ハイカロリー ~優しいドラゴンと、ちょっとぽちゃっとした伝説~


「工場長、あの圧力鍋を使わせてもらいたいのですが。」

「藤島さん、『いにしえのドラゴン』を復活させるのですか?」

「現状を見て、それが手っ取り早いかと。
 あれを使えば製品の均一化が図れる。」

「しかしあれは、一度暴発しましてね。
 それ以来、だれも使わんのですよ。」

「そいつは水加減と分量を間違えたからだろう?」

「その間違いに気づけないんですよ。
 だから事故が起きた。
 幸い鍋が壊れただけですがね。」

「システムは……無事なのか?」

「EPROMは無事でしょうね。
 しかし今では、もうアクセスできる環境がありません。」

「まぁ、そこは新しくするとしても、元の制御が……。
 いや、待てよ。
 まだあいつの中に残っているかもな?」

「おい菅谷、会社に戻るぞ。」

「え? あ、はいっす。」

「工場長、また出直してきますね。」

 そういうと、僕たちは藤島さんの車で会社に帰った。


 夜のオフィス。
 設計1課の明かりは、まだついていた。

 僕はデスク周りの明かりをつけた。

「お前に見せたいものがある。」

 そういうと藤島さんは僕の席の椅子を横につけて、座るように促した。
 古い見たこともないパソコン。
 ずいぶん大きい。

「FA286、16ビット機だ。
 名前は地味だが──こいつがドラゴンの心臓を動かす器だった。
 でもこいつは俺の、30年もの相棒だ。」

 藤島さんの手が震えていた。
 スイッチを入れると、大きなファンの音がした。
 ブラウン管のモニターがゆっくり立ち上がり、一面緑色の画面が表示された。
 暗い闇の中に浮かび上がった藤島さんの顔。
 メガネがきらりと光った。

 ギザギザ文字のプログラム。
 でもちょっとわかる。

「C++だ。
 シーケンサーの制御をさせている。」

「え、これ……C++? 
 というか、めっちゃ古い書き方……。」

「ああ、あの頃は他に選択肢がなかったんだよ。」

「えっと……少しなら……読めます。
 やってることは想像つく感じっす。」

「お、やるじゃねぇか。
 C#あたり触ってんなら、構文は似てるからな。
 読み書きは違うが、読解力は武器になるぞ。」

「外部からの信号を受けて制御しているんですね。
 センサーに……デジスイッチ?」

 ははっ、すげえな。
 30年も前にこんなこと。

「あ? この時代にこれって?
 藤島さんが書いたんですか……やっぱり変態的っすね。」

「ほっとけ。
 その時は奇抜なアイデアでも、今じゃ普通だろ?」

 今では当たり前って、その当たり前を30年も前に作ったんじゃないか。

「サーボモーター回して……全ネジボルト?
 ホームセンターに売ってるやつっすよね?

「それな、ねじ切ってある金属棒を使ったんだよ。
 バルブに溝を切って、それで回したのよ。
 水の量、温度、そして蒸気圧を電磁弁で減圧、圧力調整をしていたわけだ。」

「それか!」

「デジスイッチでパルスを拾ってプログラムに制御させたわけだ。」
 
「……なんすか、それ? ニンテンドースイッチの親戚っすか?」

 もう無茶苦茶だな。
 でもその辺にあるもので解決させるなんて、いかにもこの人らしい。
 僕はこの藤島さんという人が、恐ろしく見えた。

「今ではもっといいものがありますし、制御も可能です。」

「時代が追い越したのか、俺が置いてかれちまったのか……。
 もうこのプログラムを動かすハードがないんだ。
 今どきのシステムにお前が置き換えるんだよ。」

「ええ……でもこれが『ドラゴンの心臓部』なんですよね。」

「ああ、そうだ。
 そしてお前がこれからこいつを食うんだ。」

「……胸やけしそうっす。」

「あんこだからな。」

 なんだか時代を超えて、若き日の藤島さんとつながった気がする。

「さて、ドラゴンに心臓移植だ。
 かなりの大手術になるぞ。」

 藤島さんの声が震えていた。
 この時を待っていたかのようだ。

「はいっす!」

 正直怖い。
 けど、それでもやる。
 背筋がピンと伸びた。

 藤島さんが起こしたコード。
 これを手に、僕が『いにしえのドラゴン』に立ち向かうんだ。
 だってこの人の背中を追いかけてみたいから。