本日、私の妹のことが好きな婚約者と結婚いたしました。

 先月新調したばかりの、お気に入りの緑のドレス。
 いつもより少しだけヒールが細くて高い、特別な靴。
 侍女に一時間かけて梳かして整えてもらった、黒髪のストレートヘアー。
 そして、ユージン様の瞳にそっくりなペリドットの首飾りとイヤリング。

 どこからどう見ても、デートのためにおめかしした貴族のお嬢様だ。


 ____そう、今日は婚約者であるユージン様と、初めて二人きりで街を歩く日。

 昨日は楽しみな気持ちと少しの不安が入り混じって、上手く眠れなかった。

 ……馬車で居眠りしないように気をつけないと……。
 何がきっかけで、婚約破棄をされてしまうかわからないもの。

 だって、ユージン様はビアンカのことが好きなのだから。

 それでも、婚約者に私を選んでから数年が経って、ようやく二人きりでデートができる年齢にもなったのよ。

 少しくらい、意識をしてほしい。

 ……あわよくば、少しくらい可愛いと思ってほしい。

 そう思って、ユージン様の瞳を連想させる色を全身に取り入れたのだ。

「……初デートが、上手く行きますように……」

 私は侍女に淹れてもらったお茶を飲みながら、ユージン様が迎えに来るまでの長い時間をなんとかやり過ごしたのだった。

 ***

「それでは行こうか、ベルナデッタ」
「はい、ユージン様」

 私が準備を終えてから二時間くらい経った頃だろうか。

 ユージン様は、待ち合わせの時間ぴったりに馬車で迎えに来てくれた。

 なんだかそれだけのことなのに……楽しみすぎて早く準備をしてしまった自分と、いつも通りのユージン様との温度差を勝手に感じてしまって……。

 ____いえ、ユージン様は時間を誠実に守ってくださっただけよ。
 淑女を急がせるような真似をしないよう、時間ぴったりに来てくださったのだわ。

 ……きっとそう、よね……。



 少しだけ落ち込みながら、ユージン様の手を借りて馬車へと乗り込んだ。

 こんなエスコート一つだけで、心臓が破裂しちゃいそうなほどドキドキする。

 だって、私はまだ社交界デビューもしていないから、こんな風に男性にエスコートしていただいたのは初めてなんだもの。

 しかもその相手がユージン様だなんて、まるで夢でも見ているようだわ。


 ユージン様も馬車に乗り込んで、扉が閉まる。

 二人だけの空間。
 こんな狭くて近くにいたら、心臓の音が聞こえてしまうのではないかと不安になった。

 私はそんな緊張を誤魔化すかのように、予め作ってきていたいつものクッキーを馬車の中で広げる。

「今日も用意してくれたのか」
「はい。ユージン様は、クッキーがお好きなようですから、今日も張り切って作ってきたんですよ」
「……別に、好きなのはクッキーの方じゃないんだが……」
「え? も、もしかしてマドレーヌなどの方がお好きですか?」
「そうじゃなくて……いや、そうだな……君の作るクッキーが、私は好きだ。ありがたくいただこう」

 そう言ってユージン様は、クッキーを口に運ぶ。

 ……なんだかさっきのセリフ、告白されているみたいだったわ。

 そんなわけ、ないのに。
 ユージン様はいつだって、私じゃなくてビアンカに優しい視線を向けていることくらい、わかっているじゃないの。

 ユージン様、どうか期待させるようなことを言わないでください。
 私、これ以上傷つきたくないんです……なんて、少し勝手すぎるわよね……。


 気まずくなって、窓の外を見る。

 気付けば随分街の方まで来ていたようで、随分たくさんの人で賑わっているのがわかった。

 すごいわ、街ってこんなに活気がある場所なのね……!

 ……あのベンチでお菓子を食べさせあっている二人は、カップル……よね?
 少しくらい、真似してみてもいいのかしら……。

 そんなことを考えてクッキーを手に持つ。
 そしてユージン様の口に運ぼうとした瞬間、ユージン様が静かな声でぽつりと呟いた。

「……ベルナデッタ、君は……私と話している時よりも、窓の外を見ている時の方がよっぽど良い顔をするんだな」
「……え?」
「いや、なんでもない。そろそろ馬車を降りる頃だ。クッキーも残り少ないし、食べ切ってしまおう」
「……そ、そうですね……」

 ____私があと少し勇気を振り絞るのが早かったら、あのカップルみたいにクッキーを食べさせ合うことが出来たのかしら。

 私って、いつもこうなのね。
 初めて挨拶した時もそう。空回りして、失敗してばかり。

 今日は、これ以上失敗しないように、気を張らないと……。
 ユージン様に、失望されないために。


 ……馬車が止まった。

 またしてもユージン様が手を差し伸べてくれて、私はゆっくりと馬車を降りた。



 ____大好きな婚約者との、初デートが始まる。

 この時の私は、この日が人生で忘れられない日になることを、まだ知らなかったのだった。