星に。
本当のことを話せた。
そして。
次に会いたいと。
思ったのは。
もちろん。
他の子どもたち。
でも。
そのためには。
避けて通れない人がいる。
前の人生で。
私の夫だった人。
子どもたちの。
父親。
「……どうしよう」
私は。
スマートフォンを前に。
何度目か分からない。
ため息をついた。
連絡先は。
知っている。
以前。
陽向と一緒に。
夫のSNSを見たこともある。
でも。
今の私が。
突然。
『あなたの亡くなった妻です』
なんて。
連絡できるはずがない。
怖い。
星は。
私を信じてくれた。
でも。
夫は?
『そんなわけない』
と。
拒絶されたら。
それだけじゃない。
今の私には。
陽向がいる。
前の夫がいるのに。
別の男性と付き合っている。
そんなふうに。
見えるかもしれない。
私は。
もう死んだ人間。
戸籍上。
高瀬美月は。
存在していない。
でも。
心は。
まだ。
完全に。
過去と切り離されたわけじゃない。
「……難しすぎる」
テーブルに。
突っ伏す。
そのとき。
インターホンが鳴った。
◇◇◇
「ただいまー」
「ここ陽向の家じゃないよ」
「最近もう半分そうじゃない?」
「違います」
陽向が。
大きな紙袋を抱えて。
入ってくる。
「何それ?」
「差し入れ」
「また?」
「今日撮影で余った」
中を見る。
お菓子。
サンドイッチ。
そして。
チーズケーキ。
「……絶対私のために持ってきたでしょ」
「バレた?」
「チーズケーキ一番上だもん」
「美月メモ優秀」
「まだ使ってるの?」
「当然」
陽向が。
笑う。
でも。
すぐに。
私の顔を見た。
「で?」
「え?」
「何悩んでる?」
「……」
「分かる?」
「分かる」
即答。
「美月」
私の向かいに座る。
「考えすぎると」
「眉間めっちゃ寄る」
「そんなに?」
「あとコーヒー全然減ってない」
見る。
確かに。
淹れてから。
ほとんど。
飲んでいなかった。
「……夫のこと」
陽向の表情が。
少し変わった。
「前の?」
「うん」
私は。
ゆっくり頷いた。
「子どもたちに会うなら」
「やっぱり」
「話さないといけないと思う」
「……うん」
「星だけで」
「全部動かすわけにはいかないし」
「うん」
「でも」
言葉が。
止まる。
陽向は。
急かさない。
「何?」
「……怖い」
ようやく。
言えた。
「信じてくれないのが?」
「それも」
「他には?」
私は。
手を握る。
「陽向のこと」
「……俺?」
「だって」
私は。
陽向を見る。
「私」
「前の人生では」
「結婚してた」
「うん」
「夫がいて」
「今も」
「子どもたちのお父さんとして」
「生きてる」
「……うん」
「なのに」
「私には」
声が。
小さくなる。
「今」
「陽向がいる」
陽向は。
何も言わなかった。
「夫から見たら」
「私は」
「死んだと思ってた妻が」
「別の女の人の姿で帰ってきて」
「しかも」
「別の男と付き合ってる」
「……」
「最悪に見えるよね」
陽向が。
少しだけ。
眉を寄せた。
「美月」
「うん」
「一個ずつでよくない?」
「え?」
「今日」
指を一本立てる。
「旦那さんに」
「俺のことまで全部言う必要ある?」
「……」
「まず」
二本目。
「美月が生きてる」
「それを」
「信じてもらう」
「……」
「次」
「子どもたちに」
「どうするか話す」
「……うん」
「俺のことは」
少し笑う。
「そのあとでいいじゃん」
私は。
陽向を見る。
「嫌じゃないの?」
「何が?」
「私が」
「前の夫と会うの」
一瞬。
陽向が。
黙る。
「……嫌じゃないって言ったら」
「たぶん嘘」
「え?」
「そりゃ」
少し。
困ったように笑う。
「好きな人が」
「前の旦那と会うんだから」
「ちょっと複雑」
胸が。
小さく鳴る。
「でも」
陽向が続ける。
「美月にとって」
「その人は」
「ただの元カレとかじゃない」
「……」
「子どもたちのお父さん」
「うん」
「それに」
「美月の三十四年の中に」
「ちゃんといた人」
「……うん」
「そこ」
「俺が消したいとか」
「思ってない」
胸の奥。
じわっと。
温かくなる。
「陽向」
「だから」
少し。
目を逸らす。
「多少嫉妬はするけど」
「するんだ」
「するよ!」
「ふふっ」
「笑うな」
でも。
その正直さが。
嬉しかった。
◇◇◇
その夜。
星から。
電話が来た。
『ママ』
「うん」
その呼び方に。
まだ。
毎回。
胸が。
柔らかくなる。
『パパのことなんだけど』
心臓が。
跳ねた。
「……うん」
『私』
星が。
少し。
言いにくそうにする。
『まだ何も言ってない』
「うん」
『でも』
少し。
間。
『ママが会いたいなら』
『私から』
『話すきっかけ作ろうか?』
「……」
私は。
目を閉じた。
会いたい。
怖い。
でも。
逃げたくない。
「星」
『うん』
「ママ」
一度。
息を吸う。
「会いたい」
電話の向こう。
星が。
少し。
笑った気がした。
『分かった』
「でも」
『うん』
「星だけに」
「全部背負わせたくない」
『……』
「話すとき」
「ママもいる」
『本当に?』
「うん」
怖い。
でも。
これは。
私のこと。
星に。
代わりに説明させるのは。
違う。
「私が」
「ちゃんと話す」
『……うん』
「星は」
「そばにいてくれる?」
『当たり前じゃん』
その声。
泣きそうになった。
「ありがとう」
『じゃあ』
星が。
少し考える。
『パパに』
『会ってほしい人がいるって言ってみる』
「……うん」
『ママ』
「何?」
『大丈夫?』
私は。
一瞬。
いつもの答えを。
言いそうになる。
でも。
やめた。
「……大丈夫じゃない」
正直に。
言う。
「めちゃくちゃ怖い」
星が。
少し笑った。
『そっか』
「うん」
『じゃあ』
優しい声。
『一緒に怖がろ』
「……」
その言葉。
どこか。
陽向に。
似ている。
「うん」
私は。
笑った。
「一緒に」
◇◇◇
そして。
数日後。
指定された場所は。
静かな。
ホテルのラウンジだった。
人目がある。
でも。
個室に近い。
奥の席。
私は。
早く着きすぎていた。
手が。
震える。
何度。
水を飲んでも。
喉が乾く。
「ママ」
隣にいる。
星が。
私の手を見る。
「冷たい」
「緊張してる」
「うん」
「逃げたい」
「……逃げる?」
私は。
首を振った。
「逃げない」
「そっか」
星が。
私の手を。
握ってくれた。
その瞬間。
入り口。
一人の男性が。
入ってきた。
「……」
息が。
止まった。
夫。
久しぶりに。
見る。
変わっている。
少し。
痩せた気がする。
顔も。
疲れている。
胸が。
痛んだ。
私は。
この人を。
愛していなかったわけじゃない。
楽しい時間も。
あった。
一緒に。
子どもたちを育てた。
腹が立ったことも。
寂しかったことも。
たくさんあった。
でも。
全部。
私の一度目の人生。
「星」
夫が。
こちらへ来る。
「会ってほしい人って……」
言葉が。
止まった。
私を見る。
当然。
知っている。
一ノ瀬紗良。
有名女優。
「……一ノ瀬紗良さん?」
「はい」
私は。
立ち上がる。
頭を下げる。
「初めまして」
その言葉が。
胸に刺さる。
夫に。
初めまして。
なんて。
「どういうこと?」
夫が。
星を見る。
「何でお前が」
「女優さんと?」
「パパ」
星が。
緊張した声で。
言う。
「座って」
「いや」
「説明して」
「するから」
星が。
私を見る。
私は。
小さく。
頷いた。
三人。
座る。
沈黙。
夫は。
私と。
星を。
交互に見ている。
「……何?」
「星」
「モデル始めたから」
「その関係?」
「違う」
星が。
首を振る。
「じゃあ何」
「……」
星が。
私を見る。
私は。
自分の手を。
膝の上で握る。
私が。
話す。
「突然」
声が。
震える。
「こんなことを言われても」
「信じられないと思います」
夫の眉が。
寄る。
「……はい?」
「でも」
胸に。
手を置く。
「聞いてほしいことがあります」
夫が。
じっと。
私を見る。
「何でしょう」
敬語。
当たり前。
苦しい。
私は。
一度。
目を閉じた。
そして。
言った。
「高瀬美月の」
夫の顔が。
変わった。
「……妻の名前を」
「どうして」
「私は」
続ける。
「高瀬美月です」
空気が。
止まった。
◇◇◇
夫は。
しばらく。
何も言わなかった。
そして。
「……何ですか」
低い声。
「それ」
「パパ」
「星」
夫が。
娘を見る。
「お前」
「この人に」
「何話した?」
「違う!」
星が。
すぐに。
首を振る。
「私じゃない」
「じゃあ何だよ」
夫が。
私を見る。
怒り。
困惑。
そして。
明らかな。
警戒。
当然だ。
「うちのこと」
「どこまで調べたんですか?」
「……調べたんじゃない」
「じゃあ」
「何で」
声が。
強くなる。
「死んだ妻の名前使って」
「そんなこと言うんですか」
胸が。
痛む。
でも。
逃げない。
「信じてもらえないのは」
「分かっています」
「当たり前でしょ」
「はい」
「妻は」
夫が。
唇を噛む。
「死んだんです」
「……うん」
「俺」
声が。
震えた。
「確認しました」
その言葉。
星のときと。
同じ。
私は。
自分が。
どれほど。
残酷なことを。
言っているのか。
改めて。
思い知る。
「……うん」
「葬式もした」
「うん」
「子どもら」
「ずっと」
夫が。
拳を握る。
「どんな思いで」
「……」
「分かってます?」
「分かるよ」
思わず。
昔の口調で。
答えた。
夫が。
止まった。
「……」
私も。
気づく。
一ノ瀬紗良として。
丁寧に。
話していたのに。
今。
いつもの。
私の言い方が。
出た。
「分かる」
私は。
もう一度。
言った。
「だって」
涙が。
溢れる。
「私も」
「ずっと」
「子どもたちに会いたかったから」
「……」
「星が」
「泣いてるのも」
「遠くからしか」
「見られなかった」
夫の目が。
揺れる。
「……何?」
「事故のあと」
「私は」
「この身体で」
「目を覚ました」
「……」
「自分の身体が」
「死んだことも」
「あとから知った」
「……」
「信じられなかった」
涙を。
拭う。
「私だって」
「何でこんなことになったのか」
「分からない」
夫が。
何も言わない。
ただ。
私を。
見ている。
「でも」
「私しか知らないこと」
「ある」
「……」
「何を」
私は。
震える。
こんな形で。
夫との思い出を。
証明に使うなんて。
変な感じ。
「一番下の子が」
「夜泣きひどかったとき」
「……」
夫の表情が。
少し変わる。
「あなた」
「夜中」
「抱っこ代わってくれたことあったよね」
「……」
「でも」
私は。
涙の中。
少し笑う。
「五分で」
「腰痛いって」
「私に戻した」
夫が。
目を見開く。
「……」
「私」
「そのあと」
「めっちゃ怒った」
「……」
「『五分で何が腰痛いや』って」
星が。
隣で。
少し。
吹き出しそうになる。
でも。
夫は。
笑わない。
「それくらい」
「星から聞ける」
「……うん」
「じゃあ」
私は。
一度。
考える。
夫と。
私だけ。
知っていること。
そして。
ふっと。
思い出す。
「結婚したばっかりの頃」
夫の目が。
揺れる。
「あなた」
「私に」
「一回だけ」
「手紙くれたよね」
「……」
「喧嘩したあと」
「口じゃ」
「言えないからって」
「……」
「最後」
涙が。
落ちる。
「『俺は上手く言えんけど、美月がおらんと困る』って」
夫の顔から。
血の気が。
引いた。
「……何で」
「その手紙」
私は。
笑う。
「捨ててって言われたけど」
「捨ててない」
「……」
「クローゼットの」
「昔の写真入れてる箱の」
「底」
夫が。
息を止めた。
「青い封筒」
「……」
「まだ」
「あるなら」
「見て」
「……」
夫の手が。
震えていた。
◇◇◇
「……星」
夫が。
娘を見る。
「お前」
「本当に」
「何も教えてない?」
「教えてない」
「手紙なんて」
星が。
首を振る。
「知らない」
夫が。
私を見る。
「……」
信じた。
わけじゃない。
まだ。
理解できない顔。
でも。
さっきまでとは。
明らかに違う。
「……もし」
夫が。
ゆっくり。
口を開く。
「本当に」
「美月だとして」
胸が。
大きく鳴る。
「……うん」
「何で」
夫の目が。
赤くなる。
「帰ってこなかった?」
その言葉に。
胸が。
引き裂かれた。
「帰りたかった」
すぐに。
答えた。
「だったら!」
夫の声が。
大きくなる。
「何で!」
「帰れなかったの!」
私も。
声が震える。
「この顔で!」
「……」
「帰って」
涙が。
止まらない。
「誰が信じるの!?」
夫が。
言葉を失う。
「私だって」
「何回も」
「帰りたかった!」
「……」
「子どもたちに」
「ママだよって」
「言いたかった!」
「……」
「でも」
私は。
自分の顔を指す。
「一ノ瀬紗良なんだよ!」
「……」
「高瀬美月の顔じゃない!」
夫が。
下を向く。
「私」
声が。
崩れる。
「星に会うだけでも」
「ずっと怖かった」
「……」
「信じてもらえなかったら」
「二回」
「子どもを失うみたいで」
「怖かった」
静かになった。
夫も。
泣いていた。
私は。
初めて。
気づいた。
この人も。
妻を。
失った。
私が。
子どもたちを失ったように。
夫も。
あの日。
突然。
家族を。
失った。
「……美月」
小さな声。
私は。
顔を上げた。
今。
確かに。
呼ばれた。
「……」
夫自身も。
驚いたような顔をしている。
「今」
星が。
泣きながら。
言った。
「パパ」
「ママって」
「……」
夫は。
顔を覆った。
「分からん」
震える声。
「こんなん」
「分かるわけない」
「……うん」
「でも」
顔を上げる。
私を見る。
「喋り方」
「……」
「怒り方」
「……」
「さっきの」
少しだけ。
泣きながら。
苦笑した。
「『五分で何が腰痛いや』」
「……」
「美月や」
涙が。
一気に。
溢れた。
◇◇◇
夫は。
その日。
全部を。
信じたわけではなかった。
当たり前だと思う。
でも。
最後に。
言った。
「手紙」
「帰ったら見る」
「……うん」
「それで」
「……」
「もう一回」
私を見る。
「話したい」
「うん」
私は。
頷いた。
「何回でも」
そして。
夫が。
立ち上がる。
そのとき。
私は。
思わず。
呼び止めた。
「待って」
「……何?」
聞きたいこと。
ずっと。
聞けなかった。
「子どもたち」
声が。
震える。
「元気?」
夫の顔が。
苦しそうに歪んだ。
「……元気に」
少し。
間。
「しようとはしてる」
星が。
俯く。
胸が。
痛い。
「会いたい」
私は。
言った。
「みんなに」
「……」
「会わせてほしい」
夫は。
すぐに。
答えなかった。
長い。
沈黙。
そして。
「俺一人では」
ゆっくり。
言う。
「決められん」
「……うん」
「子どもらにも」
「聞く」
その言葉。
私は。
すぐに。
頷いた。
「うん」
「それでいい」
信じるか。
会いたいか。
子どもたちが。
決める。
「ただ」
夫が。
私を見る。
「星」
「うん」
「お前は」
「本当に」
「この人が」
言葉が。
止まる。
星が。
迷わず。
答えた。
「ママだよ」
「……」
「私」
星が。
私の手を。
握る。
「分かるもん」
夫が。
少しだけ。
目を閉じた。
「……そっか」
それだけ。
言って。
帰っていった。
◇◇◇
夫が。
見えなくなったあと。
私は。
全身から。
力が抜けた。
「……怖かった」
星が。
私の肩に。
寄り添う。
「頑張ったね」
「うん」
「ママ」
「何?」
「パパ」
「途中から」
「ママ見る目だったよ」
「……」
涙が。
また。
落ちた。
「本当?」
「うん」
星が。
笑う。
「呆れた顔とか」
「完全に」
「昔のパパだった」
「何それ」
「ママが怒ってるときの」
「『また始まった』って顔」
「……」
思わず。
笑った。
泣きながら。
笑った。
◇◇◇
夜。
陽向に。
全部話した。
話し終わるまで。
陽向は。
何も言わなかった。
「……そっか」
最後。
それだけ。
言って。
私の手を握る。
「信じてもらえそう?」
「分かんない」
「うん」
「でも」
私は。
少し笑う。
「美月って」
「呼ばれた」
陽向の手が。
一瞬。
止まった。
「……旦那さんに?」
「うん」
「……」
「陽向?」
「いや」
何とも言えない顔。
「ちょっとだけ」
「何?」
「嫉妬した」
私は。
目を丸くする。
「今!?」
「だって」
陽向が。
眉を下げる。
「俺が」
「すげえ大事にしてる名前」
「昔から呼んでた人なんだなって」
「……」
可愛い。
思ったけど。
言ったら。
怒りそう。
「でも」
陽向が。
すぐに。
笑った。
「よかったな」
「……うん」
「美月が」
「一回目の人生に」
「ちゃんと」
「戻れる道」
胸が。
小さく。
揺れる。
「戻る」
私は。
その言葉を。
繰り返した。
すると。
陽向が。
少し慌てる。
「いや」
「俺と別れて戻れって意味じゃないからな!」
「分かってるよ」
「マジ?」
「うん」
私は。
陽向の手を。
握り返した。
「戻るんじゃない」
「……?」
「繋げたい」
私は。
笑う。
「前の人生と」
「今の人生」
「……」
「どっちも」
「私だから」
陽向が。
ゆっくり。
笑った。
「うん」
「それがいい」
◇◇◇
その夜。
帰宅した夫から。
星に。
一枚の写真が。
送られてきた。
それを。
星が。
私へ転送してくれた。
青い。
古い封筒。
そして。
短いメッセージ。
『あった』
それだけ。
私は。
画面を見つめた。
涙が。
滲む。
さらに。
数分後。
もう一通。
『子どもたちに話す前に、もう一度会いたい』
私は。
しばらく。
その文字を。
見ていた。
怖い。
でも。
今度は。
逃げない。
『分かった』
送信する。
そして。
少し迷って。
もう一文。
加えた。
『話したいこと、私もたくさんある』
送った。
前の夫と。
これからの私。
母親として。
妻だった人間として。
そして。
陽向を愛する。
今の高瀬美月として。
ちゃんと。
向き合うために。
私には。
まだ。
越えなければならない。
大きな一歩が。
残っていた。
本当のことを話せた。
そして。
次に会いたいと。
思ったのは。
もちろん。
他の子どもたち。
でも。
そのためには。
避けて通れない人がいる。
前の人生で。
私の夫だった人。
子どもたちの。
父親。
「……どうしよう」
私は。
スマートフォンを前に。
何度目か分からない。
ため息をついた。
連絡先は。
知っている。
以前。
陽向と一緒に。
夫のSNSを見たこともある。
でも。
今の私が。
突然。
『あなたの亡くなった妻です』
なんて。
連絡できるはずがない。
怖い。
星は。
私を信じてくれた。
でも。
夫は?
『そんなわけない』
と。
拒絶されたら。
それだけじゃない。
今の私には。
陽向がいる。
前の夫がいるのに。
別の男性と付き合っている。
そんなふうに。
見えるかもしれない。
私は。
もう死んだ人間。
戸籍上。
高瀬美月は。
存在していない。
でも。
心は。
まだ。
完全に。
過去と切り離されたわけじゃない。
「……難しすぎる」
テーブルに。
突っ伏す。
そのとき。
インターホンが鳴った。
◇◇◇
「ただいまー」
「ここ陽向の家じゃないよ」
「最近もう半分そうじゃない?」
「違います」
陽向が。
大きな紙袋を抱えて。
入ってくる。
「何それ?」
「差し入れ」
「また?」
「今日撮影で余った」
中を見る。
お菓子。
サンドイッチ。
そして。
チーズケーキ。
「……絶対私のために持ってきたでしょ」
「バレた?」
「チーズケーキ一番上だもん」
「美月メモ優秀」
「まだ使ってるの?」
「当然」
陽向が。
笑う。
でも。
すぐに。
私の顔を見た。
「で?」
「え?」
「何悩んでる?」
「……」
「分かる?」
「分かる」
即答。
「美月」
私の向かいに座る。
「考えすぎると」
「眉間めっちゃ寄る」
「そんなに?」
「あとコーヒー全然減ってない」
見る。
確かに。
淹れてから。
ほとんど。
飲んでいなかった。
「……夫のこと」
陽向の表情が。
少し変わった。
「前の?」
「うん」
私は。
ゆっくり頷いた。
「子どもたちに会うなら」
「やっぱり」
「話さないといけないと思う」
「……うん」
「星だけで」
「全部動かすわけにはいかないし」
「うん」
「でも」
言葉が。
止まる。
陽向は。
急かさない。
「何?」
「……怖い」
ようやく。
言えた。
「信じてくれないのが?」
「それも」
「他には?」
私は。
手を握る。
「陽向のこと」
「……俺?」
「だって」
私は。
陽向を見る。
「私」
「前の人生では」
「結婚してた」
「うん」
「夫がいて」
「今も」
「子どもたちのお父さんとして」
「生きてる」
「……うん」
「なのに」
「私には」
声が。
小さくなる。
「今」
「陽向がいる」
陽向は。
何も言わなかった。
「夫から見たら」
「私は」
「死んだと思ってた妻が」
「別の女の人の姿で帰ってきて」
「しかも」
「別の男と付き合ってる」
「……」
「最悪に見えるよね」
陽向が。
少しだけ。
眉を寄せた。
「美月」
「うん」
「一個ずつでよくない?」
「え?」
「今日」
指を一本立てる。
「旦那さんに」
「俺のことまで全部言う必要ある?」
「……」
「まず」
二本目。
「美月が生きてる」
「それを」
「信じてもらう」
「……」
「次」
「子どもたちに」
「どうするか話す」
「……うん」
「俺のことは」
少し笑う。
「そのあとでいいじゃん」
私は。
陽向を見る。
「嫌じゃないの?」
「何が?」
「私が」
「前の夫と会うの」
一瞬。
陽向が。
黙る。
「……嫌じゃないって言ったら」
「たぶん嘘」
「え?」
「そりゃ」
少し。
困ったように笑う。
「好きな人が」
「前の旦那と会うんだから」
「ちょっと複雑」
胸が。
小さく鳴る。
「でも」
陽向が続ける。
「美月にとって」
「その人は」
「ただの元カレとかじゃない」
「……」
「子どもたちのお父さん」
「うん」
「それに」
「美月の三十四年の中に」
「ちゃんといた人」
「……うん」
「そこ」
「俺が消したいとか」
「思ってない」
胸の奥。
じわっと。
温かくなる。
「陽向」
「だから」
少し。
目を逸らす。
「多少嫉妬はするけど」
「するんだ」
「するよ!」
「ふふっ」
「笑うな」
でも。
その正直さが。
嬉しかった。
◇◇◇
その夜。
星から。
電話が来た。
『ママ』
「うん」
その呼び方に。
まだ。
毎回。
胸が。
柔らかくなる。
『パパのことなんだけど』
心臓が。
跳ねた。
「……うん」
『私』
星が。
少し。
言いにくそうにする。
『まだ何も言ってない』
「うん」
『でも』
少し。
間。
『ママが会いたいなら』
『私から』
『話すきっかけ作ろうか?』
「……」
私は。
目を閉じた。
会いたい。
怖い。
でも。
逃げたくない。
「星」
『うん』
「ママ」
一度。
息を吸う。
「会いたい」
電話の向こう。
星が。
少し。
笑った気がした。
『分かった』
「でも」
『うん』
「星だけに」
「全部背負わせたくない」
『……』
「話すとき」
「ママもいる」
『本当に?』
「うん」
怖い。
でも。
これは。
私のこと。
星に。
代わりに説明させるのは。
違う。
「私が」
「ちゃんと話す」
『……うん』
「星は」
「そばにいてくれる?」
『当たり前じゃん』
その声。
泣きそうになった。
「ありがとう」
『じゃあ』
星が。
少し考える。
『パパに』
『会ってほしい人がいるって言ってみる』
「……うん」
『ママ』
「何?」
『大丈夫?』
私は。
一瞬。
いつもの答えを。
言いそうになる。
でも。
やめた。
「……大丈夫じゃない」
正直に。
言う。
「めちゃくちゃ怖い」
星が。
少し笑った。
『そっか』
「うん」
『じゃあ』
優しい声。
『一緒に怖がろ』
「……」
その言葉。
どこか。
陽向に。
似ている。
「うん」
私は。
笑った。
「一緒に」
◇◇◇
そして。
数日後。
指定された場所は。
静かな。
ホテルのラウンジだった。
人目がある。
でも。
個室に近い。
奥の席。
私は。
早く着きすぎていた。
手が。
震える。
何度。
水を飲んでも。
喉が乾く。
「ママ」
隣にいる。
星が。
私の手を見る。
「冷たい」
「緊張してる」
「うん」
「逃げたい」
「……逃げる?」
私は。
首を振った。
「逃げない」
「そっか」
星が。
私の手を。
握ってくれた。
その瞬間。
入り口。
一人の男性が。
入ってきた。
「……」
息が。
止まった。
夫。
久しぶりに。
見る。
変わっている。
少し。
痩せた気がする。
顔も。
疲れている。
胸が。
痛んだ。
私は。
この人を。
愛していなかったわけじゃない。
楽しい時間も。
あった。
一緒に。
子どもたちを育てた。
腹が立ったことも。
寂しかったことも。
たくさんあった。
でも。
全部。
私の一度目の人生。
「星」
夫が。
こちらへ来る。
「会ってほしい人って……」
言葉が。
止まった。
私を見る。
当然。
知っている。
一ノ瀬紗良。
有名女優。
「……一ノ瀬紗良さん?」
「はい」
私は。
立ち上がる。
頭を下げる。
「初めまして」
その言葉が。
胸に刺さる。
夫に。
初めまして。
なんて。
「どういうこと?」
夫が。
星を見る。
「何でお前が」
「女優さんと?」
「パパ」
星が。
緊張した声で。
言う。
「座って」
「いや」
「説明して」
「するから」
星が。
私を見る。
私は。
小さく。
頷いた。
三人。
座る。
沈黙。
夫は。
私と。
星を。
交互に見ている。
「……何?」
「星」
「モデル始めたから」
「その関係?」
「違う」
星が。
首を振る。
「じゃあ何」
「……」
星が。
私を見る。
私は。
自分の手を。
膝の上で握る。
私が。
話す。
「突然」
声が。
震える。
「こんなことを言われても」
「信じられないと思います」
夫の眉が。
寄る。
「……はい?」
「でも」
胸に。
手を置く。
「聞いてほしいことがあります」
夫が。
じっと。
私を見る。
「何でしょう」
敬語。
当たり前。
苦しい。
私は。
一度。
目を閉じた。
そして。
言った。
「高瀬美月の」
夫の顔が。
変わった。
「……妻の名前を」
「どうして」
「私は」
続ける。
「高瀬美月です」
空気が。
止まった。
◇◇◇
夫は。
しばらく。
何も言わなかった。
そして。
「……何ですか」
低い声。
「それ」
「パパ」
「星」
夫が。
娘を見る。
「お前」
「この人に」
「何話した?」
「違う!」
星が。
すぐに。
首を振る。
「私じゃない」
「じゃあ何だよ」
夫が。
私を見る。
怒り。
困惑。
そして。
明らかな。
警戒。
当然だ。
「うちのこと」
「どこまで調べたんですか?」
「……調べたんじゃない」
「じゃあ」
「何で」
声が。
強くなる。
「死んだ妻の名前使って」
「そんなこと言うんですか」
胸が。
痛む。
でも。
逃げない。
「信じてもらえないのは」
「分かっています」
「当たり前でしょ」
「はい」
「妻は」
夫が。
唇を噛む。
「死んだんです」
「……うん」
「俺」
声が。
震えた。
「確認しました」
その言葉。
星のときと。
同じ。
私は。
自分が。
どれほど。
残酷なことを。
言っているのか。
改めて。
思い知る。
「……うん」
「葬式もした」
「うん」
「子どもら」
「ずっと」
夫が。
拳を握る。
「どんな思いで」
「……」
「分かってます?」
「分かるよ」
思わず。
昔の口調で。
答えた。
夫が。
止まった。
「……」
私も。
気づく。
一ノ瀬紗良として。
丁寧に。
話していたのに。
今。
いつもの。
私の言い方が。
出た。
「分かる」
私は。
もう一度。
言った。
「だって」
涙が。
溢れる。
「私も」
「ずっと」
「子どもたちに会いたかったから」
「……」
「星が」
「泣いてるのも」
「遠くからしか」
「見られなかった」
夫の目が。
揺れる。
「……何?」
「事故のあと」
「私は」
「この身体で」
「目を覚ました」
「……」
「自分の身体が」
「死んだことも」
「あとから知った」
「……」
「信じられなかった」
涙を。
拭う。
「私だって」
「何でこんなことになったのか」
「分からない」
夫が。
何も言わない。
ただ。
私を。
見ている。
「でも」
「私しか知らないこと」
「ある」
「……」
「何を」
私は。
震える。
こんな形で。
夫との思い出を。
証明に使うなんて。
変な感じ。
「一番下の子が」
「夜泣きひどかったとき」
「……」
夫の表情が。
少し変わる。
「あなた」
「夜中」
「抱っこ代わってくれたことあったよね」
「……」
「でも」
私は。
涙の中。
少し笑う。
「五分で」
「腰痛いって」
「私に戻した」
夫が。
目を見開く。
「……」
「私」
「そのあと」
「めっちゃ怒った」
「……」
「『五分で何が腰痛いや』って」
星が。
隣で。
少し。
吹き出しそうになる。
でも。
夫は。
笑わない。
「それくらい」
「星から聞ける」
「……うん」
「じゃあ」
私は。
一度。
考える。
夫と。
私だけ。
知っていること。
そして。
ふっと。
思い出す。
「結婚したばっかりの頃」
夫の目が。
揺れる。
「あなた」
「私に」
「一回だけ」
「手紙くれたよね」
「……」
「喧嘩したあと」
「口じゃ」
「言えないからって」
「……」
「最後」
涙が。
落ちる。
「『俺は上手く言えんけど、美月がおらんと困る』って」
夫の顔から。
血の気が。
引いた。
「……何で」
「その手紙」
私は。
笑う。
「捨ててって言われたけど」
「捨ててない」
「……」
「クローゼットの」
「昔の写真入れてる箱の」
「底」
夫が。
息を止めた。
「青い封筒」
「……」
「まだ」
「あるなら」
「見て」
「……」
夫の手が。
震えていた。
◇◇◇
「……星」
夫が。
娘を見る。
「お前」
「本当に」
「何も教えてない?」
「教えてない」
「手紙なんて」
星が。
首を振る。
「知らない」
夫が。
私を見る。
「……」
信じた。
わけじゃない。
まだ。
理解できない顔。
でも。
さっきまでとは。
明らかに違う。
「……もし」
夫が。
ゆっくり。
口を開く。
「本当に」
「美月だとして」
胸が。
大きく鳴る。
「……うん」
「何で」
夫の目が。
赤くなる。
「帰ってこなかった?」
その言葉に。
胸が。
引き裂かれた。
「帰りたかった」
すぐに。
答えた。
「だったら!」
夫の声が。
大きくなる。
「何で!」
「帰れなかったの!」
私も。
声が震える。
「この顔で!」
「……」
「帰って」
涙が。
止まらない。
「誰が信じるの!?」
夫が。
言葉を失う。
「私だって」
「何回も」
「帰りたかった!」
「……」
「子どもたちに」
「ママだよって」
「言いたかった!」
「……」
「でも」
私は。
自分の顔を指す。
「一ノ瀬紗良なんだよ!」
「……」
「高瀬美月の顔じゃない!」
夫が。
下を向く。
「私」
声が。
崩れる。
「星に会うだけでも」
「ずっと怖かった」
「……」
「信じてもらえなかったら」
「二回」
「子どもを失うみたいで」
「怖かった」
静かになった。
夫も。
泣いていた。
私は。
初めて。
気づいた。
この人も。
妻を。
失った。
私が。
子どもたちを失ったように。
夫も。
あの日。
突然。
家族を。
失った。
「……美月」
小さな声。
私は。
顔を上げた。
今。
確かに。
呼ばれた。
「……」
夫自身も。
驚いたような顔をしている。
「今」
星が。
泣きながら。
言った。
「パパ」
「ママって」
「……」
夫は。
顔を覆った。
「分からん」
震える声。
「こんなん」
「分かるわけない」
「……うん」
「でも」
顔を上げる。
私を見る。
「喋り方」
「……」
「怒り方」
「……」
「さっきの」
少しだけ。
泣きながら。
苦笑した。
「『五分で何が腰痛いや』」
「……」
「美月や」
涙が。
一気に。
溢れた。
◇◇◇
夫は。
その日。
全部を。
信じたわけではなかった。
当たり前だと思う。
でも。
最後に。
言った。
「手紙」
「帰ったら見る」
「……うん」
「それで」
「……」
「もう一回」
私を見る。
「話したい」
「うん」
私は。
頷いた。
「何回でも」
そして。
夫が。
立ち上がる。
そのとき。
私は。
思わず。
呼び止めた。
「待って」
「……何?」
聞きたいこと。
ずっと。
聞けなかった。
「子どもたち」
声が。
震える。
「元気?」
夫の顔が。
苦しそうに歪んだ。
「……元気に」
少し。
間。
「しようとはしてる」
星が。
俯く。
胸が。
痛い。
「会いたい」
私は。
言った。
「みんなに」
「……」
「会わせてほしい」
夫は。
すぐに。
答えなかった。
長い。
沈黙。
そして。
「俺一人では」
ゆっくり。
言う。
「決められん」
「……うん」
「子どもらにも」
「聞く」
その言葉。
私は。
すぐに。
頷いた。
「うん」
「それでいい」
信じるか。
会いたいか。
子どもたちが。
決める。
「ただ」
夫が。
私を見る。
「星」
「うん」
「お前は」
「本当に」
「この人が」
言葉が。
止まる。
星が。
迷わず。
答えた。
「ママだよ」
「……」
「私」
星が。
私の手を。
握る。
「分かるもん」
夫が。
少しだけ。
目を閉じた。
「……そっか」
それだけ。
言って。
帰っていった。
◇◇◇
夫が。
見えなくなったあと。
私は。
全身から。
力が抜けた。
「……怖かった」
星が。
私の肩に。
寄り添う。
「頑張ったね」
「うん」
「ママ」
「何?」
「パパ」
「途中から」
「ママ見る目だったよ」
「……」
涙が。
また。
落ちた。
「本当?」
「うん」
星が。
笑う。
「呆れた顔とか」
「完全に」
「昔のパパだった」
「何それ」
「ママが怒ってるときの」
「『また始まった』って顔」
「……」
思わず。
笑った。
泣きながら。
笑った。
◇◇◇
夜。
陽向に。
全部話した。
話し終わるまで。
陽向は。
何も言わなかった。
「……そっか」
最後。
それだけ。
言って。
私の手を握る。
「信じてもらえそう?」
「分かんない」
「うん」
「でも」
私は。
少し笑う。
「美月って」
「呼ばれた」
陽向の手が。
一瞬。
止まった。
「……旦那さんに?」
「うん」
「……」
「陽向?」
「いや」
何とも言えない顔。
「ちょっとだけ」
「何?」
「嫉妬した」
私は。
目を丸くする。
「今!?」
「だって」
陽向が。
眉を下げる。
「俺が」
「すげえ大事にしてる名前」
「昔から呼んでた人なんだなって」
「……」
可愛い。
思ったけど。
言ったら。
怒りそう。
「でも」
陽向が。
すぐに。
笑った。
「よかったな」
「……うん」
「美月が」
「一回目の人生に」
「ちゃんと」
「戻れる道」
胸が。
小さく。
揺れる。
「戻る」
私は。
その言葉を。
繰り返した。
すると。
陽向が。
少し慌てる。
「いや」
「俺と別れて戻れって意味じゃないからな!」
「分かってるよ」
「マジ?」
「うん」
私は。
陽向の手を。
握り返した。
「戻るんじゃない」
「……?」
「繋げたい」
私は。
笑う。
「前の人生と」
「今の人生」
「……」
「どっちも」
「私だから」
陽向が。
ゆっくり。
笑った。
「うん」
「それがいい」
◇◇◇
その夜。
帰宅した夫から。
星に。
一枚の写真が。
送られてきた。
それを。
星が。
私へ転送してくれた。
青い。
古い封筒。
そして。
短いメッセージ。
『あった』
それだけ。
私は。
画面を見つめた。
涙が。
滲む。
さらに。
数分後。
もう一通。
『子どもたちに話す前に、もう一度会いたい』
私は。
しばらく。
その文字を。
見ていた。
怖い。
でも。
今度は。
逃げない。
『分かった』
送信する。
そして。
少し迷って。
もう一文。
加えた。
『話したいこと、私もたくさんある』
送った。
前の夫と。
これからの私。
母親として。
妻だった人間として。
そして。
陽向を愛する。
今の高瀬美月として。
ちゃんと。
向き合うために。
私には。
まだ。
越えなければならない。
大きな一歩が。
残っていた。



