「なかや」の新商品『あずきの気持ち』発表会見。
壇上には工場長、製造課長の佐藤、あかり、水島部長、そして僕が並んでいた。
会場は記者たちで埋め尽くされ、フラッシュがひっきりなしに光っている。
「藤島さんは、壇上に上がらないんですか?」
「馬鹿言え、今日の主役はお前たちだろ?
俺に『あずきちゃん』のことを聞かれても、さっぱりだからな。」
藤島さんは神崎課長とともに、客席の後ろから静かに見守っていた。
工場長があいさつをして、僕は水島部長とともにIoTの技師として紹介された。
「この度、職人が使う業務用の圧力鍋を復活させ、職人の技の再現に貢献したIT技術者の菅谷さんです。」
記者がマイクを取った。
「外国人スタッフでも扱えるようになったと聞きましたが、その理由は?」
僕は緊張しながら、一呼吸置いて答えた。
「数字ではなく、表情で鍋の状態を伝える仕組みにしました。
──『あずきちゃん』が、ドラゴンの声を代わりに話してくれるんです。」
ざわめきと笑いが広がる。
「あ、すみません。
説明が足りませんでしたね。
私たちの工場にある業務用の圧力鍋を『いにしえのドラゴン』と呼んでいます。
扱いが難しく、職人の経験と勘に頼っていて、ずっと使われずにいました。」
あかりさんが僕をフォローして、説明を加えた。
「扱いが難しいと見向きもされなかったものを、AIとIoTで復元させたのです。
だれにでも扱えるよう、鍋の操作をプログラムで管理し、その状態を監視して作業員に伝える。
その時に課題となったのが、外国籍の皆さんにもわかるシステム作りです。」
プロジェクターの画面には、圧力鍋『いにしえのドラゴン』に装備された操作パネルが表示された。
別の記者が続けた。
「伝統の味をIoTで守るということですが、伝統が失われる心配はありませんか?」
これには佐藤課長がすぐに口を挟んだ。
「伝統の技は、最後に味を確かめる人の舌で守られています。
IoTはその手前を助けるだけ。
むしろ伝統を次の世代へわかりやすく伝える力になります。」
会場に拍手が湧いた。
藤島さんは小さく笑みを浮かべ、「あずきの気持ち」をかじりながらつぶやいた。
「この味が守られるなら、優しいドラゴンもいいもんだな。」
その様子を神崎課長が見ていて、ぽつりとつぶやいた。
「……次は俺たちの番だな。」
記者会見場の照明が落ち、スクリーンには新商品の映像が流れはじめた。
──『あずきの気持ち』、聞いてみませんか?──
昔ながらの製法で、じっくり丁寧に炊き上げた小豆。
甘さ控えめで、粒の食感も残しながら、小豆本来の優しい味わいをお楽しみいただけます。
本練りようかん『あずきの気持ち』。
食べきりサイズでのご提供です。
使用するのは、えりすぐりの北海道産あずきと国産寒天。
手間を惜しまず、まごころを込めて練り上げました。
どこか懐かしく、でも新しい。
お茶うけにはもちろん、贈り物にもぴったりの逸品です。
今日も誰かの心に、小さなぬくもりを届けたい。
それが、『あずきの気持ち』です。
──映像が終わると、静かな拍手が広がった。
──あずきちゃんの笑顔が、満場の記者たちの目に焼きついた。
「以上で新商品『あずきの気持ち』の発表会を終わります。
本日はまことに、ありがとうございました。」
発表記者会見が終わった。
「菅谷さん、ありがとう。」
あかりさんがつぶやくように僕に言った。
僕は緊張で胸がいっぱいになり、壇上で言葉が出なかった。
熱くなった顔をうつむいて隠すことしかできなかった。
その時、フロアを抜けて藤島さんが壇上に上がってきた。
何も言わず、僕の頭をがしがしと撫で回した。
昔からの癖のように、乱暴で、それでいてあったかい手つきだった。
「菅谷、お前は――
伝統を守りながら、新しい時代を切り拓いたんだ。
……すげぇよ、お前は。」
その声が、まるで誰よりも僕をわかってくれている人の言葉みたいで、僕は思わず、うつむいたまま、涙がにじむのをこらえていた。
「やめてくださいよ……泣かせないでくださいって……。」
そこへ、水島部長が静かに近づいてきた。
「胸を張りたまえ、菅谷君。
君は、藤島の相棒になったんだ。
その肩書は、我が社ではもっとも重く、誇らしいものなのだよ。」
僕は顔を上げた。
藤島さんが、照れくさそうに顔を背けながら、それでも、笑っていた。
この人と肩を並べられたんだ。
僕の胸が、じわりと熱くなった。
その時、会場に残ったフラッシュの光が、未来を照らすように輝いて見えた。
(終わり)



