目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~

陽向と。

初めてキスをした翌日。

私は朝から。

とても困っていた。

「……どうしよう」

スマートフォンを持ったまま。

ソファの上で固まる。

画面には。

陽向から届いたメッセージ。

『今日会いたい』

たったそれだけ。

付き合う前なら。

普通に。

『いいよ』

と返していた。

付き合ってからだって。

何度も会っている。

なのに。

昨日。

キスをした。

それだけで。

全部が。

変わってしまった気がする。

「……顔見られない」

思い出す。

頬に触れた手。

近づいてきた顔。

唇の感触。

一回。

そして。

二回目。

「~~~~っ!」

私は。

クッションに顔を埋めた。

無理。

恥ずかしい。

三十四歳にもなって。

何をしているんだろう。

でも。

久しぶりとか。

そういう問題じゃない。

相手が。

陽向だから。

好きになって。

好きだと言われて。

やっと。

自分から。

触れてほしいと思えた人だから。

スマートフォンが。

また震える。

『既読ついてるけど』

「……見てる」

『嫌?』

その二文字に。

私は。

慌てて身体を起こした。

嫌じゃない。

絶対。

そんなふうに。

思ってほしくない。

『違うよ』

『じゃあ会いたい』

「……」

直球。

最近の陽向は。

付き合う前より。

明らかに。

遠慮がない。

『分かった』

送る。

すぐ。

『やった!』

そして。

『昨日の続きしていい?』

「……は!?」

私は。

スマートフォンを落としかけた。

『何の続き!?』

すぐ送る。

数秒後。

『ゲーム』

「……」

私は。

しばらく。

画面を睨んだ。

そのあと。

『何だと思った?』

「陽向ぁぁぁ!」

一人の部屋に。

私の声が響いた。

◇◇◇

午後。

インターホンが鳴る。

私は。

玄関の前で。

深呼吸した。

大丈夫。

普通に。

普通にすればいい。

ドアを開ける。

「よ」

「……お疲れ」

陽向の顔を見た瞬間。

昨日のキスが。

一気に蘇った。

視線が。

反射的に。

唇へ行く。

「あ」

陽向が。

ニヤッとする。

「今どこ見た?」

「見てない」

「口見た」

「見てない!」

「見てたって」

「入るなら早く入って!」

「はいはい」

笑いながら。

陽向が入ってくる。

もう。

絶対。

楽しんでる。

「美月」

「何?」

靴を脱ぎながら。

陽向が。

こちらを見る。

「顔赤い」

「陽向のせい!」

「俺まだ何もしてないけど」

「昨日した!」

言ってから。

私は。

固まった。

陽向も。

固まった。

「……」

「……」

数秒後。

陽向の口元が。

ものすごく。

緩んだ。

「美月」

「何」

「昨日何したっけ?」

「知らない!」

「えー」

「忘れた!」

「じゃあ思い出させよっか」

「陽向!」

陽向が。

声を上げて笑う。

「あはははっ!」

「もう帰って!」

「来たばっか!」

付き合う前と。

何も変わらない。

はずなのに。

やっぱり。

少し違う。

陽向の視線が。

前より。

私を意識している。

そして。

私も。

陽向を。

『男性』として。

前より。

ずっと。

意識している。

◇◇◇

「で」

リビング。

陽向が。

テーブルの上に。

紙袋を置いた。

「何これ?」

「プレゼント」

「え?」

「付き合ってから」

「ちゃんとデートしてないじゃん」

「……うん」

「だから」

袋から。

何かを取り出す。

キャップ。

シンプルな。

黒い帽子。

「これ美月」

「帽子?」

「うん」

もう一つ。

似たデザイン。

こちらは。

陽向が被るらしい。

私は。

二つを見比べる。

「……お揃い?」

「まあ」

陽向が。

少しだけ。

視線を逸らす。

「バレない程度に」

胸が。

跳ねる。

お揃い。

恋人っぽい。

あまりにも。

恋人っぽい。

「……嫌?」

「嫌じゃない」

私は。

すぐに答えた。

「嬉しい」

陽向の顔が。

ぱっと明るくなる。

「マジ?」

「うん」

「よかった」

その笑顔に。

また。

胸が温かくなる。

「でも」

「何?」

「これ」

帽子を持ちながら。

私は聞く。

「どこで使うの?」

「今日」

「今日?」

「今からデート」

「……え?」

陽向が。

満面の笑み。

「出かけよ」

「待って」

「何?」

「陽向」

「うん」

私は。

陽向を指差す。

「トップアイドル」

「そうです」

「私」

自分を指す。

「一ノ瀬紗良」

「人気女優」

「そうです」

「二人で出歩いたら」

「うん」

「大事件じゃない?」

陽向が。

少し考えた。

「だから変装する」

「そんな軽く!?」

「俺、慣れてる」

「何に?」

「バレないやつ」

「怪しい人みたい」

「失礼」

でも。

陽向は。

本気らしい。

「美月」

「何?」

「俺さ」

少しだけ。

真面目な顔になる。

「普通のデートもしたい」

胸が。

ドクン。

「家で会うのも好きだけど」

「……うん」

「一緒に飯食いに行ったり」

「買い物したり」

「歩いたり」

「……」

「そういうの」

少し照れたように。

笑う。

「彼氏としてしたい」

断れるわけが。

なかった。

「……行く」

私が答えると。

陽向が。

嬉しそうに笑った。

「よし」

◇◇◇

三十分後。

私は。

帽子。

眼鏡。

マスク。

陽向も。

似たような格好。

鏡の前。

二人で並ぶ。

「……怪しい」

「大丈夫」

「本当に?」

「美月、姿勢良すぎ」

「え?」

「紗良が芸能人だから」

陽向が。

私の肩を。

少し押す。

「もっと普通に」

「普通って?」

「こう」

陽向が。

少し。

猫背になる。

「それ普通じゃなくて陽向でしょ」

「俺そんな猫背?」

「ご飯食べてるとき結構」

「マジか」

二人で。

小さく笑う。

「あと」

陽向が。

手を差し出した。

「何?」

「手」

「……」

「恋人なんだから」

「外で?」

「ダメ?」

その手を見る。

人に。

見られたら。

怖い。

でも。

繋ぎたい。

私は。

少し迷って。

陽向の手に。

自分の手を重ねた。

「……バレそうになったら離すからね」

「了解」

指が。

絡む。

それだけで。

胸が。

少しだけ。

軽くなる。

◇◇◇

行ったのは。

都心から少し離れた。

大型商業施設。

平日の昼間。

人はいるけれど。

混みすぎてはいない。

「……すごい」

私は。

周りを見る。

「何が?」

「普通に歩いてる」

「そりゃ歩くだろ」

「陽向が」

「俺人間だから」

「そうじゃなくて」

私は。

少し笑う。

テレビの向こうにいた人と。

今。

手を繋いで。

ショッピングモールを歩いている。

「昔の私が見たら」

「うん」

「倒れると思う」

「そんなに?」

「だって」

陽向を見る。

「陽向とデートだよ?」

「はいはい、ファンに戻った」

「今日はちょっと許して」

「じゃ俺も」

「何?」

「一ノ瀬紗良とデート」

「それは……」

少し。

胸が引っかかる。

でも。

陽向は。

すぐに。

首を振った。

「違うな」

「え?」

繋いだ手を。

少し握る。

「美月とデート」

「……うん」

「こっち」

胸が。

温かくなる。

「うん」

私は。

笑った。

◇◇◇

「美月」

「何?」

「これ」

陽向が。

雑貨屋で。

ピンク色の。

小さなぬいぐるみを持っている。

「可愛くない?」

「可愛い」

「買う?」

「陽向が欲しいんでしょ?」

「美月に」

「え?」

「プレゼント」

「何で?」

「可愛いって言ったから」

「それだけで買ってたら」

「家いっぱいになるよ」

「じゃあ一個だけ」

「……」

結局。

買ってもらった。

「ありがとう」

「うん」

陽向が。

嬉しそう。

「陽向」

「何?」

「私に何か買うの」

「好き?」

「好きかも」

「どうして?」

「美月」

少し考える。

「めっちゃ喜ぶから」

胸が。

きゅっとなる。

「昔」

私は。

ぬいぐるみを抱えながら。

言う。

「欲しいもの言うの」

「苦手だった」

「なんで?」

「家計とか」

「子ども優先とか」

「……」

「自分のもの買うなら」

「本当に必要かなって」

「何回も考えてた」

陽向が。

少し黙る。

「だから」

私は。

ぬいぐるみを見る。

「こういう」

「別になくても困らないもの」

「買ってもらうの」

「……」

少し。

笑う。

「嬉しい」

陽向が。

私を見る。

「じゃあ」

「?」

「これから」

「美月の」

「なくても困らないけど欲しいもの」

「いっぱい探そ」

泣きそうになる。

「……うん」

「ただし」

「何?」

「俺の財布死なない範囲で」

「そこ現実的!」

二人で。

笑った。

◇◇◇

昼食。

人目につきにくい。

端の席。

「何食べる?」

陽向が。

メニューを見る。

私は。

迷う。

「これ」

「パスタ?」

「うん」

「じゃ俺ハンバーグ」

「やっぱり肉」

「肉は正義」

料理を待ちながら。

陽向は。

スマートフォンを見る。

「何してるの?」

「連絡」

「仕事?」

「メンバー」

「そっか」

少しして。

陽向が。

吹き出した。

「何?」

「いや」

画面を見せられる。

グループチャット。

『今日どこ?』

『休み』

『女?』

『デート?』

『例の人?』

「……」

私は。

陽向を見る。

「例の人?」

「……」

陽向が。

気まずそうに。

視線を逸らす。

「陽向」

「はい」

「メンバーに」

「はい」

「私のこと話した?」

「……ちょっと」

「ちょっと!?」

「名前は言ってない!」

「そこじゃない!」

「いやでも!」

陽向が。

声を落とす。

「嫉妬バレたときから」

「なんか」

「もう」

「気づかれてる」

「……」

私は。

顔を覆った。

「恥ずかしい……」

「大丈夫」

「何が?」

「俺のほうがめっちゃいじられてるから」

「それ大丈夫じゃない」

「昨日も」

陽向が。

スマホを見る。

「『キスできた?』って」

「ちょっと待って!!」

思わず。

声が大きくなる。

周りを見る。

誰も。

こっちを見ていない。

たぶん。

「陽向!」

「俺言ってないから!」

「じゃあ何で!?」

「顔でバレた」

「……」

私は。

しばらく。

何も言えなかった。

そして。

「陽向」

「何?」

「私に顔に出るって言えないよ」

「……それは」

陽向が。

真顔で頷く。

「認める」

◇◇◇

食事を終えて。

店を出る。

人混み。

私は。

少しだけ。

陽向から離れた。

見つかったら。

どうしよう。

写真を撮られたら。

陽向の。

迷惑になる。

無意識に。

手を離そうとする。

でも。

陽向が。

少し強く。

握った。

「陽向」

「ん?」

「人増えてきたから」

「うん」

「離したほうが」

「嫌?」

「私じゃなくて」

「……」

「陽向に」

少し。

声を落とす。

「迷惑かけたくない」

陽向が。

足を止めた。

「美月」

「何?」

「俺」

「恋愛したら」

「仕事に迷惑かかるかもしれないって」

「分かってる」

「……」

「撮られたら」

「いろいろ言われるのも」

「分かってる」

「うん」

「だから」

陽向は。

周囲を確認して。

人の少ない通路へ。

私を連れていく。

「気をつける」

「……」

「でも」

私を見る。

「迷惑って言わないで」

胸が。

止まりそうになる。

「俺が」

「美月と付き合いたいって」

「決めたから」

「……」

「美月が勝手に」

「俺にくっついてきたわけじゃない」

「うん」

「二人で決めたこと」

「……うん」

「何かあったら」

「二人で考える」

また。

その言葉。

二人で。

「美月だけが」

「俺のために」

「いなくなるとか」

「離れるとか」

「絶対なし」

あの日。

一人で。

いなくなった私。

陽向は。

きっと。

まだ覚えている。

「……うん」

私は。

頷いた。

「分かった」

「本当に?」

「うん」

少し迷って。

私は。

離しかけていた手を。

自分から。

握り直した。

「二人で決める」

陽向が。

笑う。

「そう」

「うん」

「えらい」

「子ども扱い!」

「彼女扱い」

「どこが!」

また。

笑った。

◇◇◇

帰り。

車の中。

私は。

助手席で。

今日買ってもらった。

ぬいぐるみを抱えていた。

「楽しかった?」

陽向が聞く。

「うん」

「何が一番?」

「……」

考える。

買い物。

ご飯。

手を繋いだこと。

全部。

楽しかった。

でも。

「普通に」

「?」

「歩けたこと」

「歩く?」

「うん」

窓の外を見る。

「好きな人と」

「手繋いで」

「お店見て」

「ご飯食べて」

「……」

「それだけ」

陽向が。

静かに聞いている。

「そういうの」

私は。

少し笑う。

「もう」

「私にはないと思ってた」

「……」

「母親になって」

「三十四歳になって」

「恋愛とか」

「デートとか」

「そんなの」

「もう終わったものだと思ってた」

陽向が。

少し。

眉を寄せる。

「三十四で終わりって早くない?」

「そうなんだけど」

「俺ら同い年だよ?」

「うん」

「俺まだアイドルやってるよ?」

「知ってる」

「じゃあ美月も」

赤信号。

車が止まる。

陽向が。

こちらを見る。

「まだまだじゃん」

「……」

「一回人生終わったからって」

「全部終わりじゃない」

胸が。

熱くなる。

「むしろ」

少し笑う。

「二回目なんでしょ?」

「……うん」

「じゃあ」

陽向が。

前を向き直る。

「二回分」

「楽しめばいいじゃん」

私は。

少し笑った。

「欲張り」

「いいじゃん」

「いいの?」

「俺が許す」

「誰目線?」

「彼氏」

「それ便利に使ってない?」

「あははっ!」

陽向が笑う。

私も。

笑った。

◇◇◇

その夜。

部屋に戻る。

私は。

買ってもらったぬいぐるみを。

白いマグカップの近くへ置いた。

ピンクのマグ。

白いマグ。

そして。

今日の。

小さなぬいぐるみ。

少しずつ。

増えていく。

私と。

陽向の思い出。

紗良のものではない。

高瀬美月として。

作っている。

新しい時間。

スマートフォンが震える。

『今日はありがと』

陽向。

私は。

笑う。

『こっちこそありがとう』

少し迷って。

続ける。

『楽しかった』

送信。

すぐに。

『俺も』

そして。

『次どこ行く?』

「もう次?」

でも。

嬉しい。

『考えとく』

数秒後。

『美月』

『何?』

『今日かわいかった』

「……」

私は。

スマートフォンを。

ベッドへ投げた。

「もう!」

頬。

熱い。

でも。

数秒後。

また。

スマートフォンを取る。

返信。

『陽向もかっこよかったよ』

送った瞬間。

既読。

しばらく。

返事がない。

「……?」

そして。

『無理』

「何が?」

『彼女に言われるの破壊力やばい』

私は。

声を出して笑った。

トップアイドル。

何万人ものファンから。

毎日のように。

かっこいいと言われている人。

なのに。

私からの一言で。

こんな反応をする。

「……可愛い」

小さく呟く。

そして。

気づく。

恋人になっても。

陽向は。

陽向だった。

明るくて。

よく笑って。

大きなリアクションをして。

少し甘えん坊で。

でも。

大事なことは。

ちゃんと言葉にしてくれる。

私は。

そんな陽向が。

やっぱり。

好き。

ただ。

その幸せな時間の中で。

一つだけ。

私はまだ。

知らなかった。

一ノ瀬紗良の事故後。

一度だけ。

医師が。

陽向に伝えていた。

ある可能性。

――記憶が戻る過程で。

――人格が大きく揺れることもあります。

そして。

その言葉を。

陽向が。

今まで。

私に言えずにいたことを。

私は。

まだ。

知らなかった。