ASTERの。
四人に会う日。
私は。
朝から。
服を。
三回。
着替えた。
「……違う」
鏡を見る。
着替える。
「これも」
違う。
また。
着替える。
「何着ればいいの……」
仕事なら。
スタイリストさんがいる。
一ノ瀬紗良として。
芸能人に会うだけなら。
こんなに。
悩まない。
でも。
今日は。
違う。
私は。
天城陽向の。
婚約者として。
ASTERに。
会う。
しかも。
そのASTERは。
私が。
十年以上。
テレビの向こうから。
見てきた人たち。
「……無理」
結局。
陽向へ。
メッセージを送った。
『何着ていけばいい?』
すぐ。
返事。
『服』
「……」
私は。
画面を。
睨んだ。
『それは分かってる』
『何でもいいよ』
『何でもよくない』
『美月なら何着ても可愛い』
「そういうことじゃない!」
思わず。
声に出る。
すると。
電話が。
かかってきた。
「何?」
『怒ってる?』
「怒ってない」
『怒ってるじゃん』
「だって」
私は。
ベッドに。
並べた服を見る。
「ASTERに」
「会うんだよ?」
『うん』
「陽向の」
顔が。
熱くなる。
「婚約者として」
電話の向こう。
一瞬。
静か。
そして。
『もう一回言って』
「切るよ」
『ごめん!』
私は。
ため息。
「本当に」
「何着ればいい?」
陽向が。
少し考える。
『美月が』
『いつも着てるのでいいよ』
「でも」
『今日』
声が。
少し優しくなる。
『一ノ瀬紗良として』
『仕事しに来るわけじゃないでしょ』
「……」
『俺が好きな人を』
『みんなに紹介するだけ』
胸が。
少し。
落ち着いた。
「……そっか」
『うん』
「じゃあ」
私は。
並べた中から。
一番。
自分らしいと思える。
シンプルな。
ワンピースを取った。
「これにする」
『見えない』
「知ってる」
◇◇◇
約束の場所は。
ASTERが。
よく使っている。
事務所の。
小さな会議室。
一般の人が。
入ってこない。
安全な場所。
廊下を。
陽向と並んで。
歩く。
「……」
「……」
「美月」
「何?」
「さっきから」
「右手と右足」
「一緒に出そう」
「出てない!」
「出てる」
「見ないで!」
陽向が。
笑う。
「そんな緊張する?」
私は。
立ち止まった。
「するよ!」
「だって」
「陽向は!」
指差す。
「もう」
「私の中では」
「陽向なの!」
「うん」
「でも」
会議室の。
扉を見る。
「中にいる人たちは」
声が。
小さくなる。
「ASTERなの!」
「俺もASTERだけど?」
「そういう意味じゃない!」
陽向。
大笑い。
「美月」
「何?」
「大丈夫」
「……」
「俺」
陽向が。
私の手を。
一瞬だけ。
握る。
「隣いるから」
胸が。
少し。
落ち着く。
「……絶対?」
「絶対」
「途中で」
「トイレとか」
「行かないでね」
「そこまで!?」
「今は!」
「分かった分かった」
そして。
陽向が。
ドアノブへ。
手をかける。
「行くよ」
「待って」
「何?」
「やっぱり」
「帰」
ガチャ。
「開けた!」
「遅い!」
◇◇◇
「来た」
「おー」
「どうぞ」
中には。
四人。
全員。
いた。
「……」
私は。
完全に。
固まった。
テレビ。
雑誌。
ライブ。
何度も。
見てきた。
ASTER。
しかも。
近い。
近すぎる。
「美月?」
隣で。
陽向が。
小声。
私は。
慌てて。
頭を下げた。
「は、初めまして!」
「初めまして」
一人が。
笑う。
「一ノ瀬紗良さんとは」
「何度か現場で」
「あ」
そうだった。
身体としては。
初対面じゃない人もいる。
でも。
私には。
ほぼ。
初対面。
「そうですよね」
「……」
「すみません」
「何が?」
もう。
訳が分からない。
陽向が。
横で。
笑いを。
堪えている。
「陽向」
「何?」
「笑わないで」
「まだ笑ってない」
「顔が笑ってる」
メンバーの一人が。
面白そうに。
私を見る。
「本当に」
「陽向の前だと」
「雰囲気違うね」
「え?」
「現場で会ったとき」
「もっと」
「こう」
手で。
空気を。
表現しながら。
「シュッとしてた」
「ああ……」
一ノ瀬紗良。
だったころ。
「今」
「めちゃくちゃ」
別の人が。
笑う。
「普通に緊張してる」
「……」
顔が。
熱い。
「すみません」
また。
謝った。
その瞬間。
四人のうち。
一人が。
にやっとする。
「それ」
「陽向から聞いた」
「え?」
「すぐ謝るって」
「……陽向」
私は。
ゆっくり。
隣を見る。
「何を」
「話したの?」
「ちょっとだけ!」
「ちょっと?」
「美月のこと」
「全部じゃない!」
「どこまで!?」
一気に。
いつもの。
調子になる。
四人が。
笑った。
「ああ」
一人が。
頷く。
「この感じか」
「何が!?」
「陽向が」
「めちゃくちゃ」
「楽しそうに話してた理由」
「……」
陽向の顔が。
赤くなる。
「やめろって!」
私は。
逆に。
固まる。
「陽向が」
「私のこと」
「話してたんですか?」
「めっちゃ」
「おい!」
「美月が」
「美月が」
「美月が」
「って」
「やめろおおお!」
陽向が。
止めに入る。
私は。
口元を。
押さえた。
嬉しい。
でも。
恥ずかしい。
そして。
ここで。
事件は。
起きた。
◇◇◇
メンバーの一人が。
私に。
聞いた。
「陽向の」
「どこが好きなんですか?」
「え?」
頭。
真っ白。
陽向が。
横で。
「おい!」
と。
止める。
でも。
もう。
質問は。
耳に入った。
どこが。
好き?
ずっと。
テレビで。
応援していた頃なら。
明るいところ。
笑顔。
大きなリアクション。
アニメやゲームを。
楽しそうに。
話すところ。
全部。
すぐ。
答えられた。
でも。
今は。
もっと。
いっぱい。
知っている。
弱いところ。
無理して。
笑うところ。
嫉妬するところ。
疲れたって。
言えるようになったところ。
私を。
高瀬美月として。
見つけてくれたところ。
子どもたちを。
大切にしてくれるところ。
「……全部です」
口から。
出た。
「……」
全員。
止まる。
陽向も。
止まる。
私は。
自分の発言に。
気づく。
「……あ」
終わった。
「いや!」
慌てる。
「全部って」
「そういう!」
「どのそういう?」
「えっと!」
顔が。
熱い。
「アイドルとしても!」
「……」
「男性としても!」
「……」
「婚約者としても!」
言った。
言ってしまった。
しん。
会って。
おそらく。
三十秒ちょっと。
私は。
長年見てきた。
推したちの前で。
「婚約者としても好きです」
と。
宣言した。
「……」
陽向が。
両手で。
顔を覆った。
「美月……」
「ごめん!」
「いや」
肩が。
震えている。
「俺は嬉しい」
「笑ってるよね!?」
「めっちゃ嬉しい!」
そして。
四人が。
一斉に。
笑い出した。
「本当にファンじゃん!」
「陽向より反応面白い!」
「婚約者としても!」
「やめてください!」
私は。
顔を。
覆った。
「帰りたい……」
「まだ来たばっか!」
陽向が。
大笑いする。
予告通り。
私は。
会って早々。
とんでもないことを。
口走った。
◇◇◇
でも。
その失敗のおかげか。
不思議なくらい。
緊張は。
少し。
なくなった。
「じゃあ」
一人が。
飲み物を。
渡してくれる。
「改めて」
「座りましょうか」
「はい……」
私は。
陽向の隣。
宣言通り。
陽向は。
ちゃんと。
隣にいてくれる。
「陽向から」
一人が。
言った。
「結婚するって」
「聞きました」
「……はい」
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
今度は。
ちゃんと。
言えた。
「ただ」
少し。
真面目な顔。
「俺たちも」
「心配はしてます」
私は。
頷いた。
「はい」
「熱愛報道も」
「出たばかりだし」
「うん」
「陽向は」
「ASTERとして」
「今」
「かなり大事な時期だから」
「はい」
陽向が。
横から。
口を挟もうとする。
でも。
私は。
その手を。
少し。
触って。
止めた。
私に。
聞かれている。
私が。
答えたい。
「私も」
「怖いです」
四人が。
静かに。
聞く。
「陽向と」
「付き合うことで」
「陽向の仕事に」
「影響が出たら」
「どうしようって」
「……」
「今でも」
「思います」
陽向が。
少し。
私を見る。
「一度」
私は。
苦笑する。
「別れたほうが」
「いいんじゃないかって」
「言ったこともあります」
「美月」
「うん」
「でも」
私は。
続けた。
「怒られました」
四人が。
陽向を見る。
「珍しい」
「いや」
陽向が。
慌てる。
「怒ったっていうか!」
「結構怒ってた」
「美月!」
少し。
笑い。
そして。
私は。
もう一度。
真面目に。
四人を見る。
「そのとき」
「言われました」
「俺のためって言って」
「俺が一番嫌なことを」
「一人で決めるなって」
「……」
「それで」
「私も」
「分かったんです」
「陽向のために」
「私が勝手に」
「陽向の人生を」
「決めちゃいけない」
「……」
「だから」
胸に。
手を置く。
「今は」
「怖いことも」
「心配なことも」
「ちゃんと」
「二人で考えたいと思っています」
四人が。
少し。
顔を見合わせる。
そして。
一人が。
陽向を見る。
「同じこと」
「言ってたな」
「え?」
「陽向も」
「一人で決めずに」
「みんなで考えたいって」
「……」
私は。
隣の。
陽向を見る。
陽向も。
私を見る。
少し。
照れくさくて。
二人。
笑った。
◇◇◇
「美月さん」
今度は。
別のメンバー。
「はい」
「一個」
「聞いていい?」
「はい」
「陽向と」
「結婚したら」
「仕事」
「どうするつもり?」
私は。
迷わなかった。
「続けたいです」
陽向が。
隣で。
嬉しそうに。
笑う。
「主演ドラマも」
「決まりました」
「うん」
「これから」
「もっと」
「女優として」
「やってみたいことも」
「増えてきて」
「……」
「結婚したから」
「辞めるということは」
「考えていません」
「そっか」
「はい」
「じゃあ」
もう一人。
「陽向に」
「家庭に入ってほしいとか」
「言われたら?」
「言わない!」
陽向が。
先に。
叫んだ。
全員が。
笑う。
私は。
陽向を見る。
「言わないよね?」
「言わない!」
「よかった」
「そこ確認する!?」
また。
笑い。
でも。
私は。
少し。
真剣に。
続けた。
「私」
「一度目の人生で」
そこまで。
言って。
止まる。
一度目の人生。
この人たちは。
まだ。
知らない。
私は。
言い方を。
変える。
「昔」
「自分が」
「何をしたいかより」
「周りが」
「どうしたいかを」
「優先して」
「生きていた時期が」
「長かったんです」
「……」
「だから」
「今度は」
「陽向と結婚しても」
「陽向のためだけに」
「自分を」
「なくしたくない」
陽向の。
手が。
私の手へ。
少し。
触れる。
人前。
だから。
握らない。
でも。
そこにいる。
「陽向も」
「それでいいって」
「言ってくれています」
「うん」
陽向が。
頷く。
一人が。
少し。
笑った。
「なるほど」
「何ですか?」
「陽向が」
「変わった理由」
「え?」
「分かった気する」
私は。
目を丸くする。
「陽向」
その人が。
言う。
「昔」
「自分がやりたいこと」
「全力で」
「みんな巻き込むタイプだったんですよ」
「ちょっと!」
「でも今」
「美月さんが」
「どうしたいか」
「めちゃくちゃ」
「聞くでしょ」
「……」
私は。
思わず。
笑った。
「聞きます」
「やっぱり」
「何でも」
「美月はどうしたい?」
「って」
「言います」
陽向が。
少し。
照れている。
「だって」
「大事じゃん」
「うん」
私は。
その横顔を。
見た。
「すごく」
「助けられてます」
また。
陽向が。
固まる。
「美月」
「何?」
「今日」
「急に」
「俺を褒めすぎ」
「事実だから」
「……」
「無理」
顔を。
覆った。
四人が。
笑う。
◇◇◇
しばらくして。
一番。
慎重そうに。
話していたメンバーが。
私へ。
聞いた。
「……陽向のこと」
「はい」
「本当に」
「好きなんですね」
その質問。
さっきなら。
また。
恥ずかしく。
なったかもしれない。
でも。
今度は。
ちゃんと。
答えられた。
「はい」
私は。
笑う。
「大好きです」
陽向が。
隣で。
また。
固まる。
「……」
「陽向?」
「今日」
「俺」
「死ぬかもしれない」
「何で?」
「幸せすぎて」
「大げさ」
「大げさじゃない!」
「うるさい」
いつもの。
私たち。
すると。
そのメンバーが。
ふっと。
笑った。
「じゃあ」
「俺も」
「応援します」
「……」
私が。
顔を上げる。
「いいんですか?」
「心配は」
「まだ」
「あります」
「はい」
「仕事も」
「ファンも」
「ASTERも」
「大事です」
「……はい」
「でも」
陽向を見る。
「こいつも」
「大事なんで」
胸が。
温かくなる。
「陽向が」
「この人と」
「生きたいって」
「本気で思ってるなら」
「……」
「その方法を」
「俺たちも」
「一緒に考えます」
陽向が。
少し。
目を。
赤くした。
「……ありがとう」
「泣くなよ」
「泣いてない!」
「最近よく泣くじゃん」
「美月のせい!」
「私!?」
「幸せで泣かされる!」
「知らないよ!」
みんなが。
笑う。
私は。
その笑い声を。
聞きながら。
思った。
ああ。
陽向は。
この人たちと。
ずっと。
生きてきたんだ。
血の繋がった。
家族とは。
違う。
でも。
きっと。
家族みたいな。
大切な人たち。
そんな人たちに。
私を。
会わせてくれた。
それが。
嬉しかった。
◇◇◇
話が。
落ち着いたころ。
突然。
一人が。
言った。
「じゃあ」
「何ですか?」
「美月さん」
「本当に」
「ASTERのファンなんですよね?」
「……」
来た。
できれば。
触れずに。
終わりたかった。
「はい」
「どれくらい?」
陽向が。
にやっとする。
「十年以上」
「陽向!」
「いいじゃん」
「誰推し?」
また。
その質問。
「……」
全員。
私を見る。
逃げられない。
私は。
小さく。
答えた。
「陽向です」
「うわあ!」
「本人いる前で!」
「すご!」
「推しと結婚!」
陽向が。
得意そうに。
胸を張る。
「ほら!」
「何がほらなの!」
「俺」
「昔から」
「美月のタイプだった」
「やめて!」
もう。
恥ずかしすぎる。
すると。
一人が。
さらに。
聞く。
「じゃあ」
「昔の陽向と」
「今の陽向」
「どっちが好き?」
「え?」
意地悪。
でも。
答えは。
簡単だった。
「今」
陽向が。
止まる。
「え」
「今の陽向」
「……」
「アイドルの陽向も」
「ずっと好きだったけど」
私は。
隣を見る。
「今は」
「テレビでは」
「見えないところも」
「知ってるから」
「……」
「今のほうが」
「好きです」
「……」
陽向。
また。
両手で。
顔を覆った。
「もう無理」
「今日何回目?」
「美月が!」
「何?」
「俺のこと」
「好きすぎる!」
「言わせたの」
「そっちでしょ!」
四人が。
大爆笑。
◇◇◇
帰り。
事務所の。
廊下。
私は。
陽向の隣を。
歩いていた。
「……疲れた」
「お疲れ」
「すごく」
「緊張した」
「うん」
「でも」
私は。
少し笑う。
「楽しかった」
陽向の顔が。
ぱっと。
明るくなる。
「本当?」
「うん」
「よかった」
「それに」
「何?」
「ちょっと」
「安心した」
「何が?」
「陽向」
私は。
歩きながら。
言う。
「大事にされてるんだね」
陽向が。
少し。
目を丸くする。
「みんな」
「仕事のこと」
「グループのこと」
「心配してたけど」
「……」
「それって」
「陽向のことも」
「ASTERのことも」
「大事だからでしょ?」
「……うん」
「いい仲間だね」
陽向が。
少し。
照れくさそうに。
笑う。
「うん」
「俺」
「ASTER好き」
「知ってる」
「美月も?」
「好き」
「俺が一番?」
「まだ言う?」
「大事」
私は。
笑った。
「陽向が一番」
「よっしゃ!」
「声!」
「ごめん!」
◇◇◇
エレベーターの中。
二人きり。
陽向が。
そっと。
私の手を。
握った。
「美月」
「何?」
「今日」
「来てくれて」
「ありがとう」
「うん」
「俺」
「結婚って」
「美月と俺だけのことだと」
「思ってた部分もあった」
「うん」
「でも」
「子どもたちも」
「旦那さんも」
「ASTERも」
「事務所も」
「ファンも」
「……」
「いろんな人の」
「人生に」
「ちょっとずつ」
「関わるんだな」
「うん」
「だから」
私を見る。
「ちゃんと」
「一個ずつ」
「話したい」
「……うん」
「逃げない」
「うん」
「でも」
陽向が。
私の手を。
少し。
強く握る。
「誰かのために」
「美月との結婚」
「なかったことには」
「しない」
胸が。
温かくなる。
「私も」
「……」
「陽向のためって」
「勝手に」
「いなくならない」
陽向が。
笑う。
「約束」
「うん」
エレベーターが。
一階へ。
着く。
ドアが。
開く。
でも。
私たちには。
まだ。
一番。
大きな相手が。
残っている。
それは。
陽向を。
ずっと。
応援してきた。
何万人。
何十万人もの。
ファン。
◇◇◇
その日の夜。
ASTERの。
マネージャーから。
陽向へ。
連絡が入った。
『メンバーとは話せたな』
『はい』
『全員からも聞いた』
『……はい』
そして。
次。
『じゃあ今度は』
少し。
間。
『公表するかどうか』
『具体的に考えるぞ』
陽向の。
指が。
止まった。
同じころ。
私の事務所にも。
連絡が。
入っていた。
『一ノ瀬さん』
『天城さんとの件ですが』
『結婚まで進むのであれば』
胸が。
高鳴る。
『熱愛報道への対応を』
『もう一度』
『二人の事務所で』
『話し合う必要があります』
私は。
左手の。
薬指を見る。
家の中だけで。
輝いている。
婚約指輪。
これを。
いつか。
外でも。
堂々と。
つけられる日は。
来るのだろうか。
私は。
もう。
隠れるために。
陽向と。
結婚するんじゃない。
でも。
公表するということは。
陽向の。
アイドル人生そのものと。
向き合うこと。
そして。
その先には。
きっと。
一番。
怖くて。
一番。
大切な人たちがいる。
――陽向を愛してきた。
――ファンの人たち。
私たちは。
とうとう。
その人たちへ。
未来を。
どう伝えるのか。
決めるときが。
近づいていた。
四人に会う日。
私は。
朝から。
服を。
三回。
着替えた。
「……違う」
鏡を見る。
着替える。
「これも」
違う。
また。
着替える。
「何着ればいいの……」
仕事なら。
スタイリストさんがいる。
一ノ瀬紗良として。
芸能人に会うだけなら。
こんなに。
悩まない。
でも。
今日は。
違う。
私は。
天城陽向の。
婚約者として。
ASTERに。
会う。
しかも。
そのASTERは。
私が。
十年以上。
テレビの向こうから。
見てきた人たち。
「……無理」
結局。
陽向へ。
メッセージを送った。
『何着ていけばいい?』
すぐ。
返事。
『服』
「……」
私は。
画面を。
睨んだ。
『それは分かってる』
『何でもいいよ』
『何でもよくない』
『美月なら何着ても可愛い』
「そういうことじゃない!」
思わず。
声に出る。
すると。
電話が。
かかってきた。
「何?」
『怒ってる?』
「怒ってない」
『怒ってるじゃん』
「だって」
私は。
ベッドに。
並べた服を見る。
「ASTERに」
「会うんだよ?」
『うん』
「陽向の」
顔が。
熱くなる。
「婚約者として」
電話の向こう。
一瞬。
静か。
そして。
『もう一回言って』
「切るよ」
『ごめん!』
私は。
ため息。
「本当に」
「何着ればいい?」
陽向が。
少し考える。
『美月が』
『いつも着てるのでいいよ』
「でも」
『今日』
声が。
少し優しくなる。
『一ノ瀬紗良として』
『仕事しに来るわけじゃないでしょ』
「……」
『俺が好きな人を』
『みんなに紹介するだけ』
胸が。
少し。
落ち着いた。
「……そっか」
『うん』
「じゃあ」
私は。
並べた中から。
一番。
自分らしいと思える。
シンプルな。
ワンピースを取った。
「これにする」
『見えない』
「知ってる」
◇◇◇
約束の場所は。
ASTERが。
よく使っている。
事務所の。
小さな会議室。
一般の人が。
入ってこない。
安全な場所。
廊下を。
陽向と並んで。
歩く。
「……」
「……」
「美月」
「何?」
「さっきから」
「右手と右足」
「一緒に出そう」
「出てない!」
「出てる」
「見ないで!」
陽向が。
笑う。
「そんな緊張する?」
私は。
立ち止まった。
「するよ!」
「だって」
「陽向は!」
指差す。
「もう」
「私の中では」
「陽向なの!」
「うん」
「でも」
会議室の。
扉を見る。
「中にいる人たちは」
声が。
小さくなる。
「ASTERなの!」
「俺もASTERだけど?」
「そういう意味じゃない!」
陽向。
大笑い。
「美月」
「何?」
「大丈夫」
「……」
「俺」
陽向が。
私の手を。
一瞬だけ。
握る。
「隣いるから」
胸が。
少し。
落ち着く。
「……絶対?」
「絶対」
「途中で」
「トイレとか」
「行かないでね」
「そこまで!?」
「今は!」
「分かった分かった」
そして。
陽向が。
ドアノブへ。
手をかける。
「行くよ」
「待って」
「何?」
「やっぱり」
「帰」
ガチャ。
「開けた!」
「遅い!」
◇◇◇
「来た」
「おー」
「どうぞ」
中には。
四人。
全員。
いた。
「……」
私は。
完全に。
固まった。
テレビ。
雑誌。
ライブ。
何度も。
見てきた。
ASTER。
しかも。
近い。
近すぎる。
「美月?」
隣で。
陽向が。
小声。
私は。
慌てて。
頭を下げた。
「は、初めまして!」
「初めまして」
一人が。
笑う。
「一ノ瀬紗良さんとは」
「何度か現場で」
「あ」
そうだった。
身体としては。
初対面じゃない人もいる。
でも。
私には。
ほぼ。
初対面。
「そうですよね」
「……」
「すみません」
「何が?」
もう。
訳が分からない。
陽向が。
横で。
笑いを。
堪えている。
「陽向」
「何?」
「笑わないで」
「まだ笑ってない」
「顔が笑ってる」
メンバーの一人が。
面白そうに。
私を見る。
「本当に」
「陽向の前だと」
「雰囲気違うね」
「え?」
「現場で会ったとき」
「もっと」
「こう」
手で。
空気を。
表現しながら。
「シュッとしてた」
「ああ……」
一ノ瀬紗良。
だったころ。
「今」
「めちゃくちゃ」
別の人が。
笑う。
「普通に緊張してる」
「……」
顔が。
熱い。
「すみません」
また。
謝った。
その瞬間。
四人のうち。
一人が。
にやっとする。
「それ」
「陽向から聞いた」
「え?」
「すぐ謝るって」
「……陽向」
私は。
ゆっくり。
隣を見る。
「何を」
「話したの?」
「ちょっとだけ!」
「ちょっと?」
「美月のこと」
「全部じゃない!」
「どこまで!?」
一気に。
いつもの。
調子になる。
四人が。
笑った。
「ああ」
一人が。
頷く。
「この感じか」
「何が!?」
「陽向が」
「めちゃくちゃ」
「楽しそうに話してた理由」
「……」
陽向の顔が。
赤くなる。
「やめろって!」
私は。
逆に。
固まる。
「陽向が」
「私のこと」
「話してたんですか?」
「めっちゃ」
「おい!」
「美月が」
「美月が」
「美月が」
「って」
「やめろおおお!」
陽向が。
止めに入る。
私は。
口元を。
押さえた。
嬉しい。
でも。
恥ずかしい。
そして。
ここで。
事件は。
起きた。
◇◇◇
メンバーの一人が。
私に。
聞いた。
「陽向の」
「どこが好きなんですか?」
「え?」
頭。
真っ白。
陽向が。
横で。
「おい!」
と。
止める。
でも。
もう。
質問は。
耳に入った。
どこが。
好き?
ずっと。
テレビで。
応援していた頃なら。
明るいところ。
笑顔。
大きなリアクション。
アニメやゲームを。
楽しそうに。
話すところ。
全部。
すぐ。
答えられた。
でも。
今は。
もっと。
いっぱい。
知っている。
弱いところ。
無理して。
笑うところ。
嫉妬するところ。
疲れたって。
言えるようになったところ。
私を。
高瀬美月として。
見つけてくれたところ。
子どもたちを。
大切にしてくれるところ。
「……全部です」
口から。
出た。
「……」
全員。
止まる。
陽向も。
止まる。
私は。
自分の発言に。
気づく。
「……あ」
終わった。
「いや!」
慌てる。
「全部って」
「そういう!」
「どのそういう?」
「えっと!」
顔が。
熱い。
「アイドルとしても!」
「……」
「男性としても!」
「……」
「婚約者としても!」
言った。
言ってしまった。
しん。
会って。
おそらく。
三十秒ちょっと。
私は。
長年見てきた。
推したちの前で。
「婚約者としても好きです」
と。
宣言した。
「……」
陽向が。
両手で。
顔を覆った。
「美月……」
「ごめん!」
「いや」
肩が。
震えている。
「俺は嬉しい」
「笑ってるよね!?」
「めっちゃ嬉しい!」
そして。
四人が。
一斉に。
笑い出した。
「本当にファンじゃん!」
「陽向より反応面白い!」
「婚約者としても!」
「やめてください!」
私は。
顔を。
覆った。
「帰りたい……」
「まだ来たばっか!」
陽向が。
大笑いする。
予告通り。
私は。
会って早々。
とんでもないことを。
口走った。
◇◇◇
でも。
その失敗のおかげか。
不思議なくらい。
緊張は。
少し。
なくなった。
「じゃあ」
一人が。
飲み物を。
渡してくれる。
「改めて」
「座りましょうか」
「はい……」
私は。
陽向の隣。
宣言通り。
陽向は。
ちゃんと。
隣にいてくれる。
「陽向から」
一人が。
言った。
「結婚するって」
「聞きました」
「……はい」
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
今度は。
ちゃんと。
言えた。
「ただ」
少し。
真面目な顔。
「俺たちも」
「心配はしてます」
私は。
頷いた。
「はい」
「熱愛報道も」
「出たばかりだし」
「うん」
「陽向は」
「ASTERとして」
「今」
「かなり大事な時期だから」
「はい」
陽向が。
横から。
口を挟もうとする。
でも。
私は。
その手を。
少し。
触って。
止めた。
私に。
聞かれている。
私が。
答えたい。
「私も」
「怖いです」
四人が。
静かに。
聞く。
「陽向と」
「付き合うことで」
「陽向の仕事に」
「影響が出たら」
「どうしようって」
「……」
「今でも」
「思います」
陽向が。
少し。
私を見る。
「一度」
私は。
苦笑する。
「別れたほうが」
「いいんじゃないかって」
「言ったこともあります」
「美月」
「うん」
「でも」
私は。
続けた。
「怒られました」
四人が。
陽向を見る。
「珍しい」
「いや」
陽向が。
慌てる。
「怒ったっていうか!」
「結構怒ってた」
「美月!」
少し。
笑い。
そして。
私は。
もう一度。
真面目に。
四人を見る。
「そのとき」
「言われました」
「俺のためって言って」
「俺が一番嫌なことを」
「一人で決めるなって」
「……」
「それで」
「私も」
「分かったんです」
「陽向のために」
「私が勝手に」
「陽向の人生を」
「決めちゃいけない」
「……」
「だから」
胸に。
手を置く。
「今は」
「怖いことも」
「心配なことも」
「ちゃんと」
「二人で考えたいと思っています」
四人が。
少し。
顔を見合わせる。
そして。
一人が。
陽向を見る。
「同じこと」
「言ってたな」
「え?」
「陽向も」
「一人で決めずに」
「みんなで考えたいって」
「……」
私は。
隣の。
陽向を見る。
陽向も。
私を見る。
少し。
照れくさくて。
二人。
笑った。
◇◇◇
「美月さん」
今度は。
別のメンバー。
「はい」
「一個」
「聞いていい?」
「はい」
「陽向と」
「結婚したら」
「仕事」
「どうするつもり?」
私は。
迷わなかった。
「続けたいです」
陽向が。
隣で。
嬉しそうに。
笑う。
「主演ドラマも」
「決まりました」
「うん」
「これから」
「もっと」
「女優として」
「やってみたいことも」
「増えてきて」
「……」
「結婚したから」
「辞めるということは」
「考えていません」
「そっか」
「はい」
「じゃあ」
もう一人。
「陽向に」
「家庭に入ってほしいとか」
「言われたら?」
「言わない!」
陽向が。
先に。
叫んだ。
全員が。
笑う。
私は。
陽向を見る。
「言わないよね?」
「言わない!」
「よかった」
「そこ確認する!?」
また。
笑い。
でも。
私は。
少し。
真剣に。
続けた。
「私」
「一度目の人生で」
そこまで。
言って。
止まる。
一度目の人生。
この人たちは。
まだ。
知らない。
私は。
言い方を。
変える。
「昔」
「自分が」
「何をしたいかより」
「周りが」
「どうしたいかを」
「優先して」
「生きていた時期が」
「長かったんです」
「……」
「だから」
「今度は」
「陽向と結婚しても」
「陽向のためだけに」
「自分を」
「なくしたくない」
陽向の。
手が。
私の手へ。
少し。
触れる。
人前。
だから。
握らない。
でも。
そこにいる。
「陽向も」
「それでいいって」
「言ってくれています」
「うん」
陽向が。
頷く。
一人が。
少し。
笑った。
「なるほど」
「何ですか?」
「陽向が」
「変わった理由」
「え?」
「分かった気する」
私は。
目を丸くする。
「陽向」
その人が。
言う。
「昔」
「自分がやりたいこと」
「全力で」
「みんな巻き込むタイプだったんですよ」
「ちょっと!」
「でも今」
「美月さんが」
「どうしたいか」
「めちゃくちゃ」
「聞くでしょ」
「……」
私は。
思わず。
笑った。
「聞きます」
「やっぱり」
「何でも」
「美月はどうしたい?」
「って」
「言います」
陽向が。
少し。
照れている。
「だって」
「大事じゃん」
「うん」
私は。
その横顔を。
見た。
「すごく」
「助けられてます」
また。
陽向が。
固まる。
「美月」
「何?」
「今日」
「急に」
「俺を褒めすぎ」
「事実だから」
「……」
「無理」
顔を。
覆った。
四人が。
笑う。
◇◇◇
しばらくして。
一番。
慎重そうに。
話していたメンバーが。
私へ。
聞いた。
「……陽向のこと」
「はい」
「本当に」
「好きなんですね」
その質問。
さっきなら。
また。
恥ずかしく。
なったかもしれない。
でも。
今度は。
ちゃんと。
答えられた。
「はい」
私は。
笑う。
「大好きです」
陽向が。
隣で。
また。
固まる。
「……」
「陽向?」
「今日」
「俺」
「死ぬかもしれない」
「何で?」
「幸せすぎて」
「大げさ」
「大げさじゃない!」
「うるさい」
いつもの。
私たち。
すると。
そのメンバーが。
ふっと。
笑った。
「じゃあ」
「俺も」
「応援します」
「……」
私が。
顔を上げる。
「いいんですか?」
「心配は」
「まだ」
「あります」
「はい」
「仕事も」
「ファンも」
「ASTERも」
「大事です」
「……はい」
「でも」
陽向を見る。
「こいつも」
「大事なんで」
胸が。
温かくなる。
「陽向が」
「この人と」
「生きたいって」
「本気で思ってるなら」
「……」
「その方法を」
「俺たちも」
「一緒に考えます」
陽向が。
少し。
目を。
赤くした。
「……ありがとう」
「泣くなよ」
「泣いてない!」
「最近よく泣くじゃん」
「美月のせい!」
「私!?」
「幸せで泣かされる!」
「知らないよ!」
みんなが。
笑う。
私は。
その笑い声を。
聞きながら。
思った。
ああ。
陽向は。
この人たちと。
ずっと。
生きてきたんだ。
血の繋がった。
家族とは。
違う。
でも。
きっと。
家族みたいな。
大切な人たち。
そんな人たちに。
私を。
会わせてくれた。
それが。
嬉しかった。
◇◇◇
話が。
落ち着いたころ。
突然。
一人が。
言った。
「じゃあ」
「何ですか?」
「美月さん」
「本当に」
「ASTERのファンなんですよね?」
「……」
来た。
できれば。
触れずに。
終わりたかった。
「はい」
「どれくらい?」
陽向が。
にやっとする。
「十年以上」
「陽向!」
「いいじゃん」
「誰推し?」
また。
その質問。
「……」
全員。
私を見る。
逃げられない。
私は。
小さく。
答えた。
「陽向です」
「うわあ!」
「本人いる前で!」
「すご!」
「推しと結婚!」
陽向が。
得意そうに。
胸を張る。
「ほら!」
「何がほらなの!」
「俺」
「昔から」
「美月のタイプだった」
「やめて!」
もう。
恥ずかしすぎる。
すると。
一人が。
さらに。
聞く。
「じゃあ」
「昔の陽向と」
「今の陽向」
「どっちが好き?」
「え?」
意地悪。
でも。
答えは。
簡単だった。
「今」
陽向が。
止まる。
「え」
「今の陽向」
「……」
「アイドルの陽向も」
「ずっと好きだったけど」
私は。
隣を見る。
「今は」
「テレビでは」
「見えないところも」
「知ってるから」
「……」
「今のほうが」
「好きです」
「……」
陽向。
また。
両手で。
顔を覆った。
「もう無理」
「今日何回目?」
「美月が!」
「何?」
「俺のこと」
「好きすぎる!」
「言わせたの」
「そっちでしょ!」
四人が。
大爆笑。
◇◇◇
帰り。
事務所の。
廊下。
私は。
陽向の隣を。
歩いていた。
「……疲れた」
「お疲れ」
「すごく」
「緊張した」
「うん」
「でも」
私は。
少し笑う。
「楽しかった」
陽向の顔が。
ぱっと。
明るくなる。
「本当?」
「うん」
「よかった」
「それに」
「何?」
「ちょっと」
「安心した」
「何が?」
「陽向」
私は。
歩きながら。
言う。
「大事にされてるんだね」
陽向が。
少し。
目を丸くする。
「みんな」
「仕事のこと」
「グループのこと」
「心配してたけど」
「……」
「それって」
「陽向のことも」
「ASTERのことも」
「大事だからでしょ?」
「……うん」
「いい仲間だね」
陽向が。
少し。
照れくさそうに。
笑う。
「うん」
「俺」
「ASTER好き」
「知ってる」
「美月も?」
「好き」
「俺が一番?」
「まだ言う?」
「大事」
私は。
笑った。
「陽向が一番」
「よっしゃ!」
「声!」
「ごめん!」
◇◇◇
エレベーターの中。
二人きり。
陽向が。
そっと。
私の手を。
握った。
「美月」
「何?」
「今日」
「来てくれて」
「ありがとう」
「うん」
「俺」
「結婚って」
「美月と俺だけのことだと」
「思ってた部分もあった」
「うん」
「でも」
「子どもたちも」
「旦那さんも」
「ASTERも」
「事務所も」
「ファンも」
「……」
「いろんな人の」
「人生に」
「ちょっとずつ」
「関わるんだな」
「うん」
「だから」
私を見る。
「ちゃんと」
「一個ずつ」
「話したい」
「……うん」
「逃げない」
「うん」
「でも」
陽向が。
私の手を。
少し。
強く握る。
「誰かのために」
「美月との結婚」
「なかったことには」
「しない」
胸が。
温かくなる。
「私も」
「……」
「陽向のためって」
「勝手に」
「いなくならない」
陽向が。
笑う。
「約束」
「うん」
エレベーターが。
一階へ。
着く。
ドアが。
開く。
でも。
私たちには。
まだ。
一番。
大きな相手が。
残っている。
それは。
陽向を。
ずっと。
応援してきた。
何万人。
何十万人もの。
ファン。
◇◇◇
その日の夜。
ASTERの。
マネージャーから。
陽向へ。
連絡が入った。
『メンバーとは話せたな』
『はい』
『全員からも聞いた』
『……はい』
そして。
次。
『じゃあ今度は』
少し。
間。
『公表するかどうか』
『具体的に考えるぞ』
陽向の。
指が。
止まった。
同じころ。
私の事務所にも。
連絡が。
入っていた。
『一ノ瀬さん』
『天城さんとの件ですが』
『結婚まで進むのであれば』
胸が。
高鳴る。
『熱愛報道への対応を』
『もう一度』
『二人の事務所で』
『話し合う必要があります』
私は。
左手の。
薬指を見る。
家の中だけで。
輝いている。
婚約指輪。
これを。
いつか。
外でも。
堂々と。
つけられる日は。
来るのだろうか。
私は。
もう。
隠れるために。
陽向と。
結婚するんじゃない。
でも。
公表するということは。
陽向の。
アイドル人生そのものと。
向き合うこと。
そして。
その先には。
きっと。
一番。
怖くて。
一番。
大切な人たちがいる。
――陽向を愛してきた。
――ファンの人たち。
私たちは。
とうとう。
その人たちへ。
未来を。
どう伝えるのか。
決めるときが。
近づいていた。



