あの日、青い海に君を置いてきた

漁船から浮き輪が投げられた。
「つかまれ!」
漁師の声がする。
わたしは手を伸ばした。

一度目は届かなかった。
波が浮き輪をさらっていく。
「もう一回だ!」

再び浮き輪が飛んできた。
わたしは片腕で必死につかんだ。
「先輩!」
航平先輩を見る。
「助かるかも」
それを見た先輩は、大きくうなずいた。

安心したように笑った。
そして――。
目を閉じた。
え?

強く握られていたはずの手から、力が抜けていく。
一本。
また一本。

先輩の指が、わたしの手から離れていく。
「先輩?」

わたしは反対の手を伸ばした。
「待って!」
つかまなきゃ。
先輩をつかまなきゃ。

でも、片腕は浮き輪につかまっている。
大きな波にもまれた漁船が高く持ち上がった。
そして――。
バシャーン!
海面へ落ちた。

ロープが強く引かれた。
浮き輪ごと、わたしの体が漁船へ手繰り寄せられていく。
「待って! 先輩!」
航平先輩の体が離れていく。

ゆっくりと。
潮に流されていく。
「うそ……」
オレンジ色のライフジャケットが遠ざかる。
「行かないで!」
叫んだ。
「航平先輩!」

漁船の船べりから、日に焼けた男たちが手を伸ばしてきた。
「つかまれ!」
「すみません!」
わたしは先輩を指さした。
「あのオレンジ色のライフジャケット! 先輩なんです!」