陽向が。
ひそかに。
プロポーズについて。
考え始めていることなんて。
私は。
もちろん。
知らなかった。
だから。
その日。
事務所に呼ばれて。
告げられた言葉に。
頭が。
いっぱいになっていた。
「主演……ですか?」
「はい」
担当者が。
笑う。
「連続ドラマの」
「主演オファーです」
「……」
私は。
手元の資料を見る。
一ノ瀬紗良。
主演。
その文字。
事故のあと。
仕事に戻って。
少しずつ。
現場にも。
慣れてきた。
以前より。
演技が。
変わったと。
言われることも。
増えた。
でも。
主演。
作品の。
真ん中に立つ。
その責任。
「私に……」
言いかけて。
止まる。
――私にできるかな。
以前なら。
きっと。
そう言った。
でも。
今は。
少しだけ。
違う。
「やりたいです」
担当者が。
一瞬。
目を丸くした。
私自身も。
少し驚いた。
でも。
もう一度。
言う。
「やりたいです」
「……即答ですね」
「はい」
私は。
資料を見る。
今回の役は。
家庭を持ちながら。
ずっと。
自分の夢を。
諦めてきた女性。
ある出来事をきっかけに。
もう一度。
自分の人生を。
選び直していく。
そんな。
物語。
あまりにも。
今の私に。
近い。
「この役」
「うん?」
「演じたいです」
胸が。
熱くなる。
「すごく」
◇◇◇
夜。
陽向に。
伝えると。
予想通り。
「主演!?」
声が。
大きい。
「そう」
「マジ!?」
「うん」
「すごいじゃん!」
勢いよく。
両肩を。
掴まれる。
「美月!」
「近い近い」
「おめでとう!」
「ありがとう」
「やったな!」
自分のことみたいに。
喜ぶ。
その顔を見て。
胸が。
温かくなる。
「まだ」
「正式に」
「全部決まったわけじゃないけど」
「でも」
「やりたいんだろ?」
「うん」
「じゃあ」
陽向が。
笑う。
「やろ」
「簡単に言うね」
「だって」
「美月がやりたいって」
「言ったんでしょ?」
「……」
その言い方。
嬉しい。
私が。
やりたい。
それを。
理由にしていい。
「ねえ」
「ん?」
「前の私だったら」
「うん」
「主演なんて」
少し笑う。
「子どもたちに」
「迷惑かかるかなとか」
「忙しくなったら」
「会えなくなるかなとか」
「考えて」
「断ってたかもしれない」
陽向が。
少し。
真面目な顔になる。
「今は?」
「考えたよ」
「うん」
「でも」
私は。
胸に手を置く。
「それでも」
「やりたいって」
「思った」
陽向が。
ゆっくり。
笑った。
「それでいいじゃん」
「うん」
「子どもたちに会う方法は」
「あとで考えればいい」
「うん」
「仕事も」
「母親も」
「恋愛も」
指を。
三本立てる。
「全部やろ」
私は。
吹き出した。
「欲張りじゃない?」
「いいじゃん」
陽向が。
笑う。
「二回目の人生なんだから」
一瞬。
胸が。
止まる。
でも。
嫌じゃない。
「そっか」
私は。
笑った。
「欲張っていいのか」
「むしろ」
「今まで」
「我慢しすぎ」
そう言われて。
少し。
泣きそうになった。
◇◇◇
その週末。
子どもたちと。
会う日。
今度は。
全員ではなく。
来られる子だけ。
星と。
何人か。
そして。
一番小さい子。
私の顔を見るなり。
「ママ!」
と。
走ってくる。
「はいはい」
私は。
しゃがんで。
受け止める。
「ゲーム持ってきた!」
「今日は」
「ずっとゲームしないよ」
「なんで!」
「外も行くから」
「やだ!」
「やだじゃない」
星が。
横で。
笑う。
「ママ」
「何?」
「もう完全に」
「普通のママに戻ってる」
「戻ったんじゃないよ」
私は。
少し。
笑う。
「今のママ」
「……そっか」
星も。
笑った。
◇◇◇
みんなで。
お昼を食べていると。
星が。
聞いた。
「ママ」
「何?」
「仕事」
「忙しくなるの?」
「え?」
「この前」
「事務所で」
「大きい話あるって」
「言ってたじゃん」
「ああ」
私は。
少し。
迷った。
まだ。
正式発表前。
でも。
家族には。
言ってもいい。
「ドラマの」
「主演の話が来てる」
「え!?」
星の声が。
ひっくり返る。
「主演!?」
「まだ」
「最終決定前だけどね」
「すご!」
他の子も。
「テレビ出るん?」
「毎週?」
「ママが?」
一気に。
質問。
私は。
笑う。
「そうなるかも」
すると。
一人が。
少し。
不安そうに。
聞いた。
「忙しくなったら」
「会えん?」
胸が。
きゅっと。
なる。
前なら。
この一言で。
仕事を。
やめようとしたかもしれない。
でも。
今は。
違う。
私は。
その子を見る。
「会う回数が」
「少なくなる週は」
「あるかもしれない」
「……」
「でも」
「会えなくなるわけじゃない」
「ほんま?」
「うん」
「ママ」
私は。
笑った。
「仕事もしたい」
「……」
「でも」
「みんなにも」
「会いたい」
「……」
「だから」
「どうしたら」
「両方できるか」
「一緒に考える」
星が。
少し。
嬉しそうに。
私を見る。
「ママ」
「何?」
「前なら」
「仕事やめるって」
「言いそう」
「……」
図星。
「言うかも」
「でしょ」
星が。
笑う。
「でも」
「今のママ」
「いいと思う」
「……」
「仕事してるママも」
「かっこいいし」
胸が。
じんわり。
熱くなる。
「ありがとう」
すると。
一番小さい子が。
口いっぱいに。
ご飯を入れながら。
「ママ」
「飲み込んでから喋る」
ごくん。
「テレビでたら」
「ぼく見る」
「ほんと?」
「ゲームしながら」
「ちゃんと見て!」
「えー」
みんなが。
笑った。
◇◇◇
帰り。
星が。
少しだけ。
私を。
呼び止めた。
「ママ」
「何?」
「一個」
「聞いていい?」
「うん」
「陽向くんと」
その名前が。
出た瞬間。
少し。
顔が熱くなる。
「どうしたの?」
「結婚とか」
「……」
固まった。
「何で!?」
星が。
目を丸くする。
「そんな驚く?」
「驚くよ!」
「だって」
星が。
少し。
にやっとする。
「付き合ってるんでしょ?」
「うん」
「ずっと一緒にいたいんでしょ?」
「……」
「じゃあ」
「考えないの?」
私は。
言葉に詰まった。
数日前。
陽向と。
話した。
もし。
結婚するとしたら。
戸籍では。
一ノ瀬紗良。
でも。
プロポーズされるなら。
高瀬美月として。
してほしい。
あれは。
ただの。
仮定。
そのはず。
「……まだ」
私は。
少し。
笑う。
「分かんない」
「ふーん」
星が。
私を見る。
「したい?」
「え?」
「ママは」
「陽向くんと」
「結婚したい?」
真っ直ぐ。
聞かれる。
私は。
少し。
考える。
結婚。
一度目の人生で。
経験した。
嬉しかったことも。
苦しかったことも。
あった。
家族になれば。
全部。
うまくいくわけじゃない。
結婚したから。
安心できるわけでも。
幸せになれるわけでも。
ない。
それを。
私は。
知っている。
でも。
陽向とは。
「……したいかも」
言ってから。
自分で。
驚いた。
星が。
ぱっと笑う。
「そっか」
「でも!」
「うん」
「今すぐじゃないよ!」
「分かってるって」
「仕事もあるし」
「うん」
「子どもたちのことも」
「うん」
「まだ」
「いろいろ」
星が。
少し。
呆れた顔。
「ママ」
「何?」
「また」
「条件いっぱい並べてる」
「……」
「結婚したいか」
「聞いただけ」
言葉が。
止まる。
「……したい」
今度は。
もう少し。
はっきり。
言えた。
星が。
嬉しそうに笑う。
「じゃあ」
「それでいいじゃん」
胸が。
温かくなった。
◇◇◇
その夜。
陽向から。
電話。
『今日どうだった?』
「楽しかったよ」
『子どもたち?』
「うん」
「主演の話も」
「した」
『え』
少し。
緊張した声。
『どうだった?』
「応援してくれた」
『マジ?』
「うん」
「忙しくなったら」
「会えなくなるのって」
「心配してた子もいたけど」
『うん』
「ちゃんと」
「両方やりたいって」
「言った」
電話の向こう。
少し。
沈黙。
『美月』
「何?」
『かっこいい』
「……」
急に。
「何それ」
『いや』
『マジで』
「やめて」
『照れてる?』
「照れてない」
『絶対照れてる』
「切るよ」
『ごめん!』
笑う。
そして。
少しして。
陽向が。
聞いた。
『ほかに』
『何か話した?』
心臓が。
跳ねた。
星との。
会話。
結婚。
したいかも。
言う?
いや。
無理。
「……別に」
『怪しい』
「何が?」
『今の間』
「何でもない」
『美月』
「何」
『俺に』
『隠し事?』
「隠し事じゃない!」
『じゃあ何?』
「言わない!」
『気になる!』
私は。
顔を。
手で覆った。
絶対。
言えない。
今。
『陽向と結婚したいかも』
なんて。
言ったら。
この人。
どうなるか。
想像できる。
「また今度」
『えー!』
「おやすみ」
『待って!』
「おやすみ、陽向」
『美月!』
私は。
笑いながら。
電話を切った。
◇◇◇
同じころ。
陽向は。
スマートフォンを。
見つめていた。
「……絶対」
「何かある」
でも。
それ以上に。
気になっていることが。
あった。
プロポーズ。
どうするか。
指輪。
場所。
タイミング。
でも。
考えれば。
考えるほど。
一つ。
引っかかる。
美月には。
五人の子どもがいる。
自分だけで。
決めて。
自分だけで。
連れていくような。
プロポーズには。
したくない。
結婚しても。
美月は。
子どもたちの母親。
それは。
絶対。
変わらない。
だったら。
「……」
陽向は。
考えた。
そして。
スマートフォンを。
開く。
連絡先。
星。
以前。
美月を通して。
交換していた。
一度。
指が。
止まる。
「……いや」
「緊張する」
トップアイドルが。
娘に。
母親への。
プロポーズ相談。
どう考えても。
おかしい。
でも。
美月が。
ずっと。
言ってきた。
一人で。
決めない。
正解より。
一緒に。
考える。
陽向は。
大きく。
息を吸った。
そして。
星へ。
メッセージを。
送った。
『星ちゃん、ちょっと相談していい?』
数分後。
返信。
『いいですよ』
さらに。
『ママのこと?』
「……鋭」
陽向は。
苦笑した。
そして。
ゆっくり。
打つ。
『うん』
一度。
消す。
また。
打つ。
『俺、美月に』
そこで。
手が。
止まる。
心臓。
速い。
そして。
意を決して。
続きを。
送った。
『いつか、プロポーズしたいと思ってる』
送信。
「……送った」
陽向は。
両手で。
顔を覆った。
数秒。
返信。
『やっぱり』
「……」
陽向。
固まる。
『やっぱりって何!?』
すぐ。
打つ。
返事。
『だって分かりやすいです(笑)』
「美月の娘!」
陽向は。
頭を抱えた。
でも。
次に届いた。
メッセージで。
表情が。
変わった。
『私、応援します』
そして。
もう一通。
『でも一個だけ、お願いがあります』
陽向の指が。
止まる。
『何?』
少しして。
届く。
『ママに』
『「家族か、陽向くんか」を選ばせるような結婚にはしないでください』
陽向は。
じっと。
その文字を。
見た。
星は。
続ける。
『ママ、昔から』
『誰かを幸せにするために』
『自分が我慢する癖があるから』
『結婚したら、また自分のこと後回しにするのだけは嫌です』
胸に。
強く。
響いた。
陽向は。
ゆっくり。
返信した。
『しない』
迷いは。
なかった。
『美月に何か捨ててもらって』
『俺を選んでもらいたいわけじゃない』
さらに。
『俺と一緒にいることで』
『美月が今より幸せになれるようにしたい』
しばらく。
返信は。
来なかった。
そして。
『じゃあ』
『陽向くんでいいと思います』
陽向が。
目を丸くする。
「……何その」
「娘の許可みたいな」
でも。
口元は。
笑っていた。
次の一文。
『ママのこと、お願いします』
陽向は。
以前。
星から。
同じ言葉を。
言われたことを。
思い出す。
今度は。
もっと。
重い。
もっと。
未来に。
繋がる言葉。
『うん』
陽向は。
送った。
『大事にする』
そして。
少し考える。
『でも』
『星ちゃんたちと』
『美月の関係も』
『今のまま大事にしたい』
すぐ。
返信。
『それなら合格です』
「また審査!」
陽向は。
笑った。
◇◇◇
私は。
そんなやり取りが。
行われていることも。
知らず。
翌朝。
主演ドラマの。
正式決定の。
連絡を受けていた。
『一ノ瀬紗良さん主演で正式決定しました』
その名前。
一ノ瀬紗良。
私は。
一瞬だけ。
目を閉じる。
そして。
鏡を見る。
「……美月」
小さく。
自分の名前を。
呼ぶ。
一ノ瀬紗良として。
仕事をする。
高瀬美月として。
生きる。
どちらも。
今の私。
「よし」
私は。
笑った。
仕事も。
子どもたちも。
陽向も。
何かを。
選んだから。
何かを。
捨てる人生じゃない。
私は。
全部。
大切にしたい。
全部。
抱えて。
進みたい。
それを。
欲張りだと。
言われてもいい。
だって。
一度目の人生で。
私は。
自分の幸せを。
後回しにしすぎた。
だから。
二度目くらい。
いいでしょう?
母親として。
女優として。
一人の女性として。
そして。
大好きな人の。
恋人として。
私は。
幸せになる。
その準備を。
ようやく。
始められた気がした。
そして。
そのころ。
私の知らないところでは。
陽向と。
私の娘が。
ひそかに。
人生最大の。
計画を。
始めようとしていた。
ひそかに。
プロポーズについて。
考え始めていることなんて。
私は。
もちろん。
知らなかった。
だから。
その日。
事務所に呼ばれて。
告げられた言葉に。
頭が。
いっぱいになっていた。
「主演……ですか?」
「はい」
担当者が。
笑う。
「連続ドラマの」
「主演オファーです」
「……」
私は。
手元の資料を見る。
一ノ瀬紗良。
主演。
その文字。
事故のあと。
仕事に戻って。
少しずつ。
現場にも。
慣れてきた。
以前より。
演技が。
変わったと。
言われることも。
増えた。
でも。
主演。
作品の。
真ん中に立つ。
その責任。
「私に……」
言いかけて。
止まる。
――私にできるかな。
以前なら。
きっと。
そう言った。
でも。
今は。
少しだけ。
違う。
「やりたいです」
担当者が。
一瞬。
目を丸くした。
私自身も。
少し驚いた。
でも。
もう一度。
言う。
「やりたいです」
「……即答ですね」
「はい」
私は。
資料を見る。
今回の役は。
家庭を持ちながら。
ずっと。
自分の夢を。
諦めてきた女性。
ある出来事をきっかけに。
もう一度。
自分の人生を。
選び直していく。
そんな。
物語。
あまりにも。
今の私に。
近い。
「この役」
「うん?」
「演じたいです」
胸が。
熱くなる。
「すごく」
◇◇◇
夜。
陽向に。
伝えると。
予想通り。
「主演!?」
声が。
大きい。
「そう」
「マジ!?」
「うん」
「すごいじゃん!」
勢いよく。
両肩を。
掴まれる。
「美月!」
「近い近い」
「おめでとう!」
「ありがとう」
「やったな!」
自分のことみたいに。
喜ぶ。
その顔を見て。
胸が。
温かくなる。
「まだ」
「正式に」
「全部決まったわけじゃないけど」
「でも」
「やりたいんだろ?」
「うん」
「じゃあ」
陽向が。
笑う。
「やろ」
「簡単に言うね」
「だって」
「美月がやりたいって」
「言ったんでしょ?」
「……」
その言い方。
嬉しい。
私が。
やりたい。
それを。
理由にしていい。
「ねえ」
「ん?」
「前の私だったら」
「うん」
「主演なんて」
少し笑う。
「子どもたちに」
「迷惑かかるかなとか」
「忙しくなったら」
「会えなくなるかなとか」
「考えて」
「断ってたかもしれない」
陽向が。
少し。
真面目な顔になる。
「今は?」
「考えたよ」
「うん」
「でも」
私は。
胸に手を置く。
「それでも」
「やりたいって」
「思った」
陽向が。
ゆっくり。
笑った。
「それでいいじゃん」
「うん」
「子どもたちに会う方法は」
「あとで考えればいい」
「うん」
「仕事も」
「母親も」
「恋愛も」
指を。
三本立てる。
「全部やろ」
私は。
吹き出した。
「欲張りじゃない?」
「いいじゃん」
陽向が。
笑う。
「二回目の人生なんだから」
一瞬。
胸が。
止まる。
でも。
嫌じゃない。
「そっか」
私は。
笑った。
「欲張っていいのか」
「むしろ」
「今まで」
「我慢しすぎ」
そう言われて。
少し。
泣きそうになった。
◇◇◇
その週末。
子どもたちと。
会う日。
今度は。
全員ではなく。
来られる子だけ。
星と。
何人か。
そして。
一番小さい子。
私の顔を見るなり。
「ママ!」
と。
走ってくる。
「はいはい」
私は。
しゃがんで。
受け止める。
「ゲーム持ってきた!」
「今日は」
「ずっとゲームしないよ」
「なんで!」
「外も行くから」
「やだ!」
「やだじゃない」
星が。
横で。
笑う。
「ママ」
「何?」
「もう完全に」
「普通のママに戻ってる」
「戻ったんじゃないよ」
私は。
少し。
笑う。
「今のママ」
「……そっか」
星も。
笑った。
◇◇◇
みんなで。
お昼を食べていると。
星が。
聞いた。
「ママ」
「何?」
「仕事」
「忙しくなるの?」
「え?」
「この前」
「事務所で」
「大きい話あるって」
「言ってたじゃん」
「ああ」
私は。
少し。
迷った。
まだ。
正式発表前。
でも。
家族には。
言ってもいい。
「ドラマの」
「主演の話が来てる」
「え!?」
星の声が。
ひっくり返る。
「主演!?」
「まだ」
「最終決定前だけどね」
「すご!」
他の子も。
「テレビ出るん?」
「毎週?」
「ママが?」
一気に。
質問。
私は。
笑う。
「そうなるかも」
すると。
一人が。
少し。
不安そうに。
聞いた。
「忙しくなったら」
「会えん?」
胸が。
きゅっと。
なる。
前なら。
この一言で。
仕事を。
やめようとしたかもしれない。
でも。
今は。
違う。
私は。
その子を見る。
「会う回数が」
「少なくなる週は」
「あるかもしれない」
「……」
「でも」
「会えなくなるわけじゃない」
「ほんま?」
「うん」
「ママ」
私は。
笑った。
「仕事もしたい」
「……」
「でも」
「みんなにも」
「会いたい」
「……」
「だから」
「どうしたら」
「両方できるか」
「一緒に考える」
星が。
少し。
嬉しそうに。
私を見る。
「ママ」
「何?」
「前なら」
「仕事やめるって」
「言いそう」
「……」
図星。
「言うかも」
「でしょ」
星が。
笑う。
「でも」
「今のママ」
「いいと思う」
「……」
「仕事してるママも」
「かっこいいし」
胸が。
じんわり。
熱くなる。
「ありがとう」
すると。
一番小さい子が。
口いっぱいに。
ご飯を入れながら。
「ママ」
「飲み込んでから喋る」
ごくん。
「テレビでたら」
「ぼく見る」
「ほんと?」
「ゲームしながら」
「ちゃんと見て!」
「えー」
みんなが。
笑った。
◇◇◇
帰り。
星が。
少しだけ。
私を。
呼び止めた。
「ママ」
「何?」
「一個」
「聞いていい?」
「うん」
「陽向くんと」
その名前が。
出た瞬間。
少し。
顔が熱くなる。
「どうしたの?」
「結婚とか」
「……」
固まった。
「何で!?」
星が。
目を丸くする。
「そんな驚く?」
「驚くよ!」
「だって」
星が。
少し。
にやっとする。
「付き合ってるんでしょ?」
「うん」
「ずっと一緒にいたいんでしょ?」
「……」
「じゃあ」
「考えないの?」
私は。
言葉に詰まった。
数日前。
陽向と。
話した。
もし。
結婚するとしたら。
戸籍では。
一ノ瀬紗良。
でも。
プロポーズされるなら。
高瀬美月として。
してほしい。
あれは。
ただの。
仮定。
そのはず。
「……まだ」
私は。
少し。
笑う。
「分かんない」
「ふーん」
星が。
私を見る。
「したい?」
「え?」
「ママは」
「陽向くんと」
「結婚したい?」
真っ直ぐ。
聞かれる。
私は。
少し。
考える。
結婚。
一度目の人生で。
経験した。
嬉しかったことも。
苦しかったことも。
あった。
家族になれば。
全部。
うまくいくわけじゃない。
結婚したから。
安心できるわけでも。
幸せになれるわけでも。
ない。
それを。
私は。
知っている。
でも。
陽向とは。
「……したいかも」
言ってから。
自分で。
驚いた。
星が。
ぱっと笑う。
「そっか」
「でも!」
「うん」
「今すぐじゃないよ!」
「分かってるって」
「仕事もあるし」
「うん」
「子どもたちのことも」
「うん」
「まだ」
「いろいろ」
星が。
少し。
呆れた顔。
「ママ」
「何?」
「また」
「条件いっぱい並べてる」
「……」
「結婚したいか」
「聞いただけ」
言葉が。
止まる。
「……したい」
今度は。
もう少し。
はっきり。
言えた。
星が。
嬉しそうに笑う。
「じゃあ」
「それでいいじゃん」
胸が。
温かくなった。
◇◇◇
その夜。
陽向から。
電話。
『今日どうだった?』
「楽しかったよ」
『子どもたち?』
「うん」
「主演の話も」
「した」
『え』
少し。
緊張した声。
『どうだった?』
「応援してくれた」
『マジ?』
「うん」
「忙しくなったら」
「会えなくなるのって」
「心配してた子もいたけど」
『うん』
「ちゃんと」
「両方やりたいって」
「言った」
電話の向こう。
少し。
沈黙。
『美月』
「何?」
『かっこいい』
「……」
急に。
「何それ」
『いや』
『マジで』
「やめて」
『照れてる?』
「照れてない」
『絶対照れてる』
「切るよ」
『ごめん!』
笑う。
そして。
少しして。
陽向が。
聞いた。
『ほかに』
『何か話した?』
心臓が。
跳ねた。
星との。
会話。
結婚。
したいかも。
言う?
いや。
無理。
「……別に」
『怪しい』
「何が?」
『今の間』
「何でもない」
『美月』
「何」
『俺に』
『隠し事?』
「隠し事じゃない!」
『じゃあ何?』
「言わない!」
『気になる!』
私は。
顔を。
手で覆った。
絶対。
言えない。
今。
『陽向と結婚したいかも』
なんて。
言ったら。
この人。
どうなるか。
想像できる。
「また今度」
『えー!』
「おやすみ」
『待って!』
「おやすみ、陽向」
『美月!』
私は。
笑いながら。
電話を切った。
◇◇◇
同じころ。
陽向は。
スマートフォンを。
見つめていた。
「……絶対」
「何かある」
でも。
それ以上に。
気になっていることが。
あった。
プロポーズ。
どうするか。
指輪。
場所。
タイミング。
でも。
考えれば。
考えるほど。
一つ。
引っかかる。
美月には。
五人の子どもがいる。
自分だけで。
決めて。
自分だけで。
連れていくような。
プロポーズには。
したくない。
結婚しても。
美月は。
子どもたちの母親。
それは。
絶対。
変わらない。
だったら。
「……」
陽向は。
考えた。
そして。
スマートフォンを。
開く。
連絡先。
星。
以前。
美月を通して。
交換していた。
一度。
指が。
止まる。
「……いや」
「緊張する」
トップアイドルが。
娘に。
母親への。
プロポーズ相談。
どう考えても。
おかしい。
でも。
美月が。
ずっと。
言ってきた。
一人で。
決めない。
正解より。
一緒に。
考える。
陽向は。
大きく。
息を吸った。
そして。
星へ。
メッセージを。
送った。
『星ちゃん、ちょっと相談していい?』
数分後。
返信。
『いいですよ』
さらに。
『ママのこと?』
「……鋭」
陽向は。
苦笑した。
そして。
ゆっくり。
打つ。
『うん』
一度。
消す。
また。
打つ。
『俺、美月に』
そこで。
手が。
止まる。
心臓。
速い。
そして。
意を決して。
続きを。
送った。
『いつか、プロポーズしたいと思ってる』
送信。
「……送った」
陽向は。
両手で。
顔を覆った。
数秒。
返信。
『やっぱり』
「……」
陽向。
固まる。
『やっぱりって何!?』
すぐ。
打つ。
返事。
『だって分かりやすいです(笑)』
「美月の娘!」
陽向は。
頭を抱えた。
でも。
次に届いた。
メッセージで。
表情が。
変わった。
『私、応援します』
そして。
もう一通。
『でも一個だけ、お願いがあります』
陽向の指が。
止まる。
『何?』
少しして。
届く。
『ママに』
『「家族か、陽向くんか」を選ばせるような結婚にはしないでください』
陽向は。
じっと。
その文字を。
見た。
星は。
続ける。
『ママ、昔から』
『誰かを幸せにするために』
『自分が我慢する癖があるから』
『結婚したら、また自分のこと後回しにするのだけは嫌です』
胸に。
強く。
響いた。
陽向は。
ゆっくり。
返信した。
『しない』
迷いは。
なかった。
『美月に何か捨ててもらって』
『俺を選んでもらいたいわけじゃない』
さらに。
『俺と一緒にいることで』
『美月が今より幸せになれるようにしたい』
しばらく。
返信は。
来なかった。
そして。
『じゃあ』
『陽向くんでいいと思います』
陽向が。
目を丸くする。
「……何その」
「娘の許可みたいな」
でも。
口元は。
笑っていた。
次の一文。
『ママのこと、お願いします』
陽向は。
以前。
星から。
同じ言葉を。
言われたことを。
思い出す。
今度は。
もっと。
重い。
もっと。
未来に。
繋がる言葉。
『うん』
陽向は。
送った。
『大事にする』
そして。
少し考える。
『でも』
『星ちゃんたちと』
『美月の関係も』
『今のまま大事にしたい』
すぐ。
返信。
『それなら合格です』
「また審査!」
陽向は。
笑った。
◇◇◇
私は。
そんなやり取りが。
行われていることも。
知らず。
翌朝。
主演ドラマの。
正式決定の。
連絡を受けていた。
『一ノ瀬紗良さん主演で正式決定しました』
その名前。
一ノ瀬紗良。
私は。
一瞬だけ。
目を閉じる。
そして。
鏡を見る。
「……美月」
小さく。
自分の名前を。
呼ぶ。
一ノ瀬紗良として。
仕事をする。
高瀬美月として。
生きる。
どちらも。
今の私。
「よし」
私は。
笑った。
仕事も。
子どもたちも。
陽向も。
何かを。
選んだから。
何かを。
捨てる人生じゃない。
私は。
全部。
大切にしたい。
全部。
抱えて。
進みたい。
それを。
欲張りだと。
言われてもいい。
だって。
一度目の人生で。
私は。
自分の幸せを。
後回しにしすぎた。
だから。
二度目くらい。
いいでしょう?
母親として。
女優として。
一人の女性として。
そして。
大好きな人の。
恋人として。
私は。
幸せになる。
その準備を。
ようやく。
始められた気がした。
そして。
そのころ。
私の知らないところでは。
陽向と。
私の娘が。
ひそかに。
人生最大の。
計画を。
始めようとしていた。



