい遊んだら、ちょっとお水が欲しくなるかなって。」

「それで、どうするのですか?」

「少し気温が高めで乾燥していたから、お鍋に水を足すんだけどね。
 小豆の量が多いから、ちょっと足すのだけでも結構お水を入れるのよ。」

「そこ、詳しくお願いします。」

「お鍋には最初に決まった水の量が入るのよ。
 そこにね、水を足すのだけれども。そうね、今日はお鍋のふちから15cm下までが、ちょうどいいかしら。」

「そんなに?」

「吸水時間をちょっと長めにしているの。
 水の量は以前より、さらに1割り増しだよ。」

「それは?」

「今は普通の鍋だから、かき混ぜながら蒸発して水分が逃げるでしょう?
 タリカがかき混ぜながら火加減を調整しているの。
 グラフを読んで、時間と温度をその通りにやってくれるのよ。」

「そこは自動じゃないんですね。」

「だから彼女に頼っているのよ。
 きちょうめんな性格だから。」

「タリカ、結構重要なんですね。」

「ええ、ドラゴンさんは今、眠っているからね。」

 あんこの規格がそろわなくなった理由。
 職人の勘の継承が感覚で、もっとも難しい工程がアナログで……。
 せっかくある自動化された機械も休眠中。

「あかりさん、僕と一緒にあのドラゴンを目覚めさせましょう。
 それにはあなたの祈りが必要です。
 あかりさんの経験を数値に置き換えるために、力を貸してください」

「え? あ、ちょっと何言ってるのよ。」

「その、あずき洗いの機嫌を取るプロセスを、僕に教えてください。」

「でも……やっぱり怖い。
 見たでしょう? 天井のパネルが新しくなっているところ。
 あれはドラゴンが暴れた跡なのよ。
 言うことを聞かせるなんて……かなり難しいわよ。
 私もまだ、なんとなくしかつかめていないのよ。」

「みんなにやさしいドラゴンになってもらいたいんです。
 カルロスやタリカでも扱える、だれにでも操作できるようにしてあげたいんです。」

「でもね、祖父は『二度と使うことはないだろうな』って……もうあきらめろって言うのよ。」

 そんな……野島さんと藤島さんが作り上げた、傑作じゃないか。
 藤島さんの分厚いノートが何よりもそれを物語っている。

「おじい様しかわからなかった勘所を、みんながわかるようにして、やさしいドラゴンに仕上げたいんです。」

「……わかったわ。
 おじいちゃんにも話を聞いておくわね。」

「ぜひお願いします。」

 一つ間違えば、ドラゴンが暴れてしまう。
 今は怖がられているけど、みんなにやさしいドラゴンになれるはずだ。
 きっかけはつかめた。
 あとはやるだけだ。