一番小さい子と。
会った日の夜。
私は。
なかなか。
眠れなかった。
でも。
前みたいに。
不安で。
眠れなかったわけじゃない。
何度も。
思い出していた。
小さな手。
『みづき』
と。
呼んでくれた声。
『こんど、ゲームしよ!』
と。
笑った顔。
ママとは。
呼ばれなかった。
私のことも。
覚えていなかった。
それでも。
もう一度。
会いたいと。
思ってくれた。
「……それでいい」
私は。
ベッドの中で。
小さく笑った。
すると。
スマートフォンが震えた。
夫からだった。
『今日のこと、みんなに話した』
「……」
私は。
身体を起こした。
続けて。
メッセージ。
『それで、子どもらから提案がある』
「提案?」
少し。
嫌な緊張。
でも。
その次の文章を見て。
私は。
息を止めた。
『今度、みんなで会ってみたいって』
「……え」
何度も。
読み返す。
みんなで。
ということは。
星も。
これまで。
一人ずつ会ってきた子どもたちも。
そして。
一番小さい子も。
五人。
全員。
「……みんな」
涙が。
じわっと。
滲んだ。
さらに。
『一番下は「みづきとゲームする」って言っとるだけやけど』
思わず。
笑ってしまう。
「うん」
それでいい。
ママに会う。
じゃなくてもいい。
私に。
会おうとしてくれている。
私は。
震える指で。
返事を打った。
『会いたい』
少し考えて。
もう一度。
『みんなに会いたい』
送信。
すると。
しばらくして。
夫から。
『分かった』
そして。
『今度の休み、家じゃない場所で会おう』
私は。
その文字を。
胸に抱くように。
スマートフォンを。
ぎゅっと握った。
「……五人に」
また。
会える。
私の。
子どもたち。
全員に。
◇◇◇
翌日。
陽向に。
その話をした。
「五人全員!?」
予想通り。
大きな声。
「うん」
「一気に?」
「うん」
「マジか……」
陽向が。
ソファに座りながら。
少し。
目を丸くしている。
「美月」
「何?」
「大丈夫?」
私は。
考える。
怖い。
緊張する。
嬉しい。
泣きそう。
全部。
ある。
だから。
「大丈夫じゃない」
と言った。
陽向が。
少し笑った。
「うん」
「でも」
私は。
胸に手を置く。
「すごく楽しみ」
「そっか」
「うん」
「全員が」
「ママって呼んでくれるわけじゃないし」
「うん」
「一番小さい子は」
少し笑う。
「まだ美月だし」
「ゲーム友達みたいな感じだし」
陽向が。
吹き出す。
「いいじゃん」
「うん」
「でもね」
「何?」
私は。
少し。
遠くを見る。
「前は」
「全員に」
「元の関係へ戻ってほしいって」
「思ってた」
「……」
「私がママだって」
「分かって」
「抱きついて」
「前みたいに」
「戻ってほしいって」
「うん」
「でも」
私は。
首を振る。
「戻るんじゃないんだね」
陽向が。
静かに。
私を見る。
「みんな」
「私がいない間にも」
「生きてた」
「……うん」
「大きくなって」
「考え方も変わって」
「私のことを」
「忘れた部分もある」
「うん」
「だから」
私は。
少し笑った。
「前の続きじゃなくて」
「今から」
「新しく」
「親子になっていけばいい」
陽向が。
しばらく。
何も言わなかった。
そして。
「美月」
「何?」
「なんか」
少し。
目を細める。
「すげえな」
「また?」
「うん」
「何が?」
「最初は」
「失ったもの」
「取り戻そうとしてたじゃん」
「……うん」
「でも今は」
陽向が。
私の手を。
握る。
「新しく作ろうとしてる」
胸が。
温かくなった。
「……そうかも」
「うん」
「いいと思う」
そして。
少し。
にやっとする。
「で?」
「何?」
「俺」
「?」
「いつ子ども全員に」
「美月の彼氏ですって」
「挨拶するの?」
「まだ早い!」
「えー!」
「星だけでも」
「情報量多すぎるって」
「言ってたでしょ!」
「でも俺」
「一応」
胸を張る。
「星ちゃんから」
「よろしくお願いしますって」
「言われてるから」
「それを免罪符みたいに使わないの」
「あははっ!」
私は。
笑いながら。
陽向の肩を。
軽く叩いた。
でも。
心のどこかで。
思った。
いつか。
そんな日も。
来るのかな。
子どもたち全員に。
陽向を。
紹介する日。
その未来を。
想像しても。
もう。
怖くなかった。
◇◇◇
約束の日。
待ち合わせ場所は。
人目を避けられる。
貸し切りの。
小さなレンタルスペースだった。
テーブル。
ソファ。
テレビ。
ゲーム機まである。
一番小さい子が。
ゲームをしたいと言っていたから。
夫が。
ここを選んだらしい。
私は。
一人。
先に。
部屋に入っていた。
「……」
時計を見る。
まだ。
十分前。
なのに。
心臓は。
もう。
うるさい。
五人。
全員。
一緒。
前の人生では。
当たり前だった。
『うるさい!』
『順番!』
『走らない!』
『ご飯できたよ!』
毎日。
何度も。
名前を呼んで。
何度も。
注意して。
笑って。
怒って。
疲れて。
でも。
今なら。
その騒がしさが。
どれほど。
愛しいものだったのか。
分かる。
コンコン。
ノック。
身体が。
固まった。
「……はい」
扉が。
開く。
最初に。
星。
私を見た瞬間。
「ママ!」
笑顔。
「星」
その後ろ。
長男。
そして。
これまで。
一人ずつ。
会ってきた子どもたち。
最後。
夫の手を。
軽く掴みながら。
一番小さい子。
「……みづき!」
その声に。
私は。
笑った。
「うん」
「美月だよ」
「ゲームある?」
第一声。
それ?
「あるよ」
「やった!」
一番小さい子が。
私の横を。
走り抜けそうになる。
反射的に。
「走らない!」
声が。
出た。
しん。
全員が。
私を見る。
「……」
私も。
固まる。
一番小さい子だけ。
不思議そうに。
私を見る。
「なんで?」
「転ぶから」
「転ばん」
「転んでからじゃ遅いの」
「……」
星が。
口元を。
押さえた。
長男も。
少し。
笑っている。
そして。
夫が。
小さく。
「……これや」
と。
呟いた。
「何?」
私が聞く。
夫が。
苦笑する。
「家の中」
「昔」
「ずっとこんなんやった」
「……」
一瞬。
胸が。
詰まった。
私も。
笑った。
「そうだったね」
◇◇◇
最初は。
少し。
ぎこちなかった。
星は。
普通に。
私の隣に座る。
長男も。
以前より。
自然に話してくれる。
抱っこで。
私を思い出してくれた子は。
近くまで来て。
何度も。
こちらを見る。
でも。
怒りを。
ぶつけてくれた子は。
少し離れた席。
まだ。
私を。
ママとは呼ばない。
そして。
一番小さい子は。
ほぼ。
ゲームに夢中。
五人。
全員。
違う。
でも。
それでいい。
「ママ」
星が。
袋を。
テーブルに置く。
「これ」
「何?」
「みんなで」
少し。
照れながら。
「持ってきた」
開ける。
中には。
一冊の。
アルバム。
「……」
手が。
止まった。
表紙。
『ママへ』
と。
書かれている。
「これ……」
星が。
少し笑う。
「ママがいなくなってからの」
「私たち」
胸が。
大きく鳴った。
「え?」
「ママ」
「見れてないでしょ?」
「……」
「だから」
長男が。
少し。
気恥ずかしそうに。
続ける。
「見せたろって」
私は。
ゆっくり。
アルバムを開いた。
学校。
行事。
誕生日。
遊びに行った日。
家で。
何気なく撮った写真。
一枚。
また。
一枚。
私の知らない。
子どもたちの時間。
「……大きくなった」
涙が。
ぽろっと。
落ちる。
星が。
笑う。
「そりゃね」
「でも」
ページをめくる。
「これ」
「そのとき?」
「ああ」
「これ」
「髪短くしたの?」
「うん」
「知らなかった」
当たり前。
私は。
いなかった。
その言葉が。
胸に。
刺さる。
でも。
次の瞬間。
長男が。
言った。
「だから」
「今」
「見せとる」
私は。
顔を上げた。
「……」
「知らんかった分」
少し。
目を逸らす。
「今から」
「知ればいいやん」
涙が。
また。
落ちた。
「うん」
私は。
何度も。
頷いた。
「知りたい」
「全部」
「教えて」
◇◇◇
「これ!」
抱っこで。
私を思い出してくれた子が。
一枚の写真を。
指差す。
「運動会」
「え?」
「一位になった」
「本当に!?」
思わず。
声が。
大きくなる。
「すごい!」
「うん」
嬉しそう。
「めちゃくちゃ速かった?」
「まあ」
「何その顔」
「余裕」
「嘘つけ」
夫が。
すぐに言う。
「前の日」
「緊張して寝れんかったやろ」
「パパ言わんといて!」
私は。
笑った。
「そうなの?」
「違う!」
「じゃあ」
私は。
少し。
意地悪く。
笑う。
「顔赤いのは?」
「……」
全員が。
笑う。
その笑い声。
一瞬。
昔の家に。
いるようだった。
◇◇◇
でも。
次のページ。
怒りを。
ぶつけてくれた子が。
急に。
「それ」
と。
言った。
私は。
指を止める。
写真。
表彰状を。
持っている。
「これ?」
「……うん」
「何の?」
少し。
沈黙。
「作文」
「作文?」
星が。
横から。
少し。
困ったような顔をする。
その子は。
何も。
言わない。
私は。
写真を見る。
表彰状。
そして。
手に持っている。
作文用紙。
タイトル。
小さく。
見える。
『お母さんへ』
胸が。
止まった。
「……」
その子が。
顔を逸らす。
「見んでいい」
「……うん」
私は。
すぐに。
アルバムを閉じようとする。
「え?」
子どもが。
驚いた顔。
「いいの?」
「うん」
「読みたくないん?」
「読みたい」
正直に。
答える。
「すごく」
「……」
「でも」
私は。
その子を見る。
「あなたが」
「まだ見せたくないなら」
「読まない」
「……」
しばらく。
その子は。
黙っていた。
「ほんま?」
「うん」
「勝手に」
「あとで見ん?」
「見ない」
「……」
「約束する」
その子が。
私を。
じっと見る。
そして。
少しして。
手を。
伸ばした。
「……これ」
バッグから。
折り畳んだ。
紙。
「え?」
「作文」
私は。
息を止めた。
「持ってきたの?」
「星が」
「持っていこって」
「星」
見ると。
星が。
少し。
気まずそうな顔。
「ごめん」
でも。
その子は。
首を振った。
「いい」
そして。
私を見る。
「……読んでも」
一度。
唇を噛む。
「いい」
手が。
震えた。
「本当に?」
「うん」
私は。
両手で。
受け取った。
◇◇◇
『お母さんへ』
最初の。
一行。
それだけで。
文字が。
滲んだ。
でも。
読む。
『ぼくのお母さんは、もういません。』
胸が。
ぎゅっと。
締めつけられる。
『事故で死にました。』
『みんなは、お母さんは空から見ていると言います。』
『でも、ぼくは空を見ても、お母さんがどこにいるか分かりません。』
涙が。
一滴。
紙に。
落ちそうになる。
慌てて。
拭う。
『学校で嫌なことがあったとき、言いたいと思いました。』
『できるようになったことがあったときも、見せたいと思いました。』
『でも、言えません。』
『だから、ぼくはお母さんが嫌いです。』
息が。
止まる。
あの日。
言われた。
嫌い。
大嫌い。
『勝手に死んだからです。』
『でも、本当は、会いたいです。』
もう。
涙を。
止められなかった。
『一回でいいから、もう一回会って、怒りたいです。』
『なんで死んだんって言いたいです。』
『それから』
字が。
少し。
乱れている。
『本当は、がんばったねって言ってほしいです。』
「……っ」
声が。
漏れた。
私は。
口を押さえる。
その子が。
俯いている。
「……ねえ」
私は。
涙を拭う。
「言ってもいい?」
「何」
「頑張ったね」
その子の。
肩が。
揺れた。
「……」
「ママが」
「見てない間も」
「いっぱい」
声が。
震える。
「頑張ったんだね」
顔を。
上げない。
でも。
拳が。
ぎゅっと。
握られている。
「作文も」
「学校も」
「寂しいのも」
「全部」
私は。
笑った。
「よく頑張ったね」
「……」
その子の目から。
涙が。
落ちた。
そして。
小さく。
「……遅い」
「うん」
「遅すぎ」
「うん」
「今さら」
「うん」
私は。
全部。
受け止める。
しばらくして。
小さな声。
「……でも」
「うん」
「聞きたかった」
胸が。
いっぱいになる。
「何回でも」
私は。
言った。
「言うよ」
「……」
「頑張ったね」
「……」
「本当に」
「よく頑張った」
その子は。
泣きながら。
今度は。
私から。
顔を逸らさなかった。
◇◇◇
「みづき!」
その空気を。
全部。
吹き飛ばしたのは。
一番小さい子だった。
「ゲーム!」
私は。
思わず。
笑った。
「今?」
「いま!」
「ちょっと待って」
「やだ!」
「順番!」
「いま!」
「もう」
私が。
立ち上がると。
星が。
笑う。
「ママ」
「何?」
「行ってあげたら?」
「でも」
「作文」
その子を見る。
すると。
本人が。
涙を拭いながら。
「行けば」
「……いいの?」
「うん」
そして。
ほんの少し。
口元を。
緩める。
「うるさいし」
「聞こえたよ」
一番小さい子が。
ゲーム機を。
持ってくる。
「みづき、ここ!」
「はいはい」
私は。
ソファへ。
移動する。
「何のゲーム?」
説明される。
でも。
全然。
分からない。
「待って」
「それどれ?」
「これ!」
「何で落ちたの!?」
「みづきへた!」
「初めてだから!」
「へた!」
「もう一回!」
「よわ!」
「うるさい!」
私が。
本気で。
ゲームをする。
後ろから。
笑い声。
星。
長男。
他の子どもたち。
夫まで。
笑っている。
「ママ」
星が。
言う。
「何?」
ゲームから。
目を離さずに。
答える。
「楽しそう」
「負けてるんだけど!」
「それでも」
私は。
一瞬。
手を止めた。
そして。
振り返る。
五人。
全員。
ここにいる。
私を見る。
笑っている子。
少し。
照れている子。
まだ。
完全には。
受け入れきれていない子。
そして。
私を。
美月と呼ぶ子。
全員。
違う距離。
それでも。
同じ場所。
胸が。
いっぱいになった。
「……うん」
私は。
笑った。
「楽しい」
本当に。
◇◇◇
少しして。
一番小さい子が。
ゲームに負けて。
「やだ!」
と。
コントローラーを。
投げそうになった。
「投げない!」
反射的に。
私は。
その手を。
止める。
「……」
一番小さい子が。
私を見る。
「だって!」
「悔しいのは分かる」
「でも」
「物に当たらない」
「……」
「もう一回やるなら」
「気持ち落ち着けてから」
「やる」
「……」
口を。
尖らせる。
「みづき」
「何?」
「こわい」
「え?」
「怒ると」
「こわい」
周りから。
笑い声。
「ちょっと!」
「いや」
長男が。
笑う。
「それもママ」
胸が。
止まった。
一番小さい子が。
長男を見る。
「これが?」
「うん」
星も。
笑う。
「ママ、怒るとこんな感じ」
「……」
一番小さい子が。
私を見る。
「ママ?」
私は。
動けなかった。
たった。
二文字。
でも。
それまで。
何度。
待っただろう。
「……」
一番小さい子が。
首を傾げる。
「みづきが」
「ママ?」
「……うん」
声が。
震える。
「そうだよ」
「ふーん」
あまりにも。
軽い。
そして。
次の瞬間。
「じゃあママ」
「……!」
「もう一回ゲーム!」
全員が。
固まった。
「……え?」
私だけ。
声が。
裏返る。
「ママ」
「今」
「ママって」
「言った?」
「うん」
「何で!?」
「だって」
一番小さい子が。
不思議そうな顔。
「みんな言っとる」
「……」
「それに」
私を。
指差す。
「ママなんやろ?」
涙が。
一気に。
溢れた。
「……うん」
「じゃあ」
コントローラーを。
差し出す。
「ママ」
「ゲーム」
「……」
私は。
泣きながら。
笑った。
「うん」
コントローラーを。
受け取る。
「やろう」
「なんで泣いとるん?」
「嬉しいから」
「また?」
「またです」
星が。
隣で。
泣いていた。
夫も。
顔を。
背けている。
長男が。
笑いながら。
「ママ」
と。
呼ぶ。
それに。
重なるように。
「ママ」
「ママ」
一人。
また一人。
そして。
少し。
離れていた子が。
最後。
小さく。
「……ママ」
息が。
止まった。
あの日。
嫌い。
大嫌い。
そう。
言った子。
私は。
何も言わず。
その子を見る。
「……何」
照れたように。
顔を逸らす。
「呼んだだけ」
「……うん」
私は。
泣きながら。
笑う。
「ありがとう」
「別に」
でも。
もう。
十分だった。
五人。
全員。
同じ声じゃない。
同じ気持ちでもない。
それでも。
今。
私を。
呼んでくれた。
「……ママ」
私は。
胸に。
手を当てた。
もう。
この言葉を。
失ったとは。
思わなかった。
◇◇◇
帰る時間。
子どもたちが。
順番に。
部屋を出ていく。
「またね」
「うん」
「次いつ?」
「予定合わせようね」
「ゲーム絶対!」
「分かったって」
星が。
最後。
私のところへ。
来る。
「ママ」
「何?」
ぎゅっと。
抱きしめられた。
私も。
抱きしめ返す。
「今日」
星が。
耳元で。
小さく言う。
「みんな」
「ちょっと戻ったね」
私は。
首を振った。
「違うよ」
「え?」
「戻ったんじゃない」
私は。
五人が。
歩いていく。
後ろ姿を見る。
「また」
「始まったんだと思う」
「……」
「今の私と」
「今のみんなで」
星が。
少し。
笑った。
「そっか」
「うん」
「じゃあ」
「?」
「これからだね」
胸が。
温かくなる。
「うん」
私は。
笑った。
「これから」
◇◇◇
その夜。
陽向に。
電話をした。
『もしもし』
「陽向」
『何?』
私は。
一度。
息を吸う。
でも。
笑いが。
止まらない。
「全員に」
『……うん』
涙が。
また。
少し。
出る。
「ママって」
『……』
「呼んでもらえた」
電話の向こう。
しばらく。
何も聞こえなかった。
「陽向?」
『ごめん』
鼻を。
すする音。
「……泣いてる?」
『泣いてない』
「泣いてるじゃん」
『美月が』
声が。
震える。
『ずっと会いたいって』
『言ってたから』
「……うん」
『よかったな』
「うん」
「本当に」
私は。
目を閉じる。
「よかった」
『美月』
「何?」
『今』
少し。
笑う声。
『幸せ?』
私は。
迷わなかった。
「うん」
でも。
それだけじゃ。
足りない。
「すごく」
「幸せ」
子どもたちに。
また会えた。
母親として。
もう一度。
始められた。
そして。
その幸せを。
一緒に喜んでくれる。
大切な人がいる。
「陽向」
『ん?』
「今度」
「うん」
私は。
少し。
緊張しながら。
でも。
笑って。
言った。
「子どもたちに」
『……』
「会ってほしい」
電話の向こう。
陽向が。
完全に。
黙った。
「陽向?」
『……五人全員?』
「うん」
『俺』
「うん」
『彼氏として?』
「うん」
長い。
沈黙。
そして。
『無理』
「ええ!?」
『緊張する!』
思わず。
笑った。
「トップアイドルでしょ!」
『関係ない!』
「何万人の前でライブできるのに?」
『美月の子ども五人の前のほうが無理!』
「なんで!」
『だって』
陽向が。
本気で。
困ったように言う。
『俺』
『審査される側じゃん!』
私は。
とうとう。
声を上げて。
笑った。
でも。
きっと。
次の一歩は。
そこ。
母親としての私。
恋人としての私。
今まで。
別々だった。
二つの人生を。
今度こそ。
同じ場所で。
繋ぐ。
そのために。
私は。
世界で一番大切な。
五人の子どもたちへ。
世界で一番大好きな人を。
紹介することにした。
会った日の夜。
私は。
なかなか。
眠れなかった。
でも。
前みたいに。
不安で。
眠れなかったわけじゃない。
何度も。
思い出していた。
小さな手。
『みづき』
と。
呼んでくれた声。
『こんど、ゲームしよ!』
と。
笑った顔。
ママとは。
呼ばれなかった。
私のことも。
覚えていなかった。
それでも。
もう一度。
会いたいと。
思ってくれた。
「……それでいい」
私は。
ベッドの中で。
小さく笑った。
すると。
スマートフォンが震えた。
夫からだった。
『今日のこと、みんなに話した』
「……」
私は。
身体を起こした。
続けて。
メッセージ。
『それで、子どもらから提案がある』
「提案?」
少し。
嫌な緊張。
でも。
その次の文章を見て。
私は。
息を止めた。
『今度、みんなで会ってみたいって』
「……え」
何度も。
読み返す。
みんなで。
ということは。
星も。
これまで。
一人ずつ会ってきた子どもたちも。
そして。
一番小さい子も。
五人。
全員。
「……みんな」
涙が。
じわっと。
滲んだ。
さらに。
『一番下は「みづきとゲームする」って言っとるだけやけど』
思わず。
笑ってしまう。
「うん」
それでいい。
ママに会う。
じゃなくてもいい。
私に。
会おうとしてくれている。
私は。
震える指で。
返事を打った。
『会いたい』
少し考えて。
もう一度。
『みんなに会いたい』
送信。
すると。
しばらくして。
夫から。
『分かった』
そして。
『今度の休み、家じゃない場所で会おう』
私は。
その文字を。
胸に抱くように。
スマートフォンを。
ぎゅっと握った。
「……五人に」
また。
会える。
私の。
子どもたち。
全員に。
◇◇◇
翌日。
陽向に。
その話をした。
「五人全員!?」
予想通り。
大きな声。
「うん」
「一気に?」
「うん」
「マジか……」
陽向が。
ソファに座りながら。
少し。
目を丸くしている。
「美月」
「何?」
「大丈夫?」
私は。
考える。
怖い。
緊張する。
嬉しい。
泣きそう。
全部。
ある。
だから。
「大丈夫じゃない」
と言った。
陽向が。
少し笑った。
「うん」
「でも」
私は。
胸に手を置く。
「すごく楽しみ」
「そっか」
「うん」
「全員が」
「ママって呼んでくれるわけじゃないし」
「うん」
「一番小さい子は」
少し笑う。
「まだ美月だし」
「ゲーム友達みたいな感じだし」
陽向が。
吹き出す。
「いいじゃん」
「うん」
「でもね」
「何?」
私は。
少し。
遠くを見る。
「前は」
「全員に」
「元の関係へ戻ってほしいって」
「思ってた」
「……」
「私がママだって」
「分かって」
「抱きついて」
「前みたいに」
「戻ってほしいって」
「うん」
「でも」
私は。
首を振る。
「戻るんじゃないんだね」
陽向が。
静かに。
私を見る。
「みんな」
「私がいない間にも」
「生きてた」
「……うん」
「大きくなって」
「考え方も変わって」
「私のことを」
「忘れた部分もある」
「うん」
「だから」
私は。
少し笑った。
「前の続きじゃなくて」
「今から」
「新しく」
「親子になっていけばいい」
陽向が。
しばらく。
何も言わなかった。
そして。
「美月」
「何?」
「なんか」
少し。
目を細める。
「すげえな」
「また?」
「うん」
「何が?」
「最初は」
「失ったもの」
「取り戻そうとしてたじゃん」
「……うん」
「でも今は」
陽向が。
私の手を。
握る。
「新しく作ろうとしてる」
胸が。
温かくなった。
「……そうかも」
「うん」
「いいと思う」
そして。
少し。
にやっとする。
「で?」
「何?」
「俺」
「?」
「いつ子ども全員に」
「美月の彼氏ですって」
「挨拶するの?」
「まだ早い!」
「えー!」
「星だけでも」
「情報量多すぎるって」
「言ってたでしょ!」
「でも俺」
「一応」
胸を張る。
「星ちゃんから」
「よろしくお願いしますって」
「言われてるから」
「それを免罪符みたいに使わないの」
「あははっ!」
私は。
笑いながら。
陽向の肩を。
軽く叩いた。
でも。
心のどこかで。
思った。
いつか。
そんな日も。
来るのかな。
子どもたち全員に。
陽向を。
紹介する日。
その未来を。
想像しても。
もう。
怖くなかった。
◇◇◇
約束の日。
待ち合わせ場所は。
人目を避けられる。
貸し切りの。
小さなレンタルスペースだった。
テーブル。
ソファ。
テレビ。
ゲーム機まである。
一番小さい子が。
ゲームをしたいと言っていたから。
夫が。
ここを選んだらしい。
私は。
一人。
先に。
部屋に入っていた。
「……」
時計を見る。
まだ。
十分前。
なのに。
心臓は。
もう。
うるさい。
五人。
全員。
一緒。
前の人生では。
当たり前だった。
『うるさい!』
『順番!』
『走らない!』
『ご飯できたよ!』
毎日。
何度も。
名前を呼んで。
何度も。
注意して。
笑って。
怒って。
疲れて。
でも。
今なら。
その騒がしさが。
どれほど。
愛しいものだったのか。
分かる。
コンコン。
ノック。
身体が。
固まった。
「……はい」
扉が。
開く。
最初に。
星。
私を見た瞬間。
「ママ!」
笑顔。
「星」
その後ろ。
長男。
そして。
これまで。
一人ずつ。
会ってきた子どもたち。
最後。
夫の手を。
軽く掴みながら。
一番小さい子。
「……みづき!」
その声に。
私は。
笑った。
「うん」
「美月だよ」
「ゲームある?」
第一声。
それ?
「あるよ」
「やった!」
一番小さい子が。
私の横を。
走り抜けそうになる。
反射的に。
「走らない!」
声が。
出た。
しん。
全員が。
私を見る。
「……」
私も。
固まる。
一番小さい子だけ。
不思議そうに。
私を見る。
「なんで?」
「転ぶから」
「転ばん」
「転んでからじゃ遅いの」
「……」
星が。
口元を。
押さえた。
長男も。
少し。
笑っている。
そして。
夫が。
小さく。
「……これや」
と。
呟いた。
「何?」
私が聞く。
夫が。
苦笑する。
「家の中」
「昔」
「ずっとこんなんやった」
「……」
一瞬。
胸が。
詰まった。
私も。
笑った。
「そうだったね」
◇◇◇
最初は。
少し。
ぎこちなかった。
星は。
普通に。
私の隣に座る。
長男も。
以前より。
自然に話してくれる。
抱っこで。
私を思い出してくれた子は。
近くまで来て。
何度も。
こちらを見る。
でも。
怒りを。
ぶつけてくれた子は。
少し離れた席。
まだ。
私を。
ママとは呼ばない。
そして。
一番小さい子は。
ほぼ。
ゲームに夢中。
五人。
全員。
違う。
でも。
それでいい。
「ママ」
星が。
袋を。
テーブルに置く。
「これ」
「何?」
「みんなで」
少し。
照れながら。
「持ってきた」
開ける。
中には。
一冊の。
アルバム。
「……」
手が。
止まった。
表紙。
『ママへ』
と。
書かれている。
「これ……」
星が。
少し笑う。
「ママがいなくなってからの」
「私たち」
胸が。
大きく鳴った。
「え?」
「ママ」
「見れてないでしょ?」
「……」
「だから」
長男が。
少し。
気恥ずかしそうに。
続ける。
「見せたろって」
私は。
ゆっくり。
アルバムを開いた。
学校。
行事。
誕生日。
遊びに行った日。
家で。
何気なく撮った写真。
一枚。
また。
一枚。
私の知らない。
子どもたちの時間。
「……大きくなった」
涙が。
ぽろっと。
落ちる。
星が。
笑う。
「そりゃね」
「でも」
ページをめくる。
「これ」
「そのとき?」
「ああ」
「これ」
「髪短くしたの?」
「うん」
「知らなかった」
当たり前。
私は。
いなかった。
その言葉が。
胸に。
刺さる。
でも。
次の瞬間。
長男が。
言った。
「だから」
「今」
「見せとる」
私は。
顔を上げた。
「……」
「知らんかった分」
少し。
目を逸らす。
「今から」
「知ればいいやん」
涙が。
また。
落ちた。
「うん」
私は。
何度も。
頷いた。
「知りたい」
「全部」
「教えて」
◇◇◇
「これ!」
抱っこで。
私を思い出してくれた子が。
一枚の写真を。
指差す。
「運動会」
「え?」
「一位になった」
「本当に!?」
思わず。
声が。
大きくなる。
「すごい!」
「うん」
嬉しそう。
「めちゃくちゃ速かった?」
「まあ」
「何その顔」
「余裕」
「嘘つけ」
夫が。
すぐに言う。
「前の日」
「緊張して寝れんかったやろ」
「パパ言わんといて!」
私は。
笑った。
「そうなの?」
「違う!」
「じゃあ」
私は。
少し。
意地悪く。
笑う。
「顔赤いのは?」
「……」
全員が。
笑う。
その笑い声。
一瞬。
昔の家に。
いるようだった。
◇◇◇
でも。
次のページ。
怒りを。
ぶつけてくれた子が。
急に。
「それ」
と。
言った。
私は。
指を止める。
写真。
表彰状を。
持っている。
「これ?」
「……うん」
「何の?」
少し。
沈黙。
「作文」
「作文?」
星が。
横から。
少し。
困ったような顔をする。
その子は。
何も。
言わない。
私は。
写真を見る。
表彰状。
そして。
手に持っている。
作文用紙。
タイトル。
小さく。
見える。
『お母さんへ』
胸が。
止まった。
「……」
その子が。
顔を逸らす。
「見んでいい」
「……うん」
私は。
すぐに。
アルバムを閉じようとする。
「え?」
子どもが。
驚いた顔。
「いいの?」
「うん」
「読みたくないん?」
「読みたい」
正直に。
答える。
「すごく」
「……」
「でも」
私は。
その子を見る。
「あなたが」
「まだ見せたくないなら」
「読まない」
「……」
しばらく。
その子は。
黙っていた。
「ほんま?」
「うん」
「勝手に」
「あとで見ん?」
「見ない」
「……」
「約束する」
その子が。
私を。
じっと見る。
そして。
少しして。
手を。
伸ばした。
「……これ」
バッグから。
折り畳んだ。
紙。
「え?」
「作文」
私は。
息を止めた。
「持ってきたの?」
「星が」
「持っていこって」
「星」
見ると。
星が。
少し。
気まずそうな顔。
「ごめん」
でも。
その子は。
首を振った。
「いい」
そして。
私を見る。
「……読んでも」
一度。
唇を噛む。
「いい」
手が。
震えた。
「本当に?」
「うん」
私は。
両手で。
受け取った。
◇◇◇
『お母さんへ』
最初の。
一行。
それだけで。
文字が。
滲んだ。
でも。
読む。
『ぼくのお母さんは、もういません。』
胸が。
ぎゅっと。
締めつけられる。
『事故で死にました。』
『みんなは、お母さんは空から見ていると言います。』
『でも、ぼくは空を見ても、お母さんがどこにいるか分かりません。』
涙が。
一滴。
紙に。
落ちそうになる。
慌てて。
拭う。
『学校で嫌なことがあったとき、言いたいと思いました。』
『できるようになったことがあったときも、見せたいと思いました。』
『でも、言えません。』
『だから、ぼくはお母さんが嫌いです。』
息が。
止まる。
あの日。
言われた。
嫌い。
大嫌い。
『勝手に死んだからです。』
『でも、本当は、会いたいです。』
もう。
涙を。
止められなかった。
『一回でいいから、もう一回会って、怒りたいです。』
『なんで死んだんって言いたいです。』
『それから』
字が。
少し。
乱れている。
『本当は、がんばったねって言ってほしいです。』
「……っ」
声が。
漏れた。
私は。
口を押さえる。
その子が。
俯いている。
「……ねえ」
私は。
涙を拭う。
「言ってもいい?」
「何」
「頑張ったね」
その子の。
肩が。
揺れた。
「……」
「ママが」
「見てない間も」
「いっぱい」
声が。
震える。
「頑張ったんだね」
顔を。
上げない。
でも。
拳が。
ぎゅっと。
握られている。
「作文も」
「学校も」
「寂しいのも」
「全部」
私は。
笑った。
「よく頑張ったね」
「……」
その子の目から。
涙が。
落ちた。
そして。
小さく。
「……遅い」
「うん」
「遅すぎ」
「うん」
「今さら」
「うん」
私は。
全部。
受け止める。
しばらくして。
小さな声。
「……でも」
「うん」
「聞きたかった」
胸が。
いっぱいになる。
「何回でも」
私は。
言った。
「言うよ」
「……」
「頑張ったね」
「……」
「本当に」
「よく頑張った」
その子は。
泣きながら。
今度は。
私から。
顔を逸らさなかった。
◇◇◇
「みづき!」
その空気を。
全部。
吹き飛ばしたのは。
一番小さい子だった。
「ゲーム!」
私は。
思わず。
笑った。
「今?」
「いま!」
「ちょっと待って」
「やだ!」
「順番!」
「いま!」
「もう」
私が。
立ち上がると。
星が。
笑う。
「ママ」
「何?」
「行ってあげたら?」
「でも」
「作文」
その子を見る。
すると。
本人が。
涙を拭いながら。
「行けば」
「……いいの?」
「うん」
そして。
ほんの少し。
口元を。
緩める。
「うるさいし」
「聞こえたよ」
一番小さい子が。
ゲーム機を。
持ってくる。
「みづき、ここ!」
「はいはい」
私は。
ソファへ。
移動する。
「何のゲーム?」
説明される。
でも。
全然。
分からない。
「待って」
「それどれ?」
「これ!」
「何で落ちたの!?」
「みづきへた!」
「初めてだから!」
「へた!」
「もう一回!」
「よわ!」
「うるさい!」
私が。
本気で。
ゲームをする。
後ろから。
笑い声。
星。
長男。
他の子どもたち。
夫まで。
笑っている。
「ママ」
星が。
言う。
「何?」
ゲームから。
目を離さずに。
答える。
「楽しそう」
「負けてるんだけど!」
「それでも」
私は。
一瞬。
手を止めた。
そして。
振り返る。
五人。
全員。
ここにいる。
私を見る。
笑っている子。
少し。
照れている子。
まだ。
完全には。
受け入れきれていない子。
そして。
私を。
美月と呼ぶ子。
全員。
違う距離。
それでも。
同じ場所。
胸が。
いっぱいになった。
「……うん」
私は。
笑った。
「楽しい」
本当に。
◇◇◇
少しして。
一番小さい子が。
ゲームに負けて。
「やだ!」
と。
コントローラーを。
投げそうになった。
「投げない!」
反射的に。
私は。
その手を。
止める。
「……」
一番小さい子が。
私を見る。
「だって!」
「悔しいのは分かる」
「でも」
「物に当たらない」
「……」
「もう一回やるなら」
「気持ち落ち着けてから」
「やる」
「……」
口を。
尖らせる。
「みづき」
「何?」
「こわい」
「え?」
「怒ると」
「こわい」
周りから。
笑い声。
「ちょっと!」
「いや」
長男が。
笑う。
「それもママ」
胸が。
止まった。
一番小さい子が。
長男を見る。
「これが?」
「うん」
星も。
笑う。
「ママ、怒るとこんな感じ」
「……」
一番小さい子が。
私を見る。
「ママ?」
私は。
動けなかった。
たった。
二文字。
でも。
それまで。
何度。
待っただろう。
「……」
一番小さい子が。
首を傾げる。
「みづきが」
「ママ?」
「……うん」
声が。
震える。
「そうだよ」
「ふーん」
あまりにも。
軽い。
そして。
次の瞬間。
「じゃあママ」
「……!」
「もう一回ゲーム!」
全員が。
固まった。
「……え?」
私だけ。
声が。
裏返る。
「ママ」
「今」
「ママって」
「言った?」
「うん」
「何で!?」
「だって」
一番小さい子が。
不思議そうな顔。
「みんな言っとる」
「……」
「それに」
私を。
指差す。
「ママなんやろ?」
涙が。
一気に。
溢れた。
「……うん」
「じゃあ」
コントローラーを。
差し出す。
「ママ」
「ゲーム」
「……」
私は。
泣きながら。
笑った。
「うん」
コントローラーを。
受け取る。
「やろう」
「なんで泣いとるん?」
「嬉しいから」
「また?」
「またです」
星が。
隣で。
泣いていた。
夫も。
顔を。
背けている。
長男が。
笑いながら。
「ママ」
と。
呼ぶ。
それに。
重なるように。
「ママ」
「ママ」
一人。
また一人。
そして。
少し。
離れていた子が。
最後。
小さく。
「……ママ」
息が。
止まった。
あの日。
嫌い。
大嫌い。
そう。
言った子。
私は。
何も言わず。
その子を見る。
「……何」
照れたように。
顔を逸らす。
「呼んだだけ」
「……うん」
私は。
泣きながら。
笑う。
「ありがとう」
「別に」
でも。
もう。
十分だった。
五人。
全員。
同じ声じゃない。
同じ気持ちでもない。
それでも。
今。
私を。
呼んでくれた。
「……ママ」
私は。
胸に。
手を当てた。
もう。
この言葉を。
失ったとは。
思わなかった。
◇◇◇
帰る時間。
子どもたちが。
順番に。
部屋を出ていく。
「またね」
「うん」
「次いつ?」
「予定合わせようね」
「ゲーム絶対!」
「分かったって」
星が。
最後。
私のところへ。
来る。
「ママ」
「何?」
ぎゅっと。
抱きしめられた。
私も。
抱きしめ返す。
「今日」
星が。
耳元で。
小さく言う。
「みんな」
「ちょっと戻ったね」
私は。
首を振った。
「違うよ」
「え?」
「戻ったんじゃない」
私は。
五人が。
歩いていく。
後ろ姿を見る。
「また」
「始まったんだと思う」
「……」
「今の私と」
「今のみんなで」
星が。
少し。
笑った。
「そっか」
「うん」
「じゃあ」
「?」
「これからだね」
胸が。
温かくなる。
「うん」
私は。
笑った。
「これから」
◇◇◇
その夜。
陽向に。
電話をした。
『もしもし』
「陽向」
『何?』
私は。
一度。
息を吸う。
でも。
笑いが。
止まらない。
「全員に」
『……うん』
涙が。
また。
少し。
出る。
「ママって」
『……』
「呼んでもらえた」
電話の向こう。
しばらく。
何も聞こえなかった。
「陽向?」
『ごめん』
鼻を。
すする音。
「……泣いてる?」
『泣いてない』
「泣いてるじゃん」
『美月が』
声が。
震える。
『ずっと会いたいって』
『言ってたから』
「……うん」
『よかったな』
「うん」
「本当に」
私は。
目を閉じる。
「よかった」
『美月』
「何?」
『今』
少し。
笑う声。
『幸せ?』
私は。
迷わなかった。
「うん」
でも。
それだけじゃ。
足りない。
「すごく」
「幸せ」
子どもたちに。
また会えた。
母親として。
もう一度。
始められた。
そして。
その幸せを。
一緒に喜んでくれる。
大切な人がいる。
「陽向」
『ん?』
「今度」
「うん」
私は。
少し。
緊張しながら。
でも。
笑って。
言った。
「子どもたちに」
『……』
「会ってほしい」
電話の向こう。
陽向が。
完全に。
黙った。
「陽向?」
『……五人全員?』
「うん」
『俺』
「うん」
『彼氏として?』
「うん」
長い。
沈黙。
そして。
『無理』
「ええ!?」
『緊張する!』
思わず。
笑った。
「トップアイドルでしょ!」
『関係ない!』
「何万人の前でライブできるのに?」
『美月の子ども五人の前のほうが無理!』
「なんで!」
『だって』
陽向が。
本気で。
困ったように言う。
『俺』
『審査される側じゃん!』
私は。
とうとう。
声を上げて。
笑った。
でも。
きっと。
次の一歩は。
そこ。
母親としての私。
恋人としての私。
今まで。
別々だった。
二つの人生を。
今度こそ。
同じ場所で。
繋ぐ。
そのために。
私は。
世界で一番大切な。
五人の子どもたちへ。
世界で一番大好きな人を。
紹介することにした。



