目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~

病院で。

『今の自分が、完全になくなるとは決まっていません』

そう言われてから。

私は。

眠るのが。

少し怖くなった。

朝。

目を覚ましたとき。

私は。

まだ。

高瀬美月だろうか。

昨日までのことを。

覚えているだろうか。

陽向のことを。

好きだと。

ちゃんと思えるだろうか。

「……」

ベッドに入って。

目を閉じる。

でも。

すぐに。

目を開ける。

時計。

午前一時三十分。

「寝なきゃ……」

明日は。

仕事。

こんなことをしていたら。

余計に。

身体を壊す。

分かっている。

なのに。

眠れない。

私は。

枕元のスマートフォンへ。

手を伸ばした。

陽向との。

トーク画面。

一番最後。

『おやすみ』

その前には。

『明日起きたら連絡して』

陽向も。

気にしている。

私が。

朝。

ちゃんと。

美月のまま。

目を覚ますか。

「……陽向」

電話。

したい。

でも。

こんな時間。

明日も。

早いと言っていた。

迷惑。

その言葉が。

頭に浮かぶ。

そして。

陽向の声も。

浮かんだ。

――怖くなったら、ちゃんと言う。

――大丈夫じゃないって言えよ。

私は。

数秒。

画面を見つめる。

そして。

通話ボタンを押した。

一回。

二回。

三回。

『もしもし』

「……」

出た。

早い。

「起きてた?」

『寝てた』

「ごめ――」

止める。

『今、謝ろうとした?』

「……した」

『なんかあった?』

寝起きなのに。

声が。

すぐに。

真面目になる。

私は。

布団を。

胸まで引き上げた。

「眠れない」

『……そっか』

「寝るの」

少し。

声が震える。

「怖い」

電話の向こうが。

静かになる。

『朝起きたら?』

「うん」

『美月じゃなくなってたらって?』

「……うん」

陽向は。

分かっていた。

「目閉じたら」

「このまま」

「私が終わっちゃう気がして」

『うん』

「バカみたいだよね」

『バカじゃない』

すぐに。

返ってきた。

『怖いもんは怖いだろ』

「……うん」

『美月』

「何?」

『今』

陽向が。

ゆっくり聞く。

『名前は?』

「……高瀬美月」

『年齢』

「三十四歳」

『子ども』

「五人」

『一番上』

胸が。

少し。

柔らかくなる。

「星」

『読み方』

「ひかり」

『好きな食べ物』

「チーズケーキ」

『色』

「ピンク」

『好きなこと』

「歌うこと」

『彼氏』

「……」

そこで。

止まる。

『美月?』

「それ言わせたいだけでしょ」

電話の向こう。

陽向が。

笑った。

『バレた?』

「天城陽向」

『はい』

「三十四歳」

『はい』

「アイドル」

『はい』

「玉ねぎ切るの下手」

『そこいらない』

私は。

少し笑った。

ほんの少し。

胸の苦しさが。

和らぐ。

『ほら』

陽向が言う。

『ちゃんと美月じゃん』

「……今はね」

『うん』

「でも明日は」

『明日になったら』

「……」

『また俺が聞く』

「え?」

『名前』

『年齢』

『好きなもの』

『全部』

「……」

『一個ずつ確認すればいい』

涙が。

滲んだ。

「毎日?」

『必要なら毎日』

「仕事あるのに?」

『電話一本くらいできる』

「陽向……」

『だから』

少し。

声が柔らかくなる。

『今日の美月まで』

『明日の美月のこと考えて』

『全部背負わなくていい』

「……」

『今日は』

『今日の美月が寝ればいい』

その言葉が。

胸に。

ゆっくり。

落ちてくる。

今日の私。

「……ねえ」

『ん?』

「電話」

「繋いだままでもいい?」

『いいよ』

「陽向寝不足になる」

『じゃ俺も寝る』

「……仕事遅刻しない?」

『アラームある』

「起きなかったら?」

『美月が起こして』

「私が先に起きたらね」

『うん』

「もし」

また。

言いそうになる。

でも。

陽向が。

先に言った。

『明日のことは明日』

「……うん」

私は。

ようやく。

目を閉じた。

耳元。

陽向の。

呼吸。

それだけで。

少し。

安心する。

「陽向」

『んー?』

もう。

半分。

眠そう。

「好き」

『……』

返事がない。

「寝た?」

『いや』

少しして。

低い声。

『今の』

『眠気全部飛んだ』

「……じゃあ忘れて」

『無理』

「寝て」

『美月も』

「うん」

『好きだよ』

胸が。

温かくなる。

怖さが。

全部消えたわけじゃない。

でも。

その夜。

私は。

ようやく。

眠ることができた。

◇◇◇

朝。

目が覚めた。

カーテンの隙間から。

光。

天井。

「……」

私は。

ゆっくり。

瞬きをする。

ここは。

一ノ瀬紗良の部屋。

いや。

今は。

私が暮らしている部屋。

手を見る。

胸に触れる。

そして。

昨夜のことを。

思い出す。

電話。

陽向。

星。

キス。

デート。

全部。

覚えている。

「……美月」

自分で。

自分の名前を呼ぶ。

ちゃんと。

分かる。

私は。

高瀬美月。

その瞬間。

スマートフォンから。

声がした。

『……起きた?』

「え!?」

びっくりして。

画面を見る。

通話。

まだ。

繋がっていた。

「陽向!?」

『おはよ』

「ずっと繋いでたの!?」

『そう言ったじゃん』

「本当に!?」

『途中で俺一回起きたけど』

「切ればよかったのに」

『嫌だった』

あっさり。

言われる。

「……」

『で?』

「何?」

『今日の名前』

私は。

少し笑った。

「高瀬美月」

『年齢』

「三十四歳」

『子ども』

「五人」

『彼氏』

「しつこい!」

陽向が。

笑う。

『よかった』

その一言だけ。

少し。

声が。

震えていた。

私も。

分かった。

陽向も。

怖かったんだ。

「……うん」

私は。

目元を拭う。

「今日も」

「美月だった」

『うん』

「よかった」

『うん』

今日も。

私は。

ここにいる。

それだけで。

朝が。

少し。

特別に感じた。

◇◇◇

それから。

数日。

何も起きなかった。

頭痛もない。

記憶の混乱もない。

仕事も。

順調。

私は。

少しずつ。

「大丈夫なのかもしれない」

と思い始めていた。

でも。

変化は。

突然だった。

◇◇◇

その日は。

ドラマの。

顔合わせだった。

事故後。

初めて。

演技の仕事へ。

本格的に。

戻る。

「緊張する……」

控室。

台本を持つ手。

少し震える。

演技。

一ノ瀬紗良なら。

できた。

でも。

高瀬美月は。

演技経験なんてない。

ただ。

以前の撮影と同じ。

身体が。

覚えてくれている部分もある。

「……お願いします」

私は。

自分自身に。

言う。

「今日も力貸してね、紗良さん」

返事は。

ない。

当たり前。

台本を開く。

今回。

演じる役は。

仕事一筋で。

周りには。

強い女性に見える。

でも。

本当は。

誰にも言えない孤独を抱えている。

そんな。

三十代の女性。

「……似てる」

少しだけ。

紗良にも。

そして。

昔の私にも。

◇◇◇

撮影テスト。

「一ノ瀬さん」

監督が。

声をかける。

「今日は短いシーンだけいきましょう」

「はい」

相手役の俳優と。

向かい合う。

セリフ。

恋人と。

別れる場面。

相手役が言う。

「お前は一人でも大丈夫だろ」

その瞬間。

胸が。

ざわついた。

台本では。

紗良が演じる役が。

笑う。

『そうね』

『私は大丈夫』

そう。

返す。

私は。

息を吸う。

「……そうね」

その瞬間だった。

頭の中に。

何かが。

流れ込んだ。

――大丈夫。

――私は平気。

紗良。

でも。

以前のような。

映像ではない。

もっと。

近い。

自分の中から。

声がする。

――陽向には言わない。

――寂しいなんて。

「……っ」

一瞬。

意識が。

遠のく。

「一ノ瀬さん?」

相手役の声。

私は。

顔を上げる。

そして。

口から。

勝手に。

言葉が出た。

「……陽向には」

しん。

スタジオが。

静かになる。

「え?」

私は。

自分の口を。

押さえた。

今。

何て?

「一ノ瀬さん?」

監督が。

心配そうに。

近づいてくる。

「すみません」

心臓が。

速い。

「セリフ……間違えました」

「大丈夫ですか?」

「……はい」

違う。

大丈夫じゃない。

「すみません」

私は。

首を振る。

「少し」

正直に。

言う。

「休ませてください」

◇◇◇

控室。

私は。

椅子に座ったまま。

両手を握っていた。

怖い。

何だった?

今の。

紗良の記憶?

でも。

映像じゃない。

まるで。

自分自身が。

紗良になったみたいに。

自然に。

陽向の名前が。

口から出た。

「……私」

自分の手を見る。

「美月だよね?」

高瀬美月。

三十四歳。

子ども五人。

星。

陽向。

チーズケーキ。

歌。

全部。

覚えている。

でも。

一瞬。

紗良だった。

気がした。

私は。

震える手で。

スマートフォンを取った。

陽向。

通話。

『もしもし?』

「……陽向」

声を聞いた瞬間。

泣きそうになる。

『何あった?』

「今」

「私」

『うん』

「紗良さんに」

「なったかもしれない」

電話の向こうが。

静かになった。

◇◇◇

一時間後。

陽向が。

仕事の合間を縫って。

来てくれた。

人目があるから。

控室には。

入れない。

事務所の車。

後部座席。

私は。

そこに座っていた。

「美月」

陽向が。

隣へ乗り込む。

「……」

私は。

すぐに。

顔を上げられなかった。

「何があった?」

全部。

話した。

セリフ。

頭の中の声。

そして。

勝手に。

陽向の名前が出たこと。

陽向は。

途中で。

何も口を挟まなかった。

「……怖かった」

最後。

私は。

そう言った。

「うん」

「本当に」

「私じゃなくなるって」

「こういうことなのかなって」

「……」

「陽向」

顔を上げる。

「私」

「今」

「美月に見える?」

陽向が。

私を見る。

長い。

一秒。

二秒。

怖い。

その顔。

何を。

見てる?

「……美月」

陽向が言った。

「本当に?」

「うん」

「何で分かるの?」

「今」

「?」

「怖いって」

陽向が。

私の手を見る。

「左手の親指」

「握り込んでる」

「……」

見る。

確かに。

拳の中。

左の親指を。

ぎゅっと握っている。

「美月」

陽向が。

少し笑った。

「不安になると」

「それやる」

「……知らなかった」

「俺は知ってる」

涙が。

滲む。

「あと」

陽向が。

私を見る。

「今」

「俺に」

「美月って言ってほしい顔してる」

「……そんな顔ある?」

「ある」

「どんな?」

「めっちゃ不安そう」

私は。

泣きながら。

少し笑った。

「それだけ?」

「あと」

「?」

「来た瞬間」

「俺の服」

陽向が。

自分の袖を見る。

「掴みそうになって」

「我慢した」

「……」

図星。

「美月」

陽向は。

優しく。

私の手を取った。

「今ここにいるの」

「ちゃんと美月」

「……うん」

「紗良の何かが」

「出てきても」

「それで」

「美月全部が消えたわけじゃない」

医師の。

言葉。

――人は新しく経験したことも含めて、その後の自分になる。

「……混ざるのかな」

私が。

小さく言う。

「え?」

「紗良さんと」

「私」

「……」

「どっちかが消えるんじゃなくて」

「記憶とか」

「感情とか」

「少しずつ」

「一つになるのかな」

陽向は。

少し考える。

「分かんない」

「うん」

「でも」

私の手を。

握る。

「もしそうなら」

「?」

「俺が」

「美月のこと」

「ちゃんと覚えてる」

「……」

「美月が」

「分かんなくなったとき」

「俺が教える」

胸が。

ぎゅっとなる。

「高瀬美月は」

陽向が。

指を折る。

「チーズケーキ好き」

「うん」

「歌好き」

「うん」

「俺の飯には厳しい」

「陽向の料理が雑なの」

「俺のこと大好き」

「……それ毎回入れる?」

「重要」

「もう」

陽向が。

笑う。

そして。

少し。

真面目な顔になる。

「星ちゃんのママ」

「……うん」

「五人の子どもを」

「めちゃくちゃ大事にしてる」

「……うん」

「人に気使いすぎて」

「自分のこと後回しにする」

「……」

「でも最近」

「少しずつ」

「自分がどうしたいか」

「言えるようになった」

涙が。

一滴。

落ちた。

「俺の前で」

「疲れたって」

「言えるようになった」

「うん」

「怖いって」

「言えるようになった」

「……うん」

「幸せになりたいって」

「言った」

「うん」

陽向が。

私の手を。

胸の前で。

包む。

「それ」

「全部」

「俺が知ってる美月」

涙が。

止まらなくなった。

「だから」

「?」

「もし」

陽向の声が。

少し震えた。

「明日」

「美月が」

「自分のこと」

「分かんなくなっても」

「……」

「俺は」

「美月のこと」

「忘れない」

「陽向……」

「何回でも」

「教える」

「……うん」

「何回でも」

「美月って呼ぶ」

私は。

とうとう。

陽向に。

抱きついた。

陽向も。

すぐに。

抱きしめ返す。

「……怖かった」

「うん」

「すごく」

「うん」

「でも」

陽向の胸。

ちゃんと。

知っている。

匂いも。

声も。

鼓動も。

「陽向が」

「分かってくれるなら」

涙を。

拭う。

「少し」

「大丈夫かも」

「大丈夫じゃなくてもいい」

「……」

「俺いるし」

胸が。

温かくなる。

「……うん」

◇◇◇

その日の夜。

仕事を終え。

私は。

自宅へ戻った。

鏡。

一ノ瀬紗良の顔。

「……紗良さん」

今日。

一瞬。

あなたに。

近づいた気がした。

怖かった。

でも。

考えてみる。

私は。

あなたの身体で。

生きている。

あなたが。

三十四年間。

積み重ねてきた。

身体。

癖。

技術。

そして。

記憶。

全部を。

完全に。

切り離せるわけじゃない。

「……一緒に」

鏡の中へ。

話しかける。

「生きるのかな」

紗良でもなく。

昔の美月だけでもなく。

紗良の人生を。

無視しない。

美月の人生も。

消さない。

両方を。

抱えながら。

私は。

これから。

生きていく。

それが。

二度目の人生。

なのかもしれない。

◇◇◇

スマートフォンが。

鳴る。

陽向。

『名前』

私は。

笑った。

返信。

『高瀬美月』

すぐに。

『年齢』

『34歳』

『好きな食べ物』

『チーズケーキ』

『子ども』

『5人』

少しして。

『好きな男』

「……」

私は。

画面を見ながら。

笑う。

『天城陽向』

送信。

既読。

そして。

しばらく。

返事がない。

「……?」

一分後。

電話。

「もしもし?」

『美月』

「何?」

『今のスクショした』

「消して!」

『一生保存する』

「やめて!」

『だって美月証明じゃん』

「何それ」

『明日も聞く』

「毎日はいいよ」

『ダメ』

「どうして?」

少し。

間。

『俺が聞きたいから』

「……」

やっぱり。

ずるい。

「じゃあ」

私は。

ベッドに座る。

「陽向も」

『何?』

「名前」

『天城陽向』

「年齢」

『三十四』

「好きな食べ物」

『肉、ラーメン、美月の飯』

「最後料理じゃない」

『好きな女』

「……」

聞いておいて。

自分が。

恥ずかしくなる。

でも。

陽向は。

迷わなかった。

『高瀬美月』

胸が。

大きく。

鳴る。

『五人の子どものママで』

「……」

『今は一ノ瀬紗良の身体で生きてて』

「うん」

『泣き虫で』

「余計」

『すぐ我慢して』

「……」

『でも』

声が。

優しくなる。

『俺が好きになった』

『美月』

涙が。

また。

出た。

「……うん」

『だから』

「何?」

『明日も』

少し。

笑う声。

『ちゃんと美月でいて』

私は。

涙を拭った。

「……うん」

でも。

そのあと。

首を振る。

「違う」

『え?』

「明日」

「何か変わっても」

「……」

私は。

鏡の中の。

自分を見る。

「私」

「私でいる」

『……うん』

「紗良さんの記憶が」

「もっと戻っても」

「私は」

胸に。

手を置く。

「高瀬美月として生きる」

陽向が。

静かに。

『うん』

と。

答えた。

私は。

もう。

消えることだけを。

怖がるのをやめた。

未来は。

分からない。

明日。

何が起きるのかも。

分からない。

でも。

たとえ。

紗良の記憶が。

全部戻ったとしても。

陽向と過ごした時間。

星と。

再び出会った時間。

そして。

私が。

自分自身を。

大切にしようと。

初めて思えた時間。

それは。

もう。

誰にも。

消せない。

「陽向」

『ん?』

「明日も」

少し笑う。

「美月って呼んでね」

電話の向こう。

陽向が。

笑った。

『明日だけじゃない』

「え?」

『これからも』

そして。

はっきり。

言った。

『ずっと呼ぶ』

その言葉を。

私は。

今度こそ。

怖がらずに。

受け取った。