ハイカロリー ~優しいドラゴンと、ちょっとぽちゃっとした伝説~


「おはようございます……藤島さんですよね。」

「ふん、ヤマザキか。
 無難な線を選んだな。」

「ああ、課長がこれ持ってあいさつしろって……。」

「そうだ、俺が藤島だ。
 ……で、それを持ってきたってことは──」

 藤島さんは小さく鼻で笑って、包みを机に置いた。

「あいつ、また俺に押し付けやがったな?
 それで、お前は?」

「今日から配属された、菅谷です。」

「そうかよ。
 ちょっと待ってろ。
 今、お前の席を作ってやる。
 まぁ、気楽にいこうや。」

 藤島さんは机を片付け始めた。
 雑多においてある資料をどけると、机が出てきた。

「この席を使ってくれ。
 お前の相棒は、そこのハブからつないでやるといい。」

 なんなんだ、この人は?
 課長から「くれぐれも粗相のないように」って言われて、どんな伝説のベテランかと思ったら──
 おなかぱっつんの『ぽちゃおじ』じゃないか。
 ようかんかじってるし。
 机の上にキーボード3台って、この人何と戦っているんだよ。
 ……これが『伝説の藤島?』

「おい、お前の得意技は何だ? VBか?」

「いえ、C#を少し……。」

「C言語か。
 ほう、伝説のドラゴン使いだな。」

「い、いや、C『シャープ』です。」

「なんだそれ? 斜め上の世界か? ははっ、面白ぇ!」

 最近プログラミング教室で習ったばかりなのに古いって、この人は何を言っているんだろう?

 RRR……

「はい、設計2課藤島。
 よお水島、元気か?
 まぁ、そいつは確か、前に俺が組んだものなんだけどよ。
 ……無理にハードから、ソフト制御に変えるからだろう?
 ……しょうがない、あの会社の菓子はうまいからな。
 ……。
 今度何かおごれよ。」

 ここにはめったに仕事の依頼なんて来ないから、ゆっくり教えてもらえなんて言われていたけれど。

「藤島さん、お仕事ですか?」

「ああ、そうだ。」

「先ほどの水島さんって、もしかして水島部長ですか?」

「なんだ? 知り合いか?」

「いえいえ、そんな恐れ多い。
 それより部長からの直接依頼ですか?」

「ああ、老舗の菓子メーカーからの依頼だ。
 1課の連中がもめたらしい。
 俺はその後始末だ。」

「伝説のリリーフっすね。」

「馬鹿言え、そんなんじゃねぇよ。
 まぁ、製造ラインを自動化するって話なんだが。
 既存のシステムを生かしたいってことだ。」

「新しく制御の系統を立てるってことですか?」

「ああいう仕事にはな、職人の技ってもんがあるんだよ。
 だから現場の人間にしかわからねぇ。
 そりゃ新しくオートメーションのシステムをおっ立てりゃ、それで済む話だがな。
 今と同じ水準の菓子を作るには、現場の知恵を反映させなきゃならない。
 どのメーカーの菓子も同じ味じゃ、つまらんだろ?」

「そういうものなんすかね?」

 僕がちょっと考えていると、

「まぁ、百聞は一見にしかずだ。
 見てみりゃわかるよ。
 ほら、出かけるぞ。」

 そういって僕らは、老舗のお菓子メーカー、『なかや』に出向いた。


 なかやには先客がいた。
 システム制御のエリート集団、設計1課の連中だ。
 すごい人の集まりとは聞いている。

「おい、ぽちゃおじのお出ましだぞ。」

 設計1課の課長、神崎が声をかけた。

「さすがに今回ばかりは1課も歯が立たなかったと見える。」

「ああ、そうだよ。
 うちのアルゴリズムじゃ歯が立たなかったってことは……
 つまり理論じゃなくて勘だよりなんだとよ。」

「自動化されたテンプレシステムに突っ込んで、あとは調整するってやり方。
 まぁ、悪くはないが、万能じゃねぇってことだ。」

「それで? お前らはどうすんだ?
 ぽちゃおじは、あんこの味にはこだわるってか?」

「まぁ、そういうことだ。
 あんこがうまけりゃいい。
 それだけだ。」

「ふんっ、そうかよ。」

 神崎は部下を引き連れて、なかやの会議室から出て行った。


 会議室に入ると、工場長と製造課長が待ち構えていた。
 隣の藤島さんは、やや気だるげな表情をしていたけれど、目だけは鋭く光っていた。

「藤島さん……やっぱり来てくださったんですね。」

「うちの若いのが、ちょっとやらかしたみたいでね。
 顔を出しておこうと思ってさ。」

「いえいえ、ちょっと現場とシステム側のかみ合わせが悪かっただけです。」

「というと?」

「今、うちの工場であんこを作っているのは、ほとんど夜勤の外国人労働者なんです。」

「ほう、それで?」

 製造課長がゆっくり説明を始める。

「作業の指示を出していたのは、ベテランの職人さんたち。
 でも、もうほとんどが定年退職か、他部署に異動してしまいました。
 実際、職人の舌で守ってきた味が、継承されずに消えかかっているんです。」

「それじゃ、あんこの味を守ってるのは――」

「はい、あと数名の『おばちゃん職人』だけです。」

 そこまで聞いて、藤島さんが僕のほうをちらっと見た。
 なにも言わないのに、視線だけで「わかったな」と言われた気がして、僕は背筋を伸ばした。

「聞いたか、菅谷。
 これは小豆との知恵比べだぞ。
 しかも、外国人でも扱えるようにしなきゃいけない。
 簡単にはいかねぇぞ?」

 僕は、張り切って答えた。

「大丈夫です!システムを自動化して、誰でも使えるようにすれば……!」

「……おい。」

 藤島さんの低い声が僕の言葉を止めた。

「お前な、何でもかんでもタイパとコスパで考えるなよ。
 この先にいるのは『機械のユーザー』じゃなくて『人間』だ。
 機械に仕事をさせるだけじゃねぇ。
 困ってる人に、ちゃんと手を差し伸べる。
 それが俺たちエンジニアの仕事だろ?」

 ずしんと胸に落ちた。
 僕は何も言えず、ただ「……はい」とうなずいた。

 横目で藤島さんを見ると、あの人はいつもと同じように、ようかんをかじっていた。
 でも、そのまなざしはまっすぐで、僕の気持ちを正面から受け止めてくれていた。

 ――ああ、やっぱりこの人はすごいな。

 僕の中の『忠犬』が目覚めたように感じた。