目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~

主演ドラマが。

正式に決まってから。

私の毎日は。

一気に。

忙しくなった。

台本。

衣装合わせ。

監督との打ち合わせ。

番宣の予定。

撮影スケジュール。

そして。

子どもたちと会う日。

陽向と過ごす時間。

全部。

大切。

だからこそ。

最近。

手帳が。

すごいことになっている。

「……ここ撮影」

私は。

テーブルの上に。

手帳を広げる。

「ここ取材」

その次。

「ここ、子どもたち」

そして。

少し。

間を空けて。

ピンクのペンで。

小さく書く。

『陽向』

「……」

書いたあとで。

なんとなく。

恥ずかしくなる。

「何やってるんだろ、私」

でも。

消さない。

だって。

会いたいから。

そのとき。

スマートフォンが。

震えた。

陽向。

『今日何時終わる?』

『たぶん20時くらい』

すぐに。

返事。

『じゃあ会える?』

私は。

思わず。

笑った。

『明日朝早くないの?』

『早い』

『じゃあ寝なよ』

『美月に会ってから寝る』

「……」

可愛い。

いや。

三十四歳の男性に。

可愛いって。

どうなんだろう。

でも。

可愛い。

『少しだけなら』

送る。

すぐ。

『やった!』

本当に。

分かりやすい。

◇◇◇

そのころ。

私の知らないところで。

陽向は。

とんでもなく。

真剣な顔で。

ジュエリーショップの。

ショーケースを。

見つめていた。

「……分からん」

隣で。

星が。

ため息をつく。

「何がですか?」

「全部」

「全部?」

「指輪って」

陽向が。

小声で言う。

「種類多すぎない?」

「まあ」

「これとこれ」

「何が違うの?」

「デザイン」

「それは見れば分かる!」

「じゃあ聞かないでください」

「冷たい!」

星は。

笑いを。

堪えていた。

トップアイドル。

天城陽向。

テレビでは。

何でも器用に。

こなして。

ファッション誌では。

ジュエリーも。

何度も身につけている。

なのに。

今。

人生で一番。

困っている。

「ママ」

星が。

ショーケースを見ながら。

言う。

「こういうの」

「派手なのより」

「シンプルなのが好きだと思います」

「やっぱ?」

「うん」

「でも」

陽向が。

眉を寄せる。

「せっかくなら」

「美月に似合うやつ」

「ちゃんと選びたい」

「それはそうだけど」

「俺」

真剣。

「一生つけてほしいし」

星が。

ぴたりと。

止まる。

そして。

陽向を見る。

「……本気ですね」

「何が?」

「ママとの結婚」

「……」

陽向の顔が。

少し。

赤くなる。

「本気じゃなきゃ」

「こんなことしないでしょ」

「ですよね」

星は。

少しだけ。

嬉しそうに。

笑った。

◇◇◇

「サイズ」

店員から。

聞かれて。

陽向は。

完全に。

固まった。

「……サイズ?」

星も。

固まる。

「知らないんですか?」

「知らないよ!」

「彼氏なのに?」

「普通」

「彼女の薬指のサイズ」

「知ってる!?」

「知らないかも」

「だろ!?」

二人。

小声で。

揉める。

店員が。

柔らかく。

笑っている。

「後からサイズ調整が可能なものもございますよ」

「それ!」

陽向が。

勢いよく。

振り返る。

「それがいいです!」

星が。

顔を覆う。

「陽向くん」

「何?」

「もうちょっと」

「落ち着いてください」

「無理」

「ライブ前より?」

「緊張してる」

「まだ買うだけなのに」

「買うだけじゃない!」

陽向が。

真剣に言う。

「これ」

「美月に渡すんだぞ?」

「……」

星の表情が。

少し。

柔らかくなる。

「そっか」

「うん」

「じゃあ」

星が。

一つのリングを。

指差した。

「これ」

「ん?」

細い。

上品なデザイン。

中央に。

小さく。

輝く石。

派手すぎない。

でも。

光が当たると。

ちゃんと。

存在感がある。

「ママっぽい」

陽向が。

じっと。

見る。

「どこが?」

「一見」

星が。

少し笑う。

「そんなに目立とうとしないけど」

「……」

「ちゃんと見ると」

リングを見る。

「すごく綺麗」

陽向が。

黙った。

その言葉。

まるで。

自分が。

美月に。

感じていること。

そのものだった。

「……これ」

「うん?」

「好き」

星が。

笑った。

「じゃあ」

「候補ですね」

◇◇◇

私は。

そんなこと。

何も知らず。

撮影現場で。

神崎悠人と。

向かい合っていた。

「じゃあ」

監督の声。

「本番いきます」

「はい」

今回のドラマで。

神崎は。

私の相手役。

偶然。

また。

一緒になった。

台本の中。

私が演じる女性は。

長い結婚生活を経て。

自分を。

見失っている。

神崎が演じるのは。

その女性に。

もう一度。

自分の人生を。

考えるきっかけを。

与える人物。

恋愛。

だけではない。

自分は。

何が好きなのか。

何をしたいのか。

そう。

問いかける人。

「……あなたは」

神崎が。

役として。

私を見る。

「誰のために」

「生きてるんですか」

そのセリフ。

胸の奥に。

刺さった。

一瞬。

昔の自分が。

浮かぶ。

子ども。

夫。

家族。

みんなのため。

その言葉を。

何度。

使っただろう。

でも。

今なら。

答えられる。

私は。

役の女性として。

少し。

震えながら。

言った。

「……私も」

「その中に」

「入れていいですか」

静かになった。

監督が。

カットを。

言わない。

私は。

続ける。

「誰かのために」

「生きることを」

「やめたいわけじゃない」

「……」

「でも」

涙が。

頬を伝う。

「その誰かの中に」

胸へ。

手を当てる。

「自分も」

「入れてあげたいんです」

「……」

しばらく。

静寂。

そして。

「カット!」

監督が。

声を上げる。

「いい!」

現場の空気が。

ほどける。

私は。

息を吐いた。

神崎が。

少し笑う。

「今の」

「紗良さんじゃないでしょ」

心臓が。

一瞬。

跳ねた。

「……え?」

神崎は。

すぐに。

続ける。

「台本より」

「ずっと」

「本音っぽかったから」

「あ……」

そういう意味。

私は。

少し。

安心する。

「そうかも」

「最近」

神崎が。

私を見る。

「本当に」

「変わったよね」

「……」

「事故前より」

少し。

考える。

「自分のこと」

「好きになった?」

私は。

驚いた。

そして。

少しだけ。

笑う。

「前よりは」

「いいことだ」

神崎が。

軽く。

笑った。

「そのほうが」

「今の紗良さん」

「魅力的だし」

「……ありがとう」

その瞬間。

なぜか。

頭に。

陽向が。

浮かんだ。

これ。

言ったら。

また。

嫉妬するかな。

少し。

可笑しくなった。

◇◇◇

撮影が。

終わったのは。

予定より。

少し遅い。

二十時半。

楽屋を出ると。

スマートフォン。

陽向。

『下いる』

「え?」

本当に。

来たんだ。

駐車場へ。

降りる。

帽子。

マスク。

完全装備の。

陽向が。

車の中から。

手を振っている。

「お疲れ」

助手席へ。

乗る。

「お疲れ!」

「明日早いんでしょ?」

「うん」

「何時間寝れるの?」

「考えない」

「考えて」

「美月」

「何?」

「会えて嬉しい?」

「……」

いきなり。

それ?

「嬉しいけど」

「じゃあいい」

「よくない」

でも。

笑ってしまう。

陽向も。

笑った。

◇◇◇

「今日」

車を。

走らせながら。

陽向が。

言った。

「何撮った?」

「ドラマ」

「それは知ってる」

「神崎さんとのシーン」

「……」

分かりやすく。

少し。

口元が。

下がった。

「陽向」

「何?」

「嫉妬した?」

「してない」

「本当に?」

「仕事だろ」

「うん」

「分かってる」

「じゃあ」

「でも」

陽向が。

少し。

口を尖らせる。

「何?」

「キスシーン」

「まだないよ」

「まだ?」

「台本にはある」

車が。

ほんの少し。

静かになった。

「……何話?」

「聞いてどうするの?」

「心の準備」

「見ないほうがいいんじゃない?」

「見る!」

「何で?」

「主演ドラマなんだから!」

「絶対機嫌悪くなるじゃん」

「仕事とプライベートは」

陽向が。

胸を張る。

「分けられます」

「本当に?」

「……努力します」

私は。

笑った。

◇◇◇

信号待ち。

陽向が。

ちらっと。

私の左手を見る。

「……また」

「え?」

「左手見てる」

「見てない!」

「最近」

「多いよ?」

「気のせい」

私は。

じっと。

陽向を見る。

怪しい。

何か。

ある。

でも。

陽向は。

必死に。

前だけを見る。

「ねえ」

「何」

「隠し事?」

「ない!」

即答。

怪しい。

「本当に?」

「うん!」

「星とも」

「何か」

陽向の肩が。

ぴくっと。

動いた。

「……」

「今」

「何で星の名前で」

「反応したの?」

「してない!」

「した!」

「してない!」

「絶対何かある!」

「ない!」

陽向。

必死。

私は。

眉を寄せる。

最近。

星からも。

妙なメッセージが。

増えていた。

『ママ、最近左手の指輪ってつける?』

とか。

『好きな花って今も同じ?』

とか。

『夜景と海ならどっちが好き?』

とか。

そのときは。

モデルの仕事か。

何かかと。

思っていた。

でも。

今。

陽向の反応。

「……二人で」

「何か企んでる?」

「企んでない!」

「怪しい」

「何もない!」

「陽向」

「何!」

「顔」

「見るな!」

「分かりやすすぎ!」

陽向が。

頭を抱えた。

「もう!」

「何?」

「美月」

「変なとこ」

「鋭いんだよ!」

「変なとこって何!」

車の中。

二人で。

大騒ぎ。

でも。

結局。

陽向は。

何も。

教えてくれなかった。

◇◇◇

数日後。

私は。

星と。

二人で。

カフェにいた。

久しぶりの。

母娘だけの時間。

「ママ」

「何?」

「主演」

「正式に決まったんでしょ?」

「うん」

「おめでとう」

「ありがとう」

「絶対見る」

「毎週?」

「もちろん」

「陽向より?」

「それとこれとは別」

「……」

私と。

似たこと。

言う。

「ねえ星」

「何?」

私は。

コーヒーを。

置いた。

「最近」

「うん」

「陽向と連絡してる?」

星の手が。

止まった。

「……」

「してるんだ」

「いや」

「してるよね?」

「たまに」

「何の話?」

「普通の」

「普通って?」

「いろいろ」

「怪しい」

星が。

視線を。

逸らした。

陽向と。

まったく。

同じ。

「二人」

「何か」

「隠してるでしょ」

「隠してないよ」

「目」

「見て」

「ママ」

星が。

急に。

真面目な声。

「何?」

「世の中には」

「知らないほうが」

「幸せなこともある」

「何その意味深な言い方!」

星が。

吹き出した。

「冗談!」

「絶対何かある!」

「ないって!」

「陽向も」

「同じ反応した!」

「……」

「ほら!」

星が。

顔を。

両手で。

覆う。

「陽向くん!」

「何?」

「口止め」

「下手すぎ!」

「やっぱり!」

私は。

身を乗り出した。

「何!?」

「言えない!」

「何で!?」

「言ったら」

「ママが」

「困るから!」

「何に!?」

「それも言えない!」

「もう!」

でも。

星が。

楽しそう。

嫌なことでは。

なさそう。

それだけは。

分かった。

「……まあ」

私は。

諦めて。

コーヒーを飲む。

「いいけど」

「うん」

「危ないこと」

「してない?」

「してない」

「私に」

「嘘ついてない?」

星が。

少し。

考える。

「嘘は」

「ついてない」

「……」

「言ってないことが」

「あるだけ」

陽向と。

同じようなこと。

言いそう。

「分かった」

私は。

小さく。

ため息。

「待つ」

星が。

目を丸くする。

「聞かないの?」

「気になるよ」

「うん」

「でも」

私は。

少し笑った。

「二人が」

「話せるときに」

「話して」

星が。

少し。

驚いたあと。

嬉しそうに。

笑った。

「ママ」

「何?」

「やっぱ」

「変わったね」

「最近」

「そればっかり言われる」

◇◇◇

カフェを。

出る前。

星が。

突然。

言った。

「ママ」

「何?」

「幸せ?」

また。

その質問。

私は。

一瞬。

考える。

そして。

「うん」

「すごく」

星が。

笑う。

「そっか」

「どうしたの?」

「別に」

でも。

少しして。

星が。

小さく言った。

「前は」

「ママって」

「幸せそうに」

「見える日もあったけど」

「……」

「自分のこと」

「幸せって」

「言わなかった気がする」

胸が。

静かに。

揺れた。

「そうかも」

「だから」

星が。

私を見る。

「今」

「幸せって」

「言えるなら」

少し。

笑う。

「よかった」

涙が。

滲みそうになる。

「星」

「何?」

「ママ」

「今」

「本当に幸せだよ」

「うん」

「みんなに」

「また会えて」

「うん」

「仕事も」

「やりたいって思えて」

「うん」

「陽向も」

言った瞬間。

星が。

にやっと。

笑う。

「やっぱ最後そこ」

「何?」

「別に」

「もう」

◇◇◇

その日の夜。

陽向へ。

星から。

メッセージが届いた。

『ママ、気づきかけてます』

陽向。

一瞬で。

青ざめる。

『何で!?』

『陽向くんが分かりやすすぎるから』

『星ちゃんもでしょ!』

『私はうまくやってます』

『嘘だ』

『でもママ、追及やめました』

『なんで?』

少しして。

星から。

返事。

『私たちが言えるときまで待つって』

陽向は。

しばらく。

画面を。

見ていた。

美月。

本当に。

変わった。

何でも。

自分で。

答えを出そうと。

しなくなった。

信じて。

待てるようになった。

だから。

余計に。

中途半端な。

プロポーズは。

したくない。

陽向は。

ジュエリーショップで。

選んだ。

リングの写真を。

もう一度。

見る。

まだ。

購入は。

していない。

最後に。

一つだけ。

確かめたかった。

『星ちゃん』

『はい』

『指輪』

『あれにしようと思う』

返信。

『いいと思います』

そして。

もう一通。

『でも』

『プロポーズの場所』

『派手なのはやめたほうがいいかも』

陽向が。

眉を上げる。

『何で?』

『ママ』

『たぶん』

少しして。

続き。

『豪華な場所より』

『「自分のために考えてくれた」って分かるほうが喜ぶから』

陽向は。

その言葉を。

じっと見た。

確かに。

美月は。

高級な物を。

求める人ではない。

むしろ。

小さな。

チーズケーキ。

一緒に選んだ。

マグカップ。

何気ない。

夕飯。

そういうものを。

大事にしている。

だったら。

「……あそこか」

陽向の中に。

一つ。

場所が。

浮かんだ。

美月と。

初めて。

『ただの陽向』と。

『ただの美月』として。

笑えた場所。

誰かの母親でも。

人気女優でも。

トップアイドルでもなく。

二人が。

二人として。

近づいた。

あの場所。

陽向は。

小さく。

笑った。

「決めた」

◇◇◇

私は。

まだ。

何も知らない。

主演ドラマの。

クランクインを。

目前にして。

仕事のこと。

子どもたちのこと。

熱愛報道のこと。

毎日。

考えることで。

いっぱいだった。

でも。

不思議と。

苦しくはなかった。

昔は。

『全部ちゃんとしなきゃ』

と。

思っていた。

今は。

違う。

できない日は。

助けてもらう。

会いたい日は。

会いたいと言う。

怖いときは。

怖いと言う。

やりたいことは。

やりたいと言う。

そんな。

当たり前のことを。

少しずつ。

覚えている。

ベッドへ。

入る前。

陽向から。

メッセージ。

『来週、夜空いてる日ある?』

「……?」

私は。

手帳を見る。

撮影。

打ち合わせ。

子どもたち。

その隙間。

一日だけ。

早く終わる日がある。

『水曜なら』

すぐに。

返事。

『じゃあ空けといて』

『何するの?』

しばらく。

既読。

なのに。

返事が。

来ない。

「……怪しい」

ようやく。

届く。

『デート』

私は。

少し笑った。

『それだけ?』

『それだけ』

絶対。

それだけじゃない。

でも。

私は。

それ以上。

聞かなかった。

『分かった。空けとく』

送信。

陽向から。

すぐに。

『約束な』

『うん』

そして。

少しして。

『美月』

『何?』

『その日』

一度。

既読。

しばらく。

間。

『俺に少し時間ちょうだい』

胸が。

妙に。

鳴った。

「……何それ」

私は。

画面を。

見つめる。

でも。

答えは。

一つ。

『いいよ』

送信。

私は。

まだ。

知らなかった。

その水曜日が。

私の。

二度目の人生で。

一番。

忘れられない夜の。

始まりになることを。