目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~

「……結婚」

その言葉を。

口にしてしまってから。

陽向は。

一人。

固まっていた。

「……」

スマートフォンには。

あの日の写真。

美月。

五人の子どもたち。

その父親。

そして。

自分。

「いや」

誰もいない楽屋で。

陽向は。

小さく首を振る。

「待て待て待て」

付き合って。

まだ。

そんなに長くない。

ようやく。

美月が。

子どもたちと。

もう一度。

繋がれたところ。

熱愛報道だって。

出たばかり。

今。

結婚なんて。

早い。

「……早いよな」

なのに。

写真を。

もう一度見る。

数年後。

この写真の中に。

自分が。

当たり前に。

いたら。

そう思う。

付き合いたい。

だけじゃない。

会いたい。

だけでもない。

帰る場所に。

なりたい。

美月が。

嬉しい日も。

しんどい日も。

子どもたちのことで。

泣いた日も。

仕事で。

悩んだ日も。

全部。

一番近くで。

聞きたい。

「……やっぱ」

陽向は。

額を。

机につけた。

「結婚したいんじゃん、俺」

自覚した瞬間。

余計に。

恥ずかしくなった。

◇◇◇

「陽向」

その日の夜。

私の部屋へ来た陽向は。

明らかに。

おかしかった。

「何?」

「……何が?」

「さっきから」

私は。

陽向を見る。

「私の左手ばっかり見てる」

「え!?」

分かりやすい。

「見てない!」

「見てる」

「見てない!」

「じゃあ」

左手を。

後ろに隠す。

陽向の目が。

追う。

「ほら」

「……」

「何?」

「別に」

怪しい。

ものすごく。

怪しい。

でも。

聞いても。

教えてくれなさそう。

私は。

それ以上。

追及しなかった。

「まあいいけど」

「うん」

陽向が。

妙に。

ほっとする。

本当に。

何なんだろう。

◇◇◇

その日は。

二人で。

夕飯を作った。

「玉ねぎお願い」

「俺?」

「他に誰がいるの?」

「美月」

「私ほかのことしてる」

「俺」

「玉ねぎ苦手なんだけど」

「知ってる」

「目痛い」

「頑張れ」

「彼氏に冷たくない?」

「料理中です」

いつもの。

時間。

くだらない。

やり取り。

でも。

陽向は。

何度も。

私を見ていた。

「……ねえ」

「何?」

「本当にどうしたの?」

「いや」

包丁を。

止める。

少し。

迷っている顔。

「美月って」

「うん」

「これから」

「どうなりたい?」

「え?」

急な。

質問。

「何?」

「人生」

「範囲広すぎない?」

「例えば」

陽向が。

少し。

言いにくそうにする。

「仕事とか」

「子どもたちとか」

「俺とか」

最後だけ。

声が。

小さい。

私は。

火を。

少し弱めた。

「そうだなあ」

考える。

以前だったら。

きっと。

子どもたちが。

幸せなら。

陽向が。

幸せなら。

そう。

答えていた。

でも。

今は。

違う。

「仕事は」

「うん」

「続けたい」

「うん」

「女優として」

「まだ」

「できること」

「いっぱいあると思うから」

陽向が。

嬉しそうに。

頷く。

「子どもたちは?」

「会える関係を」

「続けたい」

「……うん」

「前みたいに」

「毎日一緒には」

「いられないけど」

「それでも」

私は。

少し笑う。

「ママでいたい」

「うん」

「で」

陽向が。

少し。

緊張したように。

聞く。

「俺は?」

思わず。

笑った。

「一番聞きたかったのそこ?」

「違う!」

「顔に書いてある」

「書いてない!」

「ふふっ」

でも。

私は。

ちゃんと。

答える。

「陽向とは」

「うん」

「これからも」

「一緒にいたい」

陽向が。

静かになる。

「ずっと?」

「……」

その言葉。

少し。

重い。

でも。

嫌じゃない。

私は。

陽向を見る。

「うん」

「できれば」

「ずっと」

陽向が。

完全に。

黙った。

「陽向?」

「……ヤバい」

「何が?」

「いや」

玉ねぎを。

切りながら。

「目痛い」

「泣いてる?」

「玉ねぎ!」

「本当に?」

「玉ねぎだから!」

絶対。

違う気がする。

◇◇◇

夕飯のあと。

ソファで。

二人。

並んでいた。

陽向は。

まだ。

何か。

考えている。

「美月」

「何?」

「変なこと」

「聞いていい?」

「内容による」

「もし」

少し。

間。

「俺と」

「結婚するとしたら」

心臓が。

止まった。

「……」

陽向も。

言ったあとで。

固まる。

「いや!」

急に。

両手を振る。

「今のプロポーズじゃないから!」

「分かってる!」

私の顔も。

一気に。

熱くなる。

「仮定!」

「仮定ね!」

「そう!」

「うん!」

二人。

妙に。

大声。

しばらく。

沈黙。

「……で」

私が。

先に。

口を開く。

「何を」

「聞きたかったの?」

陽向が。

少し。

真面目な顔になる。

「名前」

「……名前?」

「もし」

「結婚することになったら」

陽向が。

ゆっくり。

言う。

「戸籍上は」

「一ノ瀬紗良だろ」

胸が。

少し。

痛んだ。

そう。

今。

社会の中に。

存在しているのは。

一ノ瀬紗良。

高瀬美月は。

死んだことに。

なっている。

「うん」

「だから」

陽向は。

言葉を。

選ぶ。

「俺と結婚したら」

「書類には」

「一ノ瀬紗良って」

「書くことになる」

「……うん」

「それ」

「美月は」

一度。

息を吸う。

「嫌じゃない?」

その質問に。

私は。

すぐには。

答えられなかった。

◇◇◇

一ノ瀬紗良。

この身体を。

生きた人。

陽向を。

ずっと好きだった人。

そして。

私に。

この人生を。

託してくれた人。

私は。

紗良を。

嫌いじゃない。

むしろ。

今は。

とても。

大切に思っている。

でも。

もし。

陽向と。

結婚する日が。

来たとして。

書類に。

『一ノ瀬紗良』

と。

書かれたら。

それは。

誰の結婚なんだろう。

「……ちょっと」

私は。

正直に言った。

「怖いかも」

「うん」

「だって」

自分の手を見る。

「陽向が」

「結婚する相手は」

「私なのに」

「うん」

「書類では」

「紗良になる」

「……」

「それ見たら」

「私」

一瞬。

言葉に詰まる。

「また」

「私は誰なんだろうって」

「思うかもしれない」

陽向は。

黙って。

聞いている。

「紗良が嫌だからじゃないよ」

「分かってる」

「うん」

「でも」

私は。

胸に手を置く。

「私は」

「高瀬美月として」

「陽向を好きになった」

「……うん」

「だから」

「もし」

声が。

少し。

震える。

「結婚するなら」

「高瀬美月として」

「結婚したい」

陽向の目が。

揺れた。

「……そっか」

「無理なのは」

「分かってるけど」

「いや」

陽向が。

すぐに。

首を振る。

「無理って」

「決めなくていい」

「でも」

「書類の名前が」

「紗良でも」

陽向が。

私の手を。

握る。

「俺が」

「プロポーズする相手は」

「高瀬美月だよ」

心臓が。

強く。

鳴った。

「……」

「結婚式するとしても」

「指輪渡すとしても」

「誓うとしても」

真っ直ぐ。

私を見る。

「俺が」

「一緒に生きたいって」

「言うのは」

「美月」

涙が。

滲んだ。

「陽向」

「俺」

少し。

笑う。

「そこ」

「絶対」

「間違えないから」

私は。

泣きながら。

笑った。

「……まだ」

「結婚するって」

「決まってないけどね」

「そう!」

陽向が。

一気に。

慌てる。

「仮定だから!」

「うん」

「今日のは」

「絶対」

「プロポーズじゃないからな!」

「分かったって」

「マジで!」

「しつこい」

「だって!」

陽向が。

頭を抱える。

「俺」

「ちゃんと」

「もっと」

「かっこよくしたいんだよ!」

「……」

私は。

止まった。

陽向も。

止まった。

「……何を?」

「……」

「陽向」

「……」

「今」

「ちゃんと」

「もっとかっこよく」

「何をするって?」

陽向が。

顔を。

真っ赤にする。

「知らない!」

「言ったよね?」

「言ってない!」

「言った!」

「美月!」

「何?」

「忘れて!」

「無理!」

「うわあああ!」

ソファへ。

突っ伏した。

私は。

声を上げて。

笑った。

◇◇◇

でも。

笑いながら。

胸の奥は。

ずっと。

温かかった。

結婚。

考えたこと。

なかった。

今の身体になって。

目を覚ましたころは。

今日を。

生きるだけで。

精一杯だった。

自分が。

誰なのか。

子どもたちに。

会えるのか。

陽向のそばに。

いていいのか。

そればかり。

考えていた。

でも。

いつの間にか。

未来を。

考えられるところまで。

来た。

一年後。

五年後。

十年後。

そこに。

陽向が。

いてほしいと。

思っている。

それが。

嬉しくて。

少し。

怖い。

◇◇◇

「ねえ」

しばらくして。

私は。

陽向へ。

声をかけた。

「何?」

まだ。

ソファに。

顔を埋めている。

「もし」

「……」

「いつか」

少し。

緊張する。

「本当に」

「プロポーズしてくれるなら」

陽向が。

ゆっくり。

顔を上げた。

私は。

笑う。

「一個だけ」

「お願いしていい?」

「……何?」

「紗良じゃなくて」

胸に。

手を置く。

「美月に」

陽向の表情が。

柔らかくなる。

「うん」

「高瀬美月に」

「言って」

陽向は。

迷わず。

頷いた。

「分かった」

「……」

「絶対」

「美月に言う」

その返事。

それだけで。

十分だった。

今は。

◇◇◇

数日後。

陽向は。

ASTERのメンバーの一人と。

二人で。

仕事をしていた。

休憩中。

「なあ」

「何?」

陽向が。

妙に。

真剣な顔で。

聞く。

「プロポーズって」

「……」

相手が。

ゆっくり。

陽向を見る。

「誰がするの?」

「一般論!」

「一般論で」

「そんな真顔する?」

「いいから!」

「いつがいいと思う?」

「知らん」

「場所は?」

「知らん」

「指輪は?」

「自分で考えろ」

「冷た!」

そのメンバーは。

ため息をついた。

「お前」

「もう完全に」

「する気じゃん」

「……」

陽向が。

黙る。

「まだ」

「今すぐじゃない」

「うん」

「美月」

「やっと」

「子どもたちと」

「会えるようになったばっかだし」

「……」

「熱愛報道も」

「まだ」

「完全に落ち着いてない」

「うん」

「だから」

陽向は。

スマートフォンの。

写真を見る。

「ちゃんと」

「タイミングは」

「考えたい」

「……」

メンバーが。

少しだけ。

笑う。

「珍しいな」

「何が?」

「お前」

「勢いで」

「行きそうなのに」

「失礼だな!」

「でも」

相手が。

少し。

真面目になる。

「大事なんだろ」

陽向は。

写真の中の。

美月を見る。

「うん」

迷わなかった。

「めちゃくちゃ」

「じゃあ」

「焦んなきゃいい」

「……」

「結婚って」

「プロポーズした瞬間より」

「そのあと」

「長いんだから」

陽向が。

少し。

目を丸くする。

「……いいこと言うじゃん」

「俺を誰だと思ってんの?」

「分かんない」

「おい」

二人で。

笑った。

でも。

陽向の中には。

もう。

一つの。

はっきりした気持ちが。

あった。

いつか。

その日が。

来たら。

一ノ瀬紗良ではなく。

高瀬美月に。

ちゃんと。

言う。

◇◇◇

その夜。

私は。

鏡の前に。

立っていた。

映っているのは。

一ノ瀬紗良。

でも。

もう。

それだけではない。

この顔で。

泣いた。

笑った。

陽向を。

好きになった。

星に。

ママだと。

伝えた。

五人の子どもたちと。

もう一度。

繋がった。

そして。

今。

未来を。

考えている。

私は。

鏡の中の。

自分に。

小さく。

言った。

「高瀬美月」

以前なら。

違和感が。

あったかもしれない。

でも。

今は。

自然だった。

「三十四歳」

少し。

笑う。

「五人の子どものママ」

そして。

もう一つ。

「天城陽向の」

そこまで。

言って。

顔が。

熱くなる。

「……彼女」

まだ。

妻じゃない。

でも。

いつか。

そういう未来が。

来るかもしれない。

その可能性を。

怖がらずに。

想像できる。

それだけで。

私は。

少し。

幸せだった。

スマートフォンが。

震える。

陽向から。

『おやすみ、美月』

私は。

笑う。

『おやすみ、陽向』

送ったあと。

すぐ。

もう一通。

『ずっと一緒にいような』

胸が。

鳴った。

私は。

少しだけ。

迷って。

でも。

ちゃんと。

返した。

『うん。私もそうしたい』

送信。

今は。

それでいい。

約束でも。

契約でも。

ない。

ただ。

二人が。

同じ未来を。

見始めた。

それだけで。

十分。

そして。

陽向は。

まだ。

私に。

言わない。

あの日から。

ひそかに。

プロポーズの方法を。

本気で。

考え始めていることを。