目が覚めると、目の前には見慣れない景色が広がっていた。
白色をベースにした、たくさんの黒色の斑点模様がたくさんあって、少し気味が悪い。
耳を澄ますと、一定の間隔で何かが滴る音、息を吸えばアルコール消毒液の匂い、それと……なんだか頭の中が掻き回されているような、はっきりしないめまいと気持ち悪さが顔全体にひろがる。
「目、覚めた?」
「……ぉか、ぁ、さ……ん」
顔を覗かせてきたお母さんに対して、私は、邪魔くさい酸素マスクに負けじと余っている力を振り絞り、息を吐くのに合わせて返事した。
意識がだんだんとはっきりしてくる頃には医師が来て、私が交差点で車に轢かれ、二日ほど意識が無かったことを説明された。
足の骨折以外には全身打撲だから、これから一週間様子観察、その後は入院しながら、リハビリを一ヶ月程度行うということで、既に今後の治療計画が決まっていた。
春休み前の学校復帰は難しいし、頑張って復学できても数日程度ということまでも。
高校側としては「合唱部のエース組がいなくなることだけは避けたい」と、特別措置として、進級までは、レポート課題をこなして、単位修得になることが医師に伝えられていたようで。
私が私のために納得するための時間は一秒も与えられず、赤の他人にほぼ強いられる形で話がまとまってしまっていた。
数時間後、ふとベッドの横にある棚の上に目をやった。そこには、あの日のバッグが時間が経って濁った血液と、何かに引きずられてできたであろう傷で汚れたバッグが、綺麗なジップロックに入れられた状態で置かれていた。
汚れが、目立って嫌だな……でも大事な楽譜が入っているから、捨てられても困る。
結局、事故に遭ってからは、顧問の先生以外、誰も面会に来なかった。
お母さんからそう聞かされたとき、(朋美は来てくれなかったんだ)と少し肩を落とした。
唯一の幼なじみで、ずっと一緒に音楽をやってきた仲間でもある朋美が、どうして? 未成年だから? 見舞いの一言もなかった、だなんて信じられない。
私はその時の合唱部に何が起きていたかを何も知らないまま、リハビリを続け、春休み中に退院の日を迎えた。

