【毎日19:38更新】僕らのノイズ ※最後の願いは、よく考えたうえで送信してください。


 目が覚めると、目の前には見慣れない景色が広がっていた。

 白色をベースにした、たくさんの黒色の斑点模様(はんてんもよう)がたくさんあって、少し気味が悪い。

 耳を澄ますと、一定の間隔で何かが滴る音、息を吸えばアルコール消毒液の匂い、それと……なんだか頭の中が掻き回されているような、はっきりしないめまいと気持ち悪さが顔全体にひろがる。

「目、覚めた?」
「……ぉか、ぁ、さ……ん」

 顔を(のぞ)かせてきたお母さんに対して、私は、邪魔(じゃま)くさい酸素マスクに負けじと(あま)っている力を振り(しぼ)り、息を吐くのに合わせて返事した。

 意識がだんだんとはっきりしてくる頃には医師が来て、私が交差点で車に()かれ、二日ほど意識が無かったことを説明された。

 足の骨折以外には全身打撲だから、これから一週間様子観察、その後は入院しながら、リハビリを一ヶ月程度行うということで、既に今後の治療計画が決まっていた。

 春休み前の学校復帰は難しいし、頑張って復学できても数日程度ということまでも。

 高校側としては「合唱部のエース組がいなくなることだけは避けたい」と、特別措置として、進級までは、レポート課題をこなして、単位修得(しゅうとく)になることが医師に伝えられていたようで。

 私が私のために納得するための時間は一秒も与えられず、赤の他人にほぼ()いられる形で話がまとまってしまっていた。

 数時間後、ふとベッドの横にある(たな)の上に目をやった。そこには、あの日のバッグが時間が経って(にご)った血液と、何かに引きずられてできたであろう傷で汚れたバッグが、綺麗なジップロックに入れられた状態で置かれていた。
 
 汚れが、目立って嫌だな……でも大事な楽譜が入っているから、捨てられても困る。

 結局、事故に遭ってからは、顧問の先生以外、誰も面会に来なかった。

 お母さんからそう聞かされたとき、(朋美(ともみ)は来てくれなかったんだ)と少し肩を落とした。

 唯一の幼なじみで、ずっと一緒に音楽をやってきた仲間でもある朋美が、どうして? 未成年だから? 見舞いの一言もなかった、だなんて信じられない。

 私はその時の合唱部に何が起きていたかを何も知らないまま、リハビリを続け、春休み中に退院の日を迎えた。