本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました。

 ____今から十八年前のこと。
 私ことベルナデッタは、メイウェザー子爵家の長女として生まれた。

 その二年後に誕生したのが、妹のビアンカだ。

 私達は姉妹だけれど、容姿はあまり似ていない。

 妹のビアンカは、母譲りのピンク色のウェーブがかかった髪に、ピンクダイヤモンドのような可愛らしい瞳。

 対する私は、父譲りの黒髪ストレートに、紫色の瞳を持っていた。

 ____お父様はウェディングドレスを着た私を見て、「若い頃の母さんのよう」と仰っていたけれど……。
 どう考えてもそれはビアンカで、私自身は父にそっくりなのよね。

 それでも両親は、分け隔てなく私達姉妹を愛してくれた。

 誕生日には必ず同じくらい盛大なパーティーを開いてくれたし、プレゼントだって差をつけるようなことはしなかったもの。

 教育も、マナーも、同じ家庭教師から教わった。

 ____それが、ビアンカに対して劣等感を覚え始めたきっかけだったと思う。

 勉強もマナーも、ビアンカの方が覚えが早かったのだ。
 それに加え、彼女は音楽にも秀でていた。

 私は姉なのに、いつもビアンカに遅れをとっていた。

 けれどビアンカは優しい子だから、そのことで私にマウントを取ったり、嫌なことを言ったりは絶対にしてこなかった。
 それどころか、「お姉さまを尊敬しています」といつも言ってくれた。

 ……その言葉が、余計に私の精神をすり減らしていったのだけれども。

 そんな私が唯一できることは、お菓子作りだった。
 小さい頃からお菓子が大好きで、何度も厨房に潜り込んでいた結果、お菓子作りを教えて貰えるようになったのだ。

 おかげで、私のお菓子作りの腕はどんどん上達していった。

 けれど、私はメイウェザー子爵令嬢。
 事業に何も関係がないお菓子作りを極めたところで、なんの役にも立てやしない。

 だから、お菓子作りは私と調理人だけの内緒の趣味だった。



 そんなある日のことだ。
 私のもとに、お茶会の誘いが舞い込んできた。

 お相手はキャントレル伯爵家の嫡子、ユージン様という方らしい。

 正直言って、私は乗り気じゃなかった。
 私はお世辞にも、ビアンカのように可愛らしい見た目ではない。

 両親も、ビアンカを褒める時は「可愛い」というけれど、私を褒める時は「美しい」と表現を変えるのだ。

 でも……男性が好きなのは、きっとビアンカのように春の陽気を纏ったような柔らかな女の子ではないかしら。

 だから、私に伯爵家のご令息のお相手が務まるのか、不安で仕方がなかったの。

 なぜなら、これはただのお茶会ではない。
 家同士の政略結婚を前提とした、お見合いなことくらい、私にもわかっていた。

 ……けれど、私はビアンカより秀でていることなんて、ほとんどない。

 そんな私がどうしたら彼に気に入っていただけるのかわからなくて、私が唯一誇れる手作りのお菓子をお茶会に持参することにした。



 立派な邸宅の前で馬車を降り、両親に促されてテラスの前で立っている少年の前まで歩く。

 そして、緊張してカチコチになっている私の手を少年はそっと両手で包みながら、こう言ったのだ。

「お初にお目にかかります。ユージン・キャントレルと申します」

 ____そう話す彼は、少し仏頂面をしていたけれど。でも、手はとても温かかった。

 ユージン様は、ブロンドの髪にペリドットのような美しい瞳を持っている。
 まるで王子様みたいだわ、と思った。

 私がしばらく見惚れていると、両親が焦って私に自己紹介をするよう促した。

「ご、ごめんなさい! つい、見惚れてしまって……。わ、私はベルナデッタ・メイウェザーと申します。ベルナデッタとお呼びください」

 ドレスの裾をつまみながら、慌てて挨拶をする。
 あれだけカーテシーの練習をしたのに、ちっとも役に立てることができなかった。


 それから私達はテラスの椅子に座って、淹れていただいたお茶を飲んだ。

 その途中、緊張しながらもそっと隠し持っていたお菓子を差し出したのだ。

「このクッキー、よければ一緒に食べませんか……?」
「……僕が相手でよければ、いくらでも。いただきます」

 彼がクッキーを口に運ぶ姿を、私はドキドキしながら見守っていた。

 もし、口に合わなかったらどうしよう……。
 お母様達にも内緒にしているんだもの、何かあったら大変なことになるわ。

 しかし、そんな心配はいらなかったようで、彼は一言「今まで食べたお菓子の中で、一番美味しい」と呟いた。
 それから、パクパクと口に次々運んでは、あっという間に完食してしまったのである。

「お、お口に合いましたか……?」
「……あぁ、すごく。君の家の調理人は、腕がいいんだな」
「じ、実は……このお菓子、私が作ったんです!」

 私が白状すると、彼は驚いたように目を見開いた。

 それからしばらくして、目を優しく細めながら「君はお菓子作りの神様に愛されているんだな」と告げたのだ。

 彼がこの日に見せてくれた、初めての笑顔だった。

 私はその言葉があまりにも嬉しくて、「ありがとうございます!」と言いながら、今度は私が彼の手を掴んでしまったのだ。

 彼は私の行動に硬直していたけれど、少ししてから顔を赤く染めて、「手を離してくれないか」と呟いた。

「も、申し訳ございません……! その、あまりにも嬉しくて……。貴族がお菓子作りなんて、馬鹿にされてしまうかなと思っていたんです」
「馬鹿になんかするわけない。それは君の立派な特技であり、努力の賜物だ」

 ____そんなこと、初めて言われた。

 だって私は貴族の娘で、努力するのは当たり前だった。

 それに、家庭教師にはいつもビアンカと比べられてばかりで……私自身の努力を肯定してくれる人なんて、家族以外にいなかったから。

 私はあまりの嬉しさに涙をぽろぽろと零しながら、精一杯の笑顔で彼に告げた。

「ありがとうございます……! 私、あなたと出会えて本当によかったです」

 彼は泣き出してしまった私に動揺していたようだったけれど、そんな風に慌てる姿も、なんだか愛おしかった。

 ____こうして、私は初対面の彼に初恋を捧げたのである。

 運命の人なんだと、本気で思っていた。


 でも、彼にとっての運命は私じゃなかったのだと、私はすぐに思い知ることになるのだった。