目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~

陽向と初めて。

普通のデートをしてから。

数日後。

私は。

久しぶりに。

病院へ来ていた。

事故後の。

定期検診。

身体そのものは。

もう。

ほとんど問題ない。

仕事にも。

少しずつ戻れている。

頭痛も。

紗良の記憶が流れ込んでくることも。

あの最後の日以来。

一度もない。

だから。

私は。

今日も。

簡単な診察だけで終わると。

そう思っていた。

「一ノ瀬さん」

「はい」

医師が。

検査結果を見ながら。

少し笑う。

「身体の状態は、かなり安定していますね」

「よかった……」

ほっと。

息を吐く。

「仕事も復帰されたそうで」

「はい」

「無理はしていませんか?」

「今のところは」

以前だったら。

反射的に。

『大丈夫です』

と言っていた。

でも今は。

少しだけ。

考えてから答えられる。

「疲れたら、ちゃんと休むようにしてます」

「それが一番です」

医師が。

頷く。

「頭痛は?」

「最近はありません」

「記憶の混乱は?」

「……」

一瞬。

言葉に詰まる。

この人に。

本当のことを。

話すことはできない。

私は。

一ノ瀬紗良ではない。

高瀬美月。

でも。

それを話したところで。

信じてもらえるとは。

思えない。

「……落ち着いています」

「そうですか」

医師は。

カルテに。

何かを書き込む。

これで。

終わり。

そう思った。

でも。

「ただ」

その一言に。

私は。

顔を上げた。

「一ノ瀬さん」

医師の表情が。

少しだけ。

真面目になる。

「事故直後に」

「天城さんにも」

「一度お話ししたのですが」

「……陽向に?」

胸が。

ざわついた。

「はい」

「何を……ですか?」

医師は。

少し。

言葉を選ぶ。

「今回の事故では」

「頭部にも大きな衝撃がありました」

「……はい」

「記憶が大きく欠けたり」

「事故前後で」

「性格や行動に変化が出たりするケースもあります」

「……」

それは。

もう。

私たちが。

何度も。

感じてきたこと。

でも。

医師は。

続けた。

「そして」

「記憶が戻る過程で」

「本人の認識や」

「人格のように見える部分が」

「大きく揺れる可能性も」

「完全には否定できません」

心臓が。

嫌な音を立てた。

「……人格?」

「もちろん」

すぐに。

医師が補足する。

「医学的に」

「別の人格が突然消えて」

「元の人格に戻る」

「と断言しているわけではありません」

「……」

「ただ」

「事故後の混乱が強かったこともありますから」

「ご本人が」

「『自分は誰なのか』という感覚で」

「再び不安定になる可能性はあります」

頭の中が。

真っ白になる。

医師は。

医学的な話をしている。

私が。

高瀬美月だなんて。

知らない。

でも。

私には。

違う意味にしか。

聞こえなかった。

――紗良が戻るかもしれない。

――そのとき。

――美月は?

「……もし」

自分でも。

驚くほど。

声が震えた。

「もし」

「事故前の記憶が」

「全部戻ったら」

医師が。

私を見る。

「……はい」

「今の私は」

喉が。

詰まる。

「どうなるんですか?」

「……」

医師は。

少し考える。

「そこは」

「何とも言えません」

「……」

「記憶が戻っても」

「事故後の経験が消えるとは限りません」

「人は」

「新しく経験したことも含めて」

「その後の自分になりますから」

「……」

「ただ」

医師が。

優しく言う。

「今のご自身が」

「完全になくなると決まったわけではありません」

その言葉。

安心させるためのもの。

なのに。

私は。

一つだけ。

引っかかった。

――なくなると決まったわけではない。

つまり。

絶対に。

なくならないとも。

言えない。

「……そうですか」

私は。

どうにか。

それだけ答えた。

◇◇◇

病院を出る。

空は。

晴れていた。

なのに。

私は。

少しも。

外を見られなかった。

スマートフォン。

陽向から。

メッセージが来ている。

『病院終わった?』

いつもなら。

すぐに。

返す。

でも。

今日は。

指が動かない。

陽向は。

知っていた。

事故直後。

医師から。

同じ話を。

聞いていた。

「……なんで」

小さく。

呟く。

「言ってくれなかったの?」

怒っている。

わけじゃない。

でも。

怖い。

もし。

最初から。

陽向が。

いつか紗良が戻るかもしれないと。

思っていたなら。

だったら。

今の私は?

一時的な存在?

陽向は。

それでも。

私を好きになった?

「……」

胸が。

苦しい。

その瞬間。

スマートフォンが。

また鳴った。

今度は。

電話。

陽向。

迷って。

でも。

出た。

「……もしもし」

『美月?』

声を聞いた瞬間。

泣きそうになった。

『終わった?』

「うん」

『どうだった?』

「……」

答えられない。

『美月?』

陽向の声が。

変わる。

『何かあった?』

「陽向」

『うん』

「……知ってた?」

電話の向こう。

沈黙。

その一瞬で。

分かった。

知ってた。

「医者に」

声が。

震える。

「事故のあと」

「記憶が戻る過程で」

「人格が揺れるかもしれないって」

『……』

「言われてたんでしょ?」

しばらく。

返事はなかった。

そして。

陽向が。

小さく。

『……うん』

と言った。

胸が。

ずきんと痛んだ。

「……そっか」

『美月』

「なんで」

涙が。

落ちる。

「なんで言わなかったの?」

『……』

「私に」

『今どこ?』

「質問に答えて」

『答えるから』

陽向の声が。

低くなる。

『今どこにいる?』

「病院の近く」

『一人?』

「うん」

『そこにいて』

「え?」

『行く』

「陽向」

『電話切らないで』

その声。

真剣。

私は。

何も言えなくなった。

◇◇◇

少しして。

見慣れた車が。

止まった。

助手席のドアが。

開く。

「美月」

陽向が。

降りてくる。

帽子。

マスク。

でも。

目だけで。

分かる。

すごく。

心配している。

「車乗ろ」

私は。

黙って。

頷いた。

◇◇◇

車の中。

エンジンは。

かかっていない。

二人。

並んで座る。

でも。

私は。

陽向を見られなかった。

「……ごめん」

先に。

陽向が言った。

私は。

膝の上の手を見る。

「どうして」

「うん」

「言わなかったの?」

陽向は。

少し。

黙る。

「怖かったから」

「……何が?」

「美月に」

陽向が。

息を吐く。

「言うのが」

「……」

「事故直後」

「まだ美月が」

「自分が高瀬美月だって」

「何回も言ってたとき」

「医者から」

「そういう可能性もあるって聞いた」

「うん」

「そのときの俺は」

拳を握る。

「正直」

「……」

「紗良が戻る可能性があるなら」

「戻ってきてほしいって」

「思った」

胸が。

痛い。

でも。

それは。

知っている。

あの頃の陽向。

私は。

まだ。

知らない女性。

紗良は。

三十四年。

一緒にいた。

大切な人。

「……うん」

「だから」

陽向が。

苦しそうに続ける。

「言えなかった」

「俺が」

「その可能性に期待してるって」

「美月に知られるの」

「……」

「最低だと思った」

「陽向……」

「でも」

顔を上げる。

「途中から」

「意味が変わった」

「……え?」

陽向が。

私を見る。

「美月が」

「美月だって」

「分かってきて」

「……」

「俺が美月を」

「好きになって」

「……うん」

「今度は」

声が。

少し震えた。

「紗良が戻るかもしれないって」

「美月に言うのが」

「怖くなった」

「……どうして?」

陽向は。

答えるまで。

少し時間がかかった。

「美月が」

「また」

「いなくなるって言い出しそうだったから」

息が。

止まった。

「……」

「紗良が戻る可能性あるなら」

「私は邪魔だよねとか」

「この身体返さなきゃとか」

「……」

全部。

考えそう。

いや。

今だって。

考えている。

陽向が。

私を見る。

「一人で」

「消える準備しそうだった」

「……」

否定。

できなかった。

「だから」

陽向が。

俯く。

「言えなかった」

「それ」

私は。

小さく言う。

「陽向が」

「一人で決めたんじゃん」

陽向が。

目を見開く。

「……」

「あのとき」

涙を拭う。

「私に言ったよね」

「なんで一人で全部決めるんだって」

「……うん」

「陽向も」

「同じじゃん」

何も。

言えなかった。

陽向が。

ゆっくり。

目を伏せる。

「……ごめん」

今度は。

ちゃんと。

謝った。

私は。

首を振らなかった。

大丈夫とも。

言わなかった。

「……怖かった」

素直に。

言った。

「今日」

「先生に言われて」

「うん」

「一番最初に」

「何思った?」

陽向が聞く。

私は。

少し迷って。

答える。

「消えるのかなって」

陽向の顔が。

強張った。

「私」

自分の胸を。

押さえる。

「紗良さんが戻ってきたら」

「どうなるんだろうって」

「……」

「高瀬美月って」

「どこに行くんだろうって」

涙が。

また。

落ちる。

「怖い」

「うん」

「すごく怖い」

「うん」

「だって」

声が。

崩れる。

「やっと」

「幸せになりたいって」

「思えたのに」

陽向の目が。

揺れる。

「星にも」

「また会えるようになって」

「仕事も」

「少しずつ楽しくなって」

「陽向と」

喉が。

詰まる。

「やっと」

「好きって言えて」

「付き合えて」

「キスして」

「……」

「これから」

涙を。

止められない。

「これからだったのに」

陽向の手が。

伸びてくる。

でも。

途中で。

止まる。

勝手に。

抱きしめない。

私が。

どうしたいかを。

待っている。

私は。

その手を見て。

自分から。

陽向に。

近づいた。

次の瞬間。

強く。

抱きしめられた。

「……消えたくない」

陽向の胸で。

言った。

「うん」

「私」

「消えたくない」

「うん」

「生きたい」

「うん」

「陽向のそばに」

服を。

強く掴む。

「いたい」

陽向の腕に。

力が入った。

「俺も」

声が。

震えている。

「美月に」

「いてほしい」

「……」

「ずっと」

胸が。

痛いほど。

温かくなる。

でも。

怖さは。

消えない。

「でも」

私は。

顔を上げる。

「もし」

「……」

「本当に」

言いたくない。

でも。

言わなきゃ。

「紗良さんが戻ってきたら?」

陽向が。

黙った。

「そのとき」

「私は?」

「……」

「私が消えたら」

声が。

震える。

「陽向は」

その先を。

聞くのが。

怖い。

でも。

聞いた。

「紗良さんが戻ってきたら」

「嬉しい?」

陽向の顔が。

苦しそうに歪んだ。

「美月」

「答えて」

「……」

「今の陽向は」

私は。

涙を拭う。

「どう思うの?」

長い。

沈黙。

そして。

陽向は。

逃げなかった。

「紗良に」

静かに。

言う。

「会いたい気持ちはある」

胸が。

ちくりと痛む。

「……うん」

「一回でいいから」

「話したい」

「うん」

「謝りたいし」

「ありがとうも」

「言いたい」

「……うん」

「でも」

陽向が。

私の肩を。

そっと掴む。

「紗良が戻る代わりに」

「美月が消えるなら」

声が。

震える。

「俺は」

一度。

息を飲む。

「そんなの」

「嫌だ」

涙が。

止まる。

「……」

「今は」

陽向が。

はっきり言った。

「美月にいてほしい」

「……陽向」

「それを」

「紗良に悪いとか」

「俺が薄情だとか」

「言われても」

少し。

苦しそうに。

笑う。

「もう仕方ない」

「……」

「だって」

私を見る。

「好きになっちゃったから」

胸が。

大きく。

鳴った。

「紗良が大切だったことと」

「美月が好きなこと」

「俺の中では」

「両方本当」

「……」

「でも」

陽向の親指が。

私の涙を。

拭う。

「今」

「俺が一緒にいたいのは」

「美月」

涙が。

また。

溢れた。

「……うん」

「だから」

陽向が。

少しだけ。

額を。

私の額に寄せる。

「まだ起きてないことで」

「勝手にいなくなるなよ」

「……」

「もし何か起きたら」

「そのとき」

「一緒に考える」

また。

二人で。

「……うん」

私は。

泣きながら。

頷いた。

「約束する」

「何を?」

「一人で」

「いなくならない」

陽向が。

少し。

笑った。

「うん」

「怖くなったら」

「ちゃんと言う」

「うん」

「大丈夫じゃないって」

「ちゃんと言う」

「……うん」

陽向が。

私の頭を。

優しく撫でる。

「それでいい」

◇◇◇

その夜。

陽向は。

私の部屋にいた。

今日は。

珍しく。

テレビも。

ゲームも。

つけていない。

二人で。

ソファに座って。

手を繋いでいる。

「ねえ」

私が言う。

「何?」

「もし」

「うん」

「明日」

「私が」

陽向の手に。

少し力を込める。

「美月じゃなくなってたら」

陽向の顔が。

曇る。

「美月」

「最後まで聞いて」

「……うん」

「もし」

「私の記憶がなくなって」

「紗良さんになってたら」

「……」

「陽向」

喉が。

苦しい。

「私のこと」

「忘れないでね」

陽向が。

何も言わない。

その目が。

少し。

赤くなる。

「忘れるわけないだろ」

「……」

「美月が」

指を絡める。

「何が好きだったか」

「……」

「チーズケーキ」

「うん」

「ピンク」

「うん」

「歌うの好き」

「……うん」

「ラーメン」

「うん」

「俺の唐揚げじゃなくて」

「私が作った唐揚げでしょ」

「そうそれ」

泣きながら。

笑ってしまう。

「すぐ謝る」

「最近減った」

「『でも』多い」

「それも減った」

「テレビ見て笑うと声でかい」

「それ悪口」

「俺のこと」

陽向が。

少しだけ。

笑う。

「めちゃくちゃ好き」

「……」

顔が。

熱くなる。

「それ」

「忘れないで」

私は。

小さく言った。

「絶対」

陽向が。

私の手を。

強く握る。

「忘れない」

そして。

少しだけ。

声を震わせた。

「だから」

「美月も」

「勝手に最後みたいなこと言うな」

「……ごめん」

「……」

「あ」

また。

謝った。

陽向が。

少し笑う。

「今のは許す」

私は。

陽向の肩へ。

頭を預けた。

怖い。

まだ。

怖い。

でも。

一人ではない。

そのことが。

今日。

何より。

救いだった。

◇◇◇

夜。

陽向が帰ったあと。

私は。

寝室の鏡を見た。

そこには。

いつもの。

紗良の顔。

「……紗良さん」

声をかける。

返事はない。

「もし」

胸に。

手を置く。

「あなたが」

「本当に戻ってくる日が来たら」

少し。

涙が滲む。

「私は」

「どうなるのかな」

分からない。

でも。

一つだけ。

今は。

言える。

「まだ」

鏡の中。

自分を見る。

「渡したくない」

この人生を。

陽向との時間を。

星とまた会えるようになった未来を。

「私」

少し。

震えながら。

言った。

「生きたい」

以前なら。

そんなことを思う自分を。

醜いと思ったかもしれない。

紗良の身体なのに。

私が残りたいなんて。

でも。

今は。

違う。

紗良自身が。

言ってくれた。

――あなたの人生を。

だから。

私は。

自分のために。

願う。

「消えたくない」

「高瀬美月として」

「もっと」

涙を拭う。

「生きたい」

その夜。

私は。

初めて。

未来を失うことを。

心から。

怖いと思った。

それは。

きっと。

今の人生を。

ようやく。

大切だと思えるようになった。

証拠だった。