目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~

『ママってなに?』

夫から届いた。

その一文が。

翌朝になっても。

頭から。

離れなかった。

「……」

目を覚まして。

最初に。

思い出す。

一番小さい子。

私が。

いなくなったとき。

まだ。

あまりにも幼かった。

毎日。

抱っこして。

ご飯を食べさせて。

眠くなったら。

胸に顔を埋めてきて。

泣いたら。

私のところへ。

来てくれていた。

私にとっては。

全部。

はっきり。

覚えている。

でも。

あの子にとっては。

違う。

幼い子どもの。

数年は。

あまりにも大きい。

私が。

いない時間のほうが。

少しずつ。

当たり前になっていった。

だから。

『ママってなに?』

悪気なんて。

ない。

私を。

忘れたかったわけでもない。

ただ。

覚えていない。

「……分かってる」

私は。

自分に言った。

分かってる。

でも。

「……寂しい」

涙が。

一滴。

落ちた。

◇◇◇

その日の昼。

陽向から。

電話が来た。

『起きてた?』

「もうお昼だよ」

『いや』

少し。

言いにくそうな声。

『ちゃんと寝れたかなって』

「……寝たよ」

『そっか』

「うん」

沈黙。

陽向は。

きっと。

私から。

話すのを待っている。

だから。

私は。

言った。

「朝も」

『うん』

「やっぱり」

「考えちゃった」

『昨日の?』

「うん」

私は。

ソファの上で。

膝を抱える。

「忘れられてるんだなって」

『……うん』

「私ね」

「頭では」

「仕方ないって分かってる」

『うん』

「小さかったし」

「私がいなくなってから」

「時間も経ってるし」

『うん』

「でも」

声が。

震える。

「私は」

「全部覚えてるから」

『……』

「初めて抱っこしたときも」

「寝かしつけたときも」

「泣き止まなくて」

「一緒に泣きたくなった日も」

「全部」

涙が。

落ちる。

「私の中には」

「ちゃんとあるのに」

『うん』

「向こうには」

「ないんだって思ったら」

「……」

「寂しい」

陽向は。

しばらく。

何も言わなかった。

そして。

『美月』

「うん」

『思い出してもらわなくても』

「……え?」

『いいんじゃない?』

胸が。

少し。

ざわつく。

「どういうこと?」

『だって』

陽向が。

ゆっくり。

言葉を選ぶ。

『その子にとって』

『昔の美月を思い出すのが難しいなら』

「……」

『今の美月を』

『新しく知ってもらえばいいじゃん』

私は。

何も言えなかった。

『美月は』

『前と同じママに戻らなきゃって』

『思ってない?』

「……」

思っていた。

あの子が。

私の抱き方を。

思い出して。

ママ。

って。

呼んでくれる。

そんな。

再会を。

どこかで。

期待していた。

「……思ってた」

『そっか』

「うん」

『でも』

陽向が。

少し笑う。

『初対面でも』

『これから好きになってもらえるじゃん』

「……」

『ママとして』

「でも」

思わず。

言う。

「覚えてないのに」

『覚えてなくても』

陽向は。

すぐに返した。

『美月がその子のママだったことは』

『消えないでしょ』

胸が。

止まりそうになる。

「……うん」

『で』

『これからまた』

『ママになってけばいい』

涙が。

また。

溢れた。

「……陽向」

『何?』

「それ」

「すごいね」

『俺が?』

「うん」

『もっと褒めて』

「今ので終わり」

『短っ!』

思わず。

笑った。

でも。

胸の中。

昨日までとは。

少し。

違っていた。

思い出してもらう。

じゃない。

これから。

知ってもらう。

私は。

もう一度。

この子の。

ママになればいい。

◇◇◇

数日後。

夫から。

連絡が来た。

『一番下の子やけど』

胸が。

大きく鳴る。

『一ノ瀬紗良さんの写真見せた』

「……」

どうだった?

聞くのが。

怖い。

続けて。

メッセージ。

『「この人がママ?」って聞いとった』

私は。

スマートフォンを。

握りしめた。

そして。

さらに。

『会ってみる?って聞いたら』

一度。

息を止める。

『「お菓子くれる?」って』

「……」

数秒。

固まった。

そして。

「ふふっ」

笑ってしまった。

涙まで。

出てくる。

もう。

なんだろう。

こんなに。

怖がっていたのに。

本人は。

お菓子。

「……そうだよね」

まだ。

小さいんだもん。

ママが。

どうとか。

魂が。

どうとか。

そんな。

複雑なことより。

『知らない人に会う』

くらいの。

感覚なのかもしれない。

私は。

夫へ。

返した。

『あげるよ(笑)』

しばらくして。

『じゃあ会うって』

「……」

会える。

とうとう。

一番小さい子に。

会える。

嬉しい。

でも。

今度は。

少しだけ。

考え方を変える。

ママって。

分かってもらおうとしなくていい。

抱きしめてもらおうと。

しなくていい。

まず。

会う。

それでいい。

◇◇◇

当日。

私は。

小さな。

焼き菓子の袋を持って。

待ち合わせ場所へ向かった。

本当は。

好きだったお菓子を。

買いたかった。

でも。

やめた。

昔。

好きだったものと。

今。

好きなものが。

同じとは限らない。

私は。

あの子が。

今。

何を好きなのか。

知らない。

その事実も。

少し。

寂しい。

でも。

これから。

知ればいい。

「……よし」

私は。

扉の前で。

深呼吸した。

そして。

中へ入る。

「……」

夫がいる。

その隣。

小さな子。

私を見た。

じーっと。

見ている。

警戒しているというより。

不思議そう。

私は。

足を止めた。

大きくなった。

本当に。

大きくなった。

私の中では。

まだ。

抱き上げれば。

腕の中に収まっていた。

あの子。

でも。

今は。

自分の足で立って。

私を。

知らない人を見る目で。

見ている。

涙が。

出そうになる。

でも。

私は。

笑った。

「こんにちは」

その子は。

少し。

夫の後ろへ。

隠れた。

そして。

小さな声で。

「……こんにちは」

「うん」

それだけで。

十分。

「これ」

私は。

持っていた袋を見せる。

「約束のお菓子」

目が。

少し。

輝いた。

「ぼくの?」

「うん」

「全部?」

「全部は今日食べないよ」

反射的に。

言った。

「……」

夫が。

私を見る。

私も。

気づく。

初対面なのに。

もう。

母親。

してしまった。

その子は。

少し。

眉を寄せた。

「なんで?」

「お腹痛くなるから」

「ならん」

「なります」

「ならんもん」

「なったら困るでしょ」

「……」

夫が。

とうとう。

小さく笑った。

「何?」

私が。

見ると。

首を振る。

「いや」

「もう」

少し。

笑う。

「美月やなと思って」

「……」

その子が。

私を見る。

「みづき?」

心臓が。

大きく鳴った。

「うん」

私は。

しゃがむ。

「美月」

自分の胸に。

手を当てる。

「私の名前」

「さらじゃないの?」

「……」

夫から。

聞いていたんだ。

「今は」

少し迷う。

どう説明する?

難しい話は。

まだいらない。

「みんなには」

「紗良って呼ばれてる」

「ふーん」

「でも」

私は。

笑う。

「本当の名前は」

「美月」

その子が。

じっと。

私を見る。

「ママ?」

胸が。

締めつけられた。

でも。

私は。

すぐに。

『そうだよ』

とは。

言わなかった。

「うん」

少し。

間を置く。

「あなたを」

「産んだママ」

その子が。

首を傾げる。

「うんだ?」

「お腹の中に」

私は。

自分のお腹を。

指差す。

「ずっといたの」

「ぼくが?」

「うん」

「ここに?」

「うん」

「せまい」

思わず。

笑ってしまった。

「狭かったと思うよ」

「ぼく」

「おおきかった?」

「生まれたときは」

両手で。

大きさを。

作る。

「これくらい」

「ちっちゃ!」

「ちっちゃかったよ」

「ほんと?」

「ほんと」

その子が。

少し。

笑った。

それを見た瞬間。

胸が。

いっぱいになる。

ああ。

笑う顔。

こんなふうに。

なったんだ。

◇◇◇

三人で。

席に座った。

お菓子を。

一つだけ。

渡す。

「これ好き?」

「うん」

「そっか」

私は。

嬉しくなる。

一つ。

分かった。

今。

好きなもの。

「他に」

聞きたくなる。

でも。

質問攻めに。

しない。

その子が。

お菓子を食べる。

私は。

ただ。

見ていた。

すると。

「なに?」

「え?」

「なんで」

「ぼく見とるん?」

「……」

また。

やってしまった。

ずっと。

子どもを。

見てしまう。

「可愛いなって」

「……」

その子が。

きょとんとする。

「ぼくが?」

「うん」

「なんで?」

「なんでって」

私は。

少し笑う。

「可愛いから」

「……」

その子は。

照れたのか。

お菓子へ。

視線を戻した。

その仕草まで。

愛しい。

「ねえ」

今度は。

向こうから。

聞かれた。

「うん?」

「ママって」

胸が。

鳴る。

「なにするひと?」

私は。

すぐには。

答えられなかった。

何をする人。

ご飯を作る人?

抱っこする人?

お世話する人?

叱る人?

どれも。

そう。

でも。

どれも。

全部じゃない。

私は。

少し考えて。

言った。

「あなたのこと」

「?」

「ずっと」

胸に。

手を当てる。

「大好きな人」

その子が。

不思議そうな顔。

「ぼくのこと?」

「うん」

「ずっと?」

「ずっと」

「いまも?」

「今も」

「なんで?」

涙が。

出そうになる。

理由なんて。

ない。

「ママだから」

「……」

その子が。

また。

首を傾げる。

きっと。

まだ。

分からない。

それでいい。

私は。

笑った。

「でもね」

「うん」

「今は」

「ママって呼ばなくてもいいよ」

夫が。

少し。

私を見る。

「なんで?」

「だって」

私は。

その子を見る。

「まだ」

「私のこと」

「よく知らないでしょ?」

「うん」

迷いのない。

返事。

ちょっと。

胸に刺さる。

でも。

笑える。

「だから」

「これから」

「いっぱい」

「知ってくれたらいい」

「……」

「私も」

少し。

声が震える。

「今のあなたのこと」

「いっぱい知りたい」

その子が。

お菓子を。

一口。

食べる。

「いいよ」

「……いいの?」

「うん」

「じゃあ」

私は。

笑う。

「今」

「何が一番好き?」

「ゲーム」

即答。

「食べ物は?」

「からあげ」

「色は?」

少し考える。

答えてくれる。

一つ。

また一つ。

私の知らない。

今のこの子が。

増えていく。

それが。

寂しいんじゃなく。

嬉しかった。

◇◇◇

しばらくして。

その子が。

私のバッグを。

指差した。

「それなに?」

「これ?」

小さな。

キーホルダー。

陽向が。

前に。

買ってくれたもの。

「可愛いでしょ」

「うん」

「好き?」

「さわっていい?」

「いいよ」

私は。

バッグを。

少し近くへ。

寄せた。

その子が。

キーホルダーに。

手を伸ばす。

その拍子に。

私との距離が。

ほんの少し。

縮まる。

「……」

近い。

触れたい。

頭を。

撫でたい。

でも。

我慢する。

まだ。

私からは。

触らない。

すると。

突然。

その子が。

私の手を。

掴んだ。

「……っ」

身体が。

固まる。

本人は。

何も。

気にしていない。

キーホルダーを。

見やすくするため。

ただ。

私の手を。

動かしただけ。

それでも。

私は。

泣きそうになった。

久しぶりに。

触れた。

小さな手。

「どうしたん?」

その子が。

私を見る。

「……ううん」

私は。

笑った。

「何でもない」

「泣いとる?」

「ちょっと」

「なんで?」

「嬉しかったから」

「なんで?」

本当に。

なんでばっかり。

でも。

それも。

可愛い。

「手」

「?」

「繋いでくれたから」

その子は。

自分の手を見る。

それから。

私を見る。

「これ?」

もう一度。

ぎゅっと。

私の手を。

握った。

「……うん」

涙が。

落ちた。

「これ」

「嬉しい?」

「すごく」

その子が。

少し。

面白そうに。

笑う。

そして。

何度も。

私の手を。

ぎゅっ。

ぎゅっ。

と。

握る。

「いっぱい嬉しい?」

「ふふっ」

私は。

涙を拭う。

「いっぱい嬉しい」

「じゃあ」

ぎゅっ。

「これで?」

「うん」

ぎゅっ。

「これも?」

「うん」

「ふふっ」

楽しそうに。

笑っている。

ただ。

それだけ。

ママを。

思い出したわけじゃない。

抱きしめてくれたわけでも。

ない。

でも。

今。

この子は。

私と。

遊んでいる。

それで。

いい。

◇◇◇

帰る時間になった。

「じゃあ」

私は。

立ち上がる。

「今日は」

「会ってくれてありがとう」

その子も。

夫の隣に。

立つ。

「おかし」

「うん?」

「またくれる?」

「会うたびに」

「お菓子目当て?」

「うん」

即答。

夫が。

笑う。

私も。

笑った。

「じゃあ」

「お菓子なくても」

「会いたいって」

「思ってもらえるように」

「ママ頑張る」

その子が。

また。

首を傾げる。

「ママ?」

「あ」

私は。

少し笑う。

「美月」

「みづき」

「うん」

「みづき」

その名前。

子どもの口から。

呼ばれる。

胸が。

少し。

痛くて。

でも。

嬉しい。

「なに?」

「またね」

「……」

私は。

笑った。

「うん」

「またね」

夫と。

その子が。

歩いていく。

そして。

数歩。

行ったところで。

その子が。

急に。

振り返った。

「みづき!」

「何?」

「こんど」

少し考えて。

「ゲームしよ!」

胸が。

いっぱいになる。

「うん!」

私は。

大きく。

頷いた。

「しよう!」

「やった!」

そのまま。

走って。

夫のところへ。

戻る。

私は。

見えなくなるまで。

ずっと。

手を振った。

◇◇◇

帰宅して。

陽向に。

電話をした。

『どうだった?』

「ママって」

『うん』

「呼ばれなかった」

『そっか』

「美月って」

「呼ばれた」

『……うん』

「でもね」

私は。

笑う。

「手」

「繋いでくれた」

『マジ?』

「うん」

「何回も」

『そっか』

陽向の声が。

嬉しそう。

「それから」

「次」

「ゲームしようって」

『いいじゃん!』

「うん」

私は。

ソファに。

座る。

「私ね」

「今日」

「分かった」

『何が?』

「ママって」

「呼んでもらうことが」

「ゴールじゃないんだね」

『うん』

「この子は」

「私を覚えてない」

「……」

「だから」

少し。

涙が滲む。

「思い出させようとするんじゃなくて」

「今から」

「関係作ればいいんだって」

『うん』

「美月から始まっても」

『うん』

「いつか」

私は。

少し笑う。

「この人」

「好きだなって」

「思ってくれたら」

「それでいい」

陽向が。

静かに。

言った。

『それ』

『もうママじゃん』

「え?」

『自分をママって呼ばせることより』

『その子が安心して近づけること』

『考えてる』

「……」

『めっちゃママ』

涙が。

溢れた。

「……そっか」

『うん』

「じゃあ」

私は。

涙を拭う。

「急がない」

『うん』

「何回でも」

「会う」

『うん』

「遊んで」

「話して」

「今のあの子を」

「知る」

『うん』

「それで」

私は。

胸に手を当てる。

「もう一回」

「ママになる」

◇◇◇

その日の夜。

夫から。

一枚の写真が。

届いた。

今日。

私が渡した。

焼き菓子の袋。

その横で。

一番小さい子が。

笑っている。

そして。

メッセージ。

『帰ってから』

『「みづき、また来る?」って聞いとる』

「……」

涙が。

ぽろっと。

落ちた。

まだ。

ママじゃない。

でも。

また。

会いたいと。

思ってくれている。

それだけで。

十分。

私は。

返信する。

『行くよ』

迷わず。

続けた。

『何回でも会いに行く』

送信。

そして。

スマートフォンを。

胸に抱く。

あの日。

生まれたばかりの。

小さな身体を。

初めて抱いたとき。

私は。

心の中で。

言った。

――初めまして。

――ママだよ。

そして今。

もう一度。

同じ場所から。

始める。

顔も違う。

声も違う。

覚えても。

もらえていない。

それでも。

私は。

この子の母親。

だから。

焦らない。

押しつけない。

何度でも。

会って。

何度でも。

笑って。

少しずつ。

この子の。

安心できる人に。

なっていこう。

――初めまして。

――美月だよ。

そして。

いつか。

あなた自身が。

そう呼びたくなった日に。

もう一度。

言わせてね。

――ママだよ。