さようなら。





「あ、見て見て。あれが北極星。だからこっちが北斗七星ね」




 わたしは、明るく光る星々を順番に指さして言った。




「ん〜、俺には難しいなあ……あ、でも、三角形に結べば全部おにぎり座になるな」



「もう、蓮夜(れんや)ってば、食いしん坊なんだから」




 わたしが注意すると、谷口蓮夜は頭を掻く。


 さっき夕食を食べたばかりなのに、もうご飯のことを考えているなんて。




「ごめんごめん。でもほら、あれとあれとあれ結んだら、超おにぎりっぽくない?」



「それは夏の大三角!」



「あれが!?……教科書では見たことあったけど、生でははじめて見るな……」




 驚いたような、感心したような顔つきの蓮夜。


 まじめな表情はあまり見ないので、不覚にもどきっとしてしまう。




「あーっ、月!美空(みそら)、月出てる!」




 蓮夜が、突然大声を張り上げる。


 視線の先を辿ると、そこには、皓々と夜空を照らす月が佇んでいた。




「わ、すごい。なんか神秘的な感じがするね」



「でしょ。……あ、そうだ、美空。聞いて」



「ん?なあに?」




 ぱっと振り返ると、今度は柔らかい微笑みを湛えて蓮夜は口を開く。


 ころころ表情が変わってかわいいな、と、わたしは内心考える。



 蓮夜が、月をちらりと見てから、わたしに向き直った。




「月がきれいだね。……って、読書家の美空なら、意味、わかっちゃうかな」




 まるで幼子が照れて恥ずかしがるように、蓮夜がはにかんだ。


 確かにわたしは本をよく読むし、この言葉の意味だって当然知ってる。



 ――「I love you」。愛してる、だ。



 だけど蓮夜がそれを知ってるのは、予想外というか、意外だった。


 それをわたしに言ってくれるのにも、意表を突かれる。




「……もう、舐めないでよね。意味くらい知ってる」



「やっぱりそうか」




 蓮夜が呟いた。


 そんな何気ない一言にわたしは、目頭が熱くなる。




「えっ……ちょ、美空、どうした?大丈夫か?」



「だい、じょーぶ。それよりもさ、蓮夜」



「……どうした?」




 わたしは決意を込めて、蓮夜の整った顔立ちを見つめた。


 困惑顔の蓮夜。


 心の中で、ふっと微笑んだ。




――蓮夜の心が、もうわたしを向いてないことくらい……ちゃんと知ってるんだよ。




「蓮夜は、星のほうが好きでしょう?」




「……え、どういうこと?俺、星なんて全然――」



「そういうことじゃないの」




 蓮夜が発した言葉を遮る。


 蓮夜はわたしに、隠してるんだって、わかってるから。




「月やわたしよりもすてきな、星みたいな人を……見つけたんでしょう?」




 気づいたきっかけは、会話中、どこか上の空だったこと。


 ころころと変わる愛らしい表情に、たまに陰りが見えたこと。



 新しく好きな相手を見つけてしまったんだと、知ってしまう。


 知ってしまえば、蓮夜に無理をさせ続けるなんて、できない。




 黙ったままの蓮夜の顔色をそっとうかがうと、口元を引き結んで、うつむいていた。


 ああ、やっぱりわたしの推測は当たってしまっていたんだと、理解した。



 蓮夜が僅かに、唇を震わせる。




「――み」




「ふたりともー!いつまで外にいるんだ、早く寝なさーい」




 蓮夜の言葉を遮るようにして、お父さんがわたしたちに呼びかけた。


 はあい、と返事をする。



 蓮夜は今、何をいいかけたんだろう。


 わたしには知ることができないし、知る必要もなかった。



 でも、今だけ……心の中で少しだけ、未練がましいことを思ってもいいよね?



 月よりも星よりも、わたしは蓮夜のほうがきれいだと思っていたんだよ。


 大好きだったんだよ。本当に。




 I love youをそのまま伝えることも、憚らないくらいには。