「……無理」
陽向は。
楽屋の前で。
立ち止まっていた。
昨日。
マネージャーから。
言われた。
――明日、ASTER全員にお前から話せ。
そして。
今日。
その日が。
来てしまった。
「……」
ドアの向こうから。
いつもの。
笑い声が聞こえる。
何年も。
一緒にいる。
メンバー。
ライブ前も。
落ち込んだときも。
嬉しいときも。
ずっと。
同じ場所で。
走ってきた。
なのに。
ドアが。
開けられない。
「何してんの?」
突然。
後ろから。
声。
「うわっ!」
陽向が。
飛び上がる。
ASTERのメンバーの一人が。
不思議そうに。
見ている。
「入らないの?」
「入る!」
「じゃあ入れよ」
「心の準備!」
「楽屋入るだけで?」
「今日は違う!」
「何が?」
「それは……」
言えない。
ここで。
一人だけに。
先に言うのは。
違う。
「……とにかく」
陽向は。
深呼吸した。
「行く」
「何その顔」
「うるさい!」
そして。
ドアを。
開けた。
◇◇◇
「おはよー」
「おはよ」
「遅い」
「五分前だから!」
いつもの。
ASTER。
五人。
全員。
揃っている。
このあと。
番組収録。
その前の。
少しだけ。
空いた時間。
マネージャーが。
陽向を見る。
――今、言え。
その目。
「……」
陽向は。
座れない。
立ったまま。
「みんな」
「何?」
一人が。
お菓子を食べながら。
返事をする。
「ちょっと」
「話ある」
「何その改まった感じ」
「怖」
「また何か撮られた?」
「違う!」
「じゃあ何?」
四人の。
視線。
全部。
自分へ。
五人の子どもたちより。
怖い。
いや。
同じくらい。
怖い。
「俺」
「うん」
喉が。
乾く。
「……結婚します」
「……」
静寂。
一秒。
二秒。
三秒。
「は?」
最初に。
声が出た。
「……結婚?」
「うん」
「誰が?」
「俺」
「誰と?」
「……彼女」
「それは分かる!」
一気に。
楽屋が。
騒がしくなる。
「ちょっと待って!」
「プロポーズしたの!?」
「いつ!?」
「熱愛出たばっかだよな!?」
「マジ!?」
「お前!」
「一回黙って!」
陽向が。
両手を。
上げる。
でも。
誰も。
黙らない。
「相手って」
「この前の?」
「……うん」
「一ノ瀬紗良さん?」
その名前に。
陽向が。
一瞬。
止まる。
「……世間では」
「そう」
「世間では?」
空気が。
少し。
変わった。
しまった。
言い方。
「いや」
「そこは」
陽向が。
迷う。
どこまで。
話す?
美月のこと。
紗良の身体に。
高瀬美月が。
いること。
これは。
陽向だけの。
秘密じゃない。
美月の。
人生そのもの。
勝手に。
話していいことじゃない。
「とにかく」
「俺が」
「結婚したい人」
「……」
「その人に」
「プロポーズして」
「受けてもらった」
メンバーたちは。
それぞれ。
顔を見合わせた。
◇◇◇
最初に。
口を開いたのは。
以前。
陽向のスマートフォンを見て。
『それもう、家族になりたい顔してる』
と。
言ったメンバーだった。
「……おめでとう」
陽向の目が。
大きくなる。
「え?」
「いや」
少し。
笑う。
「まずそれだろ」
「……」
胸が。
熱くなる。
「ありがとう」
すると。
別のメンバーも。
「まあ」
「びっくりしたけど」
少し笑って。
「おめでとう」
「ありがとう」
「でも早!」
「そこは俺も思う!」
「自覚あるんかい!」
全員が。
笑った。
少しだけ。
肩の力が。
抜ける。
でも。
次の瞬間。
一人が。
真面目な顔になる。
「陽向」
「うん」
「本当に」
「考えた?」
その質問。
分かっていた。
「何を?」
「全部」
「……」
「お前一人の」
「話じゃないだろ」
楽屋が。
静かになる。
「ファン」
「グループ」
「スポンサー」
「仕事」
「……」
「一ノ瀬さん側の」
「仕事もある」
「うん」
「それで」
少し。
言葉を選ぶ。
「本当に」
「今なん?」
陽向は。
黙った。
責められているとは。
思わない。
むしろ。
当然の質問。
だから。
ちゃんと。
答えたい。
「結婚するって」
「今日明日」
「籍入れるって意味じゃない」
「……うん」
「まだ」
「時期も」
「公表も」
「何も決めてない」
「じゃあ」
「何でプロポーズした?」
「……」
陽向は。
少し。
考えた。
そして。
笑った。
「一緒に」
「考えたかったから」
「え?」
「結婚するかどうかを」
「俺一人で」
「ずっと考えるんじゃなくて」
「……」
「まず」
「美月と」
その名前が。
自然に。
出た。
「……美月?」
一人が。
眉を寄せる。
陽向が。
止まる。
「今」
「美月って言った?」
「……」
「一ノ瀬紗良さんじゃないの?」
「……」
しまった。
でも。
誤魔化すのも。
変。
陽向は。
大きく。
息を吐いた。
「その話」
「今は」
「全部は言えない」
メンバーたちが。
少し。
驚く。
「俺だけの」
「秘密じゃないから」
「……」
「でも」
「俺が」
「好きになった人は」
「俺の中では」
「美月」
「……」
「そこだけ」
「覚えといてほしい」
少し。
不思議そうな。
空気。
でも。
誰も。
それ以上。
踏み込まなかった。
長く。
一緒にいる。
だから。
分かる。
陽向が。
ふざけていない。
そして。
言えないことには。
理由がある。
「分かった」
一人が。
頷く。
「その人のことは」
「美月さんって」
「思っとけばいい?」
「……うん」
陽向が。
笑う。
「ありがとう」
◇◇◇
「で?」
別のメンバーが。
聞いた。
「一緒に考えたいから」
「プロポーズ?」
「うん」
「それ」
「どういう意味?」
陽向は。
ソファへ。
腰を下ろす。
「俺」
「前だったら」
「結婚したい!」
「じゃあする!」
「って」
「行ってたと思う」
マネージャーが。
無言で。
頷いた。
「そこ頷かなくていい!」
楽屋に。
少し。
笑い。
「でも」
陽向は。
続ける。
「美月って」
「俺より」
「いろんなもの」
「背負ってるから」
「……」
「仕事も」
「大事な家族も」
「過去も」
「……」
「それを」
「俺と結婚するために」
「捨ててほしくない」
メンバーたちが。
黙って。
聞いている。
「だから」
「結婚してくださいって」
「言ったけど」
「……」
「そこから」
「どういう形なら」
「二人とも」
「大事なもの守れるか」
「一緒に」
「考えようって」
「そういう意味」
一人が。
少し。
目を丸くした。
「……お前」
「何?」
「めちゃくちゃ」
「ちゃんとしてるじゃん」
「普段俺」
「どう思われてんの!?」
「勢い」
「テンション」
「ゲーム」
「アニメ」
「うるさい」
「ひど!」
全員が。
笑う。
◇◇◇
でも。
一番。
静かだったメンバーが。
ようやく。
口を開いた。
「俺」
「うん」
「正直」
少し。
間。
「怖い」
陽向が。
真っ直ぐ。
見る。
「何が?」
「グループ」
「……」
「結婚したら」
「お前のファン」
「離れるかもしれない」
「うん」
「ASTERの」
「売上」
「落ちるかもしれない」
「うん」
「仕事」
「減る可能性も」
「ある」
「……うん」
「俺ら」
「五人で」
「ここまで」
「来たじゃん」
陽向の胸が。
少し。
痛む。
「だから」
そのメンバーが。
言う。
「おめでとうって」
「思う気持ちと」
「簡単に」
「いいじゃん」
「って」
「言えない気持ち」
「両方ある」
静かだった。
でも。
陽向は。
少し。
嬉しかった。
ちゃんと。
言ってくれたから。
「……ありがとう」
「何で礼?」
「本音」
「言ってくれたから」
「……」
陽向が。
少し笑う。
「俺も」
「怖いよ」
メンバーたちが。
陽向を見る。
「ファンが」
「離れたら」
「嫌だし」
「うん」
「ASTERに」
「迷惑かかったら」
「嫌だし」
「……」
「結婚して」
「全部今まで通りです!」
「なんて」
「俺も思ってない」
「うん」
「だから」
陽向が。
少し。
前へ。
身を乗り出す。
「どうしたら」
「できるだけ」
「みんなを」
「大事にできるか」
「……」
「俺も」
「考えたい」
「でも」
少し。
声が。
弱くなる。
「だからって」
「美月と」
「別れるのは」
「違うと思ってる」
誰も。
口を挟まない。
「美月も」
「一回」
「俺のために」
「別れたほうがいいかもって」
「言った」
「……」
「俺」
「それ」
「めちゃくちゃ嫌だった」
「うん」
「俺のためって」
「言って」
「俺が一番嫌なこと」
「決められるの」
「嫌だった」
一人が。
小さく。
頷く。
「だから」
「ASTERのために」
「俺が」
「勝手に」
「結婚諦めましたって」
「決めるのも」
「違うだろ」
「……」
「みんなが」
「どう思うか」
「聞いて」
「俺がどうしたいかも」
「言って」
「それで」
少し。
笑う。
「一緒に」
「考えたい」
長い。
沈黙。
そして。
一人が。
ふっと。
笑った。
「……彼女に」
「影響されすぎ」
「え?」
「一人で決めないって」
「前のお前から」
「一番遠い言葉」
「そんな!?」
「だって」
別のメンバーが。
笑う。
「昔」
「ライブ演出」
「勝手に思いついて」
「朝四時に」
「グループLINE送ってきたじゃん」
「あれは!」
「しかも」
「俺これ絶対やりたい!」
「から始まってた」
「……」
「今」
「一緒に考えたい」
「になってる」
陽向が。
少し。
恥ずかしくなる。
「……悪い?」
「いや」
「いいと思う」
その言葉に。
陽向は。
顔を上げた。
◇◇◇
「俺は」
最初に。
おめでとう。
と言ったメンバーが。
口を開く。
「結婚」
「賛成」
「……」
「ただし」
「うん」
「ちゃんと」
「俺らにも」
「相談して」
「……うん」
「発表の時期とか」
「うん」
「グループへの影響とか」
「全部」
「分かった」
「それなら」
少し。
笑う。
「俺は」
「美月さんと」
「幸せになれって」
「言う」
陽向の。
目が。
熱くなる。
「ありがとう」
別のメンバーも。
手を。
上げる。
「俺も」
「ただ」
「ファンには」
「ちゃんと」
「向き合え」
「うん」
「嘘だけは」
「つくな」
「うん」
そして。
さっき。
怖いと。
言ったメンバー。
陽向は。
その人を見る。
「……」
少し。
間。
「俺は」
「まだ」
「怖い」
「うん」
「でも」
陽向を見る。
「お前が」
「結婚したいくらい」
「大事な人なんだろ?」
「うん」
即答。
「じゃあ」
「一回」
「会ってみたい」
「……え?」
「美月さん」
「……」
「お前が」
「そこまで」
「変わるくらいの人」
「どんな人か」
「知りたい」
陽向の顔が。
ぱっと。
明るくなる。
「会う!?」
「いや」
「何でお前が」
「そんな嬉しそうなん」
「だって!」
陽向が。
身を乗り出す。
「美月」
「ASTERの」
「めちゃくちゃファンだから!」
「……」
しん。
四人。
全員。
止まる。
「……え?」
「あ」
また。
余計なこと。
言った。
「ファン?」
「……はい」
「誰推し?」
「……」
陽向が。
胸を張る。
「俺」
「うわ」
「急に腹立つ」
「なんで!」
「お前」
「推しと付き合って」
「結婚するの?」
「……はい」
「何その人生」
「俺も思う!」
全員が。
一気に。
騒ぎ始める。
「じゃあ」
「俺らに会うとき」
「普通に緊張する?」
「すると思う」
「面白」
「絶対会いたい」
「やめろ!」
陽向が。
慌てる。
「美月いじるなよ!」
「まだ会ってないのに」
「守り入るな」
「だって!」
いつもの。
ASTER。
陽向は。
笑った。
胸の。
奥にあった。
重いものが。
少しだけ。
軽くなった。
◇◇◇
その日の夜。
私は。
撮影から。
帰ったところだった。
主演ドラマ。
クランクイン。
朝から。
長い一日。
玄関を。
開けた瞬間。
「……疲れた」
ちゃんと。
口にする。
以前なら。
大丈夫。
って。
言っていた。
今は。
誰もいなくても。
疲れた。
と言える。
スマートフォン。
陽向から。
『電話できる?』
私は。
ソファへ。
座る。
『できるよ』
すぐ。
着信。
「もしもし」
『美月!』
元気。
「声大きい」
『ごめん』
「どうしたの?」
『今日』
少し。
間。
『ASTERに』
「……」
私は。
身体を。
起こした。
「話した?」
『うん』
「結婚のこと?」
『うん』
心臓が。
少し。
速くなる。
「……どうだった?」
陽向は。
すぐには。
答えない。
「陽向?」
『おめでとうって』
「……」
『言ってくれた』
胸が。
ふっと。
軽くなった。
「そっか」
『でも』
「うん」
『心配も』
『ちゃんと』
『言われた』
「……うん」
『ファンのこと』
『グループのこと』
『仕事のこと』
「うん」
『簡単に』
『全部いいじゃん』
『って』
『感じじゃなかった』
私は。
少し。
安心した。
「それでいいと思う」
『え?』
「だって」
私は。
ソファへ。
身体を預ける。
「みんなにとっても」
「人生に関わることだもん」
『……うん』
「陽向だけの」
「問題じゃない」
『うん』
「だから」
「ちゃんと」
「心配って」
「言ってくれる人がいるの」
「いいと思う」
電話の向こう。
少し。
静か。
『美月』
「何?」
『やっぱ』
「?」
『そういうとこ』
「何?」
『好き』
「急に?」
『いや』
少し。
笑う声。
『俺』
『最初』
『反対されたらどうしようって』
『思ってた』
「うん」
『でも』
『反対とか賛成とか』
『そういう二択じゃないんだよな』
「……うん」
『心配だけど』
『応援したいって』
『両方』
『あっていいんだなって』
私は。
少し。
笑った。
「そうだね」
◇◇◇
「それと」
陽向が。
急に。
少し。
楽しそうな声になる。
「何?」
『みんな』
『美月に』
『会いたいって』
「……」
私は。
固まった。
「誰が?」
『ASTER』
「……」
「え?」
『だから』
『メンバー四人』
「……」
数秒。
理解に。
時間がかかった。
「待って」
『うん』
「ASTER?」
『うん』
「全員?」
『うん』
「私が?」
『そう』
私は。
立ち上がった。
「無理!」
『ええ!?』
「無理無理無理!」
『なんで!?』
「だって!」
私は。
部屋を。
うろうろ。
歩く。
「陽向!」
『うん』
「私!」
『うん』
「ASTERの」
『うん』
「ファンなんだけど!」
『知ってる!』
「陽向だけじゃなくて!」
『知ってる!』
「全員」
「テレビで」
「何年も見てた人!」
『うん』
「その四人に!」
「陽向の!」
顔が。
一気に。
熱くなる。
「婚約者として!?」
『そう』
「無理!」
電話の向こう。
大爆笑。
『あはははっ!』
「笑わないで!」
『いや』
『美月が』
『五人の子どもに』
『俺紹介したとき』
『俺のこと』
『笑ってたじゃん!』
「今」
「気持ち分かった!」
『だろ!?』
「無理!」
『大丈夫』
「簡単に言わないで!」
『ごめん!』
もう。
心臓。
速い。
ASTER。
ずっと。
応援してきた。
陽向だけじゃない。
五人で。
笑って。
歌って。
ふざけて。
支え合って。
その姿を。
テレビ越しに。
何度も。
見てきた。
その人たちの前で。
私は。
一ノ瀬紗良としてではなく。
陽向が。
結婚したいと思った。
高瀬美月として。
会う。
「……陽向」
『何?』
「私」
「絶対」
「変なこと言う」
『大丈夫』
「だから」
「大丈夫って」
『じゃあ』
陽向が。
笑う。
『変なこと言っても』
『俺が一緒にいる』
「……」
胸が。
少し。
落ち着いた。
「それ」
「先に言って」
『ごめん』
「いつ?」
『来週』
「早い!」
『みんな楽しみにしてる』
「私はしてない!」
『嘘』
「……」
『ちょっと』
『楽しみでしょ?』
「……」
私は。
言葉に。
詰まる。
だって。
会いたい。
ファンとして。
ものすごく。
会いたい。
でも。
怖い。
「……少し」
『ほら』
「でも」
「すごく緊張する」
『うん』
「陽向」
『何?』
「絶対」
「隣にいてね」
陽向が。
一瞬。
黙った。
そして。
すごく。
優しい声。
『いるよ』
「……」
『婚約者なんで』
「それ」
「まだ慣れない」
『俺は慣れた』
「早い」
『むしろ』
少し。
嬉しそう。
『言いたい』
「外では言わないで」
『はい』
私は。
笑った。
◇◇◇
電話を。
切ったあと。
私は。
ソファに。
座り直す。
そして。
ふと。
思った。
不思議。
一度目の人生。
私は。
テレビの前で。
ASTERを。
見ていた。
陽向を。
見て。
笑って。
元気を。
もらっていた。
その。
画面の向こうにいた。
五人。
今度は。
その五人の中へ。
私は。
陽向の。
人生の。
大切な人として。
会いに行く。
「……人生」
「どうなってるの」
思わず。
笑った。
でも。
少し。
嬉しい。
子どもたちに。
陽向を。
紹介した。
今度は。
陽向が。
自分の大切な人たちへ。
私を。
紹介してくれる。
私だけが。
陽向の世界へ。
入れるんじゃない。
陽向も。
私の世界へ。
来てくれた。
お互いの。
大切なものを。
少しずつ。
知っていく。
それって。
きっと。
家族になる。
準備なのかもしれない。
そして。
一週間後。
私は。
人生で初めて。
『最推しの婚約者』として。
ASTERの。
四人と。
向き合うことになる。
――ただし。
その日。
緊張しすぎた私は。
会って三十秒で。
とんでもないことを。
口走ることになるのだった。
陽向は。
楽屋の前で。
立ち止まっていた。
昨日。
マネージャーから。
言われた。
――明日、ASTER全員にお前から話せ。
そして。
今日。
その日が。
来てしまった。
「……」
ドアの向こうから。
いつもの。
笑い声が聞こえる。
何年も。
一緒にいる。
メンバー。
ライブ前も。
落ち込んだときも。
嬉しいときも。
ずっと。
同じ場所で。
走ってきた。
なのに。
ドアが。
開けられない。
「何してんの?」
突然。
後ろから。
声。
「うわっ!」
陽向が。
飛び上がる。
ASTERのメンバーの一人が。
不思議そうに。
見ている。
「入らないの?」
「入る!」
「じゃあ入れよ」
「心の準備!」
「楽屋入るだけで?」
「今日は違う!」
「何が?」
「それは……」
言えない。
ここで。
一人だけに。
先に言うのは。
違う。
「……とにかく」
陽向は。
深呼吸した。
「行く」
「何その顔」
「うるさい!」
そして。
ドアを。
開けた。
◇◇◇
「おはよー」
「おはよ」
「遅い」
「五分前だから!」
いつもの。
ASTER。
五人。
全員。
揃っている。
このあと。
番組収録。
その前の。
少しだけ。
空いた時間。
マネージャーが。
陽向を見る。
――今、言え。
その目。
「……」
陽向は。
座れない。
立ったまま。
「みんな」
「何?」
一人が。
お菓子を食べながら。
返事をする。
「ちょっと」
「話ある」
「何その改まった感じ」
「怖」
「また何か撮られた?」
「違う!」
「じゃあ何?」
四人の。
視線。
全部。
自分へ。
五人の子どもたちより。
怖い。
いや。
同じくらい。
怖い。
「俺」
「うん」
喉が。
乾く。
「……結婚します」
「……」
静寂。
一秒。
二秒。
三秒。
「は?」
最初に。
声が出た。
「……結婚?」
「うん」
「誰が?」
「俺」
「誰と?」
「……彼女」
「それは分かる!」
一気に。
楽屋が。
騒がしくなる。
「ちょっと待って!」
「プロポーズしたの!?」
「いつ!?」
「熱愛出たばっかだよな!?」
「マジ!?」
「お前!」
「一回黙って!」
陽向が。
両手を。
上げる。
でも。
誰も。
黙らない。
「相手って」
「この前の?」
「……うん」
「一ノ瀬紗良さん?」
その名前に。
陽向が。
一瞬。
止まる。
「……世間では」
「そう」
「世間では?」
空気が。
少し。
変わった。
しまった。
言い方。
「いや」
「そこは」
陽向が。
迷う。
どこまで。
話す?
美月のこと。
紗良の身体に。
高瀬美月が。
いること。
これは。
陽向だけの。
秘密じゃない。
美月の。
人生そのもの。
勝手に。
話していいことじゃない。
「とにかく」
「俺が」
「結婚したい人」
「……」
「その人に」
「プロポーズして」
「受けてもらった」
メンバーたちは。
それぞれ。
顔を見合わせた。
◇◇◇
最初に。
口を開いたのは。
以前。
陽向のスマートフォンを見て。
『それもう、家族になりたい顔してる』
と。
言ったメンバーだった。
「……おめでとう」
陽向の目が。
大きくなる。
「え?」
「いや」
少し。
笑う。
「まずそれだろ」
「……」
胸が。
熱くなる。
「ありがとう」
すると。
別のメンバーも。
「まあ」
「びっくりしたけど」
少し笑って。
「おめでとう」
「ありがとう」
「でも早!」
「そこは俺も思う!」
「自覚あるんかい!」
全員が。
笑った。
少しだけ。
肩の力が。
抜ける。
でも。
次の瞬間。
一人が。
真面目な顔になる。
「陽向」
「うん」
「本当に」
「考えた?」
その質問。
分かっていた。
「何を?」
「全部」
「……」
「お前一人の」
「話じゃないだろ」
楽屋が。
静かになる。
「ファン」
「グループ」
「スポンサー」
「仕事」
「……」
「一ノ瀬さん側の」
「仕事もある」
「うん」
「それで」
少し。
言葉を選ぶ。
「本当に」
「今なん?」
陽向は。
黙った。
責められているとは。
思わない。
むしろ。
当然の質問。
だから。
ちゃんと。
答えたい。
「結婚するって」
「今日明日」
「籍入れるって意味じゃない」
「……うん」
「まだ」
「時期も」
「公表も」
「何も決めてない」
「じゃあ」
「何でプロポーズした?」
「……」
陽向は。
少し。
考えた。
そして。
笑った。
「一緒に」
「考えたかったから」
「え?」
「結婚するかどうかを」
「俺一人で」
「ずっと考えるんじゃなくて」
「……」
「まず」
「美月と」
その名前が。
自然に。
出た。
「……美月?」
一人が。
眉を寄せる。
陽向が。
止まる。
「今」
「美月って言った?」
「……」
「一ノ瀬紗良さんじゃないの?」
「……」
しまった。
でも。
誤魔化すのも。
変。
陽向は。
大きく。
息を吐いた。
「その話」
「今は」
「全部は言えない」
メンバーたちが。
少し。
驚く。
「俺だけの」
「秘密じゃないから」
「……」
「でも」
「俺が」
「好きになった人は」
「俺の中では」
「美月」
「……」
「そこだけ」
「覚えといてほしい」
少し。
不思議そうな。
空気。
でも。
誰も。
それ以上。
踏み込まなかった。
長く。
一緒にいる。
だから。
分かる。
陽向が。
ふざけていない。
そして。
言えないことには。
理由がある。
「分かった」
一人が。
頷く。
「その人のことは」
「美月さんって」
「思っとけばいい?」
「……うん」
陽向が。
笑う。
「ありがとう」
◇◇◇
「で?」
別のメンバーが。
聞いた。
「一緒に考えたいから」
「プロポーズ?」
「うん」
「それ」
「どういう意味?」
陽向は。
ソファへ。
腰を下ろす。
「俺」
「前だったら」
「結婚したい!」
「じゃあする!」
「って」
「行ってたと思う」
マネージャーが。
無言で。
頷いた。
「そこ頷かなくていい!」
楽屋に。
少し。
笑い。
「でも」
陽向は。
続ける。
「美月って」
「俺より」
「いろんなもの」
「背負ってるから」
「……」
「仕事も」
「大事な家族も」
「過去も」
「……」
「それを」
「俺と結婚するために」
「捨ててほしくない」
メンバーたちが。
黙って。
聞いている。
「だから」
「結婚してくださいって」
「言ったけど」
「……」
「そこから」
「どういう形なら」
「二人とも」
「大事なもの守れるか」
「一緒に」
「考えようって」
「そういう意味」
一人が。
少し。
目を丸くした。
「……お前」
「何?」
「めちゃくちゃ」
「ちゃんとしてるじゃん」
「普段俺」
「どう思われてんの!?」
「勢い」
「テンション」
「ゲーム」
「アニメ」
「うるさい」
「ひど!」
全員が。
笑う。
◇◇◇
でも。
一番。
静かだったメンバーが。
ようやく。
口を開いた。
「俺」
「うん」
「正直」
少し。
間。
「怖い」
陽向が。
真っ直ぐ。
見る。
「何が?」
「グループ」
「……」
「結婚したら」
「お前のファン」
「離れるかもしれない」
「うん」
「ASTERの」
「売上」
「落ちるかもしれない」
「うん」
「仕事」
「減る可能性も」
「ある」
「……うん」
「俺ら」
「五人で」
「ここまで」
「来たじゃん」
陽向の胸が。
少し。
痛む。
「だから」
そのメンバーが。
言う。
「おめでとうって」
「思う気持ちと」
「簡単に」
「いいじゃん」
「って」
「言えない気持ち」
「両方ある」
静かだった。
でも。
陽向は。
少し。
嬉しかった。
ちゃんと。
言ってくれたから。
「……ありがとう」
「何で礼?」
「本音」
「言ってくれたから」
「……」
陽向が。
少し笑う。
「俺も」
「怖いよ」
メンバーたちが。
陽向を見る。
「ファンが」
「離れたら」
「嫌だし」
「うん」
「ASTERに」
「迷惑かかったら」
「嫌だし」
「……」
「結婚して」
「全部今まで通りです!」
「なんて」
「俺も思ってない」
「うん」
「だから」
陽向が。
少し。
前へ。
身を乗り出す。
「どうしたら」
「できるだけ」
「みんなを」
「大事にできるか」
「……」
「俺も」
「考えたい」
「でも」
少し。
声が。
弱くなる。
「だからって」
「美月と」
「別れるのは」
「違うと思ってる」
誰も。
口を挟まない。
「美月も」
「一回」
「俺のために」
「別れたほうがいいかもって」
「言った」
「……」
「俺」
「それ」
「めちゃくちゃ嫌だった」
「うん」
「俺のためって」
「言って」
「俺が一番嫌なこと」
「決められるの」
「嫌だった」
一人が。
小さく。
頷く。
「だから」
「ASTERのために」
「俺が」
「勝手に」
「結婚諦めましたって」
「決めるのも」
「違うだろ」
「……」
「みんなが」
「どう思うか」
「聞いて」
「俺がどうしたいかも」
「言って」
「それで」
少し。
笑う。
「一緒に」
「考えたい」
長い。
沈黙。
そして。
一人が。
ふっと。
笑った。
「……彼女に」
「影響されすぎ」
「え?」
「一人で決めないって」
「前のお前から」
「一番遠い言葉」
「そんな!?」
「だって」
別のメンバーが。
笑う。
「昔」
「ライブ演出」
「勝手に思いついて」
「朝四時に」
「グループLINE送ってきたじゃん」
「あれは!」
「しかも」
「俺これ絶対やりたい!」
「から始まってた」
「……」
「今」
「一緒に考えたい」
「になってる」
陽向が。
少し。
恥ずかしくなる。
「……悪い?」
「いや」
「いいと思う」
その言葉に。
陽向は。
顔を上げた。
◇◇◇
「俺は」
最初に。
おめでとう。
と言ったメンバーが。
口を開く。
「結婚」
「賛成」
「……」
「ただし」
「うん」
「ちゃんと」
「俺らにも」
「相談して」
「……うん」
「発表の時期とか」
「うん」
「グループへの影響とか」
「全部」
「分かった」
「それなら」
少し。
笑う。
「俺は」
「美月さんと」
「幸せになれって」
「言う」
陽向の。
目が。
熱くなる。
「ありがとう」
別のメンバーも。
手を。
上げる。
「俺も」
「ただ」
「ファンには」
「ちゃんと」
「向き合え」
「うん」
「嘘だけは」
「つくな」
「うん」
そして。
さっき。
怖いと。
言ったメンバー。
陽向は。
その人を見る。
「……」
少し。
間。
「俺は」
「まだ」
「怖い」
「うん」
「でも」
陽向を見る。
「お前が」
「結婚したいくらい」
「大事な人なんだろ?」
「うん」
即答。
「じゃあ」
「一回」
「会ってみたい」
「……え?」
「美月さん」
「……」
「お前が」
「そこまで」
「変わるくらいの人」
「どんな人か」
「知りたい」
陽向の顔が。
ぱっと。
明るくなる。
「会う!?」
「いや」
「何でお前が」
「そんな嬉しそうなん」
「だって!」
陽向が。
身を乗り出す。
「美月」
「ASTERの」
「めちゃくちゃファンだから!」
「……」
しん。
四人。
全員。
止まる。
「……え?」
「あ」
また。
余計なこと。
言った。
「ファン?」
「……はい」
「誰推し?」
「……」
陽向が。
胸を張る。
「俺」
「うわ」
「急に腹立つ」
「なんで!」
「お前」
「推しと付き合って」
「結婚するの?」
「……はい」
「何その人生」
「俺も思う!」
全員が。
一気に。
騒ぎ始める。
「じゃあ」
「俺らに会うとき」
「普通に緊張する?」
「すると思う」
「面白」
「絶対会いたい」
「やめろ!」
陽向が。
慌てる。
「美月いじるなよ!」
「まだ会ってないのに」
「守り入るな」
「だって!」
いつもの。
ASTER。
陽向は。
笑った。
胸の。
奥にあった。
重いものが。
少しだけ。
軽くなった。
◇◇◇
その日の夜。
私は。
撮影から。
帰ったところだった。
主演ドラマ。
クランクイン。
朝から。
長い一日。
玄関を。
開けた瞬間。
「……疲れた」
ちゃんと。
口にする。
以前なら。
大丈夫。
って。
言っていた。
今は。
誰もいなくても。
疲れた。
と言える。
スマートフォン。
陽向から。
『電話できる?』
私は。
ソファへ。
座る。
『できるよ』
すぐ。
着信。
「もしもし」
『美月!』
元気。
「声大きい」
『ごめん』
「どうしたの?」
『今日』
少し。
間。
『ASTERに』
「……」
私は。
身体を。
起こした。
「話した?」
『うん』
「結婚のこと?」
『うん』
心臓が。
少し。
速くなる。
「……どうだった?」
陽向は。
すぐには。
答えない。
「陽向?」
『おめでとうって』
「……」
『言ってくれた』
胸が。
ふっと。
軽くなった。
「そっか」
『でも』
「うん」
『心配も』
『ちゃんと』
『言われた』
「……うん」
『ファンのこと』
『グループのこと』
『仕事のこと』
「うん」
『簡単に』
『全部いいじゃん』
『って』
『感じじゃなかった』
私は。
少し。
安心した。
「それでいいと思う」
『え?』
「だって」
私は。
ソファへ。
身体を預ける。
「みんなにとっても」
「人生に関わることだもん」
『……うん』
「陽向だけの」
「問題じゃない」
『うん』
「だから」
「ちゃんと」
「心配って」
「言ってくれる人がいるの」
「いいと思う」
電話の向こう。
少し。
静か。
『美月』
「何?」
『やっぱ』
「?」
『そういうとこ』
「何?」
『好き』
「急に?」
『いや』
少し。
笑う声。
『俺』
『最初』
『反対されたらどうしようって』
『思ってた』
「うん」
『でも』
『反対とか賛成とか』
『そういう二択じゃないんだよな』
「……うん」
『心配だけど』
『応援したいって』
『両方』
『あっていいんだなって』
私は。
少し。
笑った。
「そうだね」
◇◇◇
「それと」
陽向が。
急に。
少し。
楽しそうな声になる。
「何?」
『みんな』
『美月に』
『会いたいって』
「……」
私は。
固まった。
「誰が?」
『ASTER』
「……」
「え?」
『だから』
『メンバー四人』
「……」
数秒。
理解に。
時間がかかった。
「待って」
『うん』
「ASTER?」
『うん』
「全員?」
『うん』
「私が?」
『そう』
私は。
立ち上がった。
「無理!」
『ええ!?』
「無理無理無理!」
『なんで!?』
「だって!」
私は。
部屋を。
うろうろ。
歩く。
「陽向!」
『うん』
「私!」
『うん』
「ASTERの」
『うん』
「ファンなんだけど!」
『知ってる!』
「陽向だけじゃなくて!」
『知ってる!』
「全員」
「テレビで」
「何年も見てた人!」
『うん』
「その四人に!」
「陽向の!」
顔が。
一気に。
熱くなる。
「婚約者として!?」
『そう』
「無理!」
電話の向こう。
大爆笑。
『あはははっ!』
「笑わないで!」
『いや』
『美月が』
『五人の子どもに』
『俺紹介したとき』
『俺のこと』
『笑ってたじゃん!』
「今」
「気持ち分かった!」
『だろ!?』
「無理!」
『大丈夫』
「簡単に言わないで!」
『ごめん!』
もう。
心臓。
速い。
ASTER。
ずっと。
応援してきた。
陽向だけじゃない。
五人で。
笑って。
歌って。
ふざけて。
支え合って。
その姿を。
テレビ越しに。
何度も。
見てきた。
その人たちの前で。
私は。
一ノ瀬紗良としてではなく。
陽向が。
結婚したいと思った。
高瀬美月として。
会う。
「……陽向」
『何?』
「私」
「絶対」
「変なこと言う」
『大丈夫』
「だから」
「大丈夫って」
『じゃあ』
陽向が。
笑う。
『変なこと言っても』
『俺が一緒にいる』
「……」
胸が。
少し。
落ち着いた。
「それ」
「先に言って」
『ごめん』
「いつ?」
『来週』
「早い!」
『みんな楽しみにしてる』
「私はしてない!」
『嘘』
「……」
『ちょっと』
『楽しみでしょ?』
「……」
私は。
言葉に。
詰まる。
だって。
会いたい。
ファンとして。
ものすごく。
会いたい。
でも。
怖い。
「……少し」
『ほら』
「でも」
「すごく緊張する」
『うん』
「陽向」
『何?』
「絶対」
「隣にいてね」
陽向が。
一瞬。
黙った。
そして。
すごく。
優しい声。
『いるよ』
「……」
『婚約者なんで』
「それ」
「まだ慣れない」
『俺は慣れた』
「早い」
『むしろ』
少し。
嬉しそう。
『言いたい』
「外では言わないで」
『はい』
私は。
笑った。
◇◇◇
電話を。
切ったあと。
私は。
ソファに。
座り直す。
そして。
ふと。
思った。
不思議。
一度目の人生。
私は。
テレビの前で。
ASTERを。
見ていた。
陽向を。
見て。
笑って。
元気を。
もらっていた。
その。
画面の向こうにいた。
五人。
今度は。
その五人の中へ。
私は。
陽向の。
人生の。
大切な人として。
会いに行く。
「……人生」
「どうなってるの」
思わず。
笑った。
でも。
少し。
嬉しい。
子どもたちに。
陽向を。
紹介した。
今度は。
陽向が。
自分の大切な人たちへ。
私を。
紹介してくれる。
私だけが。
陽向の世界へ。
入れるんじゃない。
陽向も。
私の世界へ。
来てくれた。
お互いの。
大切なものを。
少しずつ。
知っていく。
それって。
きっと。
家族になる。
準備なのかもしれない。
そして。
一週間後。
私は。
人生で初めて。
『最推しの婚約者』として。
ASTERの。
四人と。
向き合うことになる。
――ただし。
その日。
緊張しすぎた私は。
会って三十秒で。
とんでもないことを。
口走ることになるのだった。



