『公表するかどうか』
その言葉を。
見てから。
私は。
しばらく。
スマートフォンを。
置けなかった。
陽向と。
結婚したい。
その気持ちは。
変わらない。
でも。
公表する。
となれば。
話は。
全然。
違う。
私は。
女優。
陽向は。
トップアイドル。
しかも。
ASTERの。
人気メンバー。
私たちの。
結婚を。
知ったとき。
ファンの人は。
どう思うんだろう。
祝ってくれる人。
驚く人。
悲しむ人。
怒る人。
離れていく人。
きっと。
全部。
いる。
「……怖いな」
私は。
左手の。
薬指を見る。
今は。
部屋の中でだけ。
つけている。
婚約指輪。
これを。
隠さず。
つけられる未来。
それは。
欲しい。
でも。
そのために。
誰かを。
傷つけるかもしれない。
そう思うと。
また。
昔の癖が。
顔を出す。
――だったら。
――私が我慢すれば。
「……ダメ」
私は。
すぐに。
首を振った。
今。
それを。
一人で。
決めちゃいけない。
陽向と。
話す。
事務所とも。
話す。
ASTERとも。
話す。
一つずつ。
◇◇◇
翌日。
私と陽向。
それぞれの。
事務所の担当者。
マネージャー。
数人。
会議室へ。
集まっていた。
空気は。
かなり。
重い。
「まず」
陽向の事務所側から。
話が始まる。
「現状ですが」
「熱愛報道以降」
「大きな仕事の」
「キャンセル等は」
「出ていません」
私は。
少しだけ。
息を吐いた。
「ただし」
続く言葉に。
また。
背筋が伸びる。
「結婚となれば」
「影響は」
「別です」
「……はい」
陽向も。
静かに。
頷く。
「スポンサー」
「テレビ局」
「広告契約」
「ファンクラブ」
「グループ活動」
「さまざまな調整が」
「必要になります」
「はい」
「また」
私の担当者が。
資料を開く。
「一ノ瀬さん側も」
「主演ドラマが」
「始まったばかりです」
「はい」
「作品そのものより」
「結婚報道ばかりが」
「注目される可能性も」
「あります」
私は。
資料を見る。
主演。
ようやく。
自分から。
やりたい。
と。
言えた仕事。
それを。
大切にしたい。
陽向との。
未来も。
大切にしたい。
どちらか。
じゃない。
「そこで」
担当者が。
言う。
「考えられるのは」
「いくつかあります」
一つ目。
婚約は。
公表しない。
正式な入籍まで。
何も言わない。
二つ目。
交際のみ。
認める。
結婚については。
触れない。
三つ目。
結婚の意思まで。
含めて。
公表する。
そして。
四つ目。
入籍したあと。
事後報告。
私は。
一つずつ。
聞きながら。
考えていた。
◇◇◇
「美月は?」
陽向が。
私を見る。
また。
ちゃんと。
聞いてくれる。
「どうしたい?」
部屋の中。
全員の視線が。
私へ。
怖い。
でも。
言う。
「私は」
一度。
息を吸う。
「今すぐ」
「婚約を」
「大きく発表したいとは」
「思ってません」
陽向が。
黙って。
聞いている。
「主演ドラマも」
「始まったばかりで」
「……」
「陽向の仕事も」
「ASTERも」
「大事だから」
「うん」
「でも」
私は。
少し。
手を握る。
「嘘は」
「つきたくないです」
担当者が。
私を見る。
「嘘?」
「はい」
「もし」
「聞かれたときに」
「付き合ってません」
「何もありませんって」
「言うのは」
「……」
私は。
首を振る。
「嫌です」
陽向の目が。
少し。
柔らかくなる。
「私たち」
「付き合ってるし」
「……」
「結婚したいって」
「決めてる」
「はい」
「それを」
「仕事のために」
「全部」
「なかったことみたいに」
「するのは」
「したくないです」
静かだった。
そして。
陽向が。
すぐに。
頷いた。
「俺も」
「……」
「美月と」
「同じ」
「今すぐ」
「結婚します!」
「って」
「発表する必要は」
「ないと思う」
「うん」
「でも」
「交際自体を」
「否定するのは」
「嫌です」
マネージャーが。
腕を組む。
「つまり」
「プライベートについて」
「詳細は話さない」
「ただ」
「明確な否定もしない」
「はい」
陽向が。
答える。
「それなら」
「現状と」
「大きくは変わらない」
「……はい」
「ただし」
マネージャーが。
陽向を見る。
「次に」
「決定的な写真が出たとき」
「もう」
「同じ対応では」
「難しいかもしれない」
陽向は。
一瞬。
黙る。
「分かってます」
◇◇◇
会議は。
まだ。
続いた。
入籍するなら。
いつ。
発表するなら。
どのタイミング。
主演ドラマ終了後。
ASTERの。
大きな活動。
スポンサー契約。
どれも。
簡単じゃない。
「……」
私は。
途中から。
少し。
息が苦しくなっていた。
結婚って。
こんなに。
たくさんの人に。
関係するんだ。
前の人生では。
もっと。
個人的なものだった。
家族。
親族。
それくらい。
でも。
今は。
違う。
陽向には。
何万人もの。
ファンがいる。
その人たちに。
夢を。
届ける仕事。
それを。
私の存在が。
壊すんじゃないか。
また。
そんな考えが。
出てくる。
「美月」
隣から。
小さな声。
「ん?」
陽向が。
机の下で。
ほんの少し。
私の指へ。
触れる。
「今」
「何考えてる?」
「……」
ばれてる。
「私」
私は。
小さな声で。
言った。
「邪魔にならないかなって」
陽向の眉が。
少し。
寄る。
「また」
「うん」
「出てきた」
「……」
「それ」
少し。
強い声。
でも。
怒ってはいない。
「あとで」
「ちゃんと話そう」
私は。
頷いた。
「うん」
◇◇◇
会議が。
終わったあと。
二人で。
車へ。
乗った。
ドアが。
閉まる。
まだ。
エンジンは。
かけない。
陽向が。
私を見る。
「言って」
「……」
「何考えてた?」
私は。
少し。
俯いた。
「陽向って」
「うん」
「ずっと」
「アイドルとして」
「ファンの人に」
「夢を見せてきたでしょ」
「うん」
「その夢の中に」
「私が」
「急に」
「現実として」
「入ってきたら」
「……」
「嫌な人」
「いるだろうなって」
陽向は。
黙っている。
「私も」
「ファンだったから」
「うん」
「もし」
「昔」
「陽向が」
「結婚するって」
「聞いたら」
私は。
考える。
「ショック」
「だったと思う」
「……うん」
「もしかしたら」
「泣いたかも」
陽向の顔が。
少し。
申し訳なさそうになる。
「だから」
「私」
「ファンの人に」
「ごめんなさいって」
「思って」
「……」
「美月」
陽向が。
止める。
「それ」
「違うと思う」
「え?」
「悲しい人が」
「いるのは」
「分かる」
「うん」
「ショックな人も」
「いる」
「うん」
「でも」
陽向が。
真っ直ぐ。
私を見る。
「美月が」
「謝ることじゃない」
「……」
「俺が」
「自分で」
「選んだことだから」
「でも」
「俺」
少し。
笑う。
「三十四歳だよ」
「……」
「恋愛するかどうかも」
「結婚するかどうかも」
「俺が決める」
「うん」
「ファンを」
「大事にしてないって」
「意味じゃない」
「……」
「むしろ」
陽向が。
少し。
遠くを見る。
「ちゃんと」
「向き合いたい」
◇◇◇
「俺さ」
陽向が。
言った。
「アイドルになって」
「ずっと」
「応援してくれる人に」
「もらってばっかだった」
「そんなことないよ」
「あるよ」
「……」
「ライブ来てくれて」
「CD買って」
「テレビ見て」
「俺が」
「しんどいときも」
「頑張れって」
「言ってくれて」
「……」
「だから」
「結婚するなら」
少し。
真剣な顔。
「俺の言葉で」
「ちゃんと」
「伝えたい」
胸が。
鳴った。
「事務所の」
「テンプレだけじゃなく?」
「うん」
「もちろん」
「文章は」
「相談するし」
「勝手には出さない」
「……」
「でも」
「俺の言葉」
「入れたい」
「何て?」
私は。
聞いた。
陽向は。
少し。
考える。
「まだ」
「決めてない」
「うん」
「でも」
「一つだけ」
「絶対」
「言いたくないことは」
「決まってる」
「何?」
「これからも」
少し。
苦笑する。
「何も変わらず」
「応援してください」
私は。
目を丸くした。
「どうして?」
「だって」
陽向が。
言う。
「変わるかもしれないじゃん」
「……」
「ファンの人の気持ち」
「俺が」
「決められない」
胸に。
小さく。
響く。
「ショックで」
「離れる人も」
「いると思う」
「うん」
「それを」
「変わらず」
「応援してくださいって」
「お願いするの」
「違う気する」
「……」
「だから」
陽向が。
少し。
笑う。
「ありがとう」
「って」
「言いたい」
「……」
「今まで」
「応援してくれたこと」
「ありがとう」
「これからも」
「応援してくれる人には」
「ありがとう」
「……」
「でも」
「離れる人にも」
少し。
寂しそうに。
笑う。
「今まで」
「ありがとうって」
「言いたい」
私は。
何も。
言えなかった。
陽向は。
ファンを。
一括りに。
していない。
好きで。
い続けることを。
要求しない。
それぞれの。
気持ちを。
選ぶ権利が。
あると。
思っている。
「……陽向」
「何?」
「私」
「それ」
「すごく好き」
「え?」
「その考え方」
陽向が。
少し。
照れる。
「そっか」
「うん」
「じゃあ」
「美月も」
「ファンの一人として」
「聞いて」
「え?」
陽向が。
少し。
姿勢を。
正す。
ふざけて。
言うのかと。
思った。
でも。
顔は。
真剣だった。
「高瀬美月さん」
「……はい」
「十年以上」
「天城陽向を」
「応援してくれて」
「ありがとうございました」
胸が。
一気に。
熱くなる。
「……」
「そして」
陽向が。
少し。
笑う。
「今は」
「ファンじゃなく」
「俺の隣に」
「いてくれて」
「ありがとう」
涙が。
溢れた。
「陽向……」
「俺」
「美月が」
「昔」
「ファンだったこと」
「めっちゃ嬉しい」
「うん」
「でも」
「もっと嬉しいのは」
私を見る。
「今」
「俺のこと」
「一人の男として」
「好きでいてくれること」
「……うん」
「だから」
「美月」
「ファンの人に」
「申し訳ないって」
「思わないで」
「……」
「一緒に」
「感謝しよ」
私は。
泣きながら。
頷いた。
「うん」
◇◇◇
数日後。
主演ドラマの。
取材。
私は。
記者から。
聞かれた。
「一ノ瀬さん」
「最近」
「プライベートでも」
「注目が集まっていますが」
一瞬。
空気が。
変わる。
事前に。
恋愛関係の質問は。
控えるよう。
お願いしていた。
でも。
ぼかした形で。
来た。
「今」
「ご自身にとって」
「幸せとは」
「何でしょうか?」
「……」
私は。
少し。
驚いた。
でも。
逃げる質問じゃない。
私は。
考えた。
そして。
答える。
「昔は」
「幸せって」
「周りの人が」
「笑っていることだと」
「思っていました」
記者が。
黙って。
聞く。
「もちろん」
「今も」
「大切な人が」
「幸せなのは」
「嬉しいです」
「でも」
私は。
少し。
笑う。
「最近は」
「その中に」
「自分も」
「入れていいんだって」
「思うようになりました」
「自分も?」
「はい」
「誰かだけが」
「我慢して」
「成り立つ幸せじゃなくて」
「……」
「みんなで」
「どうしたら」
「少しずつ」
「幸せになれるか」
「考えること」
「それが」
「今の私にとっての」
「幸せかもしれません」
答えたあと。
自分でも。
少し。
驚いた。
これは。
ドラマの役だけじゃない。
今の。
私自身の。
答えだった。
◇◇◇
そのインタビューが。
公開された日。
陽向から。
すぐに。
メッセージ。
『読んだ』
『早い』
『幸せのとこ』
少しして。
『俺、入ってる?』
私は。
思わず。
笑う。
『入ってる』
『よっしゃ』
『子どもたちも』
『うん』
『仕事も』
『うん』
『美月自身も』
その一文。
胸が。
温かくなる。
『うん』
私は。
返した。
『全部』
すると。
すぐ。
『それがいい』
◇◇◇
そして。
さらに。
数日後。
私たちは。
もう一度。
両事務所と。
話し合った。
結論は。
今すぐ。
婚約を。
発表しない。
主演ドラマ。
そして。
ASTERの。
大きな仕事。
それぞれの。
一区切りまで。
待つ。
その間。
交際について。
明確な否定は。
しない。
嘘も。
つかない。
でも。
自分たちから。
婚約を。
匂わせるようなことも。
しない。
「これで」
担当者が。
言う。
「いいですね?」
私は。
陽向を見る。
陽向も。
私を見る。
「はい」
二人。
同時。
少し。
笑った。
「それと」
マネージャーが。
陽向を見る。
「公表する日が来たら」
「本人の言葉を」
「入れたいんだろ?」
「はい」
「文章」
「考え始めとけ」
「……はい」
陽向が。
少し。
緊張した顔。
私は。
その横顔を。
見ていた。
いつか。
この人が。
ファンの人へ。
自分の言葉で。
結婚を。
伝える日。
そのとき。
私は。
どこにいるんだろう。
隣?
それとも。
別々の場所で。
発表を。
見ている?
まだ。
分からない。
でも。
今は。
逃げたいとは。
思わなかった。
◇◇◇
帰り道。
私は。
陽向へ。
聞いた。
「怖い?」
「何が?」
「公表」
陽向が。
少し。
考える。
「怖い」
即答。
「やっぱり?」
「うん」
「めっちゃ」
「……」
「ファンが」
「どう思うか」
「怖いし」
「仕事が」
「どうなるかも」
「怖い」
「うん」
「でも」
陽向が。
私を見る。
「怖いから」
「やめようとは」
「思ってない」
「……うん」
「美月は?」
私も。
考える。
「怖い」
「うん」
「でも」
左手。
今は。
指輪がない。
それでも。
私は。
笑った。
「陽向と」
「結婚したい」
陽向の。
顔が。
ぱっと。
明るくなる。
「俺も!」
「知ってる」
「でも」
「何回聞いても」
「嬉しい」
「ふふっ」
◇◇◇
家に。
帰ってから。
私は。
ケースの中の。
指輪を。
左手へ。
戻した。
外では。
まだ。
隠している。
でも。
これは。
後ろめたいから。
隠しているんじゃない。
大切に。
進むため。
準備を。
しているだけ。
鏡の中。
一ノ瀬紗良の。
顔。
薬指には。
陽向が。
高瀬美月へ。
くれた。
リング。
私は。
鏡に。
笑う。
「もう少し」
「待っててね」
いつか。
堂々と。
これを。
つけられる日まで。
陽向と。
一緒に。
一つずつ。
進んでいく。
そして。
その日。
私たちは。
まだ知らなかった。
待つ。
と。
決めたはずの。
結婚公表が。
想定より。
ずっと早く。
動き出すことになるなんて。
そのきっかけは。
またしても。
一本の。
週刊誌の記事だった。
その言葉を。
見てから。
私は。
しばらく。
スマートフォンを。
置けなかった。
陽向と。
結婚したい。
その気持ちは。
変わらない。
でも。
公表する。
となれば。
話は。
全然。
違う。
私は。
女優。
陽向は。
トップアイドル。
しかも。
ASTERの。
人気メンバー。
私たちの。
結婚を。
知ったとき。
ファンの人は。
どう思うんだろう。
祝ってくれる人。
驚く人。
悲しむ人。
怒る人。
離れていく人。
きっと。
全部。
いる。
「……怖いな」
私は。
左手の。
薬指を見る。
今は。
部屋の中でだけ。
つけている。
婚約指輪。
これを。
隠さず。
つけられる未来。
それは。
欲しい。
でも。
そのために。
誰かを。
傷つけるかもしれない。
そう思うと。
また。
昔の癖が。
顔を出す。
――だったら。
――私が我慢すれば。
「……ダメ」
私は。
すぐに。
首を振った。
今。
それを。
一人で。
決めちゃいけない。
陽向と。
話す。
事務所とも。
話す。
ASTERとも。
話す。
一つずつ。
◇◇◇
翌日。
私と陽向。
それぞれの。
事務所の担当者。
マネージャー。
数人。
会議室へ。
集まっていた。
空気は。
かなり。
重い。
「まず」
陽向の事務所側から。
話が始まる。
「現状ですが」
「熱愛報道以降」
「大きな仕事の」
「キャンセル等は」
「出ていません」
私は。
少しだけ。
息を吐いた。
「ただし」
続く言葉に。
また。
背筋が伸びる。
「結婚となれば」
「影響は」
「別です」
「……はい」
陽向も。
静かに。
頷く。
「スポンサー」
「テレビ局」
「広告契約」
「ファンクラブ」
「グループ活動」
「さまざまな調整が」
「必要になります」
「はい」
「また」
私の担当者が。
資料を開く。
「一ノ瀬さん側も」
「主演ドラマが」
「始まったばかりです」
「はい」
「作品そのものより」
「結婚報道ばかりが」
「注目される可能性も」
「あります」
私は。
資料を見る。
主演。
ようやく。
自分から。
やりたい。
と。
言えた仕事。
それを。
大切にしたい。
陽向との。
未来も。
大切にしたい。
どちらか。
じゃない。
「そこで」
担当者が。
言う。
「考えられるのは」
「いくつかあります」
一つ目。
婚約は。
公表しない。
正式な入籍まで。
何も言わない。
二つ目。
交際のみ。
認める。
結婚については。
触れない。
三つ目。
結婚の意思まで。
含めて。
公表する。
そして。
四つ目。
入籍したあと。
事後報告。
私は。
一つずつ。
聞きながら。
考えていた。
◇◇◇
「美月は?」
陽向が。
私を見る。
また。
ちゃんと。
聞いてくれる。
「どうしたい?」
部屋の中。
全員の視線が。
私へ。
怖い。
でも。
言う。
「私は」
一度。
息を吸う。
「今すぐ」
「婚約を」
「大きく発表したいとは」
「思ってません」
陽向が。
黙って。
聞いている。
「主演ドラマも」
「始まったばかりで」
「……」
「陽向の仕事も」
「ASTERも」
「大事だから」
「うん」
「でも」
私は。
少し。
手を握る。
「嘘は」
「つきたくないです」
担当者が。
私を見る。
「嘘?」
「はい」
「もし」
「聞かれたときに」
「付き合ってません」
「何もありませんって」
「言うのは」
「……」
私は。
首を振る。
「嫌です」
陽向の目が。
少し。
柔らかくなる。
「私たち」
「付き合ってるし」
「……」
「結婚したいって」
「決めてる」
「はい」
「それを」
「仕事のために」
「全部」
「なかったことみたいに」
「するのは」
「したくないです」
静かだった。
そして。
陽向が。
すぐに。
頷いた。
「俺も」
「……」
「美月と」
「同じ」
「今すぐ」
「結婚します!」
「って」
「発表する必要は」
「ないと思う」
「うん」
「でも」
「交際自体を」
「否定するのは」
「嫌です」
マネージャーが。
腕を組む。
「つまり」
「プライベートについて」
「詳細は話さない」
「ただ」
「明確な否定もしない」
「はい」
陽向が。
答える。
「それなら」
「現状と」
「大きくは変わらない」
「……はい」
「ただし」
マネージャーが。
陽向を見る。
「次に」
「決定的な写真が出たとき」
「もう」
「同じ対応では」
「難しいかもしれない」
陽向は。
一瞬。
黙る。
「分かってます」
◇◇◇
会議は。
まだ。
続いた。
入籍するなら。
いつ。
発表するなら。
どのタイミング。
主演ドラマ終了後。
ASTERの。
大きな活動。
スポンサー契約。
どれも。
簡単じゃない。
「……」
私は。
途中から。
少し。
息が苦しくなっていた。
結婚って。
こんなに。
たくさんの人に。
関係するんだ。
前の人生では。
もっと。
個人的なものだった。
家族。
親族。
それくらい。
でも。
今は。
違う。
陽向には。
何万人もの。
ファンがいる。
その人たちに。
夢を。
届ける仕事。
それを。
私の存在が。
壊すんじゃないか。
また。
そんな考えが。
出てくる。
「美月」
隣から。
小さな声。
「ん?」
陽向が。
机の下で。
ほんの少し。
私の指へ。
触れる。
「今」
「何考えてる?」
「……」
ばれてる。
「私」
私は。
小さな声で。
言った。
「邪魔にならないかなって」
陽向の眉が。
少し。
寄る。
「また」
「うん」
「出てきた」
「……」
「それ」
少し。
強い声。
でも。
怒ってはいない。
「あとで」
「ちゃんと話そう」
私は。
頷いた。
「うん」
◇◇◇
会議が。
終わったあと。
二人で。
車へ。
乗った。
ドアが。
閉まる。
まだ。
エンジンは。
かけない。
陽向が。
私を見る。
「言って」
「……」
「何考えてた?」
私は。
少し。
俯いた。
「陽向って」
「うん」
「ずっと」
「アイドルとして」
「ファンの人に」
「夢を見せてきたでしょ」
「うん」
「その夢の中に」
「私が」
「急に」
「現実として」
「入ってきたら」
「……」
「嫌な人」
「いるだろうなって」
陽向は。
黙っている。
「私も」
「ファンだったから」
「うん」
「もし」
「昔」
「陽向が」
「結婚するって」
「聞いたら」
私は。
考える。
「ショック」
「だったと思う」
「……うん」
「もしかしたら」
「泣いたかも」
陽向の顔が。
少し。
申し訳なさそうになる。
「だから」
「私」
「ファンの人に」
「ごめんなさいって」
「思って」
「……」
「美月」
陽向が。
止める。
「それ」
「違うと思う」
「え?」
「悲しい人が」
「いるのは」
「分かる」
「うん」
「ショックな人も」
「いる」
「うん」
「でも」
陽向が。
真っ直ぐ。
私を見る。
「美月が」
「謝ることじゃない」
「……」
「俺が」
「自分で」
「選んだことだから」
「でも」
「俺」
少し。
笑う。
「三十四歳だよ」
「……」
「恋愛するかどうかも」
「結婚するかどうかも」
「俺が決める」
「うん」
「ファンを」
「大事にしてないって」
「意味じゃない」
「……」
「むしろ」
陽向が。
少し。
遠くを見る。
「ちゃんと」
「向き合いたい」
◇◇◇
「俺さ」
陽向が。
言った。
「アイドルになって」
「ずっと」
「応援してくれる人に」
「もらってばっかだった」
「そんなことないよ」
「あるよ」
「……」
「ライブ来てくれて」
「CD買って」
「テレビ見て」
「俺が」
「しんどいときも」
「頑張れって」
「言ってくれて」
「……」
「だから」
「結婚するなら」
少し。
真剣な顔。
「俺の言葉で」
「ちゃんと」
「伝えたい」
胸が。
鳴った。
「事務所の」
「テンプレだけじゃなく?」
「うん」
「もちろん」
「文章は」
「相談するし」
「勝手には出さない」
「……」
「でも」
「俺の言葉」
「入れたい」
「何て?」
私は。
聞いた。
陽向は。
少し。
考える。
「まだ」
「決めてない」
「うん」
「でも」
「一つだけ」
「絶対」
「言いたくないことは」
「決まってる」
「何?」
「これからも」
少し。
苦笑する。
「何も変わらず」
「応援してください」
私は。
目を丸くした。
「どうして?」
「だって」
陽向が。
言う。
「変わるかもしれないじゃん」
「……」
「ファンの人の気持ち」
「俺が」
「決められない」
胸に。
小さく。
響く。
「ショックで」
「離れる人も」
「いると思う」
「うん」
「それを」
「変わらず」
「応援してくださいって」
「お願いするの」
「違う気する」
「……」
「だから」
陽向が。
少し。
笑う。
「ありがとう」
「って」
「言いたい」
「……」
「今まで」
「応援してくれたこと」
「ありがとう」
「これからも」
「応援してくれる人には」
「ありがとう」
「……」
「でも」
「離れる人にも」
少し。
寂しそうに。
笑う。
「今まで」
「ありがとうって」
「言いたい」
私は。
何も。
言えなかった。
陽向は。
ファンを。
一括りに。
していない。
好きで。
い続けることを。
要求しない。
それぞれの。
気持ちを。
選ぶ権利が。
あると。
思っている。
「……陽向」
「何?」
「私」
「それ」
「すごく好き」
「え?」
「その考え方」
陽向が。
少し。
照れる。
「そっか」
「うん」
「じゃあ」
「美月も」
「ファンの一人として」
「聞いて」
「え?」
陽向が。
少し。
姿勢を。
正す。
ふざけて。
言うのかと。
思った。
でも。
顔は。
真剣だった。
「高瀬美月さん」
「……はい」
「十年以上」
「天城陽向を」
「応援してくれて」
「ありがとうございました」
胸が。
一気に。
熱くなる。
「……」
「そして」
陽向が。
少し。
笑う。
「今は」
「ファンじゃなく」
「俺の隣に」
「いてくれて」
「ありがとう」
涙が。
溢れた。
「陽向……」
「俺」
「美月が」
「昔」
「ファンだったこと」
「めっちゃ嬉しい」
「うん」
「でも」
「もっと嬉しいのは」
私を見る。
「今」
「俺のこと」
「一人の男として」
「好きでいてくれること」
「……うん」
「だから」
「美月」
「ファンの人に」
「申し訳ないって」
「思わないで」
「……」
「一緒に」
「感謝しよ」
私は。
泣きながら。
頷いた。
「うん」
◇◇◇
数日後。
主演ドラマの。
取材。
私は。
記者から。
聞かれた。
「一ノ瀬さん」
「最近」
「プライベートでも」
「注目が集まっていますが」
一瞬。
空気が。
変わる。
事前に。
恋愛関係の質問は。
控えるよう。
お願いしていた。
でも。
ぼかした形で。
来た。
「今」
「ご自身にとって」
「幸せとは」
「何でしょうか?」
「……」
私は。
少し。
驚いた。
でも。
逃げる質問じゃない。
私は。
考えた。
そして。
答える。
「昔は」
「幸せって」
「周りの人が」
「笑っていることだと」
「思っていました」
記者が。
黙って。
聞く。
「もちろん」
「今も」
「大切な人が」
「幸せなのは」
「嬉しいです」
「でも」
私は。
少し。
笑う。
「最近は」
「その中に」
「自分も」
「入れていいんだって」
「思うようになりました」
「自分も?」
「はい」
「誰かだけが」
「我慢して」
「成り立つ幸せじゃなくて」
「……」
「みんなで」
「どうしたら」
「少しずつ」
「幸せになれるか」
「考えること」
「それが」
「今の私にとっての」
「幸せかもしれません」
答えたあと。
自分でも。
少し。
驚いた。
これは。
ドラマの役だけじゃない。
今の。
私自身の。
答えだった。
◇◇◇
そのインタビューが。
公開された日。
陽向から。
すぐに。
メッセージ。
『読んだ』
『早い』
『幸せのとこ』
少しして。
『俺、入ってる?』
私は。
思わず。
笑う。
『入ってる』
『よっしゃ』
『子どもたちも』
『うん』
『仕事も』
『うん』
『美月自身も』
その一文。
胸が。
温かくなる。
『うん』
私は。
返した。
『全部』
すると。
すぐ。
『それがいい』
◇◇◇
そして。
さらに。
数日後。
私たちは。
もう一度。
両事務所と。
話し合った。
結論は。
今すぐ。
婚約を。
発表しない。
主演ドラマ。
そして。
ASTERの。
大きな仕事。
それぞれの。
一区切りまで。
待つ。
その間。
交際について。
明確な否定は。
しない。
嘘も。
つかない。
でも。
自分たちから。
婚約を。
匂わせるようなことも。
しない。
「これで」
担当者が。
言う。
「いいですね?」
私は。
陽向を見る。
陽向も。
私を見る。
「はい」
二人。
同時。
少し。
笑った。
「それと」
マネージャーが。
陽向を見る。
「公表する日が来たら」
「本人の言葉を」
「入れたいんだろ?」
「はい」
「文章」
「考え始めとけ」
「……はい」
陽向が。
少し。
緊張した顔。
私は。
その横顔を。
見ていた。
いつか。
この人が。
ファンの人へ。
自分の言葉で。
結婚を。
伝える日。
そのとき。
私は。
どこにいるんだろう。
隣?
それとも。
別々の場所で。
発表を。
見ている?
まだ。
分からない。
でも。
今は。
逃げたいとは。
思わなかった。
◇◇◇
帰り道。
私は。
陽向へ。
聞いた。
「怖い?」
「何が?」
「公表」
陽向が。
少し。
考える。
「怖い」
即答。
「やっぱり?」
「うん」
「めっちゃ」
「……」
「ファンが」
「どう思うか」
「怖いし」
「仕事が」
「どうなるかも」
「怖い」
「うん」
「でも」
陽向が。
私を見る。
「怖いから」
「やめようとは」
「思ってない」
「……うん」
「美月は?」
私も。
考える。
「怖い」
「うん」
「でも」
左手。
今は。
指輪がない。
それでも。
私は。
笑った。
「陽向と」
「結婚したい」
陽向の。
顔が。
ぱっと。
明るくなる。
「俺も!」
「知ってる」
「でも」
「何回聞いても」
「嬉しい」
「ふふっ」
◇◇◇
家に。
帰ってから。
私は。
ケースの中の。
指輪を。
左手へ。
戻した。
外では。
まだ。
隠している。
でも。
これは。
後ろめたいから。
隠しているんじゃない。
大切に。
進むため。
準備を。
しているだけ。
鏡の中。
一ノ瀬紗良の。
顔。
薬指には。
陽向が。
高瀬美月へ。
くれた。
リング。
私は。
鏡に。
笑う。
「もう少し」
「待っててね」
いつか。
堂々と。
これを。
つけられる日まで。
陽向と。
一緒に。
一つずつ。
進んでいく。
そして。
その日。
私たちは。
まだ知らなかった。
待つ。
と。
決めたはずの。
結婚公表が。
想定より。
ずっと早く。
動き出すことになるなんて。
そのきっかけは。
またしても。
一本の。
週刊誌の記事だった。



