目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~

約束の。

水曜日。

朝から。

私は。

落ち着かなかった。

『その日、俺に少し時間ちょうだい』

陽向から。

送られてきた。

あのメッセージ。

ただの。

デート。

そう。

言っていたけれど。

絶対。

何かある。

最近。

陽向と星が。

何か。

隠している。

左手を。

見られる。

好きな花を。

聞かれる。

夜景と海。

どちらが好きか。

聞かれる。

そして。

今日。

「……まさかね」

楽屋の鏡を。

見ながら。

私は。

首を振った。

期待して。

違ったら。

恥ずかしい。

そもそも。

この前。

結婚について。

話したばかり。

『もし結婚するなら』

そんな。

仮定の話。

陽向だって。

『今のはプロポーズじゃない!』

って。

あんなに。

慌てていた。

「……うん」

今日は。

普通のデート。

そう。

思おう。

「紗良さん」

スタッフから。

声をかけられる。

「次、お願いします」

「はい!」

私は。

立ち上がった。

なのに。

頭の片隅では。

ずっと。

陽向のことを。

考えていた。

◇◇◇

仕事が。

終わったのは。

十九時すぎ。

予定より。

少しだけ。

遅くなった。

スマートフォンを見る。

陽向。

『下いる』

「……また?」

駐車場へ。

急ぐ。

車を見つける。

助手席へ。

乗る。

「ごめん!」

「全然」

陽向が。

笑う。

「お疲れ」

「お疲れ」

シートベルトを。

締める。

そして。

私は。

陽向を見る。

「……何?」

「いや」

「何?」

「今日」

いつもより。

少し。

きちんとした服。

でも。

派手じゃない。

私が。

好きな感じ。

「陽向」

「何?」

「緊張してる?」

陽向の肩が。

ぴくっと。

動いた。

「してない」

「嘘」

「してない」

「声」

「普通」

「手」

「……」

ハンドルを。

強く握っている。

「汗かいてる」

「暑いから!」

「今日そんな暑くないよ」

「美月!」

「何?」

「今日は」

赤信号。

陽向が。

私を見る。

「何も聞かないで」

「……」

その顔。

本気で。

緊張している。

私は。

少し笑った。

「分かった」

「……え?」

「聞かない」

「いいの?」

「うん」

私は。

シートに。

身体を預ける。

「陽向が」

「話したくなったときに」

「話して」

一瞬。

陽向の目が。

柔らかくなる。

「……うん」

「ありがと」

◇◇◇

車が。

着いた場所。

私は。

見覚えのある建物を見て。

目を丸くした。

「ここ……」

「覚えてる?」

「覚えてるよ」

私たちが。

初めて。

二人で。

カラオケに来た場所。

まだ。

付き合っていなかった頃。

私は。

陽向を。

『最推し』

としてしか。

見られなくて。

それでも。

少しずつ。

ただの。

天城陽向を。

知り始めた。

そして。

陽向も。

高瀬美月の。

好きなものを。

一つずつ。

知ろうとしてくれた。

「どうしてここ?」

「行こ」

陽向が。

笑う。

でも。

答えない。

「怪しい」

「いいから」

個室へ。

入る。

あの日と。

同じような。

小さな部屋。

ソファ。

モニター。

マイク。

テーブル。

派手な。

飾り付けは。

何もない。

「……普通だ」

思わず。

呟く。

陽向が。

振り返る。

「何期待してたの?」

「何も!」

「今」

「絶対何か期待してた」

「してない!」

「ふーん」

少し。

笑った。

でも。

何故だろう。

ここへ来ただけで。

昔の気持ちが。

蘇ってくる。

あの日。

マイクを。

握る手が。

震えた。

推しの前で。

歌うなんて。

無理。

そう。

思っていた。

なのに。

最後には。

楽しくて。

もっと。

歌いたくなっていた。

あの頃の私は。

まだ。

自分が。

幸せになることに。

慣れていなかった。

◇◇◇

「歌う?」

陽向が。

マイクを。

差し出す。

「今から?」

「カラオケ来たんだから」

「それはそうだけど」

私は。

受け取る。

「陽向から」

「え?」

「私」

「この前」

「いっぱい歌った」

「じゃあ」

「今日は陽向」

「俺?」

「うん」

「何歌う?」

「何でもいいよ」

陽向が。

少し。

考える。

そして。

曲を。

入れた。

聞き覚えのある。

ASTERの。

バラード。

私が。

昔から。

好きだった曲。

「……これ」

「美月」

「好きでしょ」

「うん」

「知ってた?」

「ファン歴」

少し。

得意そうに。

笑う。

「なめんな」

「私のほうが」

「陽向ファン歴長いけど」

「それはそう」

イントロ。

陽向が。

歌い始める。

いつも。

テレビで。

ステージで。

聴いていた声。

でも。

今。

目の前。

私一人のために。

歌っている。

それだけで。

胸が。

苦しいくらい。

満たされる。

歌詞は。

大切な人と。

未来を。

歩きたい。

そんな。

ラブソング。

「……」

まさか。

いや。

まだ。

決めつけちゃ。

ダメ。

でも。

心臓が。

どんどん。

速くなる。

曲が。

終わる。

私は。

拍手した。

「やっぱり」

「上手い」

「そりゃ」

陽向が。

得意そうに。

笑う。

「プロなんで」

「ふふっ」

「でも」

陽向が。

マイクを。

置く。

「今日」

「歌いたかったの」

「美月に」

「だけ」

「……」

胸が。

鳴った。

◇◇◇

「美月」

「うん」

陽向が。

私の隣へ。

座る。

近い。

でも。

いつもなら。

すぐ。

手を。

握ってくるのに。

今日は。

膝の上。

自分の手を。

何度も。

組み直している。

「ねえ」

「何?」

「本当に」

私は。

笑いそうになる。

「緊張してるでしょ」

「……してる」

とうとう。

認めた。

「めちゃくちゃ」

「ライブより?」

「比べものにならない」

「そんなに?」

「うん」

陽向が。

大きく。

息を吸った。

そして。

私を見る。

「美月」

「うん」

「俺さ」

少し。

笑う。

「最初」

「お前のこと」

「紗良だと思ってた」

胸が。

静かに。

揺れる。

「うん」

「病院で」

「目覚ましたとき」

「紗良が戻ってきたって」

「思った」

「うん」

「でも」

陽向の目が。

少し。

寂しくなる。

「違った」

「……」

「俺」

「それ」

「受け入れられなくて」

「美月のこと」

「傷つけた」

あの日。

『紗良を返してくれ』

言われた。

今でも。

覚えている。

でも。

今は。

もう。

痛いだけの。

記憶じゃない。

「うん」

「ごめん」

「陽向」

「何?」

「もう」

私は。

少し笑う。

「謝らなくていいよ」

「……」

「今」

「ちゃんと」

「私を見てくれてるから」

陽向の目が。

少し。

潤む。

「うん」

「見てる」

「……」

「美月を」

まっすぐ。

言われる。

胸が。

熱くなる。

「それから」

陽向は。

続けた。

「美月のこと」

「知った」

「ラーメン好きで」

「うん」

「ブラックコーヒーで」

「うん」

「チーズケーキ好き」

「うん」

「ピンク好き」

「うん」

「歌うの好き」

「うん」

「子ども五人」

「めちゃくちゃ大事」

涙が。

滲んだ。

「うん」

「自分のこと」

「すぐ後回しにする」

「……」

「でも」

陽向が。

笑う。

「最近は」

「やりたいって」

「言えるようになった」

「うん」

「怖いって」

「言える」

「うん」

「疲れたって」

「言える」

「うん」

「俺のことも」

少し。

照れる。

「好きって」

「ちゃんと」

「言ってくれる」

「……うん」

「俺」

陽向が。

ゆっくり。

言う。

「その全部が」

「好き」

涙が。

頬を。

流れた。

◇◇◇

「美月」

「うん」

陽向は。

少し。

震える手で。

ポケットへ。

手を入れた。

その瞬間。

息が。

止まる。

まさか。

小さな。

箱。

それを。

見た瞬間。

頭が。

真っ白になった。

「……陽向」

「まだ」

陽向も。

もう。

泣きそう。

「まだ言わないで」

「……」

「俺」

「ちゃんと言いたい」

私は。

口元を。

両手で。

覆った。

陽向が。

ソファから。

立ち上がる。

そして。

私の前へ。

片膝を。

ついた。

「……っ」

本当に。

本当に。

プロポーズ。

だった。

「陽向……」

「美月」

陽向が。

箱を。

開く。

中には。

上品な。

細いリング。

中央の石が。

部屋の光を受けて。

小さく。

輝いている。

派手じゃない。

でも。

すごく。

綺麗。

私が。

好きそうな。

指輪。

「これ」

陽向が。

少し笑う。

「星ちゃんに」

「相談した」

「……やっぱり!」

涙の中で。

思わず。

声が出る。

陽向が。

吹き出しそうになった。

「今そこ!?」

「だって!」

「あとで!」

「はい」

また。

涙が。

溢れる。

陽向が。

一度。

深呼吸。

そして。

今度こそ。

真っ直ぐ。

私を見る。

「俺が」

「一緒に生きたいのは」

「一ノ瀬紗良じゃない」

「……」

「紗良の人生を」

「否定したいわけでもない」

「うん」

「紗良がいたから」

「今」

「美月がここにいる」

「……うん」

「だから」

「それも」

「全部」

「大事にしたい」

涙が。

止まらない。

「でも」

陽向の声が。

少し。

震える。

「俺が」

「好きになったのは」

「高瀬美月」

「……」

「五人の子どもの」

「ママで」

「……」

「一回目の人生も」

「ちゃんと大切で」

「……」

「今」

「女優として」

「自分の人生も」

「生きようとしてる」

「……」

「美月」

陽向の目にも。

涙。

「俺」

「美月に」

「何かを」

「捨ててほしくない」

「……」

「子どもたちも」

「仕事も」

「過去も」

「全部」

「大事にしたまま」

声が。

少し。

掠れる。

「俺を」

「その中に」

「入れてほしい」

「……っ」

胸が。

いっぱいで。

呼吸が。

うまくできない。

「俺」

「美月の」

「一番になりたいとか」

「そういうことじゃなくて」

「……」

「美月の人生に」

「ずっと」

「いたい」

その言葉。

私が。

欲しかったもの。

誰かのために。

自分を。

消す愛じゃない。

何かと。

交換する愛でもない。

私の人生に。

一緒に。

いてくれる人。

「だから」

陽向が。

箱を。

少し。

私へ。

差し出した。

そして。

はっきり。

私の名前を。

呼ぶ。

「高瀬美月さん」

涙が。

ぼろぼろ。

落ちる。

「俺と」

少し。

笑う。

でも。

声は。

震えている。

「結婚してください」

◇◇◇

言われた。

本当に。

高瀬美月に。

言ってくれた。

一ノ瀬紗良さん。

じゃない。

戸籍の。

名前でもない。

私。

高瀬美月。

妻だった。

母だった。

自分を。

後回しにして。

誰かのために。

生きることが。

当たり前に。

なっていた。

私。

そして。

事故で。

一度。

人生を。

終えた。

私。

二度目の人生で。

最推しの。

腕の中。

目を覚ました。

あの日。

こんな未来。

想像できなかった。

「……美月?」

陽向が。

不安そうに。

私を見る。

「あの」

「返事」

「待って」

「はい!」

思わず。

笑ってしまう。

泣きながら。

笑う。

私は。

胸に。

手を当てた。

考える。

結婚。

怖くない。

と言ったら。

嘘になる。

一度。

経験したから。

家族になることが。

簡単じゃないって。

知っている。

恋人のときとは。

違う。

生活。

責任。

仕事。

子どもたち。

陽向の。

アイドルとしての人生。

私の。

女優としての人生。

きっと。

問題は。

いっぱい。

ある。

でも。

昔の私は。

問題があるから。

やめようとした。

誰かに。

迷惑がかかるから。

諦めようとした。

今は。

違う。

問題があるなら。

一緒に。

考えたい。

「陽向」

「うん」

「私」

一度。

息を吸う。

「結婚」

「怖いところもある」

陽向が。

頷く。

「うん」

「一回したから」

「うん」

「幸せなことだけじゃないって」

「知ってる」

「うん」

「子どもたちのことも」

「仕事も」

「陽向の仕事も」

「うん」

「きっと」

「大変なこと」

「いっぱいある」

「うん」

陽向は。

一度も。

大丈夫だよ。

とは。

言わなかった。

ただ。

聞いてくれる。

だから。

私は。

言える。

「でも」

陽向を見る。

「大変だから」

「やめたいとは」

「思わない」

陽向の目が。

揺れる。

「何かあったら」

「二人で」

「考えたい」

「……うん」

「私」

涙を。

拭う。

でも。

また。

すぐに。

出てくる。

「陽向と」

「これからも」

「生きたい」

「……」

「だから」

私は。

笑った。

「はい」

陽向が。

固まる。

「……え?」

「はい」

もう一度。

言う。

「結婚」

「してください」

数秒。

陽向。

完全に。

止まっている。

「……マジ?」

「マジ」

「本当に?」

「うん」

「後悔しない?」

「今聞く?」

「だって!」

陽向の目から。

涙が。

落ちた。

「うそ」

私が。

驚く。

「陽向」

「泣いてる」

「泣いてない!」

「泣いてる!」

「美月が!」

声が。

崩れる。

「美月が」

「はいって……」

「言ったから……」

「うん」

陽向が。

立ち上がって。

私を。

ぎゅっと。

抱きしめた。

「うわ」

「美月!」

「苦しい!」

「ごめん!」

でも。

離れない。

私も。

背中へ。

腕を。

回した。

「……陽向」

「うん」

「ありがとう」

「俺が」

陽向が。

少し。

笑う。

「ありがとう」

◇◇◇

少し。

落ち着いて。

陽向が。

また。

指輪の箱を。

持つ。

「……つけてもいい?」

「うん」

私は。

左手を。

差し出した。

陽向の。

手。

まだ。

少し。

震えている。

「サイズ」

「合わなかったら」

「後で直せるから」

「そこ現実的」

「星ちゃんが」

「サイズ分かんなかったから!」

「やっぱり星と」

「買いに行ったの?」

「……はい」

「いつ?」

「言わない」

「何で?」

「恥ずいから」

「ふふっ」

リングが。

薬指に。

通される。

少しだけ。

大きい。

でも。

ちゃんと。

そこに。

ある。

私は。

左手を。

光へ。

かざした。

「……綺麗」

「似合う?」

陽向が。

ものすごく。

不安そう。

「うん」

私は。

笑った。

「すごく好き」

陽向の顔が。

ぱっと。

明るくなる。

「よかった!」

「星が選んだ?」

「一緒に」

「……そっか」

胸が。

また。

いっぱいになる。

「星ちゃんが」

陽向が。

言う。

「派手なのより」

「美月っぽいって」

「……」

「一見」

「そんなに目立とうとしないけど」

「ちゃんと見ると」

「すごく綺麗って」

涙が。

また。

滲んだ。

「……星」

「いいこと言うよな」

「うん」

◇◇◇

「でも」

私は。

陽向を見る。

「星には」

「もう」

「返事したって」

「伝えるの?」

「いや」

陽向が。

にやっと。

笑う。

「美月から」

「言って」

「え?」

「そのほうが」

「絶対喜ぶ」

「……」

私は。

スマートフォンを。

取り出した。

星との。

トーク画面。

でも。

少し。

止まる。

「どうした?」

「なんて」

「言おう」

「そのままでいいじゃん」

「そのままって?」

「プロポーズされたって」

「無理!」

「何で!」

「恥ずかしい!」

陽向が。

笑う。

結局。

私は。

左手の。

指輪の写真だけ。

撮った。

そして。

星へ。

送る。

文章。

『ありがとう』

それだけ。

数秒後。

既読。

そして。

電話。

「早!」

出る。

「もしもし」

『ママぁぁぁぁ!!』

スマートフォンを。

耳から。

離す。

「声大きい!」

『言ったの!?』

「何が?」

『陽向くん!』

「……うん」

『で!?』

「……」

『返事!』

「はいって」

言った瞬間。

『きゃあああああ!』

また。

大声。

「星!」

陽向が。

横で。

大笑いしている。

『おめでとう!』

「……ありがとう」

『ママ』

星の声が。

少し。

震える。

『幸せ?』

その質問。

何度目だろう。

でも。

今日は。

答えが。

いつも以上に。

はっきりしていた。

「うん」

私は。

陽向を見る。

陽向も。

私を。

見ている。

「幸せ」

『そっか』

星が。

小さく。

笑った。

『よかった』

◇◇◇

電話を。

切ったあと。

私は。

指輪を。

見つめた。

「陽向」

「何?」

「これ」

「今は」

「外では」

「つけられないよね」

「……うん」

熱愛報道。

まだ。

完全には。

落ち着いていない。

陽向は。

トップアイドル。

私も。

人気女優。

いきなり。

左手の薬指に。

指輪。

それだけで。

また。

ニュースになる。

「ごめん」

陽向が。

言った。

私は。

首を振る。

「謝らないで」

「でも」

「今」

私は。

リングに。

触れる。

「つけられないことと」

「嬉しくないことは」

「別」

「……」

「仕事のときは」

「外す」

「うん」

「でも」

少し。

笑う。

「家では」

「つける」

陽向の。

目が。

嬉しそうに。

細くなる。

「うん」

「それでいい」

「それに」

私は。

陽向の手を。

握る。

「公表するかどうかも」

「いつ結婚するかも」

「まだ」

「決めること」

「いっぱいある」

「うん」

「一緒に」

「決めよう」

陽向が。

笑った。

「うん」

「一人で」

「決めない」

「うん」

「約束」

指切り。

でも。

陽向は。

私の手を。

そのまま。

握った。

「指切りより」

「こっち」

「何それ」

「婚約者なんで」

「……」

婚約者。

その言葉。

破壊力。

すごい。

「美月?」

「何?」

「顔赤い」

「うるさい」

陽向が。

嬉しそうに。

笑う。

◇◇◇

帰り。

陽向が。

私を。

送ってくれた。

車を。

降りる前。

「美月」

「ん?」

「今日」

「忘れない?」

「忘れるわけないでしょ」

「そっか」

「うん」

少し。

笑う。

「最推しに」

「プロポーズされた日」

陽向が。

口を尖らせる。

「また最推し」

「じゃあ」

私は。

少し考える。

「大好きな人に」

「プロポーズされた日」

陽向が。

一瞬で。

嬉しそうになる。

「それ」

「採用」

「単純」

「美月相手だけ」

「知ってる」

そして。

私は。

車を降りる。

でも。

ドアを。

閉める前。

振り返った。

「陽向」

「何?」

「私も」

「……」

「陽向に」

「プロポーズされて」

「よかった」

陽向が。

固まる。

「……」

「じゃあ」

「おやすみ」

「待って!」

「何?」

「今の」

「もう一回!」

「言わない」

「美月!」

笑いながら。

ドアを閉めた。

◇◇◇

部屋に。

戻って。

私は。

鏡の前に。

立った。

左手。

薬指。

小さく。

輝くリング。

鏡の中には。

一ノ瀬紗良の。

顔。

でも。

私は。

その姿へ。

迷わず。

笑いかける。

「高瀬美月」

自分の名前を。

呼ぶ。

「三十四歳」

「五人の子どものママ」

「女優」

そして。

少し。

恥ずかしい。

でも。

言ってみる。

「天城陽向の」

一度。

息を吸う。

「婚約者」

顔が。

一気に。

熱くなった。

「……無理」

自分で。

言ったのに。

恥ずかしい。

でも。

笑ってしまう。

私は。

幸せ。

そう。

はっきり。

言える。

一度目の人生を。

消したからじゃない。

夫だった人を。

否定したからでもない。

子どもたちを。

置いてきたからでもない。

全部。

大切にしたまま。

新しい未来を。

選んだ。

私は。

ようやく。

理解した。

幸せになるって。

誰かを。

捨てることじゃない。

何かを。

諦めることでもない。

自分の人生に。

大切なものを。

一つずつ。

増やしていくことなのかもしれない。

スマートフォンが。

震えた。

陽向。

『婚約者さん』

「……」

もう。

絶対。

調子に乗ってる。

『何ですか』

すぐ。

返信。

『好き』

私は。

笑った。

『私も』

送信。

そして。

左手のリングを。

そっと。

撫でた。

二度目の人生で。

私は。

初めて。

未来を。

誰かに。

任せるのではなく。

自分で。

選んだ。

この人と。

生きていきたい。

そう。

自分の意思で。

選んだ。

だから。

次は。

二人で。

考えていく。

結婚のこと。

仕事のこと。

子どもたちのこと。

そして。

まだ。

世間には。

言えない。

私たちの未来を。

どう。

堂々と。

生きていくのか。

――これは。

プロポーズで。

終わる物語じゃない。

ここから。

高瀬美月として。

本当に。

未来を作っていく。

私たちの。

新しい始まりだった。