ハイカロリー ~優しいドラゴンと、ちょっとぽちゃっとした伝説~


 今日の僕はCADと格闘中。
 画面に映し出された細く、細かい結線図。
 いにしえのドラゴンに、新しい心臓を与えるため、制御図を描いていた。

「よぉ、進んでるか?」

 声とともに差し出されたのは、なかやのようかんだった。
 あいかわらず、口元に突き出す感じで。

「おい、ほれ。あ〜ん。」

「いやいやいや、さすがに……会社でそれは。」

「恥ずかしがるな。
 じゃあ、二切れ置いとくぞ。」

 皿に置かれたようかんを一口かじった。
 あの日、工場で試食したあんことは、やっぱりちょっと違う。

「どうだ?」

「これはこれで……おいしいですよ。
 でも、なにか違いますね。」

「だろ? 俺もがっかりした口だ。
 でも材料も工程も同じなんだよ。」

「それじゃ、どうして味が変わったんですか?」

「昔はあの工場で、ようかんを製造していたのさ。
 今じゃ、あそこは原料のあんこを作っているだけだ。
 ようかんは別の工場で作っているのさ。」

「それじゃ、仕上がりの確認は?」

「AIだよ。
 設計1課の仕事だ。
 正直言って、出来はかなりいい。
 忠実に工程を再現しているからな。」

「じゃあ、どこが違うんですか?」

「それこそあんこの力なんだよ。
 炊き上がったあんこをどう加工するかは、手順通りにやればいい。
 そこは昔から変わってねぇ。
 でも味は、あの現場の空気とか、温度とかで変わるからな。
 もっというと――小豆の気分次第。」
 
 本当に僕が手掛けようとしているのは、『なかや』の心臓なんだな。
 
「まあ、職人の勘なんてファジーなものを扱うんだ。
 ころころ変わる厄介なやつさ。」

 そう言って藤島さんが、ぶ厚いノートを取り出した。
 ページの端はよれて、インクのにじんだ跡が時の流れを語っている。

「俺がドラゴンの制御をやっていた頃のノートだ。」

 ページをめくると、びっしりと手書きのメモ。
 その中に、丸っこい字で別の書き込みがある。

「……これ、佐藤さんの?」

「おう、見たらわかるだろ。
 やたら『かわいい』字。」

「『今日も野島さんに叱られていたわね。
 明日はきっとできるから』って……?
 これ、応援メモじゃないですか。
 なんですかこれ、交換日記ですか?」

「声に出すなバカ。
 照れるだろうが。」

「ふふっ、ぽちゃおじ、甘酸っぱいっすねぇ。」

「さあな、叱られながらも食堂に逃げてお汁粉食ってたんだ。」

「それはヘビーっすね。」

 そう言いながらも、僕の手は止まらなかった。
 温度、湿度、気圧、不快指数……そして『ご機嫌メーター』。

「これ、すごいっすね。
 まるで職人の感覚を、数値化して読み解こうとしてるみたい。」

「……まあ、やろうとしただけだ。
 職人の勘ってのは、あいまいでな、全部を数式に落とせるわけじゃない。」

「でもこれは、なかなかいい感じじゃないっすか。」

「そこは数値化して制御できなかった部分だ。
 職人の勘どころってやつだ。
『職人の領分だ』って、野島の親父が譲らなかったんだ。」

「それじゃ、あの事故は?」

「小豆が機嫌を損ねたんだよ。
 野島の親父が引退してから、あれこれ試してみたらしい。
 職人の勘どころなんて、だれにでもわかるものじゃない。」

 一つ間違えば、事故につながるんだな。
 僕は気を引き締めてかかった。

「お前、タリカも使えるようにしたいって言ったよな。
 それこそ勘所の再現を、だれにでもできるようにするってことだ。
 まぁ……嫌いじゃないだろ?
 そういうの。」

「え? まぁ、そうっすけど。
 ほんとうにうまくいきますかね?」

 わかっているさ。
 僕が無謀なことをしようとしていることくらい。
 
「さあな。
 それこそお前の腕次第だろ?
 誰にでもやさしいドラゴンにしてやれよ。」

 タリカたちが扱うことを考えると、ディスプレイで情報が見えるほうがいいな。
 安全対策のためにもアラートが出るようにしよう。

「完全再現は無理でも、『再現性の高い仕組み』にはできるはずです。
 タリカたちにも扱えるようにできるなら、やる価値はある。」

 藤島さんが、少し驚いたようにこちらを見た。

「……言うようになったじゃねぇか、忠犬くん。」

「え、いや、それは……。」

「でも悪くないぞ、いい面になった。
 俺の昔の目に似てる。」

「それ、褒めてます?」

「褒めてるに決まってんだろ。
 お前はまだまだ鼻っ面が甘いけど、目だけはしっかりしてきた。」

 そう言って、ノートを僕に差し出した。

「さあ、やってみな。
『やさしいドラゴン』は、お前が作るんだ。」

「はいっ!」

 そのノートは、分厚くて、重くて、少しあったかかった。
 僕は震える手でノートを受け取った。

 いにしえのドラゴンの復活、そして優しくなってもらう。
 僕たちの挑戦が始まった。