「私と紗良が」
「事故に遭った日」
部屋が。
静かになった。
担当者も。
陽向のマネージャーも。
何も言わない。
陽向だけが。
私を。
じっと見ている。
あの日。
私は。
死んだ。
少なくとも。
高瀬美月という人間は。
世間では。
あの日。
人生を終えた。
そして。
一ノ瀬紗良も。
あの日。
大きな事故に遭った。
もし。
あの事故が。
なかったら。
私は。
今。
ここにはいない。
陽向の。
隣にも。
いない。
だから。
私にとって。
あの日は。
死んだ日で。
生まれ直した日。
でも。
「……美月」
陽向が。
静かに。
呼ぶ。
「本当に」
「その日でいい?」
「うん」
私は。
すぐには。
笑わなかった。
ちゃんと。
考える。
「正直」
「今まで」
「あの日が来るの」
「怖かった」
「……うん」
「子どもたちと」
「離れた日だから」
胸が。
少し。
痛む。
「私の身体が」
「なくなった日で」
「みんなが」
「ママを失った日」
「……」
「紗良にとっても」
「事故に遭った日」
「うん」
「だから」
私は。
膝の上で。
手を握る。
「ずっと」
「悲しい日として」
「残ると思ってた」
陽向は。
黙って。
聞いている。
「でも」
私は。
顔を上げた。
「悲しかったことを」
「消したいわけじゃない」
「……」
「子どもたちが」
「泣いたことも」
「前の夫が」
「苦しかったことも」
「私が」
「会いたくて」
「泣いたことも」
「全部」
「本当だから」
「うん」
「でも」
少し。
笑う。
「その日に」
「もう一個」
「思い出を」
「増やしても」
「いいんじゃないかなって」
陽向の。
目が。
少し。
揺れた。
「美月」
「うん」
「それって」
「俺との結婚を」
少し。
声を。
詰まらせる。
「美月が」
「生き直した日の」
「続きにしてくれるってこと?」
胸が。
温かくなった。
私は。
頷いた。
「そうしたい」
◇◇◇
陽向は。
しばらく。
何も言わなかった。
そして。
突然。
両手で。
顔を覆った。
「……無理」
「何が?」
「泣く」
「今?」
「今」
マネージャーが。
ため息をつく。
「まだ」
「入籍日決めただけだぞ」
「分かってます!」
「じゃあ泣くな」
「無理です!」
私は。
思わず。
笑った。
でも。
私も。
少し。
泣きそうだった。
「じゃあ」
担当者が。
確認する。
「お二人の希望としては」
「事故の日を」
「入籍日にしたい」
「ということで」
「はい」
私は。
答えた。
陽向も。
「はい」
と。
続く。
「ただ」
担当者が。
資料を見る。
「その日は」
「今年ですと」
「平日ですね」
「平日?」
陽向が。
聞く。
「仕事」
「ある?」
「現時点では」
「調整可能です」
「でも」
私は。
言った。
「仕事」
「無理に」
「休まなくても」
「いいんじゃない?」
陽向が。
私を見る。
「え?」
「婚姻届」
「出したあと」
「普通に」
「仕事しても」
「いいかなって」
「……」
陽向。
少し。
呆然。
「美月」
「何?」
「結婚した日に」
「仕事行くの?」
「だって」
「予定入ってたら」
「行くでしょ」
「俺」
陽向が。
ものすごく。
真剣な顔。
「その日くらい」
「一日」
「美月といたい」
「……」
「ダメ?」
その言い方。
ずるい。
「……ダメじゃない」
「じゃあ休もう」
「即決」
「そこは!」
担当者たちが。
少し。
笑った。
◇◇◇
会議が。
終わって。
二人で。
外へ出る。
エレベーターの中。
陽向が。
私の手を。
握った。
「美月」
「何?」
「本当に」
「ありがとう」
「何が?」
「あの日」
「選んでくれて」
「……」
私は。
少し。
考える。
「陽向は」
「嫌じゃない?」
「何が?」
「あの日」
「紗良の事故の日でも」
「あるから」
陽向の。
表情が。
少し。
変わった。
紗良。
陽向の。
幼い頃からの。
大切な人。
恋愛では。
なかった。
でも。
人生の。
大きな一部。
「嫌じゃない」
陽向は。
ゆっくり。
答えた。
「俺にとっても」
「あの日は」
「紗良を」
「失った日だから」
「……うん」
「でも」
「同時に」
私を見る。
「美月に」
「会った日」
胸が。
鳴った。
「最初は」
「紗良だと思ったけど」
「うん」
「それでも」
少し。
笑う。
「あの日」
「美月が」
「俺の前に」
「来た」
「……」
「だから」
陽向が。
私の手を。
少し。
強く握る。
「悲しい日だけに」
「しなくていい」
私は。
頷いた。
「うん」
◇◇◇
その日の夜。
私は。
星へ。
電話をした。
『もしもし?』
「星」
『何?』
「入籍の日」
『決まったの!?』
声が。
一気に。
大きくなる。
「候補だけど」
『いつ?』
私は。
少し。
息を吸った。
「あの日」
『……』
電話の向こうが。
静かになる。
「ママが」
「事故に遭った日」
しばらく。
返事が。
なかった。
「星?」
『……なんで?』
責める声では。
ない。
ただ。
驚いている。
「悲しい日だから」
『うん』
「だから」
私は。
ゆっくり。
話した。
「悲しいことを」
「忘れるためじゃなくて」
「その日に」
「違う思い出も」
「増やしたいの」
『……』
「ママにとって」
「あの日は」
「みんなと」
「離れた日」
「……うん」
「でも」
「陽向に」
「出会った日でもある」
『うん』
「二度目の人生が」
「始まった日」
少し。
間。
「だから」
「今度は」
「陽向と」
「新しい人生を」
「始める日に」
「したいなって」
星が。
小さく。
息を吐いた。
『……ママ』
「何?」
『私』
少し。
声が。
震える。
『あの日』
『嫌いだった』
胸が。
痛む。
「うん」
『毎年』
『あの日が来ると』
『ママが死んだ日って』
『思ってた』
「……うん」
『だから』
少し。
鼻を。
すする音。
『その日が』
『ママの結婚記念日に』
『なるの』
「……」
私は。
黙って。
待つ。
『最初』
『変って思った』
「うん」
『でも』
星が。
少し。
笑った。
『来年から』
『ママが死んだ日だけじゃ』
『なくなるんだね』
涙が。
滲んだ。
「うん」
『ママが』
『幸せになるって』
『決めた日にも』
『なるんだ』
「……うん」
『じゃあ』
明るい。
声になる。
『いいと思う』
「本当?」
『うん』
『私』
『その日のこと』
『少しだけ』
『嫌いじゃなくなれるかも』
涙が。
頬を。
流れた。
「星」
『何?』
「ありがとう」
『ママが決めたんでしょ』
「うん」
『じゃあ』
少し。
いたずらっぽい。
声。
『陽向くんにも』
『ちゃんと』
『毎年覚えさせないとね』
「絶対」
「忘れないと思う」
『確かに』
二人で。
笑った。
◇◇◇
その数日後。
子どもたちにも。
伝えた。
全員。
揃っている日に。
「ママ」
「結婚する日」
「決めたの?」
「うん」
一人が。
聞く。
「いつ?」
私は。
日付を。
伝えた。
少し。
大きい子たちは。
すぐに。
意味に。
気づいた。
「……それ」
「うん」
「ママが」
「死んだ日?」
一番小さい子が。
不思議そうに。
私を見る。
「ママ」
「死んだの?」
「……」
説明。
難しい。
星が。
横から。
「前のママの身体が」
「いなくなった日」
と。
優しく言う。
一番小さい子は。
少し。
考える。
「でも」
「ママいるよ?」
「うん」
私は。
笑った。
「いるよ」
「じゃあ」
「死んでない?」
「……」
みんなが。
少し。
困った顔。
私は。
その子の。
頭を撫でる。
「ママね」
「一回」
「すごく遠くに」
「行っちゃったの」
「うん」
「でも」
「戻ってきた」
「うん」
「それで」
「その日に」
「陽向と」
「結婚することにした」
「なんで?」
「新しく」
「始める日に」
「したいから」
一番小さい子。
少し。
考える。
そして。
「じゃあ」
「おたんじょうび?」
「え?」
「ママの」
「新しいおたんじょうび」
部屋が。
静かになった。
私は。
目を。
見開く。
星も。
夫も。
ほかの子たちも。
その子を見る。
「……そうかも」
私は。
笑った。
「二回目の」
「お誕生日みたいな日」
一番小さい子が。
嬉しそうに。
「じゃあケーキ!」
「結局それ?」
みんなが。
笑った。
でも。
私の胸には。
その言葉が。
残った。
新しい。
誕生日。
死んだ日。
じゃなく。
もう一度。
生き始めた日。
子どもの。
何気ない。
言葉が。
あの日の意味を。
少しだけ。
変えてくれた。
◇◇◇
そのあと。
前の夫と。
二人になる。
「……ほんまに」
夫が。
言った。
「あの日に」
「するんやな」
「うん」
「しんどくない?」
「少しは」
「……」
「でも」
私は。
子どもたちが。
遊ぶ姿を見る。
「あの日を」
「なかったことには」
「できないし」
「うん」
「だったら」
「悲しいだけの」
「日にしなくても」
「いいかなって」
夫は。
しばらく。
黙っていた。
そして。
「俺」
「毎年」
「あの日」
「仕事してても」
「時間」
「思い出してた」
胸が。
少し。
痛くなる。
「事故の連絡」
「来た時間とか」
「病院行った時間とか」
「……」
「全部」
「うん」
「今年から」
夫が。
少し。
苦笑する。
「天城さんとの」
「結婚記念日でも」
「あるんやな」
「……うん」
「変な感じ」
「私も」
二人。
少し。
笑う。
「でも」
夫が。
子どもたちを見る。
「ええんちゃう」
「……」
「あの日が」
「こいつらにとっても」
「ちょっとでも」
「違う日になるなら」
私は。
ゆっくり。
頷いた。
「ありがとう」
◇◇◇
そして。
入籍日を。
決めたことで。
次の話が。
一気に。
現実味を。
増した。
「式」
陽向が。
私の部屋で。
突然。
言った。
「……何?」
「結婚式」
「うん」
「したい?」
私は。
少し。
止まった。
結婚式。
白い。
ウェディングドレス。
たくさんの。
招待客。
誓い。
指輪。
「……分かんない」
「え?」
「前に」
「結婚したときも」
「式」
「してるから」
陽向が。
少し。
複雑そうに。
なる。
「そっか」
「うん」
「だから」
「二回目って」
「変じゃないかなって」
陽向の。
眉が。
寄った。
「何が?」
「だって」
「私」
「一回」
「結婚式してるし」
「美月」
「うん」
「俺は」
陽向が。
自分を。
指差す。
「初めて」
「……」
「俺」
「美月と」
「結婚式したい」
真っ直ぐ。
言われる。
胸が。
鳴った。
「でも」
「二回目とか」
「関係なくない?」
「……」
「前の結婚式を」
「消すわけじゃない」
「うん」
「俺との結婚は」
「俺との」
「新しい結婚だし」
「……」
「それに」
少し。
照れながら。
「俺」
「ウェディングドレスの」
「美月見たい」
「そこ?」
「めちゃくちゃ大事」
思わず。
笑った。
◇◇◇
「もし」
陽向が。
続ける。
「式するなら」
「誰呼びたい?」
私は。
考える。
「星たち」
「うん」
「五人とも」
「絶対」
「ASTERのみんな」
「うん」
「事務所の人」
「うん」
「ドラマの」
「お世話になった人も」
「神崎さん?」
陽向の。
声が。
一段。
低くなる。
私は。
笑った。
「呼んだらダメ?」
「ダメじゃない」
「顔」
「ダメって言ってる」
「言ってない!」
「じゃあ呼ぶ」
「……はい」
陽向が。
少し。
拗ねる。
「結婚式で」
「嫉妬しないでよ」
「努力します」
「まだ努力なんだ」
「神崎さんは」
「別枠」
「何の?」
「警戒対象」
「もう!」
二人で。
笑う。
そして。
私は。
少し。
言いにくそうに。
続けた。
「あと」
「うん」
「前の夫」
陽向の。
表情が。
少し。
変わる。
「……呼びたい?」
「分からない」
私は。
正直に。
言った。
「呼んだら」
「気まずいかなとも」
「思うし」
「うん」
「でも」
「子どもたちを」
「連れてきてもらうことも」
「あるかもしれない」
「うん」
「それに」
私は。
少し。
考える。
「私の人生の」
「大事な部分だった人だから」
「……」
「完全に」
「いなかったことにして」
「式をするのも」
「違う気がする」
陽向は。
少し。
黙った。
私は。
すぐに。
言う。
「でも」
「陽向が」
「嫌なら」
「美月」
止められる。
「俺が」
「嫌かどうかで」
「決めなくていい」
「……」
「まず」
「美月は」
「どうしたい?」
また。
その質問。
私は。
少し。
考える。
「選べるように」
「しておきたい」
「……」
「来るか」
「来ないかは」
「本人が」
「決められるように」
「招待は」
「したいかも」
陽向が。
ゆっくり。
頷いた。
「じゃあ」
「そうしよう」
「いいの?」
「うん」
少し。
苦笑する。
「たぶん」
「変な気持ちは」
「するけど」
「……」
「でも」
「美月の過去を」
「全部」
「俺だけのものに」
「塗り替えたいわけじゃないから」
胸が。
熱くなる。
「陽向」
「何?」
「ありがとう」
「うん」
「でも」
「?」
「神崎さんの席」
「俺から遠くして」
「まだ言う!?」
◇◇◇
それから。
結婚式について。
少しずつ。
話すようになった。
派手な。
芸能人らしい。
大きな式?
それとも。
身近な人だけの。
小さな式?
「俺」
陽向が。
言う。
「豪華さより」
「美月が」
「誰と」
「一緒にいたいか」
「大事だと思う」
「うん」
「だから」
「人数」
「そんな多くなくていい」
「私も」
「そう思う」
「じゃあ」
陽向が。
ノートへ。
書く。
『家族と大切な人たち』
その文字を。
私は。
じっと見た。
家族。
昔。
その言葉は。
私にとって。
守らなきゃ。
頑張らなきゃ。
我慢しなきゃ。
そんな。
責任と。
一緒に。
あった。
今は。
少し。
違う。
子どもたち。
陽向。
星。
ASTER。
私を。
支えてくれた。
人たち。
家族って。
一つの形じゃない。
血が。
繋がっている人。
昔。
夫婦だった人。
一緒に。
夢を追う仲間。
これから。
夫婦になる人。
全部。
同じ形じゃなくていい。
それぞれが。
違う場所に。
いていい。
◇◇◇
「美月」
陽向が。
ノートから。
顔を上げる。
「何?」
「式」
「する?」
私は。
少し。
考えた。
一度目の。
結婚式。
あの日の私も。
幸せだった。
それを。
否定しない。
でも。
今。
目の前にいる。
陽向と。
新しい。
誓いを。
交わしたい。
五人の子どもたちにも。
見てほしい。
私が。
母親であることを。
やめるんじゃなく。
そのまま。
新しい幸せを。
選ぶ姿を。
そして。
陽向の。
大切な人たちにも。
伝えたい。
この人と。
これから。
生きていきます。
「……したい」
陽向の。
目が。
大きくなる。
「本当?」
「うん」
私は。
笑った。
「結婚式」
「したい」
次の瞬間。
陽向が。
ものすごく。
嬉しそうに。
笑った。
「よっしゃ!」
「声大きい」
「だって!」
「ウェディングドレス!」
「そこから離れて」
「無理!」
私は。
笑った。
◇◇◇
そして。
私たちは。
まだ。
知らなかった。
この。
小さな。
結婚式の計画が。
ASTERのメンバー。
五人の子どもたち。
事務所の人たち。
神崎悠人。
そして。
来るかどうか。
最後まで。
迷うことになる。
前の夫まで。
それぞれの。
想いを。
少しずつ。
動かしていくことを。
入籍の日まで。
あと少し。
そして。
その先には。
私が。
もう一度。
ウェディングドレスを着て。
今度は。
誰かに。
連れていかれるのではなく。
自分の足で。
陽向のもとへ。
歩いていく日が。
待っていた。
「事故に遭った日」
部屋が。
静かになった。
担当者も。
陽向のマネージャーも。
何も言わない。
陽向だけが。
私を。
じっと見ている。
あの日。
私は。
死んだ。
少なくとも。
高瀬美月という人間は。
世間では。
あの日。
人生を終えた。
そして。
一ノ瀬紗良も。
あの日。
大きな事故に遭った。
もし。
あの事故が。
なかったら。
私は。
今。
ここにはいない。
陽向の。
隣にも。
いない。
だから。
私にとって。
あの日は。
死んだ日で。
生まれ直した日。
でも。
「……美月」
陽向が。
静かに。
呼ぶ。
「本当に」
「その日でいい?」
「うん」
私は。
すぐには。
笑わなかった。
ちゃんと。
考える。
「正直」
「今まで」
「あの日が来るの」
「怖かった」
「……うん」
「子どもたちと」
「離れた日だから」
胸が。
少し。
痛む。
「私の身体が」
「なくなった日で」
「みんなが」
「ママを失った日」
「……」
「紗良にとっても」
「事故に遭った日」
「うん」
「だから」
私は。
膝の上で。
手を握る。
「ずっと」
「悲しい日として」
「残ると思ってた」
陽向は。
黙って。
聞いている。
「でも」
私は。
顔を上げた。
「悲しかったことを」
「消したいわけじゃない」
「……」
「子どもたちが」
「泣いたことも」
「前の夫が」
「苦しかったことも」
「私が」
「会いたくて」
「泣いたことも」
「全部」
「本当だから」
「うん」
「でも」
少し。
笑う。
「その日に」
「もう一個」
「思い出を」
「増やしても」
「いいんじゃないかなって」
陽向の。
目が。
少し。
揺れた。
「美月」
「うん」
「それって」
「俺との結婚を」
少し。
声を。
詰まらせる。
「美月が」
「生き直した日の」
「続きにしてくれるってこと?」
胸が。
温かくなった。
私は。
頷いた。
「そうしたい」
◇◇◇
陽向は。
しばらく。
何も言わなかった。
そして。
突然。
両手で。
顔を覆った。
「……無理」
「何が?」
「泣く」
「今?」
「今」
マネージャーが。
ため息をつく。
「まだ」
「入籍日決めただけだぞ」
「分かってます!」
「じゃあ泣くな」
「無理です!」
私は。
思わず。
笑った。
でも。
私も。
少し。
泣きそうだった。
「じゃあ」
担当者が。
確認する。
「お二人の希望としては」
「事故の日を」
「入籍日にしたい」
「ということで」
「はい」
私は。
答えた。
陽向も。
「はい」
と。
続く。
「ただ」
担当者が。
資料を見る。
「その日は」
「今年ですと」
「平日ですね」
「平日?」
陽向が。
聞く。
「仕事」
「ある?」
「現時点では」
「調整可能です」
「でも」
私は。
言った。
「仕事」
「無理に」
「休まなくても」
「いいんじゃない?」
陽向が。
私を見る。
「え?」
「婚姻届」
「出したあと」
「普通に」
「仕事しても」
「いいかなって」
「……」
陽向。
少し。
呆然。
「美月」
「何?」
「結婚した日に」
「仕事行くの?」
「だって」
「予定入ってたら」
「行くでしょ」
「俺」
陽向が。
ものすごく。
真剣な顔。
「その日くらい」
「一日」
「美月といたい」
「……」
「ダメ?」
その言い方。
ずるい。
「……ダメじゃない」
「じゃあ休もう」
「即決」
「そこは!」
担当者たちが。
少し。
笑った。
◇◇◇
会議が。
終わって。
二人で。
外へ出る。
エレベーターの中。
陽向が。
私の手を。
握った。
「美月」
「何?」
「本当に」
「ありがとう」
「何が?」
「あの日」
「選んでくれて」
「……」
私は。
少し。
考える。
「陽向は」
「嫌じゃない?」
「何が?」
「あの日」
「紗良の事故の日でも」
「あるから」
陽向の。
表情が。
少し。
変わった。
紗良。
陽向の。
幼い頃からの。
大切な人。
恋愛では。
なかった。
でも。
人生の。
大きな一部。
「嫌じゃない」
陽向は。
ゆっくり。
答えた。
「俺にとっても」
「あの日は」
「紗良を」
「失った日だから」
「……うん」
「でも」
「同時に」
私を見る。
「美月に」
「会った日」
胸が。
鳴った。
「最初は」
「紗良だと思ったけど」
「うん」
「それでも」
少し。
笑う。
「あの日」
「美月が」
「俺の前に」
「来た」
「……」
「だから」
陽向が。
私の手を。
少し。
強く握る。
「悲しい日だけに」
「しなくていい」
私は。
頷いた。
「うん」
◇◇◇
その日の夜。
私は。
星へ。
電話をした。
『もしもし?』
「星」
『何?』
「入籍の日」
『決まったの!?』
声が。
一気に。
大きくなる。
「候補だけど」
『いつ?』
私は。
少し。
息を吸った。
「あの日」
『……』
電話の向こうが。
静かになる。
「ママが」
「事故に遭った日」
しばらく。
返事が。
なかった。
「星?」
『……なんで?』
責める声では。
ない。
ただ。
驚いている。
「悲しい日だから」
『うん』
「だから」
私は。
ゆっくり。
話した。
「悲しいことを」
「忘れるためじゃなくて」
「その日に」
「違う思い出も」
「増やしたいの」
『……』
「ママにとって」
「あの日は」
「みんなと」
「離れた日」
「……うん」
「でも」
「陽向に」
「出会った日でもある」
『うん』
「二度目の人生が」
「始まった日」
少し。
間。
「だから」
「今度は」
「陽向と」
「新しい人生を」
「始める日に」
「したいなって」
星が。
小さく。
息を吐いた。
『……ママ』
「何?」
『私』
少し。
声が。
震える。
『あの日』
『嫌いだった』
胸が。
痛む。
「うん」
『毎年』
『あの日が来ると』
『ママが死んだ日って』
『思ってた』
「……うん」
『だから』
少し。
鼻を。
すする音。
『その日が』
『ママの結婚記念日に』
『なるの』
「……」
私は。
黙って。
待つ。
『最初』
『変って思った』
「うん」
『でも』
星が。
少し。
笑った。
『来年から』
『ママが死んだ日だけじゃ』
『なくなるんだね』
涙が。
滲んだ。
「うん」
『ママが』
『幸せになるって』
『決めた日にも』
『なるんだ』
「……うん」
『じゃあ』
明るい。
声になる。
『いいと思う』
「本当?」
『うん』
『私』
『その日のこと』
『少しだけ』
『嫌いじゃなくなれるかも』
涙が。
頬を。
流れた。
「星」
『何?』
「ありがとう」
『ママが決めたんでしょ』
「うん」
『じゃあ』
少し。
いたずらっぽい。
声。
『陽向くんにも』
『ちゃんと』
『毎年覚えさせないとね』
「絶対」
「忘れないと思う」
『確かに』
二人で。
笑った。
◇◇◇
その数日後。
子どもたちにも。
伝えた。
全員。
揃っている日に。
「ママ」
「結婚する日」
「決めたの?」
「うん」
一人が。
聞く。
「いつ?」
私は。
日付を。
伝えた。
少し。
大きい子たちは。
すぐに。
意味に。
気づいた。
「……それ」
「うん」
「ママが」
「死んだ日?」
一番小さい子が。
不思議そうに。
私を見る。
「ママ」
「死んだの?」
「……」
説明。
難しい。
星が。
横から。
「前のママの身体が」
「いなくなった日」
と。
優しく言う。
一番小さい子は。
少し。
考える。
「でも」
「ママいるよ?」
「うん」
私は。
笑った。
「いるよ」
「じゃあ」
「死んでない?」
「……」
みんなが。
少し。
困った顔。
私は。
その子の。
頭を撫でる。
「ママね」
「一回」
「すごく遠くに」
「行っちゃったの」
「うん」
「でも」
「戻ってきた」
「うん」
「それで」
「その日に」
「陽向と」
「結婚することにした」
「なんで?」
「新しく」
「始める日に」
「したいから」
一番小さい子。
少し。
考える。
そして。
「じゃあ」
「おたんじょうび?」
「え?」
「ママの」
「新しいおたんじょうび」
部屋が。
静かになった。
私は。
目を。
見開く。
星も。
夫も。
ほかの子たちも。
その子を見る。
「……そうかも」
私は。
笑った。
「二回目の」
「お誕生日みたいな日」
一番小さい子が。
嬉しそうに。
「じゃあケーキ!」
「結局それ?」
みんなが。
笑った。
でも。
私の胸には。
その言葉が。
残った。
新しい。
誕生日。
死んだ日。
じゃなく。
もう一度。
生き始めた日。
子どもの。
何気ない。
言葉が。
あの日の意味を。
少しだけ。
変えてくれた。
◇◇◇
そのあと。
前の夫と。
二人になる。
「……ほんまに」
夫が。
言った。
「あの日に」
「するんやな」
「うん」
「しんどくない?」
「少しは」
「……」
「でも」
私は。
子どもたちが。
遊ぶ姿を見る。
「あの日を」
「なかったことには」
「できないし」
「うん」
「だったら」
「悲しいだけの」
「日にしなくても」
「いいかなって」
夫は。
しばらく。
黙っていた。
そして。
「俺」
「毎年」
「あの日」
「仕事してても」
「時間」
「思い出してた」
胸が。
少し。
痛くなる。
「事故の連絡」
「来た時間とか」
「病院行った時間とか」
「……」
「全部」
「うん」
「今年から」
夫が。
少し。
苦笑する。
「天城さんとの」
「結婚記念日でも」
「あるんやな」
「……うん」
「変な感じ」
「私も」
二人。
少し。
笑う。
「でも」
夫が。
子どもたちを見る。
「ええんちゃう」
「……」
「あの日が」
「こいつらにとっても」
「ちょっとでも」
「違う日になるなら」
私は。
ゆっくり。
頷いた。
「ありがとう」
◇◇◇
そして。
入籍日を。
決めたことで。
次の話が。
一気に。
現実味を。
増した。
「式」
陽向が。
私の部屋で。
突然。
言った。
「……何?」
「結婚式」
「うん」
「したい?」
私は。
少し。
止まった。
結婚式。
白い。
ウェディングドレス。
たくさんの。
招待客。
誓い。
指輪。
「……分かんない」
「え?」
「前に」
「結婚したときも」
「式」
「してるから」
陽向が。
少し。
複雑そうに。
なる。
「そっか」
「うん」
「だから」
「二回目って」
「変じゃないかなって」
陽向の。
眉が。
寄った。
「何が?」
「だって」
「私」
「一回」
「結婚式してるし」
「美月」
「うん」
「俺は」
陽向が。
自分を。
指差す。
「初めて」
「……」
「俺」
「美月と」
「結婚式したい」
真っ直ぐ。
言われる。
胸が。
鳴った。
「でも」
「二回目とか」
「関係なくない?」
「……」
「前の結婚式を」
「消すわけじゃない」
「うん」
「俺との結婚は」
「俺との」
「新しい結婚だし」
「……」
「それに」
少し。
照れながら。
「俺」
「ウェディングドレスの」
「美月見たい」
「そこ?」
「めちゃくちゃ大事」
思わず。
笑った。
◇◇◇
「もし」
陽向が。
続ける。
「式するなら」
「誰呼びたい?」
私は。
考える。
「星たち」
「うん」
「五人とも」
「絶対」
「ASTERのみんな」
「うん」
「事務所の人」
「うん」
「ドラマの」
「お世話になった人も」
「神崎さん?」
陽向の。
声が。
一段。
低くなる。
私は。
笑った。
「呼んだらダメ?」
「ダメじゃない」
「顔」
「ダメって言ってる」
「言ってない!」
「じゃあ呼ぶ」
「……はい」
陽向が。
少し。
拗ねる。
「結婚式で」
「嫉妬しないでよ」
「努力します」
「まだ努力なんだ」
「神崎さんは」
「別枠」
「何の?」
「警戒対象」
「もう!」
二人で。
笑う。
そして。
私は。
少し。
言いにくそうに。
続けた。
「あと」
「うん」
「前の夫」
陽向の。
表情が。
少し。
変わる。
「……呼びたい?」
「分からない」
私は。
正直に。
言った。
「呼んだら」
「気まずいかなとも」
「思うし」
「うん」
「でも」
「子どもたちを」
「連れてきてもらうことも」
「あるかもしれない」
「うん」
「それに」
私は。
少し。
考える。
「私の人生の」
「大事な部分だった人だから」
「……」
「完全に」
「いなかったことにして」
「式をするのも」
「違う気がする」
陽向は。
少し。
黙った。
私は。
すぐに。
言う。
「でも」
「陽向が」
「嫌なら」
「美月」
止められる。
「俺が」
「嫌かどうかで」
「決めなくていい」
「……」
「まず」
「美月は」
「どうしたい?」
また。
その質問。
私は。
少し。
考える。
「選べるように」
「しておきたい」
「……」
「来るか」
「来ないかは」
「本人が」
「決められるように」
「招待は」
「したいかも」
陽向が。
ゆっくり。
頷いた。
「じゃあ」
「そうしよう」
「いいの?」
「うん」
少し。
苦笑する。
「たぶん」
「変な気持ちは」
「するけど」
「……」
「でも」
「美月の過去を」
「全部」
「俺だけのものに」
「塗り替えたいわけじゃないから」
胸が。
熱くなる。
「陽向」
「何?」
「ありがとう」
「うん」
「でも」
「?」
「神崎さんの席」
「俺から遠くして」
「まだ言う!?」
◇◇◇
それから。
結婚式について。
少しずつ。
話すようになった。
派手な。
芸能人らしい。
大きな式?
それとも。
身近な人だけの。
小さな式?
「俺」
陽向が。
言う。
「豪華さより」
「美月が」
「誰と」
「一緒にいたいか」
「大事だと思う」
「うん」
「だから」
「人数」
「そんな多くなくていい」
「私も」
「そう思う」
「じゃあ」
陽向が。
ノートへ。
書く。
『家族と大切な人たち』
その文字を。
私は。
じっと見た。
家族。
昔。
その言葉は。
私にとって。
守らなきゃ。
頑張らなきゃ。
我慢しなきゃ。
そんな。
責任と。
一緒に。
あった。
今は。
少し。
違う。
子どもたち。
陽向。
星。
ASTER。
私を。
支えてくれた。
人たち。
家族って。
一つの形じゃない。
血が。
繋がっている人。
昔。
夫婦だった人。
一緒に。
夢を追う仲間。
これから。
夫婦になる人。
全部。
同じ形じゃなくていい。
それぞれが。
違う場所に。
いていい。
◇◇◇
「美月」
陽向が。
ノートから。
顔を上げる。
「何?」
「式」
「する?」
私は。
少し。
考えた。
一度目の。
結婚式。
あの日の私も。
幸せだった。
それを。
否定しない。
でも。
今。
目の前にいる。
陽向と。
新しい。
誓いを。
交わしたい。
五人の子どもたちにも。
見てほしい。
私が。
母親であることを。
やめるんじゃなく。
そのまま。
新しい幸せを。
選ぶ姿を。
そして。
陽向の。
大切な人たちにも。
伝えたい。
この人と。
これから。
生きていきます。
「……したい」
陽向の。
目が。
大きくなる。
「本当?」
「うん」
私は。
笑った。
「結婚式」
「したい」
次の瞬間。
陽向が。
ものすごく。
嬉しそうに。
笑った。
「よっしゃ!」
「声大きい」
「だって!」
「ウェディングドレス!」
「そこから離れて」
「無理!」
私は。
笑った。
◇◇◇
そして。
私たちは。
まだ。
知らなかった。
この。
小さな。
結婚式の計画が。
ASTERのメンバー。
五人の子どもたち。
事務所の人たち。
神崎悠人。
そして。
来るかどうか。
最後まで。
迷うことになる。
前の夫まで。
それぞれの。
想いを。
少しずつ。
動かしていくことを。
入籍の日まで。
あと少し。
そして。
その先には。
私が。
もう一度。
ウェディングドレスを着て。
今度は。
誰かに。
連れていかれるのではなく。
自分の足で。
陽向のもとへ。
歩いていく日が。
待っていた。



