結婚式まで。
あと三日。
なのに。
陽向は。
明らかに。
落ち着きがなかった。
「美月」
「何?」
「忘れ物ない?」
「まだ三日前だけど」
「指輪は?」
「当日持っていく」
「婚姻届は?」
「もう入籍したでしょ」
「そうだった!」
私は。
思わず。
笑った。
そう。
私たちは。
すでに。
夫婦になっている。
あの日。
私が。
一度目の人生を終え。
二度目の人生を。
始めた日。
その日に。
二人で。
婚姻届を。
出した。
戸籍に。
書かれた名前は。
高瀬美月では。
なかった。
それでも。
届を出す直前。
陽向は。
私を見て。
ちゃんと。
言った。
『美月』
『今日から』
『俺の奥さんになってください』
私は。
笑って。
答えた。
『はい』
紙に。
どんな名前が。
書かれていても。
あの日。
陽向と。
夫婦になったのは。
私。
高瀬美月。
だから。
結婚式は。
法律のためじゃない。
大切な人たちの前で。
私たちが。
これからを。
一緒に生きると。
伝える日。
「……陽向」
「何?」
「もう」
「夫なんだよね」
「……」
陽向が。
固まる。
「何?」
「もう一回」
「言わない」
「美月!」
「ふふっ」
まだ。
夫。
妻。
という言葉に。
二人とも。
慣れていない。
◇◇◇
一方。
結婚式の。
裏では。
ASTERの。
四人が。
何かを。
企んでいた。
「これ」
「絶対泣くよな」
「陽向は泣く」
「美月さんも」
「たぶん泣く」
「てか」
「俺らが」
「先に泣きそう」
会議室。
テーブルの上。
大量の。
写真。
動画。
メッセージ。
陽向の。
アイドルとしての。
十年以上。
デビュー前。
初ライブ。
初めての。
大きな会場。
五人で。
泣いた日。
笑った日。
失敗した日。
そして。
最近の。
陽向。
そこへ。
星から。
提供された。
美月の。
昔の写真が。
少しだけ。
加わっていた。
もちろん。
子どもたちの。
顔や。
家族の。
個人的な情報は。
式の中だけ。
外には。
絶対に。
出さない。
その約束で。
「これ」
一人が。
一枚の写真を。
持ち上げる。
「美月さん」
「ASTERのライブグッズ」
「持ってる?」
星が。
笑う。
「はい」
「これ」
「ママです」
そこには。
まだ。
高瀬美月だった頃の。
美月。
ASTERの。
ライブグッズを。
手にして。
笑っている。
陽向の。
メンバーカラー。
ピンク。
「……」
四人が。
黙る。
「これ」
「陽向に見せたら」
「終わるな」
「確実に」
星が。
少し笑った。
「ママも」
「たぶん泣きます」
「じゃあ採用」
「早い」
◇◇◇
サプライズは。
映像。
だけでは。
なかった。
「歌」
一人が。
言う。
「やっぱ」
「やる?」
「やるでしょ」
「披露宴で」
「ASTER四人だけ?」
「いや」
「陽向も」
「最後」
「引っ張り込む」
「新郎を?」
「絶対」
「嫌がる」
「でも」
「歌う」
全員。
分かっている。
陽向は。
嫌だと言いながら。
最終的には。
絶対。
歌う。
「曲は?」
一人が。
候補を。
出す。
陽向と。
美月が。
昔から。
好きだった。
ASTERの。
バラード。
あの日。
プロポーズの。
カラオケで。
陽向が。
美月一人のために。
歌った曲。
「これ」
「いいじゃん」
「でも」
星が。
少し。
驚く。
「ママ」
「この曲」
「すごく好きです」
四人が。
にやっとする。
「じゃあ」
「決まり」
◇◇◇
そして。
もう一人。
披露宴の。
招待客で。
妙に。
楽しそうな人が。
いた。
神崎悠人。
「天城さん」
撮影の。
休憩中。
神崎が。
私へ。
聞いた。
「結婚式」
「緊張してる?」
「私に聞くんですか?」
「だって」
「天城さん」
「絶対」
「今頃」
「一人で」
「緊張してそう」
想像して。
笑ってしまう。
「してると思います」
「やっぱり」
神崎が。
コーヒーを。
飲む。
「でも」
「結婚式で」
「俺」
「ちゃんと」
「呼んでもらえるんだね」
「呼びましたよ」
「天城さん」
「嫌がらなかった?」
「ちょっと」
「やっぱり」
「でも」
私は。
笑う。
「私が」
「来てほしいって」
「言ったから」
「……」
神崎が。
少し。
目を細める。
「変わったね」
「またそれ」
「だって」
「昔だったら」
「天城さんが」
「嫌がるかもって」
「呼ばなかったでしょ」
「……」
図星。
「今は?」
私は。
少し。
考える。
「陽向の気持ちは」
「聞く」
「うん」
「でも」
「私が」
「呼びたい人も」
「ちゃんと」
「言う」
神崎が。
笑った。
「いいね」
「ありがとうございます」
「じゃあ」
少し。
いたずらっぽい顔。
「当日」
「天城さんに」
「美月さんを」
「よろしく」
「って」
「言おうかな」
「やめてください」
「何で?」
「絶対」
「変な顔するから」
「見たい」
「神崎さん」
「はい」
「楽しんでますよね?」
「ちょっと」
「もう」
◇◇◇
結婚式。
二日前。
私は。
子どもたちと。
会った。
すると。
一番小さい子が。
大きな紙袋を。
抱えている。
「ママ!」
「何それ?」
「ないしょ!」
「見えてるけど」
「でもないしょ!」
ほかの子たちも。
何か。
隠している。
「……みんな」
「何かしてる?」
「してない」
「絶対してる」
星だけが。
妙に。
平然としている。
「ママ」
「何?」
「当日まで」
「聞かないで」
「……」
最近。
それ。
多い。
陽向と星が。
プロポーズを。
企んでいたときも。
そうだった。
「分かった」
私は。
笑う。
「待つ」
一人が。
少し。
驚く。
「聞かんの?」
「気になるよ」
「じゃあ聞けば?」
「でも」
私は。
みんなを見る。
「みんなが」
「当日にしたいなら」
「待つ」
星が。
少し。
嬉しそうに。
笑う。
「ママ」
「ほんと」
「待てるようになったね」
「それ」
「褒めてる?」
「褒めてる」
◇◇◇
少しして。
一人が。
私へ。
聞いた。
「ママ」
「何?」
「結婚式」
「緊張する?」
「する」
「なんで?」
「みんなの前で」
「陽向と」
「結婚しますって」
「言うんだよ?」
「もう結婚したんやろ?」
「そうだけど」
「じゃあ」
「同じやん」
「違うの」
一番小さい子が。
首を傾げる。
「ママ」
「何?」
「ドレス」
「おひめさま?」
「たぶん」
「みたい!」
「当日ね」
「ひなた」
「泣く?」
星が。
吹き出す。
「絶対泣く」
「僕もそう思う」
「俺も」
全員。
意見一致。
「そんなに?」
私は。
笑う。
星が。
真顔で。
言う。
「ママ」
「陽向くん」
「ドレス姿」
「まだ見てないんでしょ?」
「うん」
「じゃあ」
「絶対」
「泣く」
「そこまで?」
「泣く」
もう。
誰も。
疑っていない。
◇◇◇
その帰り。
前の夫が。
私を。
呼び止めた。
「美月」
「何?」
少し。
迷っている顔。
「式」
「ほんまに」
「行ってええんやな?」
「うん」
「今さら?」
「いや」
「近づいてきたら」
「やっぱり」
「変な感じして」
「……」
私は。
少し。
笑った。
「無理しなくていいよ」
「いや」
夫が。
首を振る。
「行く」
「うん」
「子どもらも」
「来てほしいって」
「言っとるし」
「うん」
「それに」
少し。
遠くを見る。
「俺も」
「見届けたほうが」
「いい気がする」
「……」
「お前が」
「ちゃんと」
「次に行くところ」
胸が。
静かに。
揺れた。
「もう」
「次には」
「行ってるけどね」
「分かっとる」
夫が。
苦笑する。
「でも」
「式って」
「なんか」
「区切りみたいな」
「感じするやろ」
「……うん」
「俺にとっても」
「そうかもしれん」
私は。
何も。
言わなかった。
ただ。
頷いた。
◇◇◇
すると。
夫が。
少し。
言いにくそうに。
続ける。
「あと」
「何?」
「もし」
「俺」
「当日」
「泣いても」
「……」
「笑うなよ」
前にも。
言っていた。
私は。
思わず。
笑いそうになる。
「もう」
「今」
「笑ってるやん」
「だって」
「言い方が」
「美月」
「ごめん」
「謝るな」
二人で。
笑った。
そして。
私は。
ふと。
思う。
この人と。
こんなふうに。
話せる日が。
来るなんて。
一度目の人生では。
想像していなかった。
夫婦では。
なくなった。
でも。
敵でもない。
子どもたちの。
父親と母親。
今は。
その距離が。
一番。
心地いい。
◇◇◇
結婚式。
前日。
私は。
仕事を。
早めに。
終えてもらった。
家へ。
帰る。
明日の。
荷物を。
確認する。
靴。
アクセサリー。
必要なもの。
婚約指輪。
そして。
結婚指輪。
箱を。
開ける。
二つの。
リング。
明日。
陽向と。
交換する。
胸が。
速くなる。
「……明日」
本当に。
結婚式。
なんだ。
すでに。
夫婦なのに。
不思議。
そのとき。
インターホン。
「……誰?」
開く。
陽向。
「え!?」
「来た」
「何で!?」
「会いたくて」
「明日会うじゃん」
「明日まで」
「長い」
「一晩だよ」
「長い」
相変わらず。
◇◇◇
でも。
今日は。
家へ。
入れなかった。
「ごめん」
私は。
玄関先で。
言う。
「今日は」
「帰って」
「ええ!?」
「明日」
「ドレス」
「初めて見るんでしょ」
「うん」
「だったら」
少し。
笑う。
「今日は」
「会わないで」
「気分作りたい」
陽向が。
少し。
口を。
尖らせる。
「……寂しい」
「一日」
「一日でも」
「寂しい」
「三十四歳」
「関係ない」
私は。
笑った。
「じゃあ」
「少しだけ」
玄関の。
外。
二人。
並ぶ。
夜。
静かな。
廊下。
「陽向」
「何?」
「明日」
「うん」
「私」
「一人で」
「歩くから」
「……うん」
バージンロード。
その話は。
もう。
してある。
「誰かに」
「連れてきてもらうんじゃなくて」
「うん」
「自分で」
「陽向のところに」
「行く」
陽向が。
じっと。
私を見る。
「待ってる」
「うん」
「絶対」
「待ってる」
「逃げないでね」
「逃げるわけない!」
「ふふっ」
◇◇◇
少し。
沈黙。
そして。
陽向が。
言った。
「美月」
「何?」
「俺」
「今」
「めちゃくちゃ」
「幸せ」
胸が。
温かくなる。
「まだ」
「式」
「明日だけど?」
「関係ない」
「うん」
「だって」
陽向が。
笑う。
「美月が」
「明日」
「俺のところまで」
「歩いてきてくれるんだろ」
「……うん」
「それ」
「考えただけで」
目が。
少し。
潤んでいる。
「待って」
私は。
笑う。
「今から」
「泣かないでよ」
「無理かも」
「本番」
「絶対泣くじゃん」
「みんなにも」
「言われた」
「誰に!?」
「子どもたち」
「俺の扱い!」
私は。
笑った。
◇◇◇
「ねえ」
今度は。
私が。
言う。
「陽向」
「ん?」
「一つ」
「聞いていい?」
「何?」
「明日」
「私が」
「歩いてくるとき」
「何を」
「考えると思う?」
陽向が。
少し。
考える。
「……たぶん」
「うん」
「最初」
「ドレス綺麗」
「って」
「思う」
「うん」
「次」
少し。
照れる。
「美月だ」
「って」
「……」
胸が。
鳴った。
「顔は」
「紗良だけど」
「うん」
「でも」
「歩いてくるの」
「美月だから」
涙が。
滲みそうになる。
「そっか」
「うん」
「じゃあ」
私は。
笑う。
「私も」
「歩きながら」
「陽向だって」
「思う」
「……」
「最推しじゃなくて?」
「……」
少し。
考えるふり。
「半分くらい」
「美月!」
「冗談」
陽向が。
膨れる。
「夫として」
「見てよ」
「見る」
「ちゃんと?」
「ちゃんと」
「約束」
「うん」
◇◇◇
帰る前。
陽向が。
一歩。
近づく。
「キス」
「……」
私は。
少し。
笑う。
「今日は」
「なし」
「え!?」
「明日」
「式で」
「するでしょ」
「……」
陽向の。
顔が。
赤くなる。
「それ」
「人前」
「急に」
「恥ずかしくなってきた」
「今さら?」
「ASTERいるんだぞ」
「子どもたちも」
「……」
二人。
同時に。
固まる。
「子どもたちの前で」
「キス……」
私も。
顔が。
熱くなる。
「……軽くで」
「うん」
「軽く」
「絶対」
「ASTERに」
「いじられる」
「それは」
「諦めて」
「美月冷たい」
二人で。
笑う。
そして。
今日は。
キスの代わりに。
陽向が。
私の手を。
握った。
「じゃあ」
「明日」
「うん」
「待ってる」
「うん」
「おやすみ」
「おやすみ」
手が。
離れる。
陽向が。
数歩。
歩く。
でも。
また。
振り返る。
「美月!」
「何?」
「愛してる!」
「声!」
「ごめん!」
慌てて。
周りを見る。
私は。
笑った。
そして。
少しだけ。
声を。
落として。
返す。
「私も」
陽向の。
顔が。
嬉しそうに。
なる。
◇◇◇
その夜。
私は。
なかなか。
眠れなかった。
ベッドの中。
目を。
閉じる。
一度目の。
結婚。
五人の。
子どもたち。
事故。
病院。
陽向の。
腕の中。
鏡に。
映った。
知らない顔。
紗良の。
記憶。
子どもたちに。
会いたくて。
泣いた日。
陽向と。
喧嘩した日。
「好き」
と。
気づいた日。
初めて。
キスをした日。
星に。
「ママ」
と。
呼ばれた日。
五人全員が。
もう一度。
私を。
ママと。
呼んでくれた日。
前の夫へ。
妻には。
戻れないと。
言った日。
陽向に。
プロポーズされた日。
そして。
明日。
全部。
繋がっている。
一つも。
消さなくていい。
苦しかった日も。
幸せだった日も。
全部。
私の人生。
「……紗良」
ふと。
名前を。
呼んだ。
もう。
以前のように。
姿は。
見えない。
声も。
聞こえない。
でも。
この身体に。
残っている。
記憶も。
想いも。
私の中に。
ある。
「明日」
私は。
小さく。
言う。
「結婚するよ」
返事は。
ない。
でも。
なぜか。
胸の奥が。
少し。
温かかった。
◇◇◇
そして。
結婚式当日。
まだ。
朝の光が。
柔らかい時間。
私は。
控室の。
鏡の前に。
座っていた。
髪を。
整えてもらい。
メイクを。
してもらい。
最後。
ウェディングドレスを。
身につける。
カーテンが。
開く。
鏡の中。
白い。
ドレス。
一ノ瀬紗良の。
顔。
でも。
もう。
迷わない。
私は。
鏡の中の。
自分を見る。
そして。
小さく。
笑った。
「……高瀬美月」
三十四歳で。
一度。
人生を。
終えた。
五人の。
子どもたちの。
母親。
女優。
そして。
天城陽向の。
妻。
「今日」
胸へ。
手を。
当てる。
「結婚式を」
少し。
笑う。
「します」
その瞬間。
控室の。
ドアが。
ノックされた。
「ママ?」
星の声。
「入っていい?」
「うん」
扉が。
開く。
星が。
入ってくる。
私を。
見た。
そして。
完全に。
止まった。
「……」
「星?」
「……ママ」
「何?」
星の。
目に。
一気に。
涙が。
溜まる。
「綺麗」
胸が。
いっぱいになる。
「ありがとう」
「やばい」
星が。
笑いながら。
涙を拭く。
「私」
「もう泣いてる」
「まだ」
「式始まってないよ」
「ママも」
「泣いてるじゃん」
「……ほんとだ」
二人で。
笑った。
◇◇◇
そして。
廊下の向こう。
会場には。
ASTERの。
四人。
事務所の。
人たち。
神崎悠人。
五人の。
子どもたち。
そして。
少し。
緊張した顔で。
子どもたちの隣に。
座る。
前の夫。
みんなが。
待っている。
その先には。
天城陽向。
私が。
自分で。
選んだ人。
「ママ」
星が。
私の手を。
握る。
「行ける?」
私は。
一度。
深呼吸した。
怖くない。
と言えば。
嘘になる。
でも。
もう。
怖いからって。
立ち止まらない。
「うん」
私は。
星の手を。
一度。
握り返す。
そして。
離した。
「行ってくる」
星が。
笑う。
「うん」
「行ってらっしゃい」
チャペルの。
扉の前。
私は。
一人で。
立つ。
誰かに。
連れていってもらうためじゃない。
誰かに。
渡してもらうためでもない。
私が。
自分で。
選んだ未来へ。
歩いていくため。
音楽が。
始まる。
そして。
ゆっくり。
扉が。
開いた。
光の。
向こう。
バージンロードの。
一番先に。
陽向が。
立っている。
私を。
見た瞬間。
その顔が。
崩れた。
「……」
遠くても。
分かる。
泣いてる。
私は。
思わず。
笑った。
やっぱり。
そして。
一歩。
バージンロードへ。
足を。
踏み出した。
明日ではなく。
いつかでもなく。
今。
私は。
自分の足で。
幸せのほうへ。
歩き始めた。
あと三日。
なのに。
陽向は。
明らかに。
落ち着きがなかった。
「美月」
「何?」
「忘れ物ない?」
「まだ三日前だけど」
「指輪は?」
「当日持っていく」
「婚姻届は?」
「もう入籍したでしょ」
「そうだった!」
私は。
思わず。
笑った。
そう。
私たちは。
すでに。
夫婦になっている。
あの日。
私が。
一度目の人生を終え。
二度目の人生を。
始めた日。
その日に。
二人で。
婚姻届を。
出した。
戸籍に。
書かれた名前は。
高瀬美月では。
なかった。
それでも。
届を出す直前。
陽向は。
私を見て。
ちゃんと。
言った。
『美月』
『今日から』
『俺の奥さんになってください』
私は。
笑って。
答えた。
『はい』
紙に。
どんな名前が。
書かれていても。
あの日。
陽向と。
夫婦になったのは。
私。
高瀬美月。
だから。
結婚式は。
法律のためじゃない。
大切な人たちの前で。
私たちが。
これからを。
一緒に生きると。
伝える日。
「……陽向」
「何?」
「もう」
「夫なんだよね」
「……」
陽向が。
固まる。
「何?」
「もう一回」
「言わない」
「美月!」
「ふふっ」
まだ。
夫。
妻。
という言葉に。
二人とも。
慣れていない。
◇◇◇
一方。
結婚式の。
裏では。
ASTERの。
四人が。
何かを。
企んでいた。
「これ」
「絶対泣くよな」
「陽向は泣く」
「美月さんも」
「たぶん泣く」
「てか」
「俺らが」
「先に泣きそう」
会議室。
テーブルの上。
大量の。
写真。
動画。
メッセージ。
陽向の。
アイドルとしての。
十年以上。
デビュー前。
初ライブ。
初めての。
大きな会場。
五人で。
泣いた日。
笑った日。
失敗した日。
そして。
最近の。
陽向。
そこへ。
星から。
提供された。
美月の。
昔の写真が。
少しだけ。
加わっていた。
もちろん。
子どもたちの。
顔や。
家族の。
個人的な情報は。
式の中だけ。
外には。
絶対に。
出さない。
その約束で。
「これ」
一人が。
一枚の写真を。
持ち上げる。
「美月さん」
「ASTERのライブグッズ」
「持ってる?」
星が。
笑う。
「はい」
「これ」
「ママです」
そこには。
まだ。
高瀬美月だった頃の。
美月。
ASTERの。
ライブグッズを。
手にして。
笑っている。
陽向の。
メンバーカラー。
ピンク。
「……」
四人が。
黙る。
「これ」
「陽向に見せたら」
「終わるな」
「確実に」
星が。
少し笑った。
「ママも」
「たぶん泣きます」
「じゃあ採用」
「早い」
◇◇◇
サプライズは。
映像。
だけでは。
なかった。
「歌」
一人が。
言う。
「やっぱ」
「やる?」
「やるでしょ」
「披露宴で」
「ASTER四人だけ?」
「いや」
「陽向も」
「最後」
「引っ張り込む」
「新郎を?」
「絶対」
「嫌がる」
「でも」
「歌う」
全員。
分かっている。
陽向は。
嫌だと言いながら。
最終的には。
絶対。
歌う。
「曲は?」
一人が。
候補を。
出す。
陽向と。
美月が。
昔から。
好きだった。
ASTERの。
バラード。
あの日。
プロポーズの。
カラオケで。
陽向が。
美月一人のために。
歌った曲。
「これ」
「いいじゃん」
「でも」
星が。
少し。
驚く。
「ママ」
「この曲」
「すごく好きです」
四人が。
にやっとする。
「じゃあ」
「決まり」
◇◇◇
そして。
もう一人。
披露宴の。
招待客で。
妙に。
楽しそうな人が。
いた。
神崎悠人。
「天城さん」
撮影の。
休憩中。
神崎が。
私へ。
聞いた。
「結婚式」
「緊張してる?」
「私に聞くんですか?」
「だって」
「天城さん」
「絶対」
「今頃」
「一人で」
「緊張してそう」
想像して。
笑ってしまう。
「してると思います」
「やっぱり」
神崎が。
コーヒーを。
飲む。
「でも」
「結婚式で」
「俺」
「ちゃんと」
「呼んでもらえるんだね」
「呼びましたよ」
「天城さん」
「嫌がらなかった?」
「ちょっと」
「やっぱり」
「でも」
私は。
笑う。
「私が」
「来てほしいって」
「言ったから」
「……」
神崎が。
少し。
目を細める。
「変わったね」
「またそれ」
「だって」
「昔だったら」
「天城さんが」
「嫌がるかもって」
「呼ばなかったでしょ」
「……」
図星。
「今は?」
私は。
少し。
考える。
「陽向の気持ちは」
「聞く」
「うん」
「でも」
「私が」
「呼びたい人も」
「ちゃんと」
「言う」
神崎が。
笑った。
「いいね」
「ありがとうございます」
「じゃあ」
少し。
いたずらっぽい顔。
「当日」
「天城さんに」
「美月さんを」
「よろしく」
「って」
「言おうかな」
「やめてください」
「何で?」
「絶対」
「変な顔するから」
「見たい」
「神崎さん」
「はい」
「楽しんでますよね?」
「ちょっと」
「もう」
◇◇◇
結婚式。
二日前。
私は。
子どもたちと。
会った。
すると。
一番小さい子が。
大きな紙袋を。
抱えている。
「ママ!」
「何それ?」
「ないしょ!」
「見えてるけど」
「でもないしょ!」
ほかの子たちも。
何か。
隠している。
「……みんな」
「何かしてる?」
「してない」
「絶対してる」
星だけが。
妙に。
平然としている。
「ママ」
「何?」
「当日まで」
「聞かないで」
「……」
最近。
それ。
多い。
陽向と星が。
プロポーズを。
企んでいたときも。
そうだった。
「分かった」
私は。
笑う。
「待つ」
一人が。
少し。
驚く。
「聞かんの?」
「気になるよ」
「じゃあ聞けば?」
「でも」
私は。
みんなを見る。
「みんなが」
「当日にしたいなら」
「待つ」
星が。
少し。
嬉しそうに。
笑う。
「ママ」
「ほんと」
「待てるようになったね」
「それ」
「褒めてる?」
「褒めてる」
◇◇◇
少しして。
一人が。
私へ。
聞いた。
「ママ」
「何?」
「結婚式」
「緊張する?」
「する」
「なんで?」
「みんなの前で」
「陽向と」
「結婚しますって」
「言うんだよ?」
「もう結婚したんやろ?」
「そうだけど」
「じゃあ」
「同じやん」
「違うの」
一番小さい子が。
首を傾げる。
「ママ」
「何?」
「ドレス」
「おひめさま?」
「たぶん」
「みたい!」
「当日ね」
「ひなた」
「泣く?」
星が。
吹き出す。
「絶対泣く」
「僕もそう思う」
「俺も」
全員。
意見一致。
「そんなに?」
私は。
笑う。
星が。
真顔で。
言う。
「ママ」
「陽向くん」
「ドレス姿」
「まだ見てないんでしょ?」
「うん」
「じゃあ」
「絶対」
「泣く」
「そこまで?」
「泣く」
もう。
誰も。
疑っていない。
◇◇◇
その帰り。
前の夫が。
私を。
呼び止めた。
「美月」
「何?」
少し。
迷っている顔。
「式」
「ほんまに」
「行ってええんやな?」
「うん」
「今さら?」
「いや」
「近づいてきたら」
「やっぱり」
「変な感じして」
「……」
私は。
少し。
笑った。
「無理しなくていいよ」
「いや」
夫が。
首を振る。
「行く」
「うん」
「子どもらも」
「来てほしいって」
「言っとるし」
「うん」
「それに」
少し。
遠くを見る。
「俺も」
「見届けたほうが」
「いい気がする」
「……」
「お前が」
「ちゃんと」
「次に行くところ」
胸が。
静かに。
揺れた。
「もう」
「次には」
「行ってるけどね」
「分かっとる」
夫が。
苦笑する。
「でも」
「式って」
「なんか」
「区切りみたいな」
「感じするやろ」
「……うん」
「俺にとっても」
「そうかもしれん」
私は。
何も。
言わなかった。
ただ。
頷いた。
◇◇◇
すると。
夫が。
少し。
言いにくそうに。
続ける。
「あと」
「何?」
「もし」
「俺」
「当日」
「泣いても」
「……」
「笑うなよ」
前にも。
言っていた。
私は。
思わず。
笑いそうになる。
「もう」
「今」
「笑ってるやん」
「だって」
「言い方が」
「美月」
「ごめん」
「謝るな」
二人で。
笑った。
そして。
私は。
ふと。
思う。
この人と。
こんなふうに。
話せる日が。
来るなんて。
一度目の人生では。
想像していなかった。
夫婦では。
なくなった。
でも。
敵でもない。
子どもたちの。
父親と母親。
今は。
その距離が。
一番。
心地いい。
◇◇◇
結婚式。
前日。
私は。
仕事を。
早めに。
終えてもらった。
家へ。
帰る。
明日の。
荷物を。
確認する。
靴。
アクセサリー。
必要なもの。
婚約指輪。
そして。
結婚指輪。
箱を。
開ける。
二つの。
リング。
明日。
陽向と。
交換する。
胸が。
速くなる。
「……明日」
本当に。
結婚式。
なんだ。
すでに。
夫婦なのに。
不思議。
そのとき。
インターホン。
「……誰?」
開く。
陽向。
「え!?」
「来た」
「何で!?」
「会いたくて」
「明日会うじゃん」
「明日まで」
「長い」
「一晩だよ」
「長い」
相変わらず。
◇◇◇
でも。
今日は。
家へ。
入れなかった。
「ごめん」
私は。
玄関先で。
言う。
「今日は」
「帰って」
「ええ!?」
「明日」
「ドレス」
「初めて見るんでしょ」
「うん」
「だったら」
少し。
笑う。
「今日は」
「会わないで」
「気分作りたい」
陽向が。
少し。
口を。
尖らせる。
「……寂しい」
「一日」
「一日でも」
「寂しい」
「三十四歳」
「関係ない」
私は。
笑った。
「じゃあ」
「少しだけ」
玄関の。
外。
二人。
並ぶ。
夜。
静かな。
廊下。
「陽向」
「何?」
「明日」
「うん」
「私」
「一人で」
「歩くから」
「……うん」
バージンロード。
その話は。
もう。
してある。
「誰かに」
「連れてきてもらうんじゃなくて」
「うん」
「自分で」
「陽向のところに」
「行く」
陽向が。
じっと。
私を見る。
「待ってる」
「うん」
「絶対」
「待ってる」
「逃げないでね」
「逃げるわけない!」
「ふふっ」
◇◇◇
少し。
沈黙。
そして。
陽向が。
言った。
「美月」
「何?」
「俺」
「今」
「めちゃくちゃ」
「幸せ」
胸が。
温かくなる。
「まだ」
「式」
「明日だけど?」
「関係ない」
「うん」
「だって」
陽向が。
笑う。
「美月が」
「明日」
「俺のところまで」
「歩いてきてくれるんだろ」
「……うん」
「それ」
「考えただけで」
目が。
少し。
潤んでいる。
「待って」
私は。
笑う。
「今から」
「泣かないでよ」
「無理かも」
「本番」
「絶対泣くじゃん」
「みんなにも」
「言われた」
「誰に!?」
「子どもたち」
「俺の扱い!」
私は。
笑った。
◇◇◇
「ねえ」
今度は。
私が。
言う。
「陽向」
「ん?」
「一つ」
「聞いていい?」
「何?」
「明日」
「私が」
「歩いてくるとき」
「何を」
「考えると思う?」
陽向が。
少し。
考える。
「……たぶん」
「うん」
「最初」
「ドレス綺麗」
「って」
「思う」
「うん」
「次」
少し。
照れる。
「美月だ」
「って」
「……」
胸が。
鳴った。
「顔は」
「紗良だけど」
「うん」
「でも」
「歩いてくるの」
「美月だから」
涙が。
滲みそうになる。
「そっか」
「うん」
「じゃあ」
私は。
笑う。
「私も」
「歩きながら」
「陽向だって」
「思う」
「……」
「最推しじゃなくて?」
「……」
少し。
考えるふり。
「半分くらい」
「美月!」
「冗談」
陽向が。
膨れる。
「夫として」
「見てよ」
「見る」
「ちゃんと?」
「ちゃんと」
「約束」
「うん」
◇◇◇
帰る前。
陽向が。
一歩。
近づく。
「キス」
「……」
私は。
少し。
笑う。
「今日は」
「なし」
「え!?」
「明日」
「式で」
「するでしょ」
「……」
陽向の。
顔が。
赤くなる。
「それ」
「人前」
「急に」
「恥ずかしくなってきた」
「今さら?」
「ASTERいるんだぞ」
「子どもたちも」
「……」
二人。
同時に。
固まる。
「子どもたちの前で」
「キス……」
私も。
顔が。
熱くなる。
「……軽くで」
「うん」
「軽く」
「絶対」
「ASTERに」
「いじられる」
「それは」
「諦めて」
「美月冷たい」
二人で。
笑う。
そして。
今日は。
キスの代わりに。
陽向が。
私の手を。
握った。
「じゃあ」
「明日」
「うん」
「待ってる」
「うん」
「おやすみ」
「おやすみ」
手が。
離れる。
陽向が。
数歩。
歩く。
でも。
また。
振り返る。
「美月!」
「何?」
「愛してる!」
「声!」
「ごめん!」
慌てて。
周りを見る。
私は。
笑った。
そして。
少しだけ。
声を。
落として。
返す。
「私も」
陽向の。
顔が。
嬉しそうに。
なる。
◇◇◇
その夜。
私は。
なかなか。
眠れなかった。
ベッドの中。
目を。
閉じる。
一度目の。
結婚。
五人の。
子どもたち。
事故。
病院。
陽向の。
腕の中。
鏡に。
映った。
知らない顔。
紗良の。
記憶。
子どもたちに。
会いたくて。
泣いた日。
陽向と。
喧嘩した日。
「好き」
と。
気づいた日。
初めて。
キスをした日。
星に。
「ママ」
と。
呼ばれた日。
五人全員が。
もう一度。
私を。
ママと。
呼んでくれた日。
前の夫へ。
妻には。
戻れないと。
言った日。
陽向に。
プロポーズされた日。
そして。
明日。
全部。
繋がっている。
一つも。
消さなくていい。
苦しかった日も。
幸せだった日も。
全部。
私の人生。
「……紗良」
ふと。
名前を。
呼んだ。
もう。
以前のように。
姿は。
見えない。
声も。
聞こえない。
でも。
この身体に。
残っている。
記憶も。
想いも。
私の中に。
ある。
「明日」
私は。
小さく。
言う。
「結婚するよ」
返事は。
ない。
でも。
なぜか。
胸の奥が。
少し。
温かかった。
◇◇◇
そして。
結婚式当日。
まだ。
朝の光が。
柔らかい時間。
私は。
控室の。
鏡の前に。
座っていた。
髪を。
整えてもらい。
メイクを。
してもらい。
最後。
ウェディングドレスを。
身につける。
カーテンが。
開く。
鏡の中。
白い。
ドレス。
一ノ瀬紗良の。
顔。
でも。
もう。
迷わない。
私は。
鏡の中の。
自分を見る。
そして。
小さく。
笑った。
「……高瀬美月」
三十四歳で。
一度。
人生を。
終えた。
五人の。
子どもたちの。
母親。
女優。
そして。
天城陽向の。
妻。
「今日」
胸へ。
手を。
当てる。
「結婚式を」
少し。
笑う。
「します」
その瞬間。
控室の。
ドアが。
ノックされた。
「ママ?」
星の声。
「入っていい?」
「うん」
扉が。
開く。
星が。
入ってくる。
私を。
見た。
そして。
完全に。
止まった。
「……」
「星?」
「……ママ」
「何?」
星の。
目に。
一気に。
涙が。
溜まる。
「綺麗」
胸が。
いっぱいになる。
「ありがとう」
「やばい」
星が。
笑いながら。
涙を拭く。
「私」
「もう泣いてる」
「まだ」
「式始まってないよ」
「ママも」
「泣いてるじゃん」
「……ほんとだ」
二人で。
笑った。
◇◇◇
そして。
廊下の向こう。
会場には。
ASTERの。
四人。
事務所の。
人たち。
神崎悠人。
五人の。
子どもたち。
そして。
少し。
緊張した顔で。
子どもたちの隣に。
座る。
前の夫。
みんなが。
待っている。
その先には。
天城陽向。
私が。
自分で。
選んだ人。
「ママ」
星が。
私の手を。
握る。
「行ける?」
私は。
一度。
深呼吸した。
怖くない。
と言えば。
嘘になる。
でも。
もう。
怖いからって。
立ち止まらない。
「うん」
私は。
星の手を。
一度。
握り返す。
そして。
離した。
「行ってくる」
星が。
笑う。
「うん」
「行ってらっしゃい」
チャペルの。
扉の前。
私は。
一人で。
立つ。
誰かに。
連れていってもらうためじゃない。
誰かに。
渡してもらうためでもない。
私が。
自分で。
選んだ未来へ。
歩いていくため。
音楽が。
始まる。
そして。
ゆっくり。
扉が。
開いた。
光の。
向こう。
バージンロードの。
一番先に。
陽向が。
立っている。
私を。
見た瞬間。
その顔が。
崩れた。
「……」
遠くても。
分かる。
泣いてる。
私は。
思わず。
笑った。
やっぱり。
そして。
一歩。
バージンロードへ。
足を。
踏み出した。
明日ではなく。
いつかでもなく。
今。
私は。
自分の足で。
幸せのほうへ。
歩き始めた。



