翌日。
朝から。
私は。
何度も。
スマートフォンを見ていた。
夫から。
『子どもらに聞いてみる』
そう言われたから。
今日は。
きっと。
何か。
連絡が来る。
でも。
昼になっても。
来ない。
午後になっても。
来ない。
「……」
スマートフォンを置く。
五秒後。
また。
手に取る。
「来てない……」
分かってる。
子どもたちにとっては。
簡単な話じゃない。
亡くなったはずの母親が。
別の女性の身体で。
生きている。
そんなこと。
大人だって。
すぐには。
受け止められない。
それを。
子どもに。
どう説明するのか。
夫だって。
悩む。
それでも。
胸が。
落ち着かない。
もし。
会いたくない。
って。
言われたら?
怖い。
知らない女の人。
って。
言われたら?
それでも。
仕方ない。
そう。
思おうとして。
でも。
やっぱり。
苦しい。
「……会いたい」
私は。
小さく呟いた。
星だけじゃない。
みんなに。
会いたい。
◇◇◇
夕方。
インターホンが鳴った。
「はい」
ドアを開けると。
陽向。
「よ」
「……お疲れ」
「その顔」
「何?」
「今日ずっと待ってる顔」
図星。
私は。
少し。
口を尖らせた。
「分かる?」
「分かる」
陽向が。
靴を脱ぐ。
「連絡まだ?」
「うん」
「そっか」
リビングへ。
陽向は。
何も言わず。
私の隣に座った。
「仕事は?」
「終わった」
「疲れてない?」
「疲れてる」
「……珍しい」
「美月に」
少し笑う。
「疲れたって言えって」
「言われてるから」
胸が。
少し。
温かくなる。
「そっか」
「うん」
そして。
陽向が。
私を見る。
「美月は?」
「……」
少し迷う。
でも。
言う。
「不安」
「うん」
「会いたくないって」
「言われたらどうしようって」
「うん」
「でも」
私は。
膝の上で。
手を握る。
「それでも」
「子どもたちが」
「そう思うなら」
「受け止めなきゃって」
陽向が。
少し。
眉を下げる。
「また」
「何?」
「受け止めなきゃって」
「……」
「今」
「先に」
「傷つく準備してない?」
私は。
言葉に詰まった。
「……してるかも」
「美月」
「うん」
「まだ」
「何も言われてない」
「……うん」
「会いたいって」
「言ってくれるかもしれないじゃん」
「うん」
「だから」
陽向が。
私の手を取る。
「その返事が来てから」
「泣こう」
私は。
少し笑った。
「泣く前提?」
「どっちにしても」
「美月泣くでしょ」
「……否定できない」
陽向が。
笑う。
その瞬間。
スマートフォンが。
震えた。
二人。
同時に。
見る。
夫。
「……来た」
手が。
震える。
陽向は。
何も言わない。
ただ。
私の手を。
握ったまま。
私は。
メッセージを開いた。
『話した』
その下。
少し。
間を空けて。
『全員いっぺんには無理やと思う』
「……」
胸が。
ぎゅっとなる。
続き。
『でも』
指が。
止まる。
『上の子が、会いたいって言っとる』
「……っ」
涙が。
一気に。
溢れた。
「美月」
「会いたいって」
「うん」
「言ってくれた」
陽向が。
笑う。
「よかったな」
「うん……」
まだ。
続きがある。
『本当にママなら、聞きたいことがあるらしい』
私は。
涙を拭う。
『会わせてほしい』
送る。
少しして。
返信。
『明日でもええ?』
「……明日」
陽向を見る。
「明日会える」
「うん」
「どうしよう」
「どうしたい?」
その聞き方。
私は。
少し笑った。
「会いたい」
「じゃあ」
陽向も。
笑う。
「会おう」
◇◇◇
翌日。
待ち合わせ場所へ。
向かう途中。
私は。
何度も。
鏡を見た。
髪。
変じゃない。
服も。
派手すぎない。
でも。
「……何してるんだろ」
どんな格好をしたって。
この顔は。
高瀬美月じゃない。
それでも。
今日は。
少しでも。
『お母さん』らしく。
見えたかった。
自分でも。
変だと思う。
「……大丈夫」
言ってから。
すぐ。
首を振る。
「緊張してる」
今日も。
ちゃんと。
言い直せた。
◇◇◇
指定された場所。
夫が。
先に来ていた。
その隣。
少し。
離れて。
一人の子。
「……」
息が。
止まった。
大きくなった。
それが。
最初に。
浮かんだ。
私が。
最後に見たときより。
少し。
背が伸びている。
顔つきも。
変わっている。
でも。
私には。
分かる。
私の子。
「……」
足が。
動かない。
夫が。
こちらに気づく。
そして。
隣の子へ。
何か。
小さく言った。
その子が。
ゆっくり。
私を見る。
警戒。
戸惑い。
その目。
胸が。
痛む。
でも。
当然。
私は。
一歩。
近づいた。
「……こんにちは」
何て。
おかしい。
自分の子に。
こんにちは。
それでも。
今は。
それしか。
言えない。
「……こんにちは」
返事。
してくれた。
それだけで。
泣きそうになる。
「座ろか」
夫が。
言う。
三人で。
静かな席へ。
◇◇◇
「パパから」
その子が。
先に。
口を開いた。
「聞いた」
「……うん」
「この人が」
私を見る。
「ママかもしれんって」
「うん」
「でも」
「……」
「顔」
まっすぐ。
言われる。
「全然違う」
「うん」
「声も」
「うん」
「ママじゃない」
胸が。
痛い。
でも。
私は。
頷いた。
「そう見えるよね」
「……」
「私でも」
自分の手を見る。
「最初」
「鏡見て」
「誰って思ったから」
その子が。
少し。
眉を寄せる。
「じゃあ」
「うん」
「どうやって」
「ママだって」
「分かるの?」
質問。
来ると思っていた。
私は。
一度。
息を吸う。
「何でも」
「聞いていいよ」
「……」
「分かることなら」
「答える」
少し。
考えて。
その子が。
聞いた。
「僕が」
言葉が。
止まる。
「初めて」
「学校行きたくないって」
「言ったとき」
胸が。
揺れた。
覚えてる。
もちろん。
「ママ」
「何て言った?」
私は。
その日のことを。
思い出す。
朝。
ランドセル。
玄関。
泣きそうな顔。
「……無理に」
ゆっくり。
答える。
「行けとは」
「言わなかった」
その子の目が。
少し動く。
「まず」
「何が嫌なのって」
「聞いた」
「……」
「それで」
私は。
少し笑う。
「理由」
「すぐには」
「言わなかったよね」
「……」
「だから」
「今日は」
「玄関まで行って」
「それでも無理だったら」
「戻ってきてもいいよって」
「言った」
その子が。
黙る。
夫が。
私を見る。
「それ」
夫も。
知らないらしい。
「でも」
その子が。
まだ。
納得していない顔。
「そのあと」
「……うん」
「僕」
「何て言った?」
私は。
すぐに。
答えた。
「『ママも一緒なら行く』」
「……」
「だから」
涙が。
滲む。
「途中まで」
「一緒に歩いた」
その子の目が。
大きくなる。
「学校の前までじゃないよ」
私は。
少し笑った。
「見られたら恥ずかしいって」
「途中で」
「帰ってって言われたから」
「……」
その子の。
唇が。
少し震えた。
「それ」
「誰にも」
「言ってない」
「うん」
「パパも」
知らない。
横で。
夫が。
静かに。
首を振る。
「……何で」
その子が。
私を見る。
「知ってるの?」
もう。
答えは。
一つ。
「ママだから」
声が。
震える。
「……」
「信じられないと思う」
私は。
涙を拭う。
「でも」
「私」
「ずっと」
「会いたかった」
「……」
「ごめん」
また。
言いかける。
違う。
「寂しかったよね」
その子の。
表情が。
一瞬で。
崩れた。
「……」
下を向く。
肩が。
震えている。
私は。
手を伸ばしたくなる。
でも。
止める。
まだ。
勝手に。
触っちゃいけない。
「……ママ」
小さな。
声。
息が。
止まる。
「何で」
その子が。
顔を上げた。
泣いている。
「何で」
「帰ってこなかったの」
胸が。
引き裂かれる。
「帰りたかった」
「じゃあ!」
声が。
大きくなる。
「帰ってくればよかったやん!」
「うん」
「ずっと」
涙が。
ぼろぼろ。
落ちる。
「ママ死んだって」
「言われて」
「……」
「もう」
「会えんって」
「うん」
「僕」
「……」
「いっぱい」
その先が。
言えない。
私は。
もう。
我慢できなかった。
でも。
それでも。
聞く。
「抱きしめてもいい?」
その子が。
一瞬。
止まる。
そして。
泣きながら。
頷いた。
次の瞬間。
私は。
抱きしめた。
「……っ」
小さくない。
前より。
大きくなった身体。
でも。
私には。
分かる。
何度も。
抱きしめてきた。
私の子。
「ごめ……」
また。
謝りそうになる。
違う。
私は。
背中を。
何度も撫でた。
「会いたかった」
「……」
「ずっと」
「会いたかったよ」
「……ママ」
「うん」
「ほんまに?」
「うん」
「ほんまにママ?」
「うん」
私は。
泣きながら。
笑う。
「ママだよ」
その子の手が。
私の服を。
ぎゅっと。
掴んだ。
「……ママ」
今度は。
はっきり。
呼ばれた。
胸が。
いっぱいになった。
「うん」
「ここにいるよ」
◇◇◇
しばらく。
誰も。
話さなかった。
夫も。
少し離れたところで。
顔を。
背けていた。
きっと。
泣いている。
その子が。
少し。
落ち着いてから。
私から。
身体を離した。
でも。
手は。
私の服を。
まだ。
掴んでいる。
「……変な感じ」
「うん」
「ママの顔じゃない」
「うん」
「でも」
私を見る。
「ママっぽい」
思わず。
笑った。
「星も」
「同じこと言ってた」
「姉ちゃんも?」
「うん」
「もう」
「ママって」
「呼んでくれてる」
その子が。
少し。
安心したような顔をした。
「そっか」
「うん」
「じゃあ」
少し。
迷う。
「僕も」
「……」
「ママって」
「呼んでいい?」
涙が。
また。
溢れた。
「当たり前でしょ」
「……」
「何回でも」
笑う。
「呼んで」
「……ママ」
「うん」
「ママ」
「うん」
何回でも。
返事をした。
そのたび。
失ったと思っていた時間が。
少しずつ。
戻ってくるようだった。
◇◇◇
帰り際。
その子が。
少し。
言いにくそうに。
言った。
「他の子ら」
「うん」
「まだ」
「怖いって」
胸が。
少し。
痛む。
「そっか」
「でも」
「……」
「僕が」
少し。
恥ずかしそうに。
言う。
「話す」
「え?」
「会ってみたら」
「分かるって」
「……」
涙が。
また。
出そうになる。
「無理しなくていいよ」
私は。
すぐに言った。
「説得しなくていい」
「……」
「会いたいって」
「思ったときに」
「会ってくれたらいいから」
その子が。
私を見る。
そして。
少し笑った。
「ママ」
「何?」
「前より」
「何?」
「ちょっと」
考える。
「優しくなった?」
「え?」
夫が。
横で。
少しだけ。
笑った。
「そこは」
「前からやろ」
「えー」
「何その反応!」
久しぶりに。
三人で。
少し。
笑った。
◇◇◇
夜。
陽向が。
私の部屋に来た。
玄関を開けた瞬間。
私の顔を見て。
「会えた?」
私は。
泣きながら。
笑った。
「うん」
「ママって?」
「……呼んでくれた」
陽向が。
大きく。
息を吐いた。
そして。
笑う。
「よかったな」
「うん」
私は。
その胸へ。
抱きついた。
「今日」
「うん」
「いっぱい」
「ママって呼ばれた」
「うん」
「何回聞いても」
「泣きそうになった」
「うん」
「それでね」
顔を上げる。
「他の子たちにも」
「会ってみたら分かるって」
「話してくれるって」
「……そっか」
「でも」
私は。
首を振る。
「急がなくていいって」
「言えた」
陽向が。
少し。
目を細める。
「美月」
「何?」
「それ」
「すごいじゃん」
「何が?」
「前なら」
「みんなに会わなきゃ」
「ちゃんと分かってもらわなきゃって」
「一人で」
「焦ってたと思う」
「……そうかも」
「でも今」
「子どもたちの気持ちも」
「待ててる」
私は。
少し。
笑った。
「成長した?」
「した」
「何点?」
「二百点」
「また増えてる」
陽向が。
笑う。
◇◇◇
その夜。
夫から。
一通。
メッセージが来た。
『今日会った子が、下の子らに話してる』
続けて。
『一人、会ってみたいって言い出した』
「……」
胸が。
大きく鳴る。
また。
会える。
もう一人。
大切な。
私の子に。
私は。
スマートフォンを。
胸に抱いた。
一人ずつ。
少しずつ。
私の。
一度目の人生が。
今の私へ。
戻ってきている。
いや。
戻るんじゃない。
繋がっていく。
星。
今日会えた子。
そして。
まだ。
会えていない子どもたち。
焦らなくていい。
一人ずつ。
それぞれの気持ちで。
私を。
見つけてもらえたらいい。
そのたびに。
私は。
何度でも。
伝えよう。
顔が違っても。
声が違っても。
――ママは。
――ずっと、あなたたちが大好きだよ。
朝から。
私は。
何度も。
スマートフォンを見ていた。
夫から。
『子どもらに聞いてみる』
そう言われたから。
今日は。
きっと。
何か。
連絡が来る。
でも。
昼になっても。
来ない。
午後になっても。
来ない。
「……」
スマートフォンを置く。
五秒後。
また。
手に取る。
「来てない……」
分かってる。
子どもたちにとっては。
簡単な話じゃない。
亡くなったはずの母親が。
別の女性の身体で。
生きている。
そんなこと。
大人だって。
すぐには。
受け止められない。
それを。
子どもに。
どう説明するのか。
夫だって。
悩む。
それでも。
胸が。
落ち着かない。
もし。
会いたくない。
って。
言われたら?
怖い。
知らない女の人。
って。
言われたら?
それでも。
仕方ない。
そう。
思おうとして。
でも。
やっぱり。
苦しい。
「……会いたい」
私は。
小さく呟いた。
星だけじゃない。
みんなに。
会いたい。
◇◇◇
夕方。
インターホンが鳴った。
「はい」
ドアを開けると。
陽向。
「よ」
「……お疲れ」
「その顔」
「何?」
「今日ずっと待ってる顔」
図星。
私は。
少し。
口を尖らせた。
「分かる?」
「分かる」
陽向が。
靴を脱ぐ。
「連絡まだ?」
「うん」
「そっか」
リビングへ。
陽向は。
何も言わず。
私の隣に座った。
「仕事は?」
「終わった」
「疲れてない?」
「疲れてる」
「……珍しい」
「美月に」
少し笑う。
「疲れたって言えって」
「言われてるから」
胸が。
少し。
温かくなる。
「そっか」
「うん」
そして。
陽向が。
私を見る。
「美月は?」
「……」
少し迷う。
でも。
言う。
「不安」
「うん」
「会いたくないって」
「言われたらどうしようって」
「うん」
「でも」
私は。
膝の上で。
手を握る。
「それでも」
「子どもたちが」
「そう思うなら」
「受け止めなきゃって」
陽向が。
少し。
眉を下げる。
「また」
「何?」
「受け止めなきゃって」
「……」
「今」
「先に」
「傷つく準備してない?」
私は。
言葉に詰まった。
「……してるかも」
「美月」
「うん」
「まだ」
「何も言われてない」
「……うん」
「会いたいって」
「言ってくれるかもしれないじゃん」
「うん」
「だから」
陽向が。
私の手を取る。
「その返事が来てから」
「泣こう」
私は。
少し笑った。
「泣く前提?」
「どっちにしても」
「美月泣くでしょ」
「……否定できない」
陽向が。
笑う。
その瞬間。
スマートフォンが。
震えた。
二人。
同時に。
見る。
夫。
「……来た」
手が。
震える。
陽向は。
何も言わない。
ただ。
私の手を。
握ったまま。
私は。
メッセージを開いた。
『話した』
その下。
少し。
間を空けて。
『全員いっぺんには無理やと思う』
「……」
胸が。
ぎゅっとなる。
続き。
『でも』
指が。
止まる。
『上の子が、会いたいって言っとる』
「……っ」
涙が。
一気に。
溢れた。
「美月」
「会いたいって」
「うん」
「言ってくれた」
陽向が。
笑う。
「よかったな」
「うん……」
まだ。
続きがある。
『本当にママなら、聞きたいことがあるらしい』
私は。
涙を拭う。
『会わせてほしい』
送る。
少しして。
返信。
『明日でもええ?』
「……明日」
陽向を見る。
「明日会える」
「うん」
「どうしよう」
「どうしたい?」
その聞き方。
私は。
少し笑った。
「会いたい」
「じゃあ」
陽向も。
笑う。
「会おう」
◇◇◇
翌日。
待ち合わせ場所へ。
向かう途中。
私は。
何度も。
鏡を見た。
髪。
変じゃない。
服も。
派手すぎない。
でも。
「……何してるんだろ」
どんな格好をしたって。
この顔は。
高瀬美月じゃない。
それでも。
今日は。
少しでも。
『お母さん』らしく。
見えたかった。
自分でも。
変だと思う。
「……大丈夫」
言ってから。
すぐ。
首を振る。
「緊張してる」
今日も。
ちゃんと。
言い直せた。
◇◇◇
指定された場所。
夫が。
先に来ていた。
その隣。
少し。
離れて。
一人の子。
「……」
息が。
止まった。
大きくなった。
それが。
最初に。
浮かんだ。
私が。
最後に見たときより。
少し。
背が伸びている。
顔つきも。
変わっている。
でも。
私には。
分かる。
私の子。
「……」
足が。
動かない。
夫が。
こちらに気づく。
そして。
隣の子へ。
何か。
小さく言った。
その子が。
ゆっくり。
私を見る。
警戒。
戸惑い。
その目。
胸が。
痛む。
でも。
当然。
私は。
一歩。
近づいた。
「……こんにちは」
何て。
おかしい。
自分の子に。
こんにちは。
それでも。
今は。
それしか。
言えない。
「……こんにちは」
返事。
してくれた。
それだけで。
泣きそうになる。
「座ろか」
夫が。
言う。
三人で。
静かな席へ。
◇◇◇
「パパから」
その子が。
先に。
口を開いた。
「聞いた」
「……うん」
「この人が」
私を見る。
「ママかもしれんって」
「うん」
「でも」
「……」
「顔」
まっすぐ。
言われる。
「全然違う」
「うん」
「声も」
「うん」
「ママじゃない」
胸が。
痛い。
でも。
私は。
頷いた。
「そう見えるよね」
「……」
「私でも」
自分の手を見る。
「最初」
「鏡見て」
「誰って思ったから」
その子が。
少し。
眉を寄せる。
「じゃあ」
「うん」
「どうやって」
「ママだって」
「分かるの?」
質問。
来ると思っていた。
私は。
一度。
息を吸う。
「何でも」
「聞いていいよ」
「……」
「分かることなら」
「答える」
少し。
考えて。
その子が。
聞いた。
「僕が」
言葉が。
止まる。
「初めて」
「学校行きたくないって」
「言ったとき」
胸が。
揺れた。
覚えてる。
もちろん。
「ママ」
「何て言った?」
私は。
その日のことを。
思い出す。
朝。
ランドセル。
玄関。
泣きそうな顔。
「……無理に」
ゆっくり。
答える。
「行けとは」
「言わなかった」
その子の目が。
少し動く。
「まず」
「何が嫌なのって」
「聞いた」
「……」
「それで」
私は。
少し笑う。
「理由」
「すぐには」
「言わなかったよね」
「……」
「だから」
「今日は」
「玄関まで行って」
「それでも無理だったら」
「戻ってきてもいいよって」
「言った」
その子が。
黙る。
夫が。
私を見る。
「それ」
夫も。
知らないらしい。
「でも」
その子が。
まだ。
納得していない顔。
「そのあと」
「……うん」
「僕」
「何て言った?」
私は。
すぐに。
答えた。
「『ママも一緒なら行く』」
「……」
「だから」
涙が。
滲む。
「途中まで」
「一緒に歩いた」
その子の目が。
大きくなる。
「学校の前までじゃないよ」
私は。
少し笑った。
「見られたら恥ずかしいって」
「途中で」
「帰ってって言われたから」
「……」
その子の。
唇が。
少し震えた。
「それ」
「誰にも」
「言ってない」
「うん」
「パパも」
知らない。
横で。
夫が。
静かに。
首を振る。
「……何で」
その子が。
私を見る。
「知ってるの?」
もう。
答えは。
一つ。
「ママだから」
声が。
震える。
「……」
「信じられないと思う」
私は。
涙を拭う。
「でも」
「私」
「ずっと」
「会いたかった」
「……」
「ごめん」
また。
言いかける。
違う。
「寂しかったよね」
その子の。
表情が。
一瞬で。
崩れた。
「……」
下を向く。
肩が。
震えている。
私は。
手を伸ばしたくなる。
でも。
止める。
まだ。
勝手に。
触っちゃいけない。
「……ママ」
小さな。
声。
息が。
止まる。
「何で」
その子が。
顔を上げた。
泣いている。
「何で」
「帰ってこなかったの」
胸が。
引き裂かれる。
「帰りたかった」
「じゃあ!」
声が。
大きくなる。
「帰ってくればよかったやん!」
「うん」
「ずっと」
涙が。
ぼろぼろ。
落ちる。
「ママ死んだって」
「言われて」
「……」
「もう」
「会えんって」
「うん」
「僕」
「……」
「いっぱい」
その先が。
言えない。
私は。
もう。
我慢できなかった。
でも。
それでも。
聞く。
「抱きしめてもいい?」
その子が。
一瞬。
止まる。
そして。
泣きながら。
頷いた。
次の瞬間。
私は。
抱きしめた。
「……っ」
小さくない。
前より。
大きくなった身体。
でも。
私には。
分かる。
何度も。
抱きしめてきた。
私の子。
「ごめ……」
また。
謝りそうになる。
違う。
私は。
背中を。
何度も撫でた。
「会いたかった」
「……」
「ずっと」
「会いたかったよ」
「……ママ」
「うん」
「ほんまに?」
「うん」
「ほんまにママ?」
「うん」
私は。
泣きながら。
笑う。
「ママだよ」
その子の手が。
私の服を。
ぎゅっと。
掴んだ。
「……ママ」
今度は。
はっきり。
呼ばれた。
胸が。
いっぱいになった。
「うん」
「ここにいるよ」
◇◇◇
しばらく。
誰も。
話さなかった。
夫も。
少し離れたところで。
顔を。
背けていた。
きっと。
泣いている。
その子が。
少し。
落ち着いてから。
私から。
身体を離した。
でも。
手は。
私の服を。
まだ。
掴んでいる。
「……変な感じ」
「うん」
「ママの顔じゃない」
「うん」
「でも」
私を見る。
「ママっぽい」
思わず。
笑った。
「星も」
「同じこと言ってた」
「姉ちゃんも?」
「うん」
「もう」
「ママって」
「呼んでくれてる」
その子が。
少し。
安心したような顔をした。
「そっか」
「うん」
「じゃあ」
少し。
迷う。
「僕も」
「……」
「ママって」
「呼んでいい?」
涙が。
また。
溢れた。
「当たり前でしょ」
「……」
「何回でも」
笑う。
「呼んで」
「……ママ」
「うん」
「ママ」
「うん」
何回でも。
返事をした。
そのたび。
失ったと思っていた時間が。
少しずつ。
戻ってくるようだった。
◇◇◇
帰り際。
その子が。
少し。
言いにくそうに。
言った。
「他の子ら」
「うん」
「まだ」
「怖いって」
胸が。
少し。
痛む。
「そっか」
「でも」
「……」
「僕が」
少し。
恥ずかしそうに。
言う。
「話す」
「え?」
「会ってみたら」
「分かるって」
「……」
涙が。
また。
出そうになる。
「無理しなくていいよ」
私は。
すぐに言った。
「説得しなくていい」
「……」
「会いたいって」
「思ったときに」
「会ってくれたらいいから」
その子が。
私を見る。
そして。
少し笑った。
「ママ」
「何?」
「前より」
「何?」
「ちょっと」
考える。
「優しくなった?」
「え?」
夫が。
横で。
少しだけ。
笑った。
「そこは」
「前からやろ」
「えー」
「何その反応!」
久しぶりに。
三人で。
少し。
笑った。
◇◇◇
夜。
陽向が。
私の部屋に来た。
玄関を開けた瞬間。
私の顔を見て。
「会えた?」
私は。
泣きながら。
笑った。
「うん」
「ママって?」
「……呼んでくれた」
陽向が。
大きく。
息を吐いた。
そして。
笑う。
「よかったな」
「うん」
私は。
その胸へ。
抱きついた。
「今日」
「うん」
「いっぱい」
「ママって呼ばれた」
「うん」
「何回聞いても」
「泣きそうになった」
「うん」
「それでね」
顔を上げる。
「他の子たちにも」
「会ってみたら分かるって」
「話してくれるって」
「……そっか」
「でも」
私は。
首を振る。
「急がなくていいって」
「言えた」
陽向が。
少し。
目を細める。
「美月」
「何?」
「それ」
「すごいじゃん」
「何が?」
「前なら」
「みんなに会わなきゃ」
「ちゃんと分かってもらわなきゃって」
「一人で」
「焦ってたと思う」
「……そうかも」
「でも今」
「子どもたちの気持ちも」
「待ててる」
私は。
少し。
笑った。
「成長した?」
「した」
「何点?」
「二百点」
「また増えてる」
陽向が。
笑う。
◇◇◇
その夜。
夫から。
一通。
メッセージが来た。
『今日会った子が、下の子らに話してる』
続けて。
『一人、会ってみたいって言い出した』
「……」
胸が。
大きく鳴る。
また。
会える。
もう一人。
大切な。
私の子に。
私は。
スマートフォンを。
胸に抱いた。
一人ずつ。
少しずつ。
私の。
一度目の人生が。
今の私へ。
戻ってきている。
いや。
戻るんじゃない。
繋がっていく。
星。
今日会えた子。
そして。
まだ。
会えていない子どもたち。
焦らなくていい。
一人ずつ。
それぞれの気持ちで。
私を。
見つけてもらえたらいい。
そのたびに。
私は。
何度でも。
伝えよう。
顔が違っても。
声が違っても。
――ママは。
――ずっと、あなたたちが大好きだよ。



