タイム アフター タイム 甘夏とハッサクは、ノスタな恋をする。


 校内に植えられている桜の木だけでなく、隣の松ヶ丘中央公園に咲いている桜からも、少し肌寒い風に乗って桜の花びらが舞い降りてくる。
 赤羽台周辺は、団地の敷地内も並木道も公園も、卒業シーズンは桜の花でいっぱいになる。明るく華やいだ景色と空気。ここに住んでいる人々の、この時期だけの楽しみだ。私たちは幼稚園の入園から中学を卒業するまで、この晴れやかな雰囲気の中で出会いと別れを繰り返してきた。と言っても、私の場合、幼稚園の入園式から中学の卒業式までは、二十一世紀の桜。二十世紀の桜に門出を祝ってもらうのは初めてだ。

「父さん、次撮って! みんなもおいでよ。一緒に入ろう」
 校門の脇に立てられた看板の横で、胸にリボンつきのコサージュをつけ、丸筒を持ったアケがピョンピョンしながら私たちを手招きする。順番待ちをしている生徒が多いので、トモとヒカリに背中を押されながら私もアケの横に並ぶ。一緒にいるのが恥ずかしいのか、最近はあまり私たちとはつるまなくなったカズヤもトモに捕まって無理矢理、記念撮影のフレーム内に連れ込まれた。
 確か、私がいた世界の卒業生は、丸筒ではなくバインダー型のホルダーに入った卒業証書を持っていたはずだ。なんとなくこっちの方が卒業式っぽいなと思ってしまうのは、もともとレトロ好きだったのか、この時代に馴染んだからなのか、よくわからない。
 聖子ちゃんカットはややピークを過ぎていて、内巻きのボブや、ポニーテール、そして晴れ舞台の今日は――私もそうだけど――ハーフアップでちょっとセレモニーの雰囲気を出している子が多い。どのアレンジにしても、『前髪命』は、この世界の女の子も、元の世界の子たちと変わらないらしく、みんな小さな鏡を手に、しきりに前髪をチェックしている・

 写真を撮ってくれる『お父さん・お母さんカメラマン』の機材は、元いた時代のものとはちょっと違う。大きめの箱型のカメラか、一眼レフ。望遠レンズをぶら下げているお父さんもいる。卒業記念とはいえ、子供の写真を撮るにしては少し大げさな気もする。私のお父さんもアケのお父さんの隣で一眼レフを構えていた。そんなカメラを持っているなら小さい頃からの私の写真があってもいいはずなのに、部屋のアルバムには、私がこっちの世界に来てからのものしか貼られていない。
 『ノスタワールド』で見た『写ルンです』は、確か今年の夏ぐらいの発売だったはずだ。スマホなんか、もちろんない。確か元いた世界では、先輩の卒業生たちは、自分たちのスマホで自撮りしてそのままLINEで送り合っていた。

「アマナツ、もう少しアケの方に五十センチ位移動してくれるかな」
 アケのお父さんから注文がつく。
「そうよ! もっとこっちに寄りなよ、前から思ってたんだけど、あんた写真撮るときとかで並ぶとさ、いつも間が空いちゃうのよね」
 その通り。
 私は元いた世界に帰り損ねたときから隣のスペースを一人分空ける癖がついてしまっていた。本当ならその場所にはハッサクがいるはずだった。
 おととしのクリスマス・イブの日、ハッサクは一人であっちの世界に帰ってしまった。その次の日、彼が住んでいたはずの別棟からは表札が消えていて、三学期が始まったときにクラスのみんなに聞いてみても、「そんな子いたっけ?……ちょっとアマナツ、大丈夫?」という反応ばかりだった。私だけがハッサクのことを憶えていて、知らず知らずに彼一人分のスペースを作ってしまっている。

〇

 校門での記念撮影会の少し前。
「えー、ただいまより、昭和六十一年 第四十六回 赤羽山中学校 卒業証書授与式を挙行いたします。」
 という開会の辞で始まった卒業式。国歌と校歌を斉唱し、卒業証書が授与された。担任の先生が順番に名前を呼び、一人一人校長先生から卒業証書が手渡された。令和の卒業式もそんなだったっけ? 確か代表者がまとめて受け取っていたような……
 どのクラスの先生も、ハッサクの名前を呼ばなかった。それは当たり前のことなんだろうけど、彼の『存在』が、この時代には無かったことにされてしまったような気がして、胸の中を冷たい風が吹き抜け、花びらをいっぱい散らせていった。

 この学校を卒業したら、私が隣を空ける癖は、なくなってしまうのだろうか。

〇

 記念写真を撮り終わると、少し離れた所でお母さんが手を振っていた。走り寄る。

「卒業おめでとう、ナッちゃん」
 その言葉を聞いて、私はワッと泣き出してしまった。
「まあ、大げさね。やっぱり泣き虫ナッちゃんだ」
 なぜか嬉しそうにお母さんが言う……っていうかお母さんだって、器用に笑いながら泣いてるじゃない!
 ……だって、(元いた世界での)中学の入学式のときはお父さん一人だったのに、卒業式はお母さんがいてくれてるんだよ! ここでこうやってお祝いしてくれてるんだよ!
 これでよかったんだと思う……ハッサクもきっとそう思ってくれている……はず。

 私たち幼なじみ四人は、人が多い隣の公園に移動し、別れを惜しんだ。と言っても、帰る方向はみんな同じなんだけど。

「ちょっとアケ! なんでそんなものを持っているのよ⁉」
 ヒカリの声に釣られてアケの手を見ると、学生服のボタンが一つ、さあ見よ!と言わんばかりに載っていた。

「へへー、三組のシンイチの第二ボタン、ゲットしちゃった」
「えー! アケ、あんたまさかあの子とつき合ってたの⁉」
「うーん、つき合ってたっていうか、先週告白してね……それからかな」
「おー、これはホットなニュースが飛び込んできた!」と放送部を三年間続けたヒカリが ラジオのDJみたいな抑揚をつけて驚く。
「確か、シンイチ君もアケも同じ高校だよね?」羨ましそうにトモがつぶやく。
「ウシシ、そうなのよ。二人の未来は明るい!」

「あー、誰か俺の第二ボタンをもらってくれないかな?」
「こら、カズヤ、そんな『誰でもいい』みたいな態度が一番いかんのだ! 意地でも、もらってやるもんか」
 と言いつつ、トモがカズヤの胸元のボタンをブチっとちぎり取った⁉
 え、ひょっとしてトモ、カズヤのこと好きだったの? アケもヒカリも目を丸くしている。

「ああ、アタシたち五人は違う高校なのよね。遂にクサレ縁な関係も解消するときが来たか」
 アケがちょっとだけ淋しそうにつぶやく。
「とは言っても、みんなこの赤羽台に住んでるんだから、ちょくちょく顔を合わせるんじゃない?」とヒカリ。
「まあ、確かにそうだね……ところでさ、アマナツ、なんか今日、口数少なくない? やっぱアタシたちとの別れがさみしいか」とトモに突っ込まれた。
「……まあね。もちろん卒業できるのは嬉しいよ……でも、やっぱりちょっと淋しいかな」
「っていうかアマナツさ、二年の冬くらいから、孤独を楽しむ癖がついてない?」
「アケ、なによそれ……別に楽しんでいるわけじゃないし……ただ、なにかが、誰かが足りないっていうか……」
「そういうことならアマナツ君は高校に入ったら早速カレシ作りに励みたまえ!」
 ヒカリは元気づけようとしてそんな風に言ってくれているのか、からかっているのか、いまいちわからない。

「でも、アマナツのその『なにかが、誰かが、足りない』っていうのは俺もなんとか感じてるな」
「え! そうなの?」カズヤのつぶやきに驚いて私は反応した。
「うん、確かにダチが隣にいてくれたような気もするし……じゃないと女子四人に男は俺一人って不自然だろ? このクサレ縁状態はさ」
 そう言ってカズヤは空を見上げ、次々と舞い降りてくる桜の花びらを手のひらで受けとめようとした。

「ははは、確かに」
 トモも真似して空に手を伸ばす。

 ずっと、遠い将来。
 ハッサクはここに来ることがあるのだろうか。

 空を見上げ、手のひらに花びらをひとひら、ふたひらと乗せる、彼の幻を見たような気がする。私たちのように――名前は変わってしまったが――同じ中学を卒業するハッサク。本当にそれは、もっともっと先の話だ。しかも彼と私は同じ『世界線』にいるのかさえもわからない。
 もう、ハッサクの人生と交わることはないのだろうか。彼と一緒に満開の桜を見上げることはできないのだろうか。

 私は……多分、ハッサクもそうするだろうと信じ……空を見上げ、涙がこぼれないようにして手を伸ばす。

 手を下ろすと、アケとトモとヒカリ、三人の幼なじみに抱きしめられ、結局涙がポロポロとこぼれ、止まらなくなった。やっぱりこの世界の私は、泣き虫ナッちゃんだ。

〇

こんばんは 中城みさきさま 

ちょっと長くなるので、封書でお手紙を送らせてもらいます。
あ、ラジオ番組の中で取り上げてもらおうと思って書いたわけではなく、みさきさんに報告と、お礼の気持ちをお伝えしたかったので、そういうものとしてお読みいただけると嬉しいです。
東京に住む女子中学生、ラジオネーム、「初恋は甘夏の味」です。以前、番組でご紹介してくださり、アドバイスしてくださり、ありがとうございました。本当はもっと早くお手紙を書こう書こうと思っていたのですが、なかなかふんぎりがつかず、少し間が空いてしまいました。

ペンをとる気になったのは、中学の卒業式を迎えたことと、まあその影響もありまして、ある程度心の整理がついたからなんです。

私は2026年から幼なじみの男の子と二人でこの世界にやってきたとお伝えしました。
母が生きているこの世界に。男の子にとっては、妹さんがいないこの世界に。

で、結局どうなったかというと、去年のクリスマス・イブの日に男の子は――多分ですが――元の世界に戻り、私はこの通り、ここに残っています。

本当は私も一緒に帰るはずだったのですが、アクシデントがあって、一人しか帰れないことになってしまったのです。

今、「アクシデント」と書きましたが、そのせいだけで私が帰れなかったかというと、決してそうではありません。多分、私がみずから「帰らない」ことを選択をしたんだと思います。

このことを思い返すと、いつも「運命」という言葉に行きつきます。

みさきさんは番組の中で「運命と気楽につきあってもいいんじゃないか」「運命って、自分で選べるようになるのかもしれない」とおっしゃってくださいました。それがきっかけで、ときどき、「運命ってなんだろう?」って考えることがあります。あらかじめ運命って、きっちりと決まっちゃっているものなのだろうか? それとも、なにかの影響で急に変わっちゃったりするのだろうか? そして、自分で「こうしたい」という意思があれば、変えることができるものなのかと。

これは、すごく難しい話だと思うので、答えは見つかってなくて、うまく言えないのですが、「元いた時代に戻らなかった」という経験を元に言えば、「運命とは、もともと必然という下絵がキャンバスに描かれていて、そこに偶然と自分の意思、という二種類の絵の具で描き加えられて出来上がった絵画なのかも知れないって思っています。ちょっとキザっぽかったですね。それに私は美術の勉強をしているわけでもありませんので、まったくの素人考えです。あ、小さいときに色鉛筆でスケッチくらいはしていましたけど。

だから、今の私のこの状態は、「私のこうなりたい」という絵の具で描き加えられた結果だと思っています。それが美しい絵なのか、駄作なのかわからないけど、今はそれを受けいれています。この世界の環境に馴染むことができているし、何人か親友もいて、楽しく過ごせているし、なによりも両親が元気で一緒に暮らせているのですから。

ごめんなさい。
少し、いやだいぶウソをつきました。確かにこの世界を受けいれてはいますが、丸々全部というわけではありません。正直、四割くらいは空白というか後悔というかモヤモヤしたものが残っています。だからこのあと、なにかの偶然が起きて、それによって自分の「こうしたい」という絵の具も加わって、違う絵を描くかも知れません。でも今のところ、自分の意思で運命を変えたいという強い気持ちはないですし、そんな勇気もありません。前にお便りしたときにも、私一人だけが残ったらどう思うのかよくわからないと書きましたが、今でもやっぱりよくわかりません。それが四割のモヤモヤです。

とめどもない話になってしまいましたが、おかげさまで私は今、無事中学を卒業し、高校に進学することもできました。これからの運命をどう描いていくか、前向きに考えていきたいと思っています。

そのきっかけを与えてくださり、本当にありがとうございました。
これからもみさきさんの大ファンとして、一リスナーとして、番組を楽しませていただきますので、どうぞよろしくお願いします。

 追伸

これは前にも書きましたが、一つだけ言えるのは、あの子とここに来れてよかった、ということです。この気持ちは絶対に変わりません。

初恋は甘夏の味 より