「無理」
陽向が。
真顔で言った。
「さっきも聞いた」
「いや」
私の家のソファで。
両手を組んだまま。
陽向は。
珍しく。
落ち着きがない。
「やっぱ無理」
「何万人の前でライブする人が?」
「それとこれとは別!」
「テレビの生放送は?」
「いける」
「大きなステージは?」
「いける」
「五人の子どもに会うのは?」
「無理」
即答。
私は。
思わず。
吹き出した。
「あははっ!」
「笑い事じゃないから!」
「だって」
「陽向がこんなに緊張してるの」
「珍しいんだもん」
「するだろ!」
陽向が。
私を見る。
「美月の子どもだぞ?」
「うん」
「しかも五人!」
「うん」
「一人には」
指を一本立てる。
「すでに推されてる」
「星ね」
「で」
二本目。
「俺が美月の彼氏だって知ってるのも」
「星だけ」
「うん」
「残り四人には」
陽向が。
自分を指差す。
「今日突然」
「どうも」
「君たちのお母さんと付き合ってます」
「天城陽向ですって」
「言うんだぞ?」
私は。
想像した。
そして。
「……確かにすごい」
「だろ!?」
陽向が。
身を乗り出す。
「俺」
「アイドル人生で」
「今日が一番緊張するかもしれない」
「そこまで?」
「だって」
急に。
真剣な顔。
「嫌だって言われたらどうしよう」
私は。
笑うのをやめた。
「陽向……」
「美月のこと」
「もう取らないでって」
「言われたら」
「……」
「俺」
「何て言えばいいんだろ」
その一言で。
分かった。
陽向が。
怖がっている理由。
自分が。
受け入れてもらえるか。
それだけじゃない。
子どもたちを。
傷つけないか。
それが。
怖いんだ。
私は。
陽向の隣へ座った。
「ねえ」
「ん?」
「取らないよね?」
「当たり前だろ」
「じゃあ」
私は。
少し笑った。
「そのまま言えばいいよ」
「……そのまま?」
「うん」
「私は」
「子どもたちのママ」
「うん」
「陽向の彼女」
「……うん」
「どっちかになるんじゃない」
陽向を見る。
「両方」
「……」
「だから」
私は。
陽向の手を。
握った。
「陽向も」
「無理に」
「お父さんになろうとしなくていい」
「……」
「ただ」
「私の好きな人として」
「会ってくれたら」
「それでいい」
陽向は。
しばらく。
私を見ていた。
そして。
大きく。
息を吐く。
「……分かった」
「うん」
「でも緊張する」
「それはもう諦めて」
「ひど!」
私は。
笑った。
◇◇◇
待ち合わせは。
前回と同じ。
貸し切りの。
レンタルスペース。
先に。
私と陽向が。
到着した。
「……」
陽向。
立っている。
「座ったら?」
「無理」
「何で?」
「落ち着かない」
さっきから。
水を飲む。
時計を見る。
立つ。
歩く。
また。
時計を見る。
「陽向」
「何」
「学校の家庭訪問を待ってる親みたい」
「俺今」
「それより緊張してるから」
「知らないよ」
そのとき。
スマートフォンが。
震えた。
星。
『着いたよ』
「……来た」
私が言うと。
陽向が。
ぴたりと。
止まった。
「マジ?」
「帰らないでね」
「帰らない!」
コンコン。
ノック。
私が。
ドアへ向かう。
「はい」
開ける。
「ママ!」
星。
その後ろ。
湊。
そして。
他の子どもたち。
一番小さい子は。
私を見るなり。
「ママ!」
と。
駆け寄ってきた。
「うん」
私は。
しゃがんで。
受け止める。
ついこの前まで。
美月。
だったのに。
今は。
自然に。
ママ。
「今日ゲームする!」
「今日はね」
「ゲームだけじゃないよ」
「なんで?」
「会ってほしい人がいるの」
「だれ?」
その瞬間。
夫が。
部屋の奥を見る。
「……」
そして。
固まった。
当然。
そこに。
天城陽向が。
いる。
「どうも」
陽向が。
頭を下げる。
「……」
夫。
無言。
湊。
無言。
他の子どもたち。
無言。
一番小さい子だけ。
「だれ?」
星が。
思い切り。
噴き出した。
「ちょっと!」
陽向が。
地味に傷ついた顔。
私は。
笑いを堪える。
「この人は」
言いかける。
そのとき。
別の子が。
「あ!」
声を上げた。
「テレビの人!」
「そう!」
陽向が。
少し嬉しそう。
「テレビ出てる人!」
「名前なんやったっけ」
「そこ!?」
陽向の。
いつもの。
大きなリアクション。
子どもたちが。
笑う。
星も。
完全に。
笑っている。
「陽向くん」
星が。
教える。
「ASTERの」
「あー!」
「ママが好きやった人!」
「……」
一瞬で。
空気が。
止まった。
陽向。
私。
夫。
星。
全員。
固まる。
言った本人だけ。
何が問題なのか。
分かっていない。
「そうやろ?」
「……まあ」
私は。
苦笑する。
「好きだった」
陽向が。
小声で。
「過去形?」
「今は意味が違うの!」
「何が?」
湊が。
眉を寄せる。
「意味が違う?」
「……」
来た。
とうとう。
私は。
陽向を見る。
陽向も。
私を見る。
大丈夫。
私は。
一度。
息を吸った。
「今日」
「みんなに」
「会ってほしかったのは」
子どもたちを見る。
「陽向が」
「ママにとって」
「大切な人だから」
湊が。
少し。
表情を変える。
「大切?」
「うん」
星が。
もう。
ニヤニヤしている。
知ってるから。
「ママ」
「何?」
「ちゃんと言いなよ」
「星」
「自分で言うんでしょ?」
「……」
逃げ道を。
塞がれた。
私は。
陽向の隣に立つ。
そして。
子どもたちを。
まっすぐ見る。
「ママね」
「うん」
「陽向と」
一瞬。
言葉が。
詰まる。
でも。
ちゃんと言う。
「お付き合いしてる」
「……」
沈黙。
一秒。
二秒。
そして。
「えええええええ!?」
誰かの。
大声。
続けて。
「マジ!?」
「ママが!?」
「この人と!?」
「そうです!」
なぜか。
私も。
大声。
陽向は。
もう。
耳まで。
真っ赤だった。
一番小さい子だけ。
首を傾げる。
「おつきあいってなに?」
「……」
説明。
難しい。
「ママが」
少し考える。
「すごく好きな人」
「ふーん」
軽い。
「じゃあ」
その子が。
陽向を見る。
「ママのおともだち?」
「まあ」
私が答える前に。
陽向が。
しゃがんだ。
「今は」
優しく。
笑う。
「そんな感じでいいよ」
その言い方に。
私は。
少し。
胸が温かくなった。
◇◇◇
「ちょっと待って」
湊が。
まだ。
混乱している。
「ママ」
「うん」
「昔から」
陽向を指差す。
「この人好きやったやん」
「うん」
「テレビ見て」
「きゃーきゃー言っとった」
「……そんなに?」
「言っとった」
星が。
即答する。
「やめて」
陽向は。
嬉しそう。
「もっと聞きたい」
「陽向は黙って」
「でも」
湊が。
混乱したまま。
続ける。
「ほんまに」
「付き合っとるん?」
「うん」
「なんで?」
「なんでって……」
私は。
陽向を見る。
最初。
病院で。
目を覚ました。
この人の。
腕の中だった。
紗良と。
思われていた。
美月だと。
信じてもらえなくて。
ぶつかって。
泣いて。
一度。
いなくなって。
それでも。
また。
見つけてもらった。
一緒に。
ご飯を食べた。
歌った。
笑った。
弱いところを。
見せてもらった。
私も。
弱いところを。
見せられるようになった。
そして。
いつの間にか。
最推しではなく。
一人の男性として。
好きになっていた。
「……いっぱい」
私は。
少し笑った。
「いろんなことがあったから」
「それ説明になってない」
湊の。
冷静なツッコミ。
陽向が。
吹き出す。
「あははっ!」
「笑うとこじゃないよ!」
「ごめん!」
◇◇◇
すると。
今まで。
黙っていた子が。
陽向へ。
聞いた。
「ママのこと」
「うん?」
「ほんまに好きなん?」
部屋が。
静かになる。
陽向の顔から。
笑いが消えた。
「うん」
迷いなく。
答える。
「好き」
「どれくらい?」
「……」
陽向が。
少し考える。
「すげえ好き」
「それだけ?」
「え」
私は。
思わず。
笑いそうになる。
審査。
始まった。
陽向は。
私を見る。
助けを。
求める目。
私は。
首を振った。
自分で。
頑張って。
「えっと」
陽向が。
座り直す。
「美月って」
「……」
「自分のこと」
「すぐ後回しにするんだよ」
子どもたちが。
黙って聞く。
「みんなのためなら」
「我慢しようとするし」
「自分が辛くても」
「大丈夫って言うし」
「……」
「前は」
陽向が。
少し。
苦しそうな顔になる。
「一人で」
「いなくなろうとしたこともあった」
夫が。
私を見る。
子どもたちも。
少し。
表情を変える。
「でも」
陽向は。
続ける。
「最近は」
「ちゃんと」
「疲れたとか」
「怖いとか」
「会いたいとか」
「言えるようになった」
「……」
「俺」
「そういう美月が」
「好き」
胸が。
熱くなる。
「笑ってると」
「嬉しいし」
「泣いてたら」
「話聞きたいし」
「……」
「美月が」
子どもたちを見る。
「みんなの話してるときの顔も」
「すごい好き」
誰も。
何も言わない。
「俺」
陽向が。
少し。
緊張したように。
息を吸った。
「みんなのお父さんに」
「なろうと思って」
「今日来たわけじゃない」
夫の目が。
少し。
揺れる。
「みんなには」
「ちゃんと」
「お父さんがいるから」
「……」
「そこに」
「俺が入ろうとは」
「思ってない」
夫が。
ゆっくり。
陽向を見る。
「でも」
陽向が。
続ける。
「美月が」
「みんなを」
「世界で一番大事にしてることは」
「分かってる」
胸が。
きゅっとなる。
「だから」
「美月が大事にしてる人を」
「俺も」
「大事にしたい」
静かだった。
私は。
泣きそうになっていた。
星は。
もう。
目を潤ませている。
そして。
しばらくして。
一番小さい子が。
陽向に聞いた。
「ゲームする?」
「……え?」
「ゲーム」
「する?」
「する!」
陽向。
即答。
「じゃあいいよ」
「何が!?」
全員が。
笑った。
◇◇◇
「何がいいの?」
陽向が聞く。
「ママのすきなひと」
「……」
一番小さい子が。
あっさり。
言った。
「ゲームする人なら」
「いい」
「基準そこ!?」
私は。
笑った。
星も。
涙を拭いながら。
笑っている。
「陽向くん」
「ん?」
「合格だって」
「軽っ!」
でも。
陽向は。
本当に。
嬉しそうだった。
◇◇◇
それから。
ゲーム大会が。
始まった。
陽向。
子ども五人。
そして。
私。
夫は。
少し離れたところで。
その様子を見ている。
「陽向!」
「何!?」
「そこ!」
「分かってる!」
「負けてる!」
「まだいける!」
陽向。
本気。
子ども相手でも。
全力。
「よっしゃああああ!」
「うるさい!」
私が。
反射的に。
止める。
「えー!」
「室内!」
「はい」
一瞬で。
素直。
子どもたちが。
笑う。
「陽向くん」
湊が。
言う。
「ママに弱い?」
「弱くない」
「今」
「一発で黙ったやん」
「それは」
陽向が。
言葉に詰まる。
「彼女の言うこと」
「聞く男だから」
「何それ!」
私は。
顔が。
熱くなる。
「ママ」
星が。
ニヤニヤ。
「嬉しそう」
「嬉しくない」
「顔」
「見ないで!」
みんなが。
笑う。
その笑い声の中。
私は。
ふと。
夫を見た。
目が。
合う。
一瞬。
気まずい。
でも。
夫は。
ほんの少し。
笑った。
私は。
ゲームの休憩中。
夫のところへ。
近づいた。
「……大丈夫?」
聞く。
夫は。
子どもたちと。
ゲームをしている。
陽向を見る。
「まあ」
「……」
「変な感じはする」
「うん」
「昔」
少し。
苦笑する。
「お前がテレビ見ながら」
「あんなに好きやったやつが」
「今」
顎で。
陽向を示す。
「子どもらとゲームしとる」
「……私も」
「意味分からない」
夫が。
少し。
笑った。
「でも」
「うん」
「さっきの」
「……」
「お父さんになるつもりないって」
胸が。
少し。
緊張する。
「うん」
「正直」
夫が。
ゆっくり言う。
「ちょっと安心した」
「……そっか」
「俺」
「お前の恋愛に」
「口出す立場ちゃうけど」
「うん」
「子どもらの父親では」
「おるから」
「うん」
「そこ」
「ちゃんと」
「分かっとる人なら」
少し。
間。
「ええんちゃう」
胸の奥。
じんわり。
温かくなる。
「ありがとう」
「俺に」
「許可取らんでええ」
「許可じゃないよ」
私は。
少し笑った。
「子どもたちの父親として」
「どう思うか」
「知りたかった」
夫は。
少し。
目を細めた。
「……変わったな」
「またそれ?」
「前やったら」
「俺が嫌って言ったら」
「自分がやめようとしとった」
「……」
否定。
できない。
「今は?」
聞かれる。
私は。
子どもたちと。
笑っている。
陽向を見る。
そして。
答えた。
「嫌って言われたら」
「ちゃんと理由聞く」
「……」
「でも」
少し笑う。
「私が陽向を好きなのは」
「やめない」
夫が。
少し。
驚いたあと。
笑った。
「そっか」
「うん」
「それでええんちゃう」
◇◇◇
ゲームが。
一段落すると。
星が。
急に。
言った。
「ねえ」
「何?」
「せっかくだから」
スマートフォンを。
取り出す。
「みんなで写真撮らない?」
私は。
一瞬。
固まった。
「みんなで?」
「うん」
星が。
楽しそうに。
言う。
「前」
「ママと陽向くんと私で」
「撮ったでしょ?」
「うん」
「今度は」
周りを見る。
「みんなで」
胸が。
大きく鳴る。
子ども五人。
私。
陽向。
そして。
夫。
星が。
夫を見る。
「パパも」
「俺も?」
「当たり前やん」
「……」
夫が。
少し。
気まずそうに。
陽向を見る。
陽向も。
完全に。
固まっている。
「え」
陽向が。
小声。
「俺」
「入っていいの?」
その一言。
私は。
陽向を見る。
星が。
先に答えた。
「いいでしょ」
「……」
「ママの」
少し。
照れながら。
「大事な人なんでしょ?」
陽向の目が。
少し。
揺れる。
「……うん」
「じゃあ」
星が。
笑う。
「入って」
◇◇◇
スタッフも。
いない。
セルフタイマー。
スマートフォンを。
立てる。
「早く!」
「あと十秒!」
みんな。
慌てて。
並ぶ。
夫。
子どもたち。
私。
陽向。
どこに。
立てばいい?
一瞬。
迷った。
すると。
一番小さい子が。
私の手を。
掴む。
「ママここ!」
「うん」
私は。
子どもたちの。
真ん中へ。
陽向は。
少し。
端へ行こうとする。
でも。
星が。
腕を掴む。
「陽向くんこっち!」
「え!?」
「早く!」
「ちょ!」
陽向が。
私の隣へ。
一瞬。
手が。
触れる。
でも。
今日は。
恋人繋ぎはしない。
子どもたちの前。
夫もいる。
それでいい。
ただ。
肩が。
少し。
触れる。
「三!」
星が叫ぶ。
「二!」
「一!」
カシャ。
シャッター音。
「撮れた!」
全員。
スマートフォンのところへ。
集まる。
「見せて!」
「俺目閉じてない?」
「ママ泣きそう」
「泣いてない!」
「陽向くん顔でか」
「おい!」
「パパ笑ってない!」
「笑っとるわ!」
騒がしい。
うるさい。
懐かしい。
でも。
新しい。
私は。
画面を見る。
そこに。
今の私がいる。
昔の顔ではない。
一ノ瀬紗良の顔。
でも。
子どもたちの真ん中に。
ちゃんと。
私がいる。
その隣に。
陽向。
少し離れて。
夫。
不思議な。
写真。
普通の。
家族写真とは。
呼べないかもしれない。
でも。
「……好き」
私は。
小さく。
呟いた。
「何が?」
陽向が。
聞く。
私は。
写真を見る。
「この写真」
「……」
「すごく」
笑う。
「好き」
◇◇◇
帰る時間。
子どもたちが。
陽向の周りに。
集まる。
「またゲームしよ!」
「次は負けん!」
「今日負けてたやん」
「次は勝つ!」
「陽向くん」
星が。
少し。
意地悪そうに。
「ママのこと」
「ちゃんと大事にしてね」
「星!」
また。
その話!?
でも。
陽向は。
笑わなかった。
真っ直ぐ。
星を見る。
「うん」
そして。
他の子どもたちも。
見る。
「大事にする」
胸が。
熱くなる。
そのとき。
湊が。
言った。
「でも」
「うん?」
「ママ泣かしたら」
陽向。
固まる。
「……はい」
「僕ら五人おるから」
「……はい」
「覚えといて」
陽向が。
私を見る。
「美月」
「何?」
「圧がすごい」
私は。
吹き出した。
「頑張って」
「助けてよ!」
みんなが。
笑った。
夫まで。
少し。
笑っていた。
◇◇◇
最後。
一番小さい子が。
陽向の服を。
引っ張った。
「ひなた」
「え?」
陽向が。
しゃがむ。
「今」
「名前呼んだ?」
「うん」
「なに?」
「ママのこと」
「うん」
「すき?」
陽向が。
一瞬。
私を見る。
それから。
子どもの目を。
まっすぐ見る。
「好きだよ」
「いっぱい?」
「いっぱい」
「ぼくも」
「え?」
「ママ」
少し。
考えて。
「いっぱいすき」
涙が。
出そうになった。
陽向が。
優しく。
笑う。
「そっか」
「じゃあ」
小さな手を。
差し出す。
「一緒だな」
一番小さい子が。
その手を。
握る。
「いっしょ」
その光景を。
私は。
何も言えず。
見ていた。
陽向は。
私から。
子どもたちを。
奪う人じゃない。
子どもたちも。
陽向から。
私を。
奪う存在じゃない。
愛情は。
席取りゲームじゃない。
誰かを。
大切にしたら。
別の誰かへの。
愛が減るわけじゃない。
私は。
五人の子どもたちを。
愛している。
陽向を。
愛している。
そして。
それぞれ。
全然違う。
でも。
全部。
本物。
◇◇◇
帰宅後。
陽向は。
私の部屋へ。
寄った。
ドアを閉めた瞬間。
壁に。
背中を預ける。
「……終わった」
「何その言い方」
「緊張したぁぁぁ……」
ずるずる。
しゃがみ込む。
「そんなに?」
「そんなに!」
私は。
笑いながら。
陽向の前へ。
しゃがんだ。
「でも」
「何?」
「人気だったじゃん」
「ゲーム要員としてね!」
「一番小さい子」
「陽向って呼んでたよ」
「……」
陽向が。
少し。
嬉しそうに。
笑った。
「うん」
「湊にも」
「ママ泣かすなって」
「脅されてたし」
「それ嬉しい話?」
「私は嬉しい」
「俺はプレッシャー!」
笑う。
でも。
少しして。
陽向が。
真面目な顔になる。
「美月」
「何?」
「今日」
「俺」
「行ってよかった?」
私は。
迷わなかった。
「うん」
「本当に?」
「うん」
私は。
陽向の手を取る。
「私の」
「二つの大事な場所が」
「今日」
「初めて」
胸に。
手を当てる。
「一緒になった気がした」
「……」
「母親の私と」
「陽向を好きな私」
「……うん」
「今まで」
「別々にしなきゃって」
「どこかで思ってた」
「うん」
「でも」
私は。
笑った。
「どっちも私だった」
陽向の目が。
優しくなる。
「うん」
「知ってる」
「……」
「ずっと言ってるじゃん」
陽向が。
私の手を。
握る。
「全部」
「美月だって」
涙が。
少し。
滲んだ。
「うん」
◇◇◇
その夜。
星から。
今日撮った写真が。
送られてきた。
『今日の写真!』
続けて。
『なんか不思議なメンバーだけど(笑)』
私は。
笑う。
さらに。
『でも私、この写真好き』
私も。
同じ。
『ママも好き』
送る。
すると。
すぐに。
『あと』
『みんな陽向くんのこと嫌じゃなかったみたい』
「……」
胸が。
少し。
軽くなる。
『一番下なんて、またゲームしたいって』
私は。
隣で。
スマートフォンを見ている。
陽向へ。
そのまま見せた。
「ほら」
「……マジ?」
「うん」
陽向が。
ものすごく。
嬉しそうに笑う。
「よっしゃ!」
「声」
「あ」
慌てて。
小さくなる。
私は。
そんな陽向を。
見ながら。
思った。
一度目の人生と。
二度目の人生。
ずっと。
別の世界だと。
思っていた。
でも。
今日。
初めて。
同じ写真の中に。
収まった。
五人の子どもたち。
前の夫。
今の私。
そして。
陽向。
過去を。
消さなくていい。
新しい幸せのために。
古い大切なものを。
捨てなくていい。
全部を。
抱えたまま。
前へ。
進んでいい。
私は。
画面の中の。
自分を見る。
そして。
そっと。
笑った。
これが。
今の。
高瀬美月の。
家族の形。
まだ。
名前なんて。
つけられない。
でも。
それでいい。
大切な人たちが。
少しずつ。
お互いを知って。
少しずつ。
同じ場所で。
笑えるようになれば。
それで。
十分だから。
そして。
私は。
まだ知らなかった。
この一枚の写真が。
後に。
私と陽向の未来を。
大きく動かす。
きっかけに。
なることを。
陽向が。
真顔で言った。
「さっきも聞いた」
「いや」
私の家のソファで。
両手を組んだまま。
陽向は。
珍しく。
落ち着きがない。
「やっぱ無理」
「何万人の前でライブする人が?」
「それとこれとは別!」
「テレビの生放送は?」
「いける」
「大きなステージは?」
「いける」
「五人の子どもに会うのは?」
「無理」
即答。
私は。
思わず。
吹き出した。
「あははっ!」
「笑い事じゃないから!」
「だって」
「陽向がこんなに緊張してるの」
「珍しいんだもん」
「するだろ!」
陽向が。
私を見る。
「美月の子どもだぞ?」
「うん」
「しかも五人!」
「うん」
「一人には」
指を一本立てる。
「すでに推されてる」
「星ね」
「で」
二本目。
「俺が美月の彼氏だって知ってるのも」
「星だけ」
「うん」
「残り四人には」
陽向が。
自分を指差す。
「今日突然」
「どうも」
「君たちのお母さんと付き合ってます」
「天城陽向ですって」
「言うんだぞ?」
私は。
想像した。
そして。
「……確かにすごい」
「だろ!?」
陽向が。
身を乗り出す。
「俺」
「アイドル人生で」
「今日が一番緊張するかもしれない」
「そこまで?」
「だって」
急に。
真剣な顔。
「嫌だって言われたらどうしよう」
私は。
笑うのをやめた。
「陽向……」
「美月のこと」
「もう取らないでって」
「言われたら」
「……」
「俺」
「何て言えばいいんだろ」
その一言で。
分かった。
陽向が。
怖がっている理由。
自分が。
受け入れてもらえるか。
それだけじゃない。
子どもたちを。
傷つけないか。
それが。
怖いんだ。
私は。
陽向の隣へ座った。
「ねえ」
「ん?」
「取らないよね?」
「当たり前だろ」
「じゃあ」
私は。
少し笑った。
「そのまま言えばいいよ」
「……そのまま?」
「うん」
「私は」
「子どもたちのママ」
「うん」
「陽向の彼女」
「……うん」
「どっちかになるんじゃない」
陽向を見る。
「両方」
「……」
「だから」
私は。
陽向の手を。
握った。
「陽向も」
「無理に」
「お父さんになろうとしなくていい」
「……」
「ただ」
「私の好きな人として」
「会ってくれたら」
「それでいい」
陽向は。
しばらく。
私を見ていた。
そして。
大きく。
息を吐く。
「……分かった」
「うん」
「でも緊張する」
「それはもう諦めて」
「ひど!」
私は。
笑った。
◇◇◇
待ち合わせは。
前回と同じ。
貸し切りの。
レンタルスペース。
先に。
私と陽向が。
到着した。
「……」
陽向。
立っている。
「座ったら?」
「無理」
「何で?」
「落ち着かない」
さっきから。
水を飲む。
時計を見る。
立つ。
歩く。
また。
時計を見る。
「陽向」
「何」
「学校の家庭訪問を待ってる親みたい」
「俺今」
「それより緊張してるから」
「知らないよ」
そのとき。
スマートフォンが。
震えた。
星。
『着いたよ』
「……来た」
私が言うと。
陽向が。
ぴたりと。
止まった。
「マジ?」
「帰らないでね」
「帰らない!」
コンコン。
ノック。
私が。
ドアへ向かう。
「はい」
開ける。
「ママ!」
星。
その後ろ。
湊。
そして。
他の子どもたち。
一番小さい子は。
私を見るなり。
「ママ!」
と。
駆け寄ってきた。
「うん」
私は。
しゃがんで。
受け止める。
ついこの前まで。
美月。
だったのに。
今は。
自然に。
ママ。
「今日ゲームする!」
「今日はね」
「ゲームだけじゃないよ」
「なんで?」
「会ってほしい人がいるの」
「だれ?」
その瞬間。
夫が。
部屋の奥を見る。
「……」
そして。
固まった。
当然。
そこに。
天城陽向が。
いる。
「どうも」
陽向が。
頭を下げる。
「……」
夫。
無言。
湊。
無言。
他の子どもたち。
無言。
一番小さい子だけ。
「だれ?」
星が。
思い切り。
噴き出した。
「ちょっと!」
陽向が。
地味に傷ついた顔。
私は。
笑いを堪える。
「この人は」
言いかける。
そのとき。
別の子が。
「あ!」
声を上げた。
「テレビの人!」
「そう!」
陽向が。
少し嬉しそう。
「テレビ出てる人!」
「名前なんやったっけ」
「そこ!?」
陽向の。
いつもの。
大きなリアクション。
子どもたちが。
笑う。
星も。
完全に。
笑っている。
「陽向くん」
星が。
教える。
「ASTERの」
「あー!」
「ママが好きやった人!」
「……」
一瞬で。
空気が。
止まった。
陽向。
私。
夫。
星。
全員。
固まる。
言った本人だけ。
何が問題なのか。
分かっていない。
「そうやろ?」
「……まあ」
私は。
苦笑する。
「好きだった」
陽向が。
小声で。
「過去形?」
「今は意味が違うの!」
「何が?」
湊が。
眉を寄せる。
「意味が違う?」
「……」
来た。
とうとう。
私は。
陽向を見る。
陽向も。
私を見る。
大丈夫。
私は。
一度。
息を吸った。
「今日」
「みんなに」
「会ってほしかったのは」
子どもたちを見る。
「陽向が」
「ママにとって」
「大切な人だから」
湊が。
少し。
表情を変える。
「大切?」
「うん」
星が。
もう。
ニヤニヤしている。
知ってるから。
「ママ」
「何?」
「ちゃんと言いなよ」
「星」
「自分で言うんでしょ?」
「……」
逃げ道を。
塞がれた。
私は。
陽向の隣に立つ。
そして。
子どもたちを。
まっすぐ見る。
「ママね」
「うん」
「陽向と」
一瞬。
言葉が。
詰まる。
でも。
ちゃんと言う。
「お付き合いしてる」
「……」
沈黙。
一秒。
二秒。
そして。
「えええええええ!?」
誰かの。
大声。
続けて。
「マジ!?」
「ママが!?」
「この人と!?」
「そうです!」
なぜか。
私も。
大声。
陽向は。
もう。
耳まで。
真っ赤だった。
一番小さい子だけ。
首を傾げる。
「おつきあいってなに?」
「……」
説明。
難しい。
「ママが」
少し考える。
「すごく好きな人」
「ふーん」
軽い。
「じゃあ」
その子が。
陽向を見る。
「ママのおともだち?」
「まあ」
私が答える前に。
陽向が。
しゃがんだ。
「今は」
優しく。
笑う。
「そんな感じでいいよ」
その言い方に。
私は。
少し。
胸が温かくなった。
◇◇◇
「ちょっと待って」
湊が。
まだ。
混乱している。
「ママ」
「うん」
「昔から」
陽向を指差す。
「この人好きやったやん」
「うん」
「テレビ見て」
「きゃーきゃー言っとった」
「……そんなに?」
「言っとった」
星が。
即答する。
「やめて」
陽向は。
嬉しそう。
「もっと聞きたい」
「陽向は黙って」
「でも」
湊が。
混乱したまま。
続ける。
「ほんまに」
「付き合っとるん?」
「うん」
「なんで?」
「なんでって……」
私は。
陽向を見る。
最初。
病院で。
目を覚ました。
この人の。
腕の中だった。
紗良と。
思われていた。
美月だと。
信じてもらえなくて。
ぶつかって。
泣いて。
一度。
いなくなって。
それでも。
また。
見つけてもらった。
一緒に。
ご飯を食べた。
歌った。
笑った。
弱いところを。
見せてもらった。
私も。
弱いところを。
見せられるようになった。
そして。
いつの間にか。
最推しではなく。
一人の男性として。
好きになっていた。
「……いっぱい」
私は。
少し笑った。
「いろんなことがあったから」
「それ説明になってない」
湊の。
冷静なツッコミ。
陽向が。
吹き出す。
「あははっ!」
「笑うとこじゃないよ!」
「ごめん!」
◇◇◇
すると。
今まで。
黙っていた子が。
陽向へ。
聞いた。
「ママのこと」
「うん?」
「ほんまに好きなん?」
部屋が。
静かになる。
陽向の顔から。
笑いが消えた。
「うん」
迷いなく。
答える。
「好き」
「どれくらい?」
「……」
陽向が。
少し考える。
「すげえ好き」
「それだけ?」
「え」
私は。
思わず。
笑いそうになる。
審査。
始まった。
陽向は。
私を見る。
助けを。
求める目。
私は。
首を振った。
自分で。
頑張って。
「えっと」
陽向が。
座り直す。
「美月って」
「……」
「自分のこと」
「すぐ後回しにするんだよ」
子どもたちが。
黙って聞く。
「みんなのためなら」
「我慢しようとするし」
「自分が辛くても」
「大丈夫って言うし」
「……」
「前は」
陽向が。
少し。
苦しそうな顔になる。
「一人で」
「いなくなろうとしたこともあった」
夫が。
私を見る。
子どもたちも。
少し。
表情を変える。
「でも」
陽向は。
続ける。
「最近は」
「ちゃんと」
「疲れたとか」
「怖いとか」
「会いたいとか」
「言えるようになった」
「……」
「俺」
「そういう美月が」
「好き」
胸が。
熱くなる。
「笑ってると」
「嬉しいし」
「泣いてたら」
「話聞きたいし」
「……」
「美月が」
子どもたちを見る。
「みんなの話してるときの顔も」
「すごい好き」
誰も。
何も言わない。
「俺」
陽向が。
少し。
緊張したように。
息を吸った。
「みんなのお父さんに」
「なろうと思って」
「今日来たわけじゃない」
夫の目が。
少し。
揺れる。
「みんなには」
「ちゃんと」
「お父さんがいるから」
「……」
「そこに」
「俺が入ろうとは」
「思ってない」
夫が。
ゆっくり。
陽向を見る。
「でも」
陽向が。
続ける。
「美月が」
「みんなを」
「世界で一番大事にしてることは」
「分かってる」
胸が。
きゅっとなる。
「だから」
「美月が大事にしてる人を」
「俺も」
「大事にしたい」
静かだった。
私は。
泣きそうになっていた。
星は。
もう。
目を潤ませている。
そして。
しばらくして。
一番小さい子が。
陽向に聞いた。
「ゲームする?」
「……え?」
「ゲーム」
「する?」
「する!」
陽向。
即答。
「じゃあいいよ」
「何が!?」
全員が。
笑った。
◇◇◇
「何がいいの?」
陽向が聞く。
「ママのすきなひと」
「……」
一番小さい子が。
あっさり。
言った。
「ゲームする人なら」
「いい」
「基準そこ!?」
私は。
笑った。
星も。
涙を拭いながら。
笑っている。
「陽向くん」
「ん?」
「合格だって」
「軽っ!」
でも。
陽向は。
本当に。
嬉しそうだった。
◇◇◇
それから。
ゲーム大会が。
始まった。
陽向。
子ども五人。
そして。
私。
夫は。
少し離れたところで。
その様子を見ている。
「陽向!」
「何!?」
「そこ!」
「分かってる!」
「負けてる!」
「まだいける!」
陽向。
本気。
子ども相手でも。
全力。
「よっしゃああああ!」
「うるさい!」
私が。
反射的に。
止める。
「えー!」
「室内!」
「はい」
一瞬で。
素直。
子どもたちが。
笑う。
「陽向くん」
湊が。
言う。
「ママに弱い?」
「弱くない」
「今」
「一発で黙ったやん」
「それは」
陽向が。
言葉に詰まる。
「彼女の言うこと」
「聞く男だから」
「何それ!」
私は。
顔が。
熱くなる。
「ママ」
星が。
ニヤニヤ。
「嬉しそう」
「嬉しくない」
「顔」
「見ないで!」
みんなが。
笑う。
その笑い声の中。
私は。
ふと。
夫を見た。
目が。
合う。
一瞬。
気まずい。
でも。
夫は。
ほんの少し。
笑った。
私は。
ゲームの休憩中。
夫のところへ。
近づいた。
「……大丈夫?」
聞く。
夫は。
子どもたちと。
ゲームをしている。
陽向を見る。
「まあ」
「……」
「変な感じはする」
「うん」
「昔」
少し。
苦笑する。
「お前がテレビ見ながら」
「あんなに好きやったやつが」
「今」
顎で。
陽向を示す。
「子どもらとゲームしとる」
「……私も」
「意味分からない」
夫が。
少し。
笑った。
「でも」
「うん」
「さっきの」
「……」
「お父さんになるつもりないって」
胸が。
少し。
緊張する。
「うん」
「正直」
夫が。
ゆっくり言う。
「ちょっと安心した」
「……そっか」
「俺」
「お前の恋愛に」
「口出す立場ちゃうけど」
「うん」
「子どもらの父親では」
「おるから」
「うん」
「そこ」
「ちゃんと」
「分かっとる人なら」
少し。
間。
「ええんちゃう」
胸の奥。
じんわり。
温かくなる。
「ありがとう」
「俺に」
「許可取らんでええ」
「許可じゃないよ」
私は。
少し笑った。
「子どもたちの父親として」
「どう思うか」
「知りたかった」
夫は。
少し。
目を細めた。
「……変わったな」
「またそれ?」
「前やったら」
「俺が嫌って言ったら」
「自分がやめようとしとった」
「……」
否定。
できない。
「今は?」
聞かれる。
私は。
子どもたちと。
笑っている。
陽向を見る。
そして。
答えた。
「嫌って言われたら」
「ちゃんと理由聞く」
「……」
「でも」
少し笑う。
「私が陽向を好きなのは」
「やめない」
夫が。
少し。
驚いたあと。
笑った。
「そっか」
「うん」
「それでええんちゃう」
◇◇◇
ゲームが。
一段落すると。
星が。
急に。
言った。
「ねえ」
「何?」
「せっかくだから」
スマートフォンを。
取り出す。
「みんなで写真撮らない?」
私は。
一瞬。
固まった。
「みんなで?」
「うん」
星が。
楽しそうに。
言う。
「前」
「ママと陽向くんと私で」
「撮ったでしょ?」
「うん」
「今度は」
周りを見る。
「みんなで」
胸が。
大きく鳴る。
子ども五人。
私。
陽向。
そして。
夫。
星が。
夫を見る。
「パパも」
「俺も?」
「当たり前やん」
「……」
夫が。
少し。
気まずそうに。
陽向を見る。
陽向も。
完全に。
固まっている。
「え」
陽向が。
小声。
「俺」
「入っていいの?」
その一言。
私は。
陽向を見る。
星が。
先に答えた。
「いいでしょ」
「……」
「ママの」
少し。
照れながら。
「大事な人なんでしょ?」
陽向の目が。
少し。
揺れる。
「……うん」
「じゃあ」
星が。
笑う。
「入って」
◇◇◇
スタッフも。
いない。
セルフタイマー。
スマートフォンを。
立てる。
「早く!」
「あと十秒!」
みんな。
慌てて。
並ぶ。
夫。
子どもたち。
私。
陽向。
どこに。
立てばいい?
一瞬。
迷った。
すると。
一番小さい子が。
私の手を。
掴む。
「ママここ!」
「うん」
私は。
子どもたちの。
真ん中へ。
陽向は。
少し。
端へ行こうとする。
でも。
星が。
腕を掴む。
「陽向くんこっち!」
「え!?」
「早く!」
「ちょ!」
陽向が。
私の隣へ。
一瞬。
手が。
触れる。
でも。
今日は。
恋人繋ぎはしない。
子どもたちの前。
夫もいる。
それでいい。
ただ。
肩が。
少し。
触れる。
「三!」
星が叫ぶ。
「二!」
「一!」
カシャ。
シャッター音。
「撮れた!」
全員。
スマートフォンのところへ。
集まる。
「見せて!」
「俺目閉じてない?」
「ママ泣きそう」
「泣いてない!」
「陽向くん顔でか」
「おい!」
「パパ笑ってない!」
「笑っとるわ!」
騒がしい。
うるさい。
懐かしい。
でも。
新しい。
私は。
画面を見る。
そこに。
今の私がいる。
昔の顔ではない。
一ノ瀬紗良の顔。
でも。
子どもたちの真ん中に。
ちゃんと。
私がいる。
その隣に。
陽向。
少し離れて。
夫。
不思議な。
写真。
普通の。
家族写真とは。
呼べないかもしれない。
でも。
「……好き」
私は。
小さく。
呟いた。
「何が?」
陽向が。
聞く。
私は。
写真を見る。
「この写真」
「……」
「すごく」
笑う。
「好き」
◇◇◇
帰る時間。
子どもたちが。
陽向の周りに。
集まる。
「またゲームしよ!」
「次は負けん!」
「今日負けてたやん」
「次は勝つ!」
「陽向くん」
星が。
少し。
意地悪そうに。
「ママのこと」
「ちゃんと大事にしてね」
「星!」
また。
その話!?
でも。
陽向は。
笑わなかった。
真っ直ぐ。
星を見る。
「うん」
そして。
他の子どもたちも。
見る。
「大事にする」
胸が。
熱くなる。
そのとき。
湊が。
言った。
「でも」
「うん?」
「ママ泣かしたら」
陽向。
固まる。
「……はい」
「僕ら五人おるから」
「……はい」
「覚えといて」
陽向が。
私を見る。
「美月」
「何?」
「圧がすごい」
私は。
吹き出した。
「頑張って」
「助けてよ!」
みんなが。
笑った。
夫まで。
少し。
笑っていた。
◇◇◇
最後。
一番小さい子が。
陽向の服を。
引っ張った。
「ひなた」
「え?」
陽向が。
しゃがむ。
「今」
「名前呼んだ?」
「うん」
「なに?」
「ママのこと」
「うん」
「すき?」
陽向が。
一瞬。
私を見る。
それから。
子どもの目を。
まっすぐ見る。
「好きだよ」
「いっぱい?」
「いっぱい」
「ぼくも」
「え?」
「ママ」
少し。
考えて。
「いっぱいすき」
涙が。
出そうになった。
陽向が。
優しく。
笑う。
「そっか」
「じゃあ」
小さな手を。
差し出す。
「一緒だな」
一番小さい子が。
その手を。
握る。
「いっしょ」
その光景を。
私は。
何も言えず。
見ていた。
陽向は。
私から。
子どもたちを。
奪う人じゃない。
子どもたちも。
陽向から。
私を。
奪う存在じゃない。
愛情は。
席取りゲームじゃない。
誰かを。
大切にしたら。
別の誰かへの。
愛が減るわけじゃない。
私は。
五人の子どもたちを。
愛している。
陽向を。
愛している。
そして。
それぞれ。
全然違う。
でも。
全部。
本物。
◇◇◇
帰宅後。
陽向は。
私の部屋へ。
寄った。
ドアを閉めた瞬間。
壁に。
背中を預ける。
「……終わった」
「何その言い方」
「緊張したぁぁぁ……」
ずるずる。
しゃがみ込む。
「そんなに?」
「そんなに!」
私は。
笑いながら。
陽向の前へ。
しゃがんだ。
「でも」
「何?」
「人気だったじゃん」
「ゲーム要員としてね!」
「一番小さい子」
「陽向って呼んでたよ」
「……」
陽向が。
少し。
嬉しそうに。
笑った。
「うん」
「湊にも」
「ママ泣かすなって」
「脅されてたし」
「それ嬉しい話?」
「私は嬉しい」
「俺はプレッシャー!」
笑う。
でも。
少しして。
陽向が。
真面目な顔になる。
「美月」
「何?」
「今日」
「俺」
「行ってよかった?」
私は。
迷わなかった。
「うん」
「本当に?」
「うん」
私は。
陽向の手を取る。
「私の」
「二つの大事な場所が」
「今日」
「初めて」
胸に。
手を当てる。
「一緒になった気がした」
「……」
「母親の私と」
「陽向を好きな私」
「……うん」
「今まで」
「別々にしなきゃって」
「どこかで思ってた」
「うん」
「でも」
私は。
笑った。
「どっちも私だった」
陽向の目が。
優しくなる。
「うん」
「知ってる」
「……」
「ずっと言ってるじゃん」
陽向が。
私の手を。
握る。
「全部」
「美月だって」
涙が。
少し。
滲んだ。
「うん」
◇◇◇
その夜。
星から。
今日撮った写真が。
送られてきた。
『今日の写真!』
続けて。
『なんか不思議なメンバーだけど(笑)』
私は。
笑う。
さらに。
『でも私、この写真好き』
私も。
同じ。
『ママも好き』
送る。
すると。
すぐに。
『あと』
『みんな陽向くんのこと嫌じゃなかったみたい』
「……」
胸が。
少し。
軽くなる。
『一番下なんて、またゲームしたいって』
私は。
隣で。
スマートフォンを見ている。
陽向へ。
そのまま見せた。
「ほら」
「……マジ?」
「うん」
陽向が。
ものすごく。
嬉しそうに笑う。
「よっしゃ!」
「声」
「あ」
慌てて。
小さくなる。
私は。
そんな陽向を。
見ながら。
思った。
一度目の人生と。
二度目の人生。
ずっと。
別の世界だと。
思っていた。
でも。
今日。
初めて。
同じ写真の中に。
収まった。
五人の子どもたち。
前の夫。
今の私。
そして。
陽向。
過去を。
消さなくていい。
新しい幸せのために。
古い大切なものを。
捨てなくていい。
全部を。
抱えたまま。
前へ。
進んでいい。
私は。
画面の中の。
自分を見る。
そして。
そっと。
笑った。
これが。
今の。
高瀬美月の。
家族の形。
まだ。
名前なんて。
つけられない。
でも。
それでいい。
大切な人たちが。
少しずつ。
お互いを知って。
少しずつ。
同じ場所で。
笑えるようになれば。
それで。
十分だから。
そして。
私は。
まだ知らなかった。
この一枚の写真が。
後に。
私と陽向の未来を。
大きく動かす。
きっかけに。
なることを。



