「おう、お疲れさん。
どうだった、お汁粉は?」
「とてもおいしかったです。」
「そいつはよかったな。
優しい監督さんで。」
「え? どうして?」
「俺も散々食ったからな。
システムを組んでいる最中は試作品が出るだろ?
そいつをよく、もらって食ったんだ。
その時にいたおばちゃん監督はな、
『これがあんたの作品、そしてこっちが、うちの目指す味。』
そう言ってお汁粉を2杯出したんだよ。」
「それは、とても熱い展開ですね。」
「馬鹿言え、それが2週間だぞ。」
藤島さんも現場で戦っていたんだな。
僕たちは再び着替えて、佐藤さんとともに今日のあんこの仕上がりをチェックした。
「おや、あんた久しぶりだねぇ。
藤島さん、元気だったかい?」
「ああ、この通り腹も元気だぞ。」
「ちょっと、立派になっちゃって。」
藤島さんと佐藤さんは、古くからの知り合いなのか?
「ほらタリカ、それから菅谷さんも藤島さんも、食べてみて。」
「おいしいですね。」
「でもまだなんだよ。
この後鍋にちょっと味を調整するから。
仕上がったものと食べ比べておくれよ。」
そう言って佐藤さんは、タリカに調味料を持ってくるように指示していた。
藤島さんが鍋を見て、不機嫌そうに言った。
「ん? ちょっと待て。
どうして普通の回転鍋なんだ?
圧力鍋じゃなかったのか?」
「ああ、あれね。
いまでは製品を一発で仕上げるなんてできないだろ?
調整ができるように、普通の鍋を使っているんだよ。」
「それじゃ俺と職人が組んだシステムは、使われていないんだな?」
「あんな難しいものは、もう誰も使えやしないよ。
圧力鍋はね、一発勝負だよ。
ふたを閉めたら、もう誰も手出しできない。
それでも毎回同じ味を出せるなら、それに越したことはないけど──。」
「それならどうして使わなくなったんだ?」
「……怖いんだよ。
一度鍋がはぜてね。
部品が飛んで、天井に穴が開いたんだよ。」
「おい、そりゃ大変だったろう。
けが人はいなかったのかい?」
「幸い、けが人もなく大きな事故にはならなかった。
けど、鍋は壊れて、製品は廃棄するしかなかったよ。」
「そうか……あいつを危険にさらしたのは俺だったのか。」
「そんなに危ないものなんですか?」
「まぁ、あいつは扱いが難しいんだ。
調整を誤ると鍋が暴発して、大きな轟音とともに水蒸気が吹き荒れるんだ。
そうなってはもう誰も手が付けられない。」
藤島さんが少しの間、考え込んでいた。
「おい、菅谷。
お前確か、C++はわかるよな。
……何とかなるかもしれねえ。」
「どういうことですか?」
「俺らの手で、いにしえのドラゴンを復活させるんだ。」
「そんな、無理っすよ。
怪物じゃないっすか。」
「この人が名付けたんだよ。
『いにしえのドラゴン』って」
「あれは一度見たら忘れられない。
蒸気を吹き上げるさまは、まるでドラゴンだ。
蒸気がうなりを上げ、床板を震わせた。
まるで工場全体が竜の巣になったかのようだった。
だから俺がそう名付けた。
『いにしえのドラゴン』──それがあの鍋のあだ名さ。」
「でもドラゴンの復活って、危険と隣り合わせじゃないっすか?」
「まぁ、そのあたりは調整の余地を残しておいたんだ。
そればかりは職人の領域だって、譲らなかったからな。
だから全自動にはしない。
鍋に火を入れる前に、必ず『手綱を引ける』ようにしたんだ。」
「なるほどっす。」
「ちゃんとわかってんのか?
俺はな、もう一度あいつを現場に戻してやりたいんだよ。」
「もしあのドラゴンの息づかいを数値で捉えるなら……。
温度と蒸気圧の管理が厄介ですね。」
そう、扱いが難しいって。
「……藤島さん、あのドラゴンはタリカでも使えますか?」
「お前が、そういうふうにしてやるんだよ。」
「聞いてないっすよ、そんな難しいこと。」
「今、言ったからな。
菅谷、お前がドラゴンを飼いならせ」
いきなりそんな難題を……?
「ふふっ、まるで兄弟みたいだね。
若いころの藤島さんを見ているようだよ。」
「俺はもう少し、しゃきっとしてたさ。」
「何度職人に怒鳴られていたことやら。
そのたびに食堂へお汁粉を食べに、逃げてきたんだよ。」
「もう、蒸し返すなよ。
でも確かに、あの味は今でも覚えている。」
今では風格のある藤島さんも、若いころはそうだったんだよな。
あれ、30年前から?
僕より年が若いじゃないか。
そんな若いころから、現場を任されていたんだな。
伝説は、昔話じゃなかった。
今、確かに目の前にある。



