結婚式の朝。
私は。
控室の鏡の前に。
座っていた。
白い。
ウェディングドレス。
繊細なレース。
光を受けるたび。
柔らかく輝く。
あの日。
星と一緒に選んだ。
私が。
「これが好き」
と。
自分で選んだ。
ドレス。
鏡に映っているのは。
一ノ瀬紗良の顔。
何度見ても。
綺麗な人だと思う。
事故のあと。
初めて。
この顔を見たとき。
私は。
怖かった。
知らない顔。
知らない身体。
私じゃない。
そう思って。
何度も。
泣いた。
でも。
今は。
違う。
この顔で。
笑った。
泣いた。
仕事をした。
子どもたちを。
もう一度。
抱きしめた。
陽向を。
好きになった。
プロポーズを。
受けた。
そして。
今日。
この身体で。
大好きな人の。
隣へ行く。
私は。
鏡の中の。
自分を見つめる。
もう。
迷わない。
胸へ。
そっと。
手を当てた。
「……高瀬美月」
小さく。
名前を呼ぶ。
「今日」
少し。
笑う。
「結婚します」
その瞬間。
コンコン。
控室の扉が。
ノックされた。
「ママ?」
星。
「入っていい?」
「うん」
扉が。
開く。
「……」
入ってきた星が。
私を見たまま。
止まった。
「星?」
返事がない。
ただ。
目が。
どんどん。
潤んでいく。
「……ママ」
「何?」
「綺麗」
その一言で。
胸が。
いっぱいになった。
「ありがとう」
声が。
少し。
震える。
涙が。
出そうになる。
すると。
星が。
慌てて笑った。
「ちょっと!」
「何?」
「まだ泣かないでよ」
「……」
「式」
「これからだから」
「星も」
「泣いてるじゃん」
「これは」
星が。
涙を拭う。
「ママのせい」
「私?」
「うん」
二人で。
笑った。
◇◇◇
少しして。
ほかの子どもたちも。
控室の近くまで。
来てくれた。
「ママ!」
一番小さい子が。
私を見るなり。
目を。
大きくする。
「おひめさま!」
「ありがとう」
「すごい!」
私の。
ドレスの裾を。
触ろうとして。
星に。
止められる。
「触らない!」
「なんで?」
「汚れたら困るから!」
「見るだけ?」
「見るだけ!」
私は。
笑った。
この声。
この空気。
数年前。
もう二度と。
戻らないと思った。
子どもたちに。
囲まれる時間。
「ママ」
少し。
大きい子が。
言う。
「緊張してる?」
「してるよ」
「陽向くんも」
「絶対してる」
星が。
即答。
「もう泣いてるかも」
「まだ早いでしょ」
「いや」
全員。
妙に。
確信している。
「絶対泣く」
「そんなに?」
「泣く」
「うん」
五人。
ほぼ。
意見一致。
「陽向」
「どんな扱いなの」
思わず。
笑った。
◇◇◇
式が。
始まる少し前。
廊下へ。
出たところで。
前の夫と。
顔を合わせた。
今日は。
五人の子どもたちの。
父親として。
来てくれた。
特別な役割はない。
私を。
陽向へ渡す人でもない。
ただ。
子どもたちと一緒に。
私の。
新しい人生を。
見届ける人。
「……」
一瞬。
お互い。
何を言えばいいか。
分からなかった。
そして。
夫が。
先に。
口を開く。
「ほんまに」
「結婚するんやな」
私は。
笑った。
「うん」
「……そっか」
少し。
間。
夫は。
私のドレス姿を見る。
「綺麗やな」
「ありがとう」
「……」
それから。
少しだけ。
照れくさそうに。
目を逸らして。
言った。
「幸せになれよ」
胸の奥が。
静かに。
揺れた。
でも。
苦しくない。
過去に。
引き戻される言葉でもない。
今までを。
ちゃんと。
終えて。
前へ。
送り出してくれる。
言葉。
「うん」
私は。
頷いた。
「ありがとう」
それだけ。
もう。
それ以上は。
いらなかった。
◇◇◇
チャペル。
ASTERの。
四人。
私と陽向。
それぞれの。
事務所の人たち。
神崎悠人。
ドラマで。
お世話になった。
監督やスタッフ。
そして。
五人の。
子どもたち。
その隣。
前の夫。
みんなが。
待っている。
扉の。
前。
私は。
一人で。
立った。
隣には。
誰もいない。
父親役の。
誰かも。
いない。
子どもたちにも。
エスコートは。
頼まなかった。
私は。
一人で。
歩きたかった。
一度。
人生を。
終えた私が。
自分で。
もう一度。
生きると決めた。
その私が。
自分で。
選んだ人のところへ。
自分の足で。
行きたかった。
音楽が。
流れる。
大きな扉が。
ゆっくり。
開いた。
光の。
向こう。
真っ直ぐ。
伸びた。
バージンロード。
その先。
陽向。
私を。
見た瞬間。
目が。
大きくなる。
そして。
すぐ。
顔が。
崩れた。
「……」
遠くからでも。
分かる。
泣いてる。
やっぱり。
私は。
笑ってしまった。
◇◇◇
一歩。
バージンロードへ。
足を。
踏み出す。
最初に。
子どもたちを。
見る。
星。
泣いている。
でも。
笑っている。
その隣。
ほかの。
四人。
そして。
一番小さい子と。
目が合った。
ぱっと。
笑顔になる。
「ママー!」
静かな。
チャペルに。
元気な声が。
響いた。
「しー!」
周りから。
止められる。
会場に。
小さな。
笑い声。
私も。
涙の中で。
笑った。
一番小さい子が。
嬉しそうに。
手を振る。
私も。
ほんの少し。
手を振り返す。
さらに。
歩く。
子どもたちの。
隣に。
前の夫。
目が。
合う。
彼は。
小さく。
頷いた。
私も。
少しだけ。
頷く。
そして。
前を向く。
過去を。
否定しない。
消さない。
でも。
戻らない。
私は。
自分の足で。
未来へ。
歩く。
その先。
陽向。
もう。
完全に。
泣いている。
◇◇◇
ようやく。
陽向の前へ。
辿り着く。
「……美月」
「うん」
声。
震えすぎ。
私は。
思わず。
笑った。
「陽向」
「何?」
「もう泣いてるの?」
「……だって」
「まだ」
「式」
「始まったばっかりだよ」
「分かってる」
涙を。
拭いながら。
陽向が。
私を見る。
「でも」
「……」
「来たから」
胸が。
鳴った。
「来るに」
「決まってるでしょ」
「違う」
陽向が。
首を振る。
「美月が」
「自分で」
「俺のところに」
「来てくれたから」
「……」
また。
涙が。
滲む。
「うん」
私は。
笑った。
「来たよ」
「自分で」
陽向も。
泣きながら。
笑う。
「ありがとう」
そして。
二人。
並んだ。
◇◇◇
式は。
ゆっくり。
進んでいく。
指輪を。
交換する。
陽向の手は。
まだ。
少し。
震えていた。
「落とさないでね」
小声で。
言う。
「今」
「それ言う!?」
「だって」
「余計」
「緊張する!」
後ろから。
ASTERの誰かが。
笑いを。
堪えている。
私は。
陽向の。
薬指にも。
リングを。
通した。
これから。
毎日。
お互いの。
手にある。
同じ意味を持つ。
指輪。
そして。
誓いの。
言葉。
司式者から。
促され。
陽向が。
私を見る。
少し。
緊張した。
でも。
もう。
迷いのない目。
「美月」
「うん」
一度。
息を吸う。
そして。
はっきり。
呼んだ。
「高瀬美月」
胸が。
強く。
鳴った。
公には。
一ノ瀬紗良。
今日。
提出される。
書類の上でも。
私の名前は。
違う。
でも。
ここには。
知っている人たちが。
いる。
そして。
何より。
陽向が。
知っている。
「俺は」
陽向が。
言う。
「名前が」
「何であっても」
「姿が」
「変わっても」
「俺が」
「これから」
「一緒に生きたいのは」
真っ直ぐ。
私を見る。
「高瀬美月です」
涙が。
一気に。
溢れた。
「五人の」
「子どものママで」
「女優で」
「一人の女性で」
「……」
「誰かのために」
「すぐ」
「自分を」
「後回しにしそうになる」
「美月も」
少し。
笑う。
「最近」
「ちゃんと」
「自分がどうしたいか」
「言えるようになった」
「美月も」
「全部」
「好きです」
もう。
顔が。
涙で。
ぐしゃぐしゃ。
「何かを」
「捨てて」
「俺を選んでほしいとは」
「思いません」
「……」
「大事なものを」
「全部」
「大事にしたまま」
「俺も」
「その中に」
「入れてください」
陽向の。
目にも。
涙。
「これから」
「嬉しいことも」
「怖いことも」
「分からないことも」
「一人で」
「決めないで」
「一緒に」
「考えて」
「生きていきます」
私は。
泣きながら。
頷いた。
「はい」
◇◇◇
今度は。
私。
陽向の。
目を見る。
「私も」
声が。
震える。
でも。
ちゃんと。
言いたい。
「母親であることも」
「女優であることも」
「高瀬美月として」
「生きてきたことも」
「……」
「何も」
「捨てません」
陽向が。
頷く。
「五人の」
「子どもたちを」
「愛したまま」
「……」
「一度目の人生で」
「幸せだったことも」
「苦しかったことも」
「全部」
「私の人生として」
「大切にしたまま」
少し。
息を吸う。
「私は」
「陽向と」
「生きていきます」
「……うん」
「誰かを」
「幸せにするために」
「私だけが」
「我慢するんじゃなくて」
「……」
「陽向と」
「一緒に」
「私も」
「幸せになります」
陽向の。
涙が。
また。
落ちた。
「うん」
「絶対」
「一緒に」
「幸せになろ」
私は。
笑った。
「うん」
◇◇◇
誓いの。
キス。
その言葉が。
聞こえた瞬間。
二人とも。
固まった。
子どもたち。
いる。
前の夫。
いる。
ASTER。
いる。
神崎さん。
いる。
事務所の人。
いる。
めちゃくちゃ。
見られている。
「……軽く?」
陽向が。
小声。
「軽く」
「本当に?」
「早くして」
「美月が」
「急かす!?」
「恥ずかしいから!」
陽向が。
笑う。
そして。
私の頬へ。
そっと。
手を添えた。
ほんの。
一瞬。
唇が。
触れる。
「きゃー!」
ASTER。
うるさい。
「キスした!」
一番小さい子。
実況。
「もう!」
私の顔が。
一気に。
熱くなる。
陽向も。
真っ赤。
会場中。
笑い声。
でも。
それが。
私たちらしかった。
◇◇◇
そして。
披露宴。
しっとり。
だけでは。
終わらなかった。
むしろ。
始まって。
すぐ。
ASTERの。
四人が。
陽向を。
囲んだ。
「いやー」
「まさか」
「この人が」
「結婚するとは」
「何?」
「しかも」
「十年以上の」
「自分のファンと」
「そこ言う!?」
会場。
笑い。
別の一人が。
私を見る。
「美月さん」
「推しと結婚するって」
「どういう人生ですか?」
「私が」
「聞きたいです」
また。
笑い。
陽向が。
胸を張る。
「俺が」
「美月を」
「幸せに」
「ちょっと待って」
私は。
止める。
「何?」
「さっき」
「二人で」
「幸せになるって」
「言ったよね?」
「……はい」
ASTER。
爆笑。
「もう」
「完全に」
「美月さんのほうが」
「強いじゃん」
「違う!」
陽向。
必死。
私は。
笑った。
◇◇◇
そこへ。
神崎悠人も。
来る。
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「神崎さん」
陽向が。
なぜか。
妙に。
警戒した顔。
神崎さんが。
笑う。
「これで」
「やっと」
「天城くんに」
「警戒されなくて」
「済むかな」
陽向。
即答。
「いや」
「神崎さんは」
「今後も」
「警戒します」
「結婚しても?」
「します」
私は。
頭を。
抱える。
「しなくていいから」
神崎さん。
大笑い。
「安心しました」
「何がですか?」
「結婚しても」
「天城くんが」
「天城くんのままで」
「……」
「褒められてる?」
「たぶん」
私は。
笑った。
◇◇◇
披露宴の。
後半。
照明が。
少し。
落ちる。
司会者が。
言った。
「ここで」
「新婦のお子さま方から」
「お祝いの言葉が」
「ございます」
「……」
私は。
すぐ。
星を見る。
星が。
立ち上がる。
その隣。
四人の。
きょうだい。
一番小さい子は。
大きな。
花束を。
両手で。
抱えている。
星が。
マイクを。
持つ。
そして。
最初。
少し。
笑った。
「私は今日」
「推しの結婚式に」
「来ています」
一瞬。
静か。
そして。
会場。
笑い。
陽向が。
「まだ言う!?」
私は。
すでに。
顔が。
熱い。
星が。
続ける。
「しかも」
「相手は」
「私のママです」
ASTERの。
四人。
大爆笑。
「すごいよな!」
「推しが義理の父親!」
「やめて!」
私。
耐えられない。
星も。
笑っている。
でも。
少しして。
その表情が。
変わった。
◇◇◇
「私は」
星が。
言う。
「一度」
「ママを」
「失いました」
会場が。
静かになる。
私は。
息を。
止めた。
「もう」
「会えないと」
「思っていました」
「……」
「ママが」
「いなくなってから」
「家族みんな」
「普通にしようと」
「していました」
「でも」
「家の中には」
「ずっと」
「ママの場所が」
「空いていました」
涙が。
滲む。
「そんなとき」
「顔も」
「声も」
「全然違う人が」
「私の前に」
「現れました」
「……」
星の。
声も。
震える。
「最初は」
「信じられませんでした」
「でも」
「その人が」
「私の背中を」
「三回」
「とんとんってして」
私は。
口元を。
押さえた。
「おやすみ」
星が。
泣きながら。
笑う。
「私のお星さま」
涙が。
一気に。
溢れた。
「って」
「言いました」
「……」
「それは」
「ママと私しか」
「知らない言葉でした」
星が。
私を見る。
「そのとき」
「私は」
「ママが」
「帰ってきたんだって」
「分かりました」
もう。
無理だった。
涙が。
止まらない。
陽向が。
私の手を。
握ってくれる。
◇◇◇
「ママは」
星が。
続ける。
「昔から」
「私たちのことを」
「すごく」
「大切にしてくれました」
「……」
「でも」
「大切にしすぎて」
「自分のことを」
「いつも」
「後回しにする人でした」
私は。
俯く。
「自分が」
「しんどくても」
「大丈夫って」
「言って」
「自分が」
「やりたいことより」
「私たちや」
「周りのことを」
「優先して」
「……」
「だから」
星が。
少し。
涙を拭う。
「今日」
「ママが」
「誰かに」
「連れていかれるんじゃなくて」
「自分で」
「陽向くんのところまで」
「歩いていくのを見て」
胸が。
いっぱいになる。
「すごく」
「嬉しかったです」
「……」
「ママが」
「自分で」
「好きな人を選んで」
「自分の幸せを」
「選んでくれたことが」
「私は」
「嬉しいです」
私は。
泣きながら。
笑った。
「星……」
そして。
星が。
陽向を見る。
「陽向くん」
「はい」
陽向が。
姿勢を。
正す。
「前に」
「私は」
「ママをお願いしますって」
「言いました」
「うん」
「でも」
星が。
笑う。
「今日は」
「違うことを」
「言います」
陽向が。
真剣に。
聞く。
「ママと」
「一緒に」
少し。
声が。
震える。
「幸せになってください」
陽向の。
目から。
涙が。
落ちた。
「……はい」
「ママを」
「幸せにして」
「じゃないです」
「うん」
「二人で」
「幸せになってください」
陽向が。
強く。
頷いた。
「はい」
「二人で」
「絶対」
「幸せになります」
私は。
陽向の。
手を。
握った。
◇◇◇
すると。
別の子が。
星から。
マイクを。
受け取る。
「陽向くん」
「はい」
「一個だけ」
「はい」
「ママ泣かしたら」
「……」
少し。
間。
「僕ら」
「五人おるから」
陽向が。
頭を。
抱えた。
「それ!」
「前にも」
「言われた!」
会場。
大笑い。
「覚えてた?」
「覚えてるよ!」
「じゃあ」
「よろしく」
「はい!」
さらに。
一番小さい子。
マイク。
「ひなた!」
「はい!」
「ママ」
「泣かしたら」
「だめ!」
「はい!」
「あと!」
「?」
「ゲームして!」
「今!?」
また。
会場中。
笑う。
「分かった!」
陽向が。
笑う。
「ゲームもする!」
「やった!」
そして。
五人から。
大きな。
花束。
私は。
受け取る。
「ありがとう」
涙で。
前が。
見えない。
「みんな」
「本当に」
「ありがとう」
一番小さい子が。
私のドレスへ。
抱きつく。
「ママ」
「何?」
「きれい!」
「ありがとう」
すると。
ほかの子たちも。
近づいてくる。
私は。
腕を。
広げた。
全員。
ぎゅっと。
するには。
もう。
大きすぎる子もいる。
それでも。
五人。
近くに。
いてくれる。
私の。
大切な。
子どもたち。
陽向を。
愛したからって。
この愛が。
減るわけじゃない。
陽向との。
家族が。
増えたからって。
誰かが。
押し出されるわけでもない。
愛情は。
一つの席を。
取り合うものじゃない。
やっと。
心から。
そう思えた。
◇◇◇
少し。
離れた席。
前の夫が。
笑っている。
でも。
目元。
赤い。
私と。
目が合う。
『泣いてる』
口だけで。
言ってみる。
夫が。
すぐ。
口だけで。
返す。
『笑うな』
私は。
笑った。
そのとき。
陽向も。
前の夫を見る。
目が。
合う。
一瞬。
二人。
静かになる。
夫が。
陽向へ。
小さく。
頷く。
陽向も。
深く。
頭を。
下げた。
言葉は。
なかった。
でも。
それで。
十分だった。
陽向は。
子どもたちの。
父親になろうとは。
しない。
夫も。
陽向から。
私を。
取り戻そうとは。
しない。
そして。
私は。
どちらかを。
選ぶために。
子どもたちを。
間へ。
置かない。
ただ。
五人の子どもたちを。
大切にする。
それぞれの。
立場の大人。
そういう。
新しい関係が。
いつの間にか。
できていた。
◇◇◇
披露宴の。
終わり。
私は。
会場を。
見渡した。
ASTER。
神崎さん。
事務所の人たち。
仕事で。
出会った人たち。
五人の。
子どもたち。
その父親。
そして。
隣。
陽向。
一度目の。
人生。
二度目の。
人生。
今までなら。
別々だったものが。
今日。
同じ場所に。
ある。
私は。
陽向の。
手を握った。
「ねえ」
「何?」
「今日」
「幸せ?」
「何その質問」
陽向が。
笑う。
「めちゃくちゃ」
「幸せ」
「そっか」
「美月は?」
私は。
会場を見る。
そして。
笑った。
「うん」
「私も」
◇◇◇
――それから。
数年後。
「待ってー!」
休日の。
庭に。
小さな。
女の子の声が。
響く。
「こっち!」
「走ると転ぶよ!」
「ほら!」
少し。
大きくなった。
五人の。
子どもたち。
その真ん中を。
小さな。
女の子が。
一生懸命。
追いかけている。
私と。
陽向の。
娘。
三歳。
五人にとっては。
年の離れた。
妹。
最初。
どうなるだろうと。
少しだけ。
考えた。
でも。
そんな心配。
必要なかった。
星は。
妹が。
可愛くて。
仕方がない。
「危ないよー!」
そう。
言いながら。
追いかける。
ほかの子たちも。
ボールを。
投げたり。
鬼ごっこしたり。
一番小さかった子も。
今では。
ちゃんと。
お兄ちゃん。
「こっちおいで!」
小さな妹の。
手を引く。
「ゆっくり!」
昔。
私に。
抱っこされていた。
あの子が。
妹の。
手を。
引いている。
それだけで。
少し。
泣きそうになる。
◇◇◇
私は。
陽向と。
並んで。
その姿を。
見ていた。
そして。
今日は。
五人の。
子どもたちの父親も。
一緒。
三人。
少し。
離れたところから。
六人の。
子どもたちを。
見守っている。
恋愛の。
三角関係なんかじゃない。
誰かが。
誰かに。
勝ったわけでも。
負けたわけでも。
ない。
ただ。
それぞれの。
立場で。
この子たちを。
大切にしている。
前の夫が。
ぽつりと。
言った。
「増えたな」
「何が?」
私が。
聞く。
「子ども」
私は。
六人を見る。
思わず。
笑った。
「ふふっ」
「六人になったね」
陽向が。
少し。
遠い目。
「いや」
「俺」
「最初」
「五人でも」
「だいぶ」
「緊張したんですけど」
夫が。
笑う。
「もう」
「慣れたやろ」
「いや」
陽向。
真顔。
「まだ」
「たまに」
「審査されてます」
「されるやろ」
「なんでですか!」
「この前も」
私が。
笑いながら。
言う。
「妹泣かせたら」
「許さんって」
「言われてたじゃん」
「俺!」
陽向が。
自分を。
指差す。
「あの子の」
「実のパパなんだけど!?」
「関係ないらしいよ」
「美月!」
前の夫が。
笑う。
私も。
笑う。
こんな。
会話。
一度目の人生では。
想像も。
できなかった。
◇◇◇
「ママー!」
娘が。
走ってくる。
「パパー!」
私と。
陽向。
同時に。
手を。
広げる。
「おいで!」
「転ばないで!」
娘は。
私のところへ。
勢いよく。
飛び込む。
「わっ!」
抱き止める。
少し。
遅れて。
陽向。
「……俺は?」
娘が。
私の腕の中から。
陽向を見る。
「パパも!」
「はい!」
陽向が。
一瞬で。
嬉しそうになる。
「単純」
私が。
笑う。
「美月!」
すると。
後ろから。
五人も。
ついてくる。
「ママ!」
「何?」
「お腹すいた!」
「さっき食べたでしょ」
「喉乾いた!」
「飲み物あるよ」
「ママ!」
「今度は何?」
いろんな。
声。
昔と。
同じ。
でも。
少し。
違う。
みんな。
大きくなった。
家族の。
形も。
変わった。
それでも。
私は。
ここにいる。
◇◇◇
一度目の人生で。
私は。
五人の子どもの。
母親になった。
笑った。
怒った。
泣いた。
悩んだ。
幸せだった日も。
たくさん。
あった。
二度目の人生で。
私は。
もう一度。
母親になった。
そして。
六人目の。
小さな命にも。
出会った。
でも。
今度は。
それだけじゃない。
女優で。
誰かを。
愛する。
一人の女性で。
好きなことを。
好きと言える。
自分が。
疲れたとき。
疲れたと言える。
怖いとき。
怖いと言える。
幸せなとき。
ちゃんと。
幸せだと言える。
そして。
何より。
私は。
高瀬美月として。
ここにいる。
◇◇◇
「美月」
陽向が。
呼ぶ。
「何?」
「幸せ?」
何度。
この質問を。
されたんだろう。
私は。
六人の。
子どもたちを見る。
星。
ほかの。
四人。
そして。
私と陽向の。
小さな娘。
陽向を見る。
少し。
離れたところで。
みんなを。
見ている。
前の夫も。
見る。
過去。
今。
未来。
全部。
私の人生。
誰かを。
消さなくても。
私は。
幸せになれた。
誰かのために。
私だけが。
我慢しなくても。
よかった。
私は。
陽向を見る。
迷わない。
「うん」
少し。
笑う。
「今」
「すごく幸せ」
陽向が。
嬉しそうに。
笑った。
「俺も」
そのとき。
娘が。
私と陽向の。
手を。
それぞれ。
握る。
「ママ!」
「何?」
「パパ!」
「はい!」
「いこ!」
「どこに?」
娘が。
五人の。
きょうだいたちを。
指差す。
「みんなのとこ!」
私は。
陽向と。
顔を。
見合わせた。
陽向が。
笑う。
「行こっか」
「うん」
私は。
娘の。
小さな手を。
握り返した。
「行こう」
◇◇◇
一度。
終わったと。
思った。
私の人生は。
あの日。
最推しの。
腕の中から。
もう一度。
始まった。
最初は。
ただ。
戻りたかった。
子どもたちの。
ところへ。
元の。
私へ。
でも。
今は。
分かる。
二度目の人生は。
一度目の人生を。
消すために。
あったんじゃない。
過去を。
捨てるためでもない。
大切なものを。
全部。
抱えながら。
今度こそ。
私自身も。
幸せになるために。
あった。
母親として。
妻として。
女優として。
そして。
高瀬美月として。
私は。
今日も。
この人生を。
生きている。
大切な人たちと。
一緒に。
自分の足で。
未来へ。
歩きながら。
――end
私は。
控室の鏡の前に。
座っていた。
白い。
ウェディングドレス。
繊細なレース。
光を受けるたび。
柔らかく輝く。
あの日。
星と一緒に選んだ。
私が。
「これが好き」
と。
自分で選んだ。
ドレス。
鏡に映っているのは。
一ノ瀬紗良の顔。
何度見ても。
綺麗な人だと思う。
事故のあと。
初めて。
この顔を見たとき。
私は。
怖かった。
知らない顔。
知らない身体。
私じゃない。
そう思って。
何度も。
泣いた。
でも。
今は。
違う。
この顔で。
笑った。
泣いた。
仕事をした。
子どもたちを。
もう一度。
抱きしめた。
陽向を。
好きになった。
プロポーズを。
受けた。
そして。
今日。
この身体で。
大好きな人の。
隣へ行く。
私は。
鏡の中の。
自分を見つめる。
もう。
迷わない。
胸へ。
そっと。
手を当てた。
「……高瀬美月」
小さく。
名前を呼ぶ。
「今日」
少し。
笑う。
「結婚します」
その瞬間。
コンコン。
控室の扉が。
ノックされた。
「ママ?」
星。
「入っていい?」
「うん」
扉が。
開く。
「……」
入ってきた星が。
私を見たまま。
止まった。
「星?」
返事がない。
ただ。
目が。
どんどん。
潤んでいく。
「……ママ」
「何?」
「綺麗」
その一言で。
胸が。
いっぱいになった。
「ありがとう」
声が。
少し。
震える。
涙が。
出そうになる。
すると。
星が。
慌てて笑った。
「ちょっと!」
「何?」
「まだ泣かないでよ」
「……」
「式」
「これからだから」
「星も」
「泣いてるじゃん」
「これは」
星が。
涙を拭う。
「ママのせい」
「私?」
「うん」
二人で。
笑った。
◇◇◇
少しして。
ほかの子どもたちも。
控室の近くまで。
来てくれた。
「ママ!」
一番小さい子が。
私を見るなり。
目を。
大きくする。
「おひめさま!」
「ありがとう」
「すごい!」
私の。
ドレスの裾を。
触ろうとして。
星に。
止められる。
「触らない!」
「なんで?」
「汚れたら困るから!」
「見るだけ?」
「見るだけ!」
私は。
笑った。
この声。
この空気。
数年前。
もう二度と。
戻らないと思った。
子どもたちに。
囲まれる時間。
「ママ」
少し。
大きい子が。
言う。
「緊張してる?」
「してるよ」
「陽向くんも」
「絶対してる」
星が。
即答。
「もう泣いてるかも」
「まだ早いでしょ」
「いや」
全員。
妙に。
確信している。
「絶対泣く」
「そんなに?」
「泣く」
「うん」
五人。
ほぼ。
意見一致。
「陽向」
「どんな扱いなの」
思わず。
笑った。
◇◇◇
式が。
始まる少し前。
廊下へ。
出たところで。
前の夫と。
顔を合わせた。
今日は。
五人の子どもたちの。
父親として。
来てくれた。
特別な役割はない。
私を。
陽向へ渡す人でもない。
ただ。
子どもたちと一緒に。
私の。
新しい人生を。
見届ける人。
「……」
一瞬。
お互い。
何を言えばいいか。
分からなかった。
そして。
夫が。
先に。
口を開く。
「ほんまに」
「結婚するんやな」
私は。
笑った。
「うん」
「……そっか」
少し。
間。
夫は。
私のドレス姿を見る。
「綺麗やな」
「ありがとう」
「……」
それから。
少しだけ。
照れくさそうに。
目を逸らして。
言った。
「幸せになれよ」
胸の奥が。
静かに。
揺れた。
でも。
苦しくない。
過去に。
引き戻される言葉でもない。
今までを。
ちゃんと。
終えて。
前へ。
送り出してくれる。
言葉。
「うん」
私は。
頷いた。
「ありがとう」
それだけ。
もう。
それ以上は。
いらなかった。
◇◇◇
チャペル。
ASTERの。
四人。
私と陽向。
それぞれの。
事務所の人たち。
神崎悠人。
ドラマで。
お世話になった。
監督やスタッフ。
そして。
五人の。
子どもたち。
その隣。
前の夫。
みんなが。
待っている。
扉の。
前。
私は。
一人で。
立った。
隣には。
誰もいない。
父親役の。
誰かも。
いない。
子どもたちにも。
エスコートは。
頼まなかった。
私は。
一人で。
歩きたかった。
一度。
人生を。
終えた私が。
自分で。
もう一度。
生きると決めた。
その私が。
自分で。
選んだ人のところへ。
自分の足で。
行きたかった。
音楽が。
流れる。
大きな扉が。
ゆっくり。
開いた。
光の。
向こう。
真っ直ぐ。
伸びた。
バージンロード。
その先。
陽向。
私を。
見た瞬間。
目が。
大きくなる。
そして。
すぐ。
顔が。
崩れた。
「……」
遠くからでも。
分かる。
泣いてる。
やっぱり。
私は。
笑ってしまった。
◇◇◇
一歩。
バージンロードへ。
足を。
踏み出す。
最初に。
子どもたちを。
見る。
星。
泣いている。
でも。
笑っている。
その隣。
ほかの。
四人。
そして。
一番小さい子と。
目が合った。
ぱっと。
笑顔になる。
「ママー!」
静かな。
チャペルに。
元気な声が。
響いた。
「しー!」
周りから。
止められる。
会場に。
小さな。
笑い声。
私も。
涙の中で。
笑った。
一番小さい子が。
嬉しそうに。
手を振る。
私も。
ほんの少し。
手を振り返す。
さらに。
歩く。
子どもたちの。
隣に。
前の夫。
目が。
合う。
彼は。
小さく。
頷いた。
私も。
少しだけ。
頷く。
そして。
前を向く。
過去を。
否定しない。
消さない。
でも。
戻らない。
私は。
自分の足で。
未来へ。
歩く。
その先。
陽向。
もう。
完全に。
泣いている。
◇◇◇
ようやく。
陽向の前へ。
辿り着く。
「……美月」
「うん」
声。
震えすぎ。
私は。
思わず。
笑った。
「陽向」
「何?」
「もう泣いてるの?」
「……だって」
「まだ」
「式」
「始まったばっかりだよ」
「分かってる」
涙を。
拭いながら。
陽向が。
私を見る。
「でも」
「……」
「来たから」
胸が。
鳴った。
「来るに」
「決まってるでしょ」
「違う」
陽向が。
首を振る。
「美月が」
「自分で」
「俺のところに」
「来てくれたから」
「……」
また。
涙が。
滲む。
「うん」
私は。
笑った。
「来たよ」
「自分で」
陽向も。
泣きながら。
笑う。
「ありがとう」
そして。
二人。
並んだ。
◇◇◇
式は。
ゆっくり。
進んでいく。
指輪を。
交換する。
陽向の手は。
まだ。
少し。
震えていた。
「落とさないでね」
小声で。
言う。
「今」
「それ言う!?」
「だって」
「余計」
「緊張する!」
後ろから。
ASTERの誰かが。
笑いを。
堪えている。
私は。
陽向の。
薬指にも。
リングを。
通した。
これから。
毎日。
お互いの。
手にある。
同じ意味を持つ。
指輪。
そして。
誓いの。
言葉。
司式者から。
促され。
陽向が。
私を見る。
少し。
緊張した。
でも。
もう。
迷いのない目。
「美月」
「うん」
一度。
息を吸う。
そして。
はっきり。
呼んだ。
「高瀬美月」
胸が。
強く。
鳴った。
公には。
一ノ瀬紗良。
今日。
提出される。
書類の上でも。
私の名前は。
違う。
でも。
ここには。
知っている人たちが。
いる。
そして。
何より。
陽向が。
知っている。
「俺は」
陽向が。
言う。
「名前が」
「何であっても」
「姿が」
「変わっても」
「俺が」
「これから」
「一緒に生きたいのは」
真っ直ぐ。
私を見る。
「高瀬美月です」
涙が。
一気に。
溢れた。
「五人の」
「子どものママで」
「女優で」
「一人の女性で」
「……」
「誰かのために」
「すぐ」
「自分を」
「後回しにしそうになる」
「美月も」
少し。
笑う。
「最近」
「ちゃんと」
「自分がどうしたいか」
「言えるようになった」
「美月も」
「全部」
「好きです」
もう。
顔が。
涙で。
ぐしゃぐしゃ。
「何かを」
「捨てて」
「俺を選んでほしいとは」
「思いません」
「……」
「大事なものを」
「全部」
「大事にしたまま」
「俺も」
「その中に」
「入れてください」
陽向の。
目にも。
涙。
「これから」
「嬉しいことも」
「怖いことも」
「分からないことも」
「一人で」
「決めないで」
「一緒に」
「考えて」
「生きていきます」
私は。
泣きながら。
頷いた。
「はい」
◇◇◇
今度は。
私。
陽向の。
目を見る。
「私も」
声が。
震える。
でも。
ちゃんと。
言いたい。
「母親であることも」
「女優であることも」
「高瀬美月として」
「生きてきたことも」
「……」
「何も」
「捨てません」
陽向が。
頷く。
「五人の」
「子どもたちを」
「愛したまま」
「……」
「一度目の人生で」
「幸せだったことも」
「苦しかったことも」
「全部」
「私の人生として」
「大切にしたまま」
少し。
息を吸う。
「私は」
「陽向と」
「生きていきます」
「……うん」
「誰かを」
「幸せにするために」
「私だけが」
「我慢するんじゃなくて」
「……」
「陽向と」
「一緒に」
「私も」
「幸せになります」
陽向の。
涙が。
また。
落ちた。
「うん」
「絶対」
「一緒に」
「幸せになろ」
私は。
笑った。
「うん」
◇◇◇
誓いの。
キス。
その言葉が。
聞こえた瞬間。
二人とも。
固まった。
子どもたち。
いる。
前の夫。
いる。
ASTER。
いる。
神崎さん。
いる。
事務所の人。
いる。
めちゃくちゃ。
見られている。
「……軽く?」
陽向が。
小声。
「軽く」
「本当に?」
「早くして」
「美月が」
「急かす!?」
「恥ずかしいから!」
陽向が。
笑う。
そして。
私の頬へ。
そっと。
手を添えた。
ほんの。
一瞬。
唇が。
触れる。
「きゃー!」
ASTER。
うるさい。
「キスした!」
一番小さい子。
実況。
「もう!」
私の顔が。
一気に。
熱くなる。
陽向も。
真っ赤。
会場中。
笑い声。
でも。
それが。
私たちらしかった。
◇◇◇
そして。
披露宴。
しっとり。
だけでは。
終わらなかった。
むしろ。
始まって。
すぐ。
ASTERの。
四人が。
陽向を。
囲んだ。
「いやー」
「まさか」
「この人が」
「結婚するとは」
「何?」
「しかも」
「十年以上の」
「自分のファンと」
「そこ言う!?」
会場。
笑い。
別の一人が。
私を見る。
「美月さん」
「推しと結婚するって」
「どういう人生ですか?」
「私が」
「聞きたいです」
また。
笑い。
陽向が。
胸を張る。
「俺が」
「美月を」
「幸せに」
「ちょっと待って」
私は。
止める。
「何?」
「さっき」
「二人で」
「幸せになるって」
「言ったよね?」
「……はい」
ASTER。
爆笑。
「もう」
「完全に」
「美月さんのほうが」
「強いじゃん」
「違う!」
陽向。
必死。
私は。
笑った。
◇◇◇
そこへ。
神崎悠人も。
来る。
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「神崎さん」
陽向が。
なぜか。
妙に。
警戒した顔。
神崎さんが。
笑う。
「これで」
「やっと」
「天城くんに」
「警戒されなくて」
「済むかな」
陽向。
即答。
「いや」
「神崎さんは」
「今後も」
「警戒します」
「結婚しても?」
「します」
私は。
頭を。
抱える。
「しなくていいから」
神崎さん。
大笑い。
「安心しました」
「何がですか?」
「結婚しても」
「天城くんが」
「天城くんのままで」
「……」
「褒められてる?」
「たぶん」
私は。
笑った。
◇◇◇
披露宴の。
後半。
照明が。
少し。
落ちる。
司会者が。
言った。
「ここで」
「新婦のお子さま方から」
「お祝いの言葉が」
「ございます」
「……」
私は。
すぐ。
星を見る。
星が。
立ち上がる。
その隣。
四人の。
きょうだい。
一番小さい子は。
大きな。
花束を。
両手で。
抱えている。
星が。
マイクを。
持つ。
そして。
最初。
少し。
笑った。
「私は今日」
「推しの結婚式に」
「来ています」
一瞬。
静か。
そして。
会場。
笑い。
陽向が。
「まだ言う!?」
私は。
すでに。
顔が。
熱い。
星が。
続ける。
「しかも」
「相手は」
「私のママです」
ASTERの。
四人。
大爆笑。
「すごいよな!」
「推しが義理の父親!」
「やめて!」
私。
耐えられない。
星も。
笑っている。
でも。
少しして。
その表情が。
変わった。
◇◇◇
「私は」
星が。
言う。
「一度」
「ママを」
「失いました」
会場が。
静かになる。
私は。
息を。
止めた。
「もう」
「会えないと」
「思っていました」
「……」
「ママが」
「いなくなってから」
「家族みんな」
「普通にしようと」
「していました」
「でも」
「家の中には」
「ずっと」
「ママの場所が」
「空いていました」
涙が。
滲む。
「そんなとき」
「顔も」
「声も」
「全然違う人が」
「私の前に」
「現れました」
「……」
星の。
声も。
震える。
「最初は」
「信じられませんでした」
「でも」
「その人が」
「私の背中を」
「三回」
「とんとんってして」
私は。
口元を。
押さえた。
「おやすみ」
星が。
泣きながら。
笑う。
「私のお星さま」
涙が。
一気に。
溢れた。
「って」
「言いました」
「……」
「それは」
「ママと私しか」
「知らない言葉でした」
星が。
私を見る。
「そのとき」
「私は」
「ママが」
「帰ってきたんだって」
「分かりました」
もう。
無理だった。
涙が。
止まらない。
陽向が。
私の手を。
握ってくれる。
◇◇◇
「ママは」
星が。
続ける。
「昔から」
「私たちのことを」
「すごく」
「大切にしてくれました」
「……」
「でも」
「大切にしすぎて」
「自分のことを」
「いつも」
「後回しにする人でした」
私は。
俯く。
「自分が」
「しんどくても」
「大丈夫って」
「言って」
「自分が」
「やりたいことより」
「私たちや」
「周りのことを」
「優先して」
「……」
「だから」
星が。
少し。
涙を拭う。
「今日」
「ママが」
「誰かに」
「連れていかれるんじゃなくて」
「自分で」
「陽向くんのところまで」
「歩いていくのを見て」
胸が。
いっぱいになる。
「すごく」
「嬉しかったです」
「……」
「ママが」
「自分で」
「好きな人を選んで」
「自分の幸せを」
「選んでくれたことが」
「私は」
「嬉しいです」
私は。
泣きながら。
笑った。
「星……」
そして。
星が。
陽向を見る。
「陽向くん」
「はい」
陽向が。
姿勢を。
正す。
「前に」
「私は」
「ママをお願いしますって」
「言いました」
「うん」
「でも」
星が。
笑う。
「今日は」
「違うことを」
「言います」
陽向が。
真剣に。
聞く。
「ママと」
「一緒に」
少し。
声が。
震える。
「幸せになってください」
陽向の。
目から。
涙が。
落ちた。
「……はい」
「ママを」
「幸せにして」
「じゃないです」
「うん」
「二人で」
「幸せになってください」
陽向が。
強く。
頷いた。
「はい」
「二人で」
「絶対」
「幸せになります」
私は。
陽向の。
手を。
握った。
◇◇◇
すると。
別の子が。
星から。
マイクを。
受け取る。
「陽向くん」
「はい」
「一個だけ」
「はい」
「ママ泣かしたら」
「……」
少し。
間。
「僕ら」
「五人おるから」
陽向が。
頭を。
抱えた。
「それ!」
「前にも」
「言われた!」
会場。
大笑い。
「覚えてた?」
「覚えてるよ!」
「じゃあ」
「よろしく」
「はい!」
さらに。
一番小さい子。
マイク。
「ひなた!」
「はい!」
「ママ」
「泣かしたら」
「だめ!」
「はい!」
「あと!」
「?」
「ゲームして!」
「今!?」
また。
会場中。
笑う。
「分かった!」
陽向が。
笑う。
「ゲームもする!」
「やった!」
そして。
五人から。
大きな。
花束。
私は。
受け取る。
「ありがとう」
涙で。
前が。
見えない。
「みんな」
「本当に」
「ありがとう」
一番小さい子が。
私のドレスへ。
抱きつく。
「ママ」
「何?」
「きれい!」
「ありがとう」
すると。
ほかの子たちも。
近づいてくる。
私は。
腕を。
広げた。
全員。
ぎゅっと。
するには。
もう。
大きすぎる子もいる。
それでも。
五人。
近くに。
いてくれる。
私の。
大切な。
子どもたち。
陽向を。
愛したからって。
この愛が。
減るわけじゃない。
陽向との。
家族が。
増えたからって。
誰かが。
押し出されるわけでもない。
愛情は。
一つの席を。
取り合うものじゃない。
やっと。
心から。
そう思えた。
◇◇◇
少し。
離れた席。
前の夫が。
笑っている。
でも。
目元。
赤い。
私と。
目が合う。
『泣いてる』
口だけで。
言ってみる。
夫が。
すぐ。
口だけで。
返す。
『笑うな』
私は。
笑った。
そのとき。
陽向も。
前の夫を見る。
目が。
合う。
一瞬。
二人。
静かになる。
夫が。
陽向へ。
小さく。
頷く。
陽向も。
深く。
頭を。
下げた。
言葉は。
なかった。
でも。
それで。
十分だった。
陽向は。
子どもたちの。
父親になろうとは。
しない。
夫も。
陽向から。
私を。
取り戻そうとは。
しない。
そして。
私は。
どちらかを。
選ぶために。
子どもたちを。
間へ。
置かない。
ただ。
五人の子どもたちを。
大切にする。
それぞれの。
立場の大人。
そういう。
新しい関係が。
いつの間にか。
できていた。
◇◇◇
披露宴の。
終わり。
私は。
会場を。
見渡した。
ASTER。
神崎さん。
事務所の人たち。
仕事で。
出会った人たち。
五人の。
子どもたち。
その父親。
そして。
隣。
陽向。
一度目の。
人生。
二度目の。
人生。
今までなら。
別々だったものが。
今日。
同じ場所に。
ある。
私は。
陽向の。
手を握った。
「ねえ」
「何?」
「今日」
「幸せ?」
「何その質問」
陽向が。
笑う。
「めちゃくちゃ」
「幸せ」
「そっか」
「美月は?」
私は。
会場を見る。
そして。
笑った。
「うん」
「私も」
◇◇◇
――それから。
数年後。
「待ってー!」
休日の。
庭に。
小さな。
女の子の声が。
響く。
「こっち!」
「走ると転ぶよ!」
「ほら!」
少し。
大きくなった。
五人の。
子どもたち。
その真ん中を。
小さな。
女の子が。
一生懸命。
追いかけている。
私と。
陽向の。
娘。
三歳。
五人にとっては。
年の離れた。
妹。
最初。
どうなるだろうと。
少しだけ。
考えた。
でも。
そんな心配。
必要なかった。
星は。
妹が。
可愛くて。
仕方がない。
「危ないよー!」
そう。
言いながら。
追いかける。
ほかの子たちも。
ボールを。
投げたり。
鬼ごっこしたり。
一番小さかった子も。
今では。
ちゃんと。
お兄ちゃん。
「こっちおいで!」
小さな妹の。
手を引く。
「ゆっくり!」
昔。
私に。
抱っこされていた。
あの子が。
妹の。
手を。
引いている。
それだけで。
少し。
泣きそうになる。
◇◇◇
私は。
陽向と。
並んで。
その姿を。
見ていた。
そして。
今日は。
五人の。
子どもたちの父親も。
一緒。
三人。
少し。
離れたところから。
六人の。
子どもたちを。
見守っている。
恋愛の。
三角関係なんかじゃない。
誰かが。
誰かに。
勝ったわけでも。
負けたわけでも。
ない。
ただ。
それぞれの。
立場で。
この子たちを。
大切にしている。
前の夫が。
ぽつりと。
言った。
「増えたな」
「何が?」
私が。
聞く。
「子ども」
私は。
六人を見る。
思わず。
笑った。
「ふふっ」
「六人になったね」
陽向が。
少し。
遠い目。
「いや」
「俺」
「最初」
「五人でも」
「だいぶ」
「緊張したんですけど」
夫が。
笑う。
「もう」
「慣れたやろ」
「いや」
陽向。
真顔。
「まだ」
「たまに」
「審査されてます」
「されるやろ」
「なんでですか!」
「この前も」
私が。
笑いながら。
言う。
「妹泣かせたら」
「許さんって」
「言われてたじゃん」
「俺!」
陽向が。
自分を。
指差す。
「あの子の」
「実のパパなんだけど!?」
「関係ないらしいよ」
「美月!」
前の夫が。
笑う。
私も。
笑う。
こんな。
会話。
一度目の人生では。
想像も。
できなかった。
◇◇◇
「ママー!」
娘が。
走ってくる。
「パパー!」
私と。
陽向。
同時に。
手を。
広げる。
「おいで!」
「転ばないで!」
娘は。
私のところへ。
勢いよく。
飛び込む。
「わっ!」
抱き止める。
少し。
遅れて。
陽向。
「……俺は?」
娘が。
私の腕の中から。
陽向を見る。
「パパも!」
「はい!」
陽向が。
一瞬で。
嬉しそうになる。
「単純」
私が。
笑う。
「美月!」
すると。
後ろから。
五人も。
ついてくる。
「ママ!」
「何?」
「お腹すいた!」
「さっき食べたでしょ」
「喉乾いた!」
「飲み物あるよ」
「ママ!」
「今度は何?」
いろんな。
声。
昔と。
同じ。
でも。
少し。
違う。
みんな。
大きくなった。
家族の。
形も。
変わった。
それでも。
私は。
ここにいる。
◇◇◇
一度目の人生で。
私は。
五人の子どもの。
母親になった。
笑った。
怒った。
泣いた。
悩んだ。
幸せだった日も。
たくさん。
あった。
二度目の人生で。
私は。
もう一度。
母親になった。
そして。
六人目の。
小さな命にも。
出会った。
でも。
今度は。
それだけじゃない。
女優で。
誰かを。
愛する。
一人の女性で。
好きなことを。
好きと言える。
自分が。
疲れたとき。
疲れたと言える。
怖いとき。
怖いと言える。
幸せなとき。
ちゃんと。
幸せだと言える。
そして。
何より。
私は。
高瀬美月として。
ここにいる。
◇◇◇
「美月」
陽向が。
呼ぶ。
「何?」
「幸せ?」
何度。
この質問を。
されたんだろう。
私は。
六人の。
子どもたちを見る。
星。
ほかの。
四人。
そして。
私と陽向の。
小さな娘。
陽向を見る。
少し。
離れたところで。
みんなを。
見ている。
前の夫も。
見る。
過去。
今。
未来。
全部。
私の人生。
誰かを。
消さなくても。
私は。
幸せになれた。
誰かのために。
私だけが。
我慢しなくても。
よかった。
私は。
陽向を見る。
迷わない。
「うん」
少し。
笑う。
「今」
「すごく幸せ」
陽向が。
嬉しそうに。
笑った。
「俺も」
そのとき。
娘が。
私と陽向の。
手を。
それぞれ。
握る。
「ママ!」
「何?」
「パパ!」
「はい!」
「いこ!」
「どこに?」
娘が。
五人の。
きょうだいたちを。
指差す。
「みんなのとこ!」
私は。
陽向と。
顔を。
見合わせた。
陽向が。
笑う。
「行こっか」
「うん」
私は。
娘の。
小さな手を。
握り返した。
「行こう」
◇◇◇
一度。
終わったと。
思った。
私の人生は。
あの日。
最推しの。
腕の中から。
もう一度。
始まった。
最初は。
ただ。
戻りたかった。
子どもたちの。
ところへ。
元の。
私へ。
でも。
今は。
分かる。
二度目の人生は。
一度目の人生を。
消すために。
あったんじゃない。
過去を。
捨てるためでもない。
大切なものを。
全部。
抱えながら。
今度こそ。
私自身も。
幸せになるために。
あった。
母親として。
妻として。
女優として。
そして。
高瀬美月として。
私は。
今日も。
この人生を。
生きている。
大切な人たちと。
一緒に。
自分の足で。
未来へ。
歩きながら。
――end



