本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました。

 キャントレル伯爵邸で行った、ユージン様とのお茶会の後のことだ。

 簡潔にいうと、私は浮かれていた。
 頭の中はいつだってユージン様でいっぱいで、家庭教師の言葉もマナーレッスンも全然頭に入ってこなかったくらい。

 その代わり、ユージン様に褒めていただけたクッキーだけは、前よりもっと美味しく作りたくて何度も練習を重ねた。
 その甲斐あって、調理人もびっくりするくらい綺麗なクッキーを作れるようになっていた。

 ユージン様の瞳をイメージした、緑のステンドグラスのようなクッキーを編み出したのである。

 ……まぁ、そのおかげで、成績は少し下がってしまったけれど……。
 恋は盲目というやつで、私は本当にユージン様にまた笑っていただけるなら、なんでもよかったの。


 そして、ユージン様とのお茶会から一ヶ月が経った頃。

 今度は、メイウェザー子爵邸にユージン様を招待することになったのだ。

 私はもう、楽しみで楽しみで仕方がなかった。
 またユージン様にお会いできる。また、私のお菓子を食べていただけるかもしれない。

 それだけで、家庭教師からどんなに厳しい叱責を受けても笑顔でいられた。

 心優しいビアンカは、そんな私の姿を見てとても心配してくれていたけれど……。


 そして、お茶会当日。

 馬車から降りてきたユージン様は、まるで白馬の王子様のように輝いて見えた。

 私はユージン様の元へ駆け寄り、今度こそ完璧なカーテシーを披露しながら、挨拶をする。

「キャントレル伯爵子息、ごきげんよう。またお会いできて光栄に存じます。前回は素敵な時間をありがとうございました」

 よし、今度は完璧だわ!
 心臓はドキドキしているけれど、それよりもときめきとワクワクの方が大きい。

 ユージン様は相変わらずの無表情のまま、どこか緊張した面持ちで口を開いた。

「メイウェザー子爵令嬢、お元気そうでなによりです」

 少しだけ、素っ気ない言葉。
 でも、ユージン様が挨拶してくれた。それだけで私は天にも昇る心地だったのよ。


 早速ユージン様を庭の東屋まで案内して、ユージン様が着席されたのを見てから私も席に着いた。

「ユージン様、私……今日もお菓子を作ってきたんです。食べていただけますか……?」

 ドキドキしながら問いかけると、ユージン様は「あぁ」と返事をしてくれた。

 私は侍女に持ってもらっていた小包を受け取り、ユージン様に差し出す。
 ユージン様は小包を丁寧に開けると、少し目を見開いて硬直してから、一枚のクッキーを手に取った。

 ____私が作った、ステンドグラスのようなクッキーだ。

 クッキーの真ん中をくり抜き、中に飴を流して固めている。

 ユージン様はそのクッキーを陽の光のかざしてから、ゆっくりと口に運んだ。

「お、お口に合いましたでしょうか……?」

 ドキドキしながらそう尋ねると、ユージン様は私の目を見つめながら質問で返してきた。

「この、中が緑の飴で出来ているクッキーは君が考えたのか?」
「は、はい! ユージン様の瞳をイメージして作りました。ユージン様の瞳は、とてもお綺麗ですから……」
「……そ、そうか……。俺の瞳は、綺麗に……見えるんだな」

 私が答えると、ユージン様はそれだけ言ってフイ、と目を逸らしてしまった。
 ……どうしよう、引かれてしまったかしら?

 その耳は、少しだけ赤い気がしたけれど……でも、気のせいにも思えてしまう。

 沈黙が流れる。 

 気まずいわ、と思って私も無心でお茶を飲んでいると、突然庭の方からパタパタと足音が聞こえてきた。

「おねぇさま〜! わたしといっしょにあそんでください!」
「ビ、ビアンカ……!?」

 部屋でレッスンを受けているはずのビアンカが、笑顔で走り寄ってきたのだ。

「? おねぇさま、この方は?」
「この方は、キャントレル伯爵子息、ユージン様よ。ほら、ビアンカもご挨拶なさって」
「はい! お初にお目にかかります。ビアンカ・メイウェザーと申します」

 ……さっきまでおてんばな姿だったのに、あっという間に立派なレディへ切り替わる。
 私よりも完璧なカーテシーに、自然な微笑みだった。

「……ユージン・キャントレルです。よろしく」
「はい! ぜひ仲良くしてくださいませ!」

 そう言って、屈託もない笑顔で笑うビアンカを見て、ユージンは……。

 ____とても優しい眼差しで、笑っていた。

 これが、私が初めて見たユージン様の自然な微笑みだった。