タイム アフター タイム 甘夏とハッサクは、ノスタな恋をする。


 高校受験に備えて学習塾や予備校に通い始める同学年の生徒も多くなってきた。受験対策について電話でハッサクに聞いてみた。

「ねえ、やっぱり塾に行って勉強した方がいいのかな?」
『うーん、こっちの世界の高校を受験するかどうかもわかんないし』
「……そうだけど、私たちもうすぐ三年になるんだからさ、どっちの世界の高校に行くにしても受験対策はしといた方がいいんじゃない? 中学で勉強する内容は、そんなにガラッと変わっているわけでもなさそうだし」
『元いた世界の高校受験では、記述式の問題が多かったり、英語のリスニングがあるって聞いてたけど……もし帰れたら、それは気合いでなんとかするしかないか……じゃあ、冬休みくらいから塾通いを始めようか』
「まあ、成績優秀なハッサク様に塾なんか必要ないかもだけど……じゃあ私、赤羽と池袋あたりの塾、どこがおススメか、アケたちに聞いておく」
『うん、よろしく頼む』

 ハッサクが高校受験の準備にあまり乗り気じゃないのは、なんとなくわかる。元の世界にいるミカンちゃんのことが気になっているんだと思う。こっちの世界で高校受験するなんて考えたくないんだろう。
 彼なりに、ここに迷い込んだ原因や、元の世界に帰るための手がかりをいろいろと考えている気配はある。でも、そのことを交換日記に書いたり、直接私に相談することはない。ハッサクはハッサクなりに、私とお母さんのことに気を遣っているんだと思う。

 元の世界に帰りたいのか。ここにいたいのか?

 その気持ちを確かめ合うのを避けているような気がする……お互いに。
 いつかはわからないけど、帰れる日がきたとき、私たち二人は、どっちを選ぶのだろうか。

――――
10月25日(木曜)
ハッサクからアマナツへ

今日、多摩動物公園にコアラが来たっていうニュースをやってたけど、見たかな?
できれば一度コアラを見にいきたいんだけど、一緒に行かない?
まだ混んでるかもしれないけど、11月3日の文化の日あたり。

――――
10月26日 金曜日
甘夏からハッサクへ

うん、ニュース、見た見た。
でも、ハッサクから動物園に誘うなんてめずらしいね。
動物、好きだっけ?
11月3日、大丈夫だよ。
待ち合わせとか、どうする?
――――
10月29日(月曜)
ハッサクからアマナツへ

ありがとう。
いや、特にこれといった理由はないんだけど、ちょっと探したいものがあってね。
じゃあ、その日、朝の8時にC号棟の前で待ってるよ。早いかな?
――――


 11月3日。
 新宿で京王線に乗り換えたときから動物園を目指す人でいっぱいだった。
 満員電車の中で、ハッサクは私が押しつぶされないように、ドア横のコーナーで体を張って守ってくれた。私はせっかく作ったお弁当が押しつぶされないように、両腕でガードした。
 降りた駅の改札口を出たあたりから多摩動物公園の入口まですでに行列ができていて、入場券を買うのにも三十分くらいかかった。
 正門でチケットを切ってもらい、ガイドマップを見て進む。ハッサクは途中何度も振り返り、私がついてきてるか確かめる。原宿のときみたいに手をつないでくれればいいのに……まあ、照れくさいんだろうけど。コアラ館はだいぶ奥の方にあって、そっちの方に向かって人の流れができている。あまり進まないうちに、動物公園の係の人が『最後尾』のプラカードを持って『コアラ館に入場の方は、こちらにお並びください』と案内していた。
 その列に並び、超ゆっくりと進む。家族連れを中心に、お年寄りや私たちみたいなカップルも並んでいる。
 電車の中といい、この行列の中といい、私とハッサクは、なんとなく密着気味だ。照れくさいのか、彼はそっぽを向いて目を逸らしている。オイ、原宿で見せた男っぷりはどこに行ってしまったんだ!

「ひょっとして、髪型、戻した?」
 唐突にハッサクが聞いてきた。
「え⁉ 戻したって……そうそう、戻した」
 ココに来て初めて目覚めた朝、鏡の中の私の髪の長さはミディアムロングだった。今思えば、この世界の私(って誰?)はみんなと同じようにサイドの髪を後ろにゆるく巻いて、聖子ちゃんカットにしていたのかもしれない。ここにはスマホなんかないから、『この世界にいた私』の写真データはない。それだけじゃなく、アルバムやプリントした写真を部屋中探してもなぜか見つからなかった。小さいころ家族で富良野に行った時の写真は、居間のどこかにあるのかも知れないが、まだ探していない。
 そのまま髪の長さをミディアムにキープしたままハーフアップにしたりポニーテールにしたりして遊んでいたけど、この前の日曜、美容室でカットしてもらい、思いきってショートにしてもらった。『思いきって』といっても、ただの気まぐれで元の髪型に戻しただけ……だと思う。

「へー! よくわかったね。ハッサクは全然私の髪型なんか見てないし気にしてないのかと思ってたんだけど」
「そ、そのくらい短くなれば誰だってわかるよ」
「……髪を切ってから学校で何度か会ってるんだけど。もうちょっと早く言ってくれればポイント高かったのになあ」
「いや、気づいてたんだけどさ……前のアマナツに戻ったなあって」
「やっぱ、長い方が良かった?」
「どっちなんて……選べないよ」
 その困り顔を見て私は笑う。

 そう。選ぶって、難しい。

 行列はノロノロと動き、四十分くらいかかってコアラ館に入ることができた。
 周囲からは『かわいい!』『動いたー!』 という歓声が上がっている。その場にゆっくり立ち止まることはできず、前に進みながら木の幹に抱きついている二頭のコアラを見物した。
「首元の白いフサ毛が可愛いよね」と私。
「タムタムとトムトムか……オス同士みたいだけど、繁殖させようという計画はないのかな」とハッサク。
「まん丸の黒目で無表情な動物って、なんか可愛いよね」
「意外に動きが速いね、もっとじっとしているのかと思ってた」
「それ、ナマケモノと一緒くたにしてない?」
 ……彼がコアラを見に来た理由は、どうやら『可愛いイキモノに会いたいから』ではないようだ。
 前の世界の上野動物園で見たパンダは、ごろんと寝てることも多かったけど、いざ動き出すと愛嬌たっぷりで、それに比べるとコアラ君たち、もうちょっと愛想よくしてもいいんじやないかね? と正直思った。

 コアラ人気のせいか、園内はどこに行っても混んでいる。オーストラリアからコアラと一緒にやってきたワラビーを見たら、お昼の時間をとっくに過ぎていた。お弁当を広げられる広場を探し、空いているベンチを見つけて座った。

 弁当の包みを開け、ハッサクにお絞りを渡し、バスケットの容器を差し出した。
「食べてくれる?」
「もちろん、すごい!」
「すごいって言っても、おむすびと唐揚げと玉子焼きなんだけどね……唐揚げと玉子焼きはお母さんに手伝ってもらったし」
 ハッサクは、いただきますと手を合わせると、おむすびを片手に持ち、ひょいひょいと唐揚げと玉子焼きを口に入れる。
「うんうん、うまい! これが昭和の弁当か」
「……お弁当なんてあんまり変わんないと思うけど。多分私あっちの世界に戻っても同じようなおかずを作ってると思うよ……ほら、喉に詰まるよ」
 そう言って私は水筒の麦茶をフタに入れて渡す。
 いずれにしても喜んで食べてくれ、お褒めの言葉をいただけるのは、正直嬉しい。

 おむすびが一つ消えた所でハッサクが聞いてきた。
「お母さんとは仲良くしてるみたいだね」
「まあ、そうだね……いろいろあーだこーだと口出ししてきたり、お小言ももらうけどね」
「でもほんと、よかったな」
「うん、ありがとう」

 お弁当を食べたあと、園内はかなり混んできたので早めに切り上げることにした。ずっと外にいたので、体もだんだん冷えてきたし。通路の両側の動物を眺めながら、出口の方に向かう。ぞろぞろと入場してくる人はいっぱいいるけど、帰る人はまだまばらだ。

 しばらく進むと大きな売店があった。軽食や飲みもの、それにお土産を売っている。

「ちょっとのぞいて行っていい?」
 ハッサクは売店を指さす。
「うん、いいけど?」
 売店の奥に入ると、ライオンや象、ゴリラなど定番の動物の多種多様なグッズが売られていた。
 そこに、ひときわ大きなコーナーを陣取っていたのは、コアラちゃんたちだ。
 大小のぬいぐるみからマグカップ、ぬり絵などいろいろなグッズが置いてある。

 そして。
 その片隅にソレがあった!
 『エリマキコアラ』のキーホルダー。

「ハッサク、これってひょっとして⁉」
「うん、ぼくが持っていたのと同じだ」

 なぜかシッポの生えたコアラが白いエリマキを巻いている。ついさっき確かめたばかりだけど、実物のコアラのお尻にシッポは見当たらなかった。

「エリマキトカゲが流行ってたから、シャレでこんなの作ったんだろうな」
 そう言いながら、ハッサクは棚から突き出ている金属の棒からそれを二つはずし、手にとった。
「え、それ買うの?」
「うん、ちょっと待ってて」
 そう言ってレジに向かった。

 小さな二つの紙袋を手にぶら下げてハッサクが戻って来た。
「これ、一つあげる」
「え、私に? いいの?」
「うん、ぼくは一つ持ってるから……元の世界で」
「それはどうするの?」
「これはミカンにあげる」
「……ミカンちゃんに? だってここには……」

「この間、父さんと母さんの部屋に入る用事があって、そのときに見つけたんだ」
「なにを?」
「戸棚の上に小さな仏壇みたいなのがあって、位牌っていうんだっけ? それに『蜜柑(みかん)』」って書いてあった」
「……そうなんだ」
「ぼく、あっちの世界にいたとき、いつだったかよく憶えてないけど、ミカンにこれを頂戴ってねだられたんだ……キモいとか言われながらね。だから、いじわるしてあげなかった」
「……そうなんだ」
「今度はちゃんと、ミカンにあげる」

 帰りの電車は拍子抜けするほどに空いていた。二人並んで座れた。
 ハッサクはずっと黙りっぱなしだった。
 今日、動物園に来たのは、ミカンちゃんにあげるコアラのキーホルダーを探すためだったんだ。元いた世界で妹にあげることができなかったから……
 あっちの世界とこっちの世界を混同しない方がいいんじゃない、とは言えなかった。
 そして、偶然でもなんでも、ハッサクはエリマキコアラのキーホルダーを懸命に探し、見つけることができたのだから。

 ん、まてよ?

 元いた世界では、ハッサクは小学生のときからエリマキコアラのキーホルダーをランドセルにぶら下げていた……こっちの世界をいつ抜け出して、元いた世界にいつ帰ったのかわからないけど、なんにせよハッサクは元の世界に帰ることができたっていうことじゃないのかな……少なくともハッサクは。

「ねえハッサク、これやっぱり返す」
 私は小さな紙袋に入ったキーホルダーを差し出した。
「一つはお家の仏壇でミカンちゃんにあげて。で、これはハッサクが持ってて」
「どうして?」
「だって、向うの世界にこれがあったっていうことはだよ、ハッサクが持ち帰ったっていうことじゃない?」
「えーっと……確かにそうだな。でも、ぼくが持ち帰ったかどうかはわかんないよ」
「君に持ち帰って欲しいの!」
「どうして?」
「いいから!」
 私は強引に彼の手に紙袋を持たせた。

 ハッサクはそれを握りしめたまま、下を向く。
「アマナツは、元いた世界に戻りたくないのかな」

 私はそれに、ちゃんと答えることができなかった。

〇

 その夜。
 私は夢を見た。
 小さいころ……確か小学校一年生になったくらいの記憶。


 お父さんに連れられて行った場所には、黒い服を着たおとなの人がいっぱい集まっていた。
 そこは、お花がたくさん飾ってあって……きれいな紫色の花びらが集まったお花もあった。今思うと、あれはラベンダーの花。その真ん中にお母さんの写真があった。
 お坊さんがお経を読み終えると、その場に集まった人たちが並んで列を作り、次々とお母さんの写真の前にお線香をあげている。その煙はいい匂いがした。今思うと、それはラベンダーの香り。お母さんの香り。
 おとなの人はみんな私の頭を撫でて『こんなに小さいのにねえ』とか『お父さんと一緒にがんばるんだよ』と声をかけていく。

 その夜から、おばあちゃん――お父さんのお母さん――が団地で一緒に暮らすようになった。お母さんの方のおばあちゃんは時々顔を見せ、一緒に遊んでくれて楽しかったけど、お父さんのおばあちゃんは、ここに来る前は広島にいたので、あまり会ったことがなかった。だから、最初はちょっと怖かった。学校から帰ると家に居づらく、団地の中だけならいいよとおばあちゃんから許可をもらってすぐに外に遊びに出た。
 と言っても、一緒に遊んでくれる友達もいなくて、団地の中の公園にスケッチブックと色鉛筆も持ち出し、お花や蝶やら、街灯やベンチなんかを描いていた。この団地は、少し前に新しく建て替えられて、子供たち用の遊具はあまりなかった。

「うまいじゃん、ピンクのちょうちょと、きいろい花」
 いつのまにか、男の子が私の後ろからスケッチブックをのぞいている。
「えー、それ、ぎゃくなんだけど。お花がピンク。きいろがちょうちょ」
「そうかな、ぜったいピンクのがちょうちょだと思うんだけど」
 私はムッとする。
 ……それがハッサクとの最初の会話だったと思う。

 確か、幼稚園が一緒だったから、ハッサクの顔は知っていた。部屋も隣の隣同士だったので、お母さん同士は仲がよかった。
「さいきん、よくそとであそんでるね」
「おうちにいてもつまらないし……あれ、わたしのことしってるの?」
「うん……そうか、うちのママが言ってたよ。なっちゃん、お母さんがいなくなっちゃったって。だから、なかよくしてあげなさいねって」
「だからって、そんなにかまってくれなくてもいいのに。それからきみ、お母さんのこと、ママってよんでるの? 小っちゃい子みたい」
「おかしいかな?……じゃあこれから、母さんってよぶ」
「いいなあ、お母さんがいて」
「じゃあぼくのママ、じゃなくて母さんをかしてあげるよ」
「……ありがと。あなたのなまえは?」
「ハッサク」
「おもしろいなまえだね。ハッサクはわたしとなかよくしに、ここにきてくれたの?」
「……まあね」
 ハッサクのほっぺたが少し赤くなった。

「君は? 母さんが『なっちゃん』っていってたけど」
「あ、ごめん。ほんとはね、『あまなつ』っていうんだ」
「ふうん……かわいいなまえだね」
 そう言ってハッサクはもっと赤くなった。
 それがちょっと嬉しかったのを憶えている。

「あ、そうだ、グリコのじゃんけん、やらない?」
「なにそれ?」
「えー、ようちえんでやらなかった?」
「あー、お友だちとかはやってたかも……でもわたしは、やりかた知らないんだ。教えてくれる?」
「うん! じゃあ、あっち行ってやろうよ」

 そして私たちは赤羽台トンネルの脇の階段をグリコのじゃんけんをしながら上がったり下りたりした。
 十回くらいやった。私は負けてばっかりで、最後の方はハッサクがわざと、あと出しじゃんけんして負けてくれたと思う。
 そこに、買い物帰りのハッサクのお母さんが通りがかった。確か、よちよち歩きのミカンちゃんの手を引いていたと思う。
「ハッサク、ここで遊んじゃダメって言ったでしょう!」
「ごめんなさい」
「おばさん、わたしがね、グリコのじゃんけんをおしえてって言ったの」
「あら、なっちゃんじゃない。今、おうち、一人なの?」
「ううん、おばあちゃんがいるけど」
「それじゃあ、おばあちゃんに断って、うちでおやつ食べようか? ちょうど伊勢屋の豆大福を買ってきたから」
「わーい!」
「ハッサク、喜んでるけど、あなたの分を一個なっちゃんにあげるのよ」
「え! ……まあいいか、アマナツ、一緒に食べようよ」
 ハッサクは少し照れながら私を誘ってくれた。
「それからねママ、じゃなくて母さん」
「……どうしたのハッサク、気味悪いわね」
「あのさ、アマナツのお母さんにもなってあげてくれる?」
 ハッサクのお母さんは一瞬きょとんとしたけど、私を見つめてニッコリと微笑んだ。ミカンちゃんはちょっと不機嫌そうだったけど。
「ええ、いいわよ。なっちゃん、お母さんだと思ってどんどん甘えてちょうだいね」
 その言葉を聞いて、私はわっと泣き出し、ハッサクのお母さんにしがみついた。

 お葬式のとき、そしてそのあともずっと流せなかった涙が次から次へと流れた。

○

 カーテンの隙間から光が漏れ、目が覚める。
 体を起こしてあたりを見回すと1984年の私の家だ。遠い天井、畳の匂い。
 今、私がいる場所はここ。
 さっき見た夢は、ただの夢。

 こっちが本当の世界だ。
 だって、ここにはお母さんがいるんだもの。

 お母さんがいないのは、ウソの世界。
 そうに違いない。そう思いたい。

 でも。

 そのウソの世界では、ハッサクが私に声をかけてくれた。ノロマな私を待っていてくれた。
 仲間にミカンちゃんも加わった。三人で遊んだ。三人で大きくなった。
 ハッサクのお母さんも優しかった。

 ねえハッサク、
 あっちの世界がホントなの?
 それとも、
 こっちの世界がホントなの?

 あっちと、こっち、どっち?
 あっちこっちどっち?
 あっちこっちあっちこっち…………

 もう一度眠りについてしまい、次に目が覚めたとき、枕が涙で濡れていた。

〇

こんばんは 中城みさきさま 

ハガキで投稿するの、初めてなので、すごくドキドキしながら書いています。
東京に住む女子中学生です。
月曜の夜は、みさきさんのユーモアたっぷりのお話とか、勇気づけられる励ましのコメントとかが聞けるので毎週楽しみにしています。週の初めから寝不足をひきずっちゃいますけど……

みさきさんに相談をして、なにかアドバイスが欲しいとかっていうわけではないんですけど、それに、自分で決めなくちゃいけないから、そもそも相談なんかしちゃいけないことなんですけど、みさきさんに聞いて欲しいなと思って筆をとりました。

空想、いえ、妄想と思ってもらってもいいです。
私は、1984年の現在に、2026年からやってきました。
一人じゃなくて、幼なじみ? 彼氏? の男の子と一緒に。
小さいころ、私は母を亡くしました。でも、こっちの世界では、母が生きています。
一緒にここに来た男の子には、妹さんがいました。でも、こっちの世界では生まれてこれませんでした。

だから、男の子は元いた世界にすごく帰りたそうにしています。
私はというと、迷っています。ここには母がいるし。
それにこの世界でまあまあ、いや、正直に言うと、とても楽しく過ごせています。

最初は、スマホが無くて、連絡を取り合ったりするのが不便だと思ったんですけど、直接話したり、交換日記でお互い考えていることを伝え合えて、それってすごくいいなって思います。
そんな風にしていると、もっと会いたい、もっと話したいっていう気持ちが強くなるんですね。

未来と今、どっちがいいかなんて比べられないけど、ずっとここにいてもいいなって思っています。
あっ、スマホって、なんだかわからないですよね?
一人ひとりが持っている小さな電話とコンピューターみたいなものです。うーん、うまく説明できてないかな。
もちろん、その子が一緒にいてくれるから楽しいんだってわかっています。この間、原宿の竹下通りで迷子になったとき、すごく怖い思いをしました。でも、その子が私を見つけてくれました。手をつないでくれました。だから、ここに私一人だけが残ったらどうなのか。その状態にずっと慣れることができずに毎日泣きっぱなしになってしまうのか、正直よくわかりません。

いつか、元いた世界に帰れるときが来るかも知れません。来ないかもしれません。
でも、もしその日が来たら、私はどっちを選ぶんだろうかって考えてしまいます。
ここに残るか、男の子と一緒に帰るか。

一つだけ言えるのは、あの子とここに来れてよかった、ということです。これだけは確かです。二人だけの素敵な思い出をいっぱい作っているから。

とりとめのない話でごめんなさい。

初恋は甘夏の味 より

〇

では、次のおハガキを紹介します。
と、言いたいところですが、書いてくれた内容がすごく重いことなので、読み上げるのはやめておきたいと思います。
でも、そのお便りを読んで、私なりに考えたことをこのコーナーを借りてその子のためにお話しておきたいと思います。聴いてくれているかな? リスナーのみなさんには『なんのこっちゃ?』なお話かもしれないですね、スミマセンねえ。

えー、ラジオネーム、『初恋は甘夏の味』さん
お便りありがとう。
あなたの話が、実際に起きていることなのか、はたまた、なにかの例え話なのか、正直私にはわかりません。
でも、素直で真剣な気持ちで書いてもらってることは十分に伝わってきました。

ここに残るか、元いた場所に戻るか。
そうね。あなたが書いてくれた通り、『こっちにしたら?』なんていうアドバイス、責任重大すぎて、私には、とてもとてもできません。

ひとことだけ言えるとしたら、『運命』とは気楽につきあってもいいんじゃないかなって思います。
運命って、ときにはすごく残酷。それは別の場所から来たあなたが一番強く感じているかも知れないけどね。
でもね、字のごとく、ときには思いもよらない結果を運んできてくれることもある。

そのときが来たら、あなたの気持ち、そして幼なじみさん? ボーイフレンドさん? を思う気持ちを大事にしながらね。そうしたらひょっとして、運命って自分から選べるものになっているのかもしれない……こういう考え、どうかな?