【毎日19:38更新】僕らのノイズ ※最後の願いは、よく考えたうえで送信してください。


 高校二年。一月五日、月曜日、午前七時すぎ。
 私は部室で一人、時計と楽譜の両方と睨めっこをしていた。

「ここの小節……」

 右手の人差し指でなぞりながら、先生に「命を吹き込むように歌うこと」と散々(さんざん)言われてきた箇所を見て、ため息をついた。
 本番のことが頭に浮かんでは、汗が滲んだ人差し指に、楽譜がべたりとはりついてくる。
 他の箇所(かしょ)とは違って、赤色の蛍光ペンで何度も書き込んだから、本来の内容は()りつぶされてしまった。

 今や、五線譜(ごせんふ)に元々書かれていた音符が何だったか、初見(しょけん)では読めないだろう。
 それでも≪()れ≫とは恐ろしい。
 その箇所の音符と歌詞が浮き上がってきて、私に語りかけてくるような気がする。

 それも、先生の声で。

「命を吹き込むように歌うこと」

 ハッとして顔を上げる。
 部室の壁掛け時計を見ると、既に、八時になっていた。
 心臓の拍動がドクンと耳の奥で打たれる。

(このままじゃ間に合わない――)

 私は焦りをかき消すように、急いで楽譜をバッグに詰め込んで、部室から駆け出した。
 会場に向かう途中、四回、交通量の多い交差点を渡らなければならないことを思い出した。

 一生懸命に息をきらしながら走っているのに、周りの景色がやけにゆっくり流れているように見えてしまう。
 足がもたつき、嫌な想像が脳内を駆け巡る。

 時間が迫ってくる。

 急ぎ足をあざ笑うかのように、信号はこれでもかと赤色を私につきつけてきた。
 雲行きが怪しくなってきている。
 青空が広がっているのに、私の場所にだけ、しとしとと雨が降り始めているようで。

 今年は、課題曲で降り止まない雨を、自由曲の太陽で大地を照らす――合唱部全員でそんな素敵な時間を、音楽を聴衆に届けようと懸命に練習してきた。
 それを、他の誰でもない私が、壊してしまうかもしれない……。

 最後の一つ前の横断歩道をやっと渡ろうとした時、次の信号の点滅が始まっていた。

 あと一つ、あの横断歩道を走れば絶対、間に合う。

 そう思って、私の両足はさらにスピードを上げる。

 その時だった。
 
 ドンッ――!

 鼓膜(こまく)を切り裂くような自動車のクラクション、ブレーキの音。鈍い音。

 色鮮やかに映っているはずだった全てが灰色へ、ゆっくり、静かに染まっていく。
 現実から逃げるように、それなのに、私の中はあいかわらず頭の中は歌うことでいっぱいで、

(みんなと一緒に歌いたい)

(こんなゆっくりじゃ、本番に間に合わない)

(先生に怒られるな……)


(私、なんで宙に浮いているの?)


 疑問符(ぎもんふ)であふれた脳内に答えがあてがわれる前に、私の全身は地面に強打し、意識をそのまま失った。

 *