目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~

紗良の。

最後の記憶を見てから。

三日が経った。

あれから。

不思議なくらい。

何も起きていない。

頭が痛くなることも。

突然。

知らない景色が見えることも。

胸の中に。

誰かの感情が流れ込んでくることも。

なくなった。

「……本当に」

私は。

朝。

鏡の前に立ちながら。

自分の顔を見る。

「終わったのかな」

鏡に映る。

一ノ瀬紗良の顔。

でも。

もう。

以前のように。

見るたび。

罪悪感で苦しくなることはなかった。

この身体は。

紗良が。

生きてきた証。

そして今は。

私が。

生きていく身体。

「……おはよう、紗良さん」

鏡に向かって。

小さく笑う。

返事はない。

それでいい。

「今日も」

胸に手を置く。

「ちゃんと生きるね」

私として。

高瀬美月として。

◇◇◇

その日の昼。

私は。

仕事だった。

撮影を終え。

控室へ戻る。

スマートフォンを見ると。

陽向から。

メッセージ。

『今日何時終わる?』

「まただ」

思わず笑う。

付き合い始めてから。

陽向。

前より。

連絡が増えた。

いや。

前から多かった気もする。

でも。

今は。

理由が。

分かりやすすぎる。

『もう終わるよ』

送信。

すぐに。

『じゃ迎え行く』

「……」

また。

『自分で帰れるよ』

と。

打とうとして。

指が止まる。

以前なら。

遠慮していた。

迷惑じゃないかな。

疲れてないかな。

わざわざ来てもらうの悪いな。

そう考えて。

断っていた。

でも。

陽向は。

何度も。

私に聞いてくれた。

――美月はどうしたい?

私は。

一度。

目を閉じる。

どうしたい?

「……会いたい」

小さく。

答えた。

だから。

送る。

『じゃあお願い😊』

少しして。

『任せろ彼氏に』

「……」

その文字だけで。

頬が緩む。

「慣れないなあ……」

彼氏。

未だに。

その言葉。

破壊力が強すぎる。

◇◇◇

撮影が終わり。

外へ出る。

見慣れた車。

助手席に乗り込むと。

「お疲れ」

陽向が。

笑った。

「お疲れさま」

シートベルトをつける。

「今日どうだった?」

「順調だったよ」

「マジ?」

「うん」

「すげえじゃん」

いつもの。

大きな反応。

私は。

思わず笑った。

「陽向って」

「何?」

「毎回ちゃんと褒めるね」

「だって頑張ったんでしょ?」

「うん」

「じゃ褒めるだろ」

「……そっか」

やっぱり。

好き。

思う。

今は。

それを。

打ち消さない。

「何?」

陽向が。

私を見る。

「今また俺のこと好きって思った?」

「なっ……!」

図星。

「何で分かるの!?」

「あはははっ!」

「笑わないで!」

「顔!」

「顔に出てない!」

「めちゃくちゃ出てる」

「もう!」

陽向が。

楽しそうに笑う。

私も。

結局。

笑ってしまった。

◇◇◇

「腹減った」

車が走り出して。

十分もしないうちに。

陽向が言った。

「また?」

「今日昼軽かった」

「じゃあ何か食べに行く?」

「え?」

陽向が。

ちらっと。

こちらを見る。

「美月ん家じゃなく?」

「毎回作ると思わないでください」

「えー」

「今日は私も疲れたの」

言った。

自然に。

疲れた。

その一言を。

人に言えた。

陽向が。

すぐに頷く。

「じゃ食いに行こ」

それだけ。

『じゃあ作らなくていい』

『大丈夫?』

『頑張って』

でもない。

ただ。

じゃあ外で食べよう。

その軽さが。

心地いい。

「何食べたい?」

「陽向は?」

「ラーメン」

「予想通り」

「美月は?」

私は。

少し考える。

「……ラーメン」

「よっしゃ!」

「そんな喜ぶ?」

「彼女と好み合うの最高じゃん」

「……」

また。

さらっと言う。

「それ」

「ん?」

「まだ慣れないから」

「何が?」

「彼女って言われるの」

「じゃあいっぱい言えば慣れる?」

「やめて」

「俺の彼女」

「陽向」

「美月は俺の彼女」

「うるさい!」

車内に。

陽向の笑い声が響く。

でも。

嫌じゃない。

むしろ。

嬉しい。

◇◇◇

個室のある店。

人目を避けながら。

二人で。

ラーメンを食べる。

「うまっ!」

「陽向」

「何?」

「ラーメンでもそれ言うんだ」

「美味いもんには言う」

「毎回本気なんだね」

「美月、俺のリアクション疑ってた?」

「テレビ用かなって」

「ひど!」

私は。

笑いながら。

麺をすする。

そして。

ふと。

顔を上げた。

陽向。

普通に。

ラーメンを食べている。

帽子を深く被って。

少し猫背。

口元に。

ほんの少し。

スープ。

「……」

「何?」

また。

見ていたらしい。

「口」

「え?」

私は。

自分の口元を指す。

「ついてる」

「どこ?」

「ここ」

「取って」

「自分で取れるでしょ」

「見えない」

「ティッシュあるよ」

「美月取って」

「もう」

仕方なく。

ティッシュを持つ。

陽向の口元に。

手を伸ばす。

「……」

拭く。

ただ。

それだけ。

なのに。

一瞬。

距離が近くなる。

陽向の目。

私の顔を。

じっと見ている。

「……何?」

「いや」

「何?」

「近いなって」

「陽向が取ってって言ったんでしょ!」

慌てて。

手を引く。

陽向が。

笑う。

でも。

その目だけは。

少し。

いつもと違った。

「……」

胸が。

鳴る。

あの日。

キスしそうになったときと。

同じ。

私は。

視線を逸らした。

まだ。

少し。

怖い。

でも。

逃げたいわけじゃない。

そのことだけは。

もう。

分かっていた。

◇◇◇

食事を終え。

私の部屋へ戻る。

「ごちそうさまでした」

「私作ってないけど」

「美月と食べたから」

「何それ」

陽向が。

ソファに座る。

私は。

キッチンで。

コーヒーを淹れる。

二つ。

マグカップ。

ピンク。

白。

あの日。

二人で選んだ。

最初の。

私と陽向の思い出。

テーブルに置く。

「はい」

「ありがと」

私は。

隣に座る。

陽向が。

コーヒーを飲む。

静かな時間。

テレビは。

つけない。

何か。

話さなきゃ。

とも。

思わない。

この時間も。

好き。

「……美月」

「何?」

「最近」

「うん」

「紗良の記憶」

陽向が。

少し慎重に。

聞く。

「出る?」

私は。

首を振った。

「出ない」

「……そっか」

「うん」

「頭痛も?」

「ない」

陽向が。

少し。

息を吐いた。

安心したような。

寂しいような。

複雑な顔。

「寂しい?」

私が聞く。

陽向は。

少し考えてから。

「……ちょっと」

正直に。

答えた。

「うん」

「最後だったかもしれないから」

「……」

「もう」

少し笑う。

「紗良の声」

「聞けないんだなって」

胸が。

少しだけ。

痛む。

私は。

陽向の手に。

そっと。

自分の手を重ねた。

「寂しいよね」

「……うん」

「大切だったもんね」

「うん」

「忘れなくていいよ」

陽向が。

こちらを見る。

以前。

私に。

言ってくれた言葉。

――子どもたちを忘れなくていい。

今度は。

私が。

返す。

「紗良さんのこと」

「ずっと大切にしてていい」

「……」

「私と付き合ったからって」

「忘れなきゃいけないわけじゃない」

陽向が。

何も言わず。

私を見ている。

「私」

少し笑う。

「陽向にそう言ってもらって」

「すごく楽になったから」

「……」

「だから私も」

繋いだ手を。

少し。

握る。

「同じこと言いたい」

陽向の目が。

少し潤んだ。

でも。

すぐに。

笑う。

「美月」

「何?」

「好き」

「……今!?」

「今」

「急すぎる」

「言いたくなった」

「そういうのずるい」

「なんで」

「私も」

声が。

小さくなる。

「好きって言いたくなるから」

陽向が。

固まる。

「……言って」

「嫌」

「何で!?」

「恥ずかしい」

「今ほぼ言ってたじゃん!」

「ほぼと実際は違います」

「美月!」

また。

笑った。

◇◇◇

しばらくして。

陽向が。

ソファに。

深く身体を預ける。

私は。

隣で。

その横顔を見る。

「……陽向」

「ん?」

「聞いていい?」

「何?」

「私のこと」

少し。

迷う。

「見てるとき」

「うん」

「紗良さんの顔」

「思い出す?」

陽向は。

すぐには。

答えなかった。

私も。

急かさない。

しばらくして。

「思い出すときはある」

「……そっか」

胸が。

少しだけ。

締めつけられる。

でも。

陽向が。

続けた。

「でも」

「うん」

「美月見て」

「紗良だって思うことは」

「もうほぼない」

「……」

「なんつーか」

陽向が。

私の顔を。

じっと見る。

「同じ顔なのに」

「全然違うんだよな」

「どう違うの?」

「目」

「目?」

「美月って」

陽向が。

私の目元を指す。

「感情すぐ出る」

「またそれ?」

「嬉しいとき」

「すぐキラキラするし」

「……」

「不安だと」

「めっちゃ目泳ぐし」

「……」

「泣くの我慢すると」

「すぐ赤くなる」

「そんな見てるの?」

「見てる」

即答。

胸が。

ドクン。

「あと」

「まだある?」

「俺のこと」

少し。

笑う。

「好きって思ってるとき」

「……」

「すげえ分かる」

「そんなわけない!」

「分かるって」

「何で!?」

「目が違う」

「……」

顔が。

一気に熱くなる。

「今も」

陽向が。

少しだけ。

声を落とした。

「そういう目してる」

「……」

逃げたい。

でも。

今日は。

逃げない。

私は。

陽向を見る。

「……じゃあ」

「ん?」

「今」

胸が。

速い。

でも。

言う。

「好きって」

「思ってる」

陽向の目が。

ゆっくり。

大きくなった。

「……美月」

「何?」

「それ」

「?」

「今言われるの」

「結構ヤバい」

「何が?」

陽向が。

少し。

身体を起こす。

距離が。

近くなる。

「……キスしたくなる」

心臓が。

跳ねた。

あの日。

私が。

止めた。

キス。

「……」

陽向は。

それ以上。

近づかない。

ちゃんと。

待っている。

私が。

決めるのを。

――逃げないで。

紗良の。

最後の言葉が。

頭に浮かぶ。

でも。

これは。

紗良のためじゃない。

私が。

どうしたい?

陽向の顔を見る。

近づいてほしい。

触れてほしい。

この人と。

もっと。

近くなりたい。

それが。

私の気持ち。

「……陽向」

「うん」

私は。

小さく。

息を吸った。

「していいよ」

「……」

陽向が。

完全に。

固まった。

「……え?」

「だから」

恥ずかしい。

ものすごく。

でも。

ちゃんと。

言う。

「キス」

「していい」

陽向の顔が。

一気に赤くなる。

「……マジ?」

「マジ」

「本当に?」

「何回聞くの」

「だって」

陽向が。

珍しく。

ものすごく。

緊張している。

その姿に。

少しだけ。

笑ってしまう。

「陽向も緊張するんだ」

「するだろ!」

「トップアイドルなのに」

「関係ない!」

「ふふっ」

「笑うなって」

でも。

その緊張が。

嬉しかった。

私だけじゃない。

陽向も。

この瞬間を。

大切にしてくれている。

◇◇◇

陽向の手が。

ゆっくり。

私の頬に触れる。

温かい。

「美月」

「うん」

「嫌だったら」

「うん」

「すぐ言って」

「分かった」

「あと」

「何?」

「目閉じて」

「……言わないで」

「え?」

「余計恥ずかしい」

陽向が。

小さく笑った。

私は。

目を閉じる。

心臓の音。

うるさい。

本当に。

聞こえるんじゃないかと思う。

頬に触れる。

陽向の手。

少しずつ。

近づく気配。

そして。

唇に。

柔らかい。

温度。

触れた。

ほんの。

一瞬。

優しい。

キス。

「……」

離れる。

私は。

目を開ける。

陽向。

ものすごく。

近い。

「……」

「……」

二人とも。

何も言えない。

最初に。

口を開いたのは。

私だった。

「……終わり?」

「え?」

陽向の目が。

大きくなる。

私も。

言ってから。

固まった。

「ち、違う!」

「美月」

「今の忘れて!」

「それ」

陽向が。

口元を押さえる。

「もう一回していいってこと?」

「違……」

違わない。

言葉が。

止まる。

陽向が。

少し。

笑う。

「顔」

「何?」

「めちゃくちゃ赤い」

「陽向も!」

「俺はいい」

「何で!」

「もう一回」

「……」

私は。

陽向を見る。

嫌?

全然。

むしろ。

「……うん」

小さく。

頷いた。

今度は。

陽向が。

少し笑った。

「可愛すぎ」

「言わないで!」

「無理」

そして。

もう一度。

唇が。

重なる。

今度は。

さっきより。

少し長い。

陽向の指が。

頬から。

耳の横へ。

そっと。

触れる。

私は。

陽向の服を。

軽く掴んだ。

怖くない。

罪悪感も。

ない。

ただ。

嬉しい。

好きな人に。

触れられている。

その。

幸せだけ。

◇◇◇

ゆっくり。

離れる。

私は。

しばらく。

陽向の胸元を見ていた。

顔。

上げられない。

「美月」

「……何」

「こっち見て」

「無理」

「なんで」

「恥ずかしい」

「俺は見たい」

「嫌」

「彼氏特権」

「そんな特権ありません」

陽向が。

笑う。

そして。

「……よかった」

小さく。

言った。

私は。

顔を上げる。

「何が?」

「美月」

陽向が。

優しく笑う。

「逃げなかった」

胸が。

熱くなる。

「……うん」

「怖くなかった?」

私は。

少し考える。

「緊張した」

「うん」

「すごく」

「うん」

「でも」

陽向の手に。

自分の手を重ねる。

「したかった」

陽向の顔が。

また。

赤くなる。

「……美月」

「何?」

「今日どうしたの」

「え?」

「急に強い」

「何それ」

「俺の心臓」

胸を押さえる。

「さっきから死にそう」

「大げさ」

「マジ」

私は。

笑った。

そして。

陽向の肩へ。

頭を預けた。

「私ね」

「うん」

「ずっと」

少し。

遠くを見る。

「自分が幸せになりたいって思うの」

「わがままな気がしてた」

陽向が。

黙って聞く。

「子どもがいて」

「家族がいて」

「それなのに」

「もっと大切にされたいとか」

「もっと分かってほしいとか」

「自分の好きなことしたいとか」

「……」

「そんなこと思う私が」

「欲張りなのかなって」

陽向の手が。

私の手を。

優しく握る。

「でも」

私は。

少し笑う。

「今は」

「幸せになりたいって」

「思える」

「うん」

「子どもたちを大事にしたまま」

「私も」

「幸せになっていいって」

「思えるようになった」

陽向が。

私の頭に。

頬を寄せる。

「美月」

「ん?」

「それ」

「ずっと思ってて」

「何を?」

「幸せになっていい」

「……」

「俺も」

少し。

照れたように。

笑う。

「美月のこと」

「幸せにしたいし」

胸が。

大きく鳴る。

「……何それ」

「彼氏っぽい?」

「ぽいというか」

「うん」

「恥ずかしい」

「あははっ」

でも。

嬉しい。

「陽向」

「何?」

「私も」

陽向を見る。

「陽向を」

「幸せにしたい」

今度は。

陽向が。

何も言えなくなった。

「……」

「どうしたの?」

「いや」

目を逸らす。

「そういうの」

「?」

「今まであんま言われたことない」

「そうなの?」

「俺が幸せにする、とかは」

「言われそうだけど」

「……」

「美月って」

少し。

困ったように笑う。

「一緒なんだな」

「何が?」

「どっちかだけじゃなくて」

「……」

「二人で」

「幸せになろうとする」

その言葉。

私は。

好きだと思った。

「うん」

笑う。

「一緒に」

「幸せになろ」

陽向が。

笑った。

「うん」

そして。

繋いだ手を。

少し強く。

握った。

◇◇◇

その夜。

陽向が帰ったあと。

私は。

寝室の鏡の前に立った。

自分の唇へ。

指で。

そっと触れる。

「……キスした」

言葉にすると。

また。

顔が熱くなる。

「陽向と……」

最推しと。

なんて。

もう。

思わなかった。

好きな人。

私の彼氏。

天城陽向と。

初めて。

キスをした。

鏡の中。

紗良の顔。

「……紗良さん」

私は。

小さく笑う。

「逃げなかったよ」

何も。

起こらない。

記憶も。

声も。

聞こえない。

でも。

それでいい。

もう。

紗良から。

答えをもらわなくても。

私は。

自分で。

選べる。

自分で。

好きになって。

自分で。

幸せになりたいと。

言える。

「私」

胸に手を置く。

「ちゃんと」

「美月として」

少しずつ。

生きられてるよ。

そして。

その頃。

陽向は。

自宅のベッドで。

枕を抱えながら。

一人。

転がっていた。

「……キスした」

ごろん。

「美月と」

ごろん。

「二回」

顔を。

枕に埋める。

「……無理」

あんなに。

ステージで。

何万人の前に立っても。

ほとんど。

緊張しないのに。

美月一人を前にすると。

どうして。

こんなに。

余裕がなくなるんだろう。

そして。

思い出す。

『陽向を幸せにしたい』

「……」

枕から。

ゆっくり。

顔を上げる。

「それ」

小さく笑う。

「俺が言おうとしてたんだけど」

でも。

悪くない。

むしろ。

すごく。

嬉しかった。

片方だけが。

誰かを救う恋じゃない。

片方だけが。

我慢する恋でもない。

二人で。

笑って。

疲れたときは休んで。

泣いたら。

話を聞いて。

それぞれの大切なものも。

大事にしながら。

一緒に。

幸せになっていく。

「……美月」

陽向は。

目を閉じる。

「好きだなぁ」

今度は。

誰にも聞かせるためではなく。

ただ。

自分の気持ちとして。

そう。

呟いた。

そして。

二人の恋は。

ようやく。

誰かの過去でも。

誰かの願いでもない。

天城陽向と。

高瀬美月。

二人自身の。

恋になっていった。